44 羽ばたきの朝
追記:ここからは再びギルファー視点で物語を展開します。
今回は朝のワンシーンだけです。主人公達も少しずつ成長していきます。
「ん……」
ギルファーは閉じていた瞼を持ち上げ、目を覚ました。起きたばかりのせいか視界が霞んでよく見えない。だがぐっすりと眠っていたせいか、頭は冴えていてそれ程疲労感は感じなかった。
身体をよじりながら前脚で立ち上がろうとすると、何か暖かいものが自分に触れて尾に絡みついていることに気付く。軽く巻き付かれていて時折ピクピク動くのでくすぐったい。
これは何だろう……?気になったので触れている右側に視線を移す。因みに左側はエンダーの硬い鱗に覆われた脇腹である。当然心臓の鼓動が諸に聴こえるのだが、そちらは聞き慣れているので違和感はなかった。
問題の右側にいたのは……エントラルだった。自分に身体を寄せて丸まり、父親の方には全く触れず眠っている……尾をこちらのそれに巻き付きながら。まだ小さな腹を上下させて眠るその寝顔は、とても心地よさそうに見える。
「……」
ギルファーは起床早々の溜め息を漏らす。そして彼を起こさないように尻尾を上手く振って、この小さな拘束から逃れようとした。離れることが嫌なのか途中でギュッと絞められて痛くなるが、バシッと比較的自由な尾の先端で叩くと大人しくなり、その隙にスルリと抜け出すことに成功する。
エントラル。死の淵から救い、家族の一員として迎え入れた混血竜。今や自分を兄のように慕ってくれ、抑えていた思いをこちらへ向けていた。信頼を寄せたいという思いを……。
だが、これは行き過ぎているような気がする。仲間同士で尾を重ねるなど普通はしない。たとえ雄同士でも。混血だから……と割り切ってしまえばそれまでなのだが、取り敢えず甘えが強いことは明らかだった。
「あんまり頼り過ぎないで欲しい。僕も……自信がないんだから」
極力抑えた声で、眠る彼に目を向けながら静かに呟くと、後ろ立ちになってエントラルの頭を優しく撫でた。心地よいのか、低い唸り声が彼の牙の間から漏れ出る。その反応に思わずギルファーは小さな笑みを溢した。頼りにしてくれるのは嬉しい。だけど自分も彼を頼りたい。困ったときに。だから……。
ギルファーは未だ眠る彼らに背を向けると独り、前脚を地面に下ろして洞窟の外へ歩き出す。別に何処か遠くへ行きたいとