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Dragon World Tripper ~初まりの朝~  作者: エントラル
第6章 異世界の狭間へ(仮名)
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47 狩られる側

投稿まで一ヶ月を費やしてしまい、すいません。

「うっ……」


ギルファーは固く閉じられた瞼をゆっくりと持ち上げ、目を覚ます。視界がぼやけていて今にも倒れそうな朦朧とした意識だった。それに感覚もおかしい。自分は地面にいないのだろうか、少しだけ動かした脚が空を切る。身体全体が何かに掴まれているようだ。しかも掴み方が雑で僅かに痛みを感じる。


(ここは……どこ?)


少なくとも今は夜だということは判る。その証拠に視界はぼやけていても真っ暗。また風を切るように飛んでいるのか、少し寒かった。白い霧のようなものが立ち込めているが、下の方に視線を向けると黒い何かが途切れることなく、とても速いスピードで後ろへと過ぎ去っていくのが判る。森の木々……だろうか?


(どうしてこうなってるの……?)


そう思った矢先に自分の上から鋭い鳥の鳴き声が響く。竜くらいに高いせいか耳が痛い。だがお蔭で眠っていた思考が一気にはっきりとし始めた。視線を鳴き声の方向に向ければ、前を見据える嘴の長い鳥の頭。また横を見れば鳥は一羽に留まらず、合計4羽が左右に並びV字形の規則正しい編隊飛行をしているのが見える。


(そうだ……。自分はカルグレイスに……)


闇夜に浮かび上がる彼らの灰色の翼と赤く光る眼を捉えたときに、ようやくギルファーは今の立場を明確に思い出す。あと少しで休めると思っていたところを彼らに襲撃され、その最中連れ去られそうになったエントラルを守る為に自分が身代わりになったということを。そして今、自身が彼らの狩りの戦利品として何処かへ運ばれていることを。


ギルファーは最初、恐怖心からこの容赦ない拘束から逃れようとして、暴れることを考えた。鉤爪を向こうに立ててしまえば何とかなるだろう。相手は鱗など持たない羽毛の身体。炎が吐けなくてもこの距離なら軽く傷を付けられる筈……。


だが、あることに気付き冷静に立ち返ってしまう。竜としての本能を人間の理性がまた抑制したのだ。そして気付いたそれは、今自分の中に抱く強い劣等感の根源であり、どうしようもない問題だった。


自分は……空を飛べない。


ここは空を経験した父さんのような竜逹が、悠々飛ぶ高い空の上。そんな所で暴れたりしたらどうなるだろうか?例えカルグレイスの拘束から逃れることが出来たとしても……自分は風を捕まえて飛べずに地面へと落下するだろう。この高さから叩き付けられたらそれこそ助からない。それに……。


(父さんが……何処にもいない!?)


周囲に視線を向けるが、父親の姿が見えないのだ。意識を失う前まではすぐ傍にいたのに。代わりに見えるのは、憎き怪鳥であるカルグレイスと雪に覆われた巨大な山脈の峰、濃い霧で隠された雲の大地のみ。これには彼も混乱してしまう。


(なんで……?)


自分が連れ去られたとき、父親は絶対に気付いた筈だ。背中に乗せていたのだから。それに判らなくても目の前でこの有り様を見ているだろう。ならば取り戻そうと戦っている筈なのに、どうして……ここにいないの?


そのとき、遠くから鳴き声が聞こえた。一瞬だけ父親の声だと聞き違えたが、これもまたカルグレイスのものだと気付く。言葉の意味こそ違うがやはり、声の出し方が自分達と似ているように思えた。そのことがギルファーを苦しめ、強くない心を更に蝕んでいく。


自分を掴むカルグレイスの群れは、遠くから響く仲間の呼び声に応える。どうやらこちらの場所を教えているようだ。証拠にしばらく経つと、右方向から6羽のカルグレイスが編隊を組まずに、それぞれ固有のスピードでこちらへ合流しようと近付いて来るのが見えた。だが6羽の速度が遅いのか、自分をぶら下げた群れは彼らを待つ為に羽ばたきを弱め始める。


こうして合流した6羽の様子は、疲労困憊なのか襲撃時の鋭い狩人の目付きと打って変わり、どんよりとしていた。巨大なグレーの翼は何かで引き裂かれたように所々羽根が抜け落ち、中には赤い血が流れている所が見受けられる。酷いものだと焦がされたのか、黒ずんでボロボロになってしまった個体もいた。そしてそれぞれの鋭角な嘴の隙間からは、荒い呼吸をする音がこちらまで届いてくる。


(あの傷は……もしかして……)


引き裂かれた傷は間違いなく爪で引っ掻かれたものだ。それに加え火傷などする程の相手など……父親以外にあり得ない。恐らく戻ってきたこの6羽は先程まで戦っていた。


なのにエンダーが見失っているのは……。





(群れを二つに分けられたから……!!)


ギルファーは父親がこの場にいない理由を悟り、絶望感に襲われ背中が凍り付いていくのを感じた。つまり自分を誘拐したこの4羽は先に逃げ、残った6羽で居場所を攪乱させていたのだろう。そしてあの群れはまんまと追跡をかわし、戻ってきた。


竜の速さはどんなに上げても、カルグレイスには勝てないことは襲撃されたときに見ている。それに背中にエントラルが乗っている以上、無理には動けない。そう考えれば父親が今この場にいないことが説明出来てしまう……。


(でも、どうして僕だけが……?)


とても不自然だった。あれだけの巧妙な攻撃を父さんに仕掛けることが出来たのに、何故捕らえられたのが自分だけなのか?不幸を願う訳ではないが、集団で再び襲えばエントラルも誘拐されておかしくないのに……。


だが周りを囲む敵の群れを見たとき、その疑問が解ける。エントラルの無事、親の不在。この二つから導かれる答えは……。


(もしかしてカルグレイスは……父さんが僕を見捨てることを狙って……!!)


子供を親が見捨てること。それは野生でよくある話だと父親から聞いたことがある。絶対に自らの元へ戻らなくなったとき、自分の命すら危ういということを悟ったときに……親は子供を捨てていく。最期を見届けることなく、非情に。悲しみに暮れることはあっても……。


子供が多かろうと少なかろうと同じことだ。親自身は危険なリスクを犯してまで、絶望的な状況に置かれた子供を救おうとはしないだろう。相手が天敵の群れならば尚更……。例え賢く感情のある竜だろうとその非情さはどの生き物と変わらない。


親さえ生き残れば、再び子供は産むことが出来る。残酷だが、自然界に於ける子孫の残す最良の手段なのだから。


それを知った上で……カルグレイスは狙っていたのか。集団で襲撃し自分を誘拐、追跡を撒いて絶望的な状況に置き、父親が諦めることを。敢えてエントラルを捕まえなかったのは、親により諦めさせ易くする為に。そして確実に獲物を仕留める為に……。なんというずる賢い知能だろう。


(でも、父さんなら……)


助けに来てくれる筈。ギルファーはそう思った。いや、そう思いたかった。心の奥底ではその想いが揺らいでいた。エントラルを庇ったとは言え普通の竜の子供なら、完全に見捨てられているだろう。安否の判らない子供など、自然界では死に等しい。だから……不安だった。


だが自分は人間と竜の間に生まれた混血竜。父さんが注いでくれる愛情は……他の竜とは違う。クルバス達に捕らえられたときは、必死になって守ろうと助けに来てくれた。湖へ飛び込んだときも救いの尾を垂らしてくれた。ウェーンド神殿で……自分を独りにさせないって……言ってくれた!!


(だから……絶対に助けに……)


「父さ―――ん!!」


ギルファーは周囲を囲むカルグレイスの群れに怯えながら、懸命に虚空に向けて咆哮した。震えた今にも泣きそうな程の痛々しい声で。エンダーの耳に僅かでも届くことを願って。竜としては情けない振るまいだが、こんなときに誇りなど関係ない。とにかく生きないと……。





だが、現実はそれでも非情を貫いた。


「――――!!」


突然、右を飛ぶ一羽のカルグレイスの鳴き声がギルファーの咆哮を掻き消すように空に響き渡る。そしてその鳴き声が合図だったのか、編隊が散開し高度をそれぞれ上げていき、夜空を覆う白い霧の中へと姿を消していく。ギルファーを掴んだカルグレイスもそれに続いた。掴まれた脚の爪が深く鱗に食い込み、傷は更に悪化させていく。


顔を痛みに歪めながら彼は目を細め、周りの様子を確かめようとした。今更ながら下を再び見下ろすと、地面はもう霧で見えない。だが代わりに黒く反り立つ山の岩肌が視界全体に広がり、目前まで迫っていたことに気付く。そして現れた岩肌と平行しながら、彼の身体は上へ上へと持っていかれた。


カルグレイスが高度を上げたのは、この山が原因なのだろうか?だとすると上には……。


「――――!!」


いきなり、頭が痛くなるような鳴き声が頭上からけたたましく降ってきた。その声は今までに聴いた、カルグレイスの鳴き声ではない。まるで何かを激しく求めるような、幼さの残る声。自分は以前、父親に対して似たことをしたことがある。獲物が……自分の元へ持ち込まれたときに。


(まさか……!!)


ギルファーは迫ってくる脅威に戦慄する。産まれて間もないときは、自分がカルグレイスの立場だった。だが今はその逆。獲物として連れていかれた。そして……獲物が天敵によって突き付けられる最悪の終着点は……。


山の頂上に到着したのか、傍に続いていた岩肌が唐突に切れる。また霧の立ち込める層を過ぎた為に、真っ白で見えなくなっていた視界がこのときになって、ようやく晴れて“しまった”。霧の張る場所よりも高い夜空は、それ以上遮るものがなくはっきりと星の輝きを放っていて、ある意味で天国のように思える。





だが下に目を向ければ……そこは地獄に他ならなかった。


登ってきた山の頂上には、地面から引き抜かれたであろう枯れた木々と、カルグレイスの羽根が円形になるように重ね並べられていた。周りは厚く中央は底を深く。構造は、人間の城で見た人工の丸池に似ている。そこを取り囲むように、目撃した全てのカルグレイスが上空を飛び回る。


彼らによって造られたそれは……巣。かつて自分が我が物顔で居座っていた場所だった。だが今はそこに灰色の羽毛を持つカルグレイスの雛が数羽、底を覆い隠すように占領している。大人びていない羽根をその場で羽ばたかせ、こちらへ鋭い嘴を伸ばしながら……。赤い雛の飢えた目は全て、ギルファーへとむけられていた。


「ひっ……」


自分が食われる。想像するだけで恐怖のあまり、咆哮する声が止まって身体が思うように動けなくなってしまう。心臓の鼓動が激しくなり、上手く呼吸が出来なくなる。それは逃げ場のないところまで追い詰められたときの絶望感だった。


(嫌だ……こんな所で死にたくない!!)


背けたい現実に心が挫けそうになり、ギルファーの青い眼からは涙が溢れ出した。涙は頬を伝うことなく、風によって後方へ流れ虚空へと消えていく。耳を澄ましても父親の咆哮の欠片すら、聞こえてこない。聞こえるのは、カルグレイスの雛が親に餌をねだる破滅の鳴き声だけ。


(父さん……助けて……!!)


彼は心の中で弱々しく呟き、最後のあがきとばかりに今出せる限界の声で咆哮を繰り返す。自分は父親がカルグレイスに振り切られることを、十分に予想出来なかった。父親を過信し、敵を甘く見ていたのだ。それが……この結果だった。


そして……自分を掴んでいたカルグレイスは、雛の待つ巣の上まで飛び上がると、躊躇うことなくギルファーの拘束を解き、落とした。拘束が解かれるとゾッとするような浮揚感と共に落下が始まる。雛達はそれを見て喜びの奇声を上げ、口を大きく開けて待ち構える。


彼は本能的に翼を広げ飛ぼうとするが、経験も体力もない為に風を掴めず、重力に従って落ちていくしかなかった。


「うぁぁぁぁぁ―――――!!」


ギルファーの断末魔のような悲鳴が、静寂の夜空に木霊した。

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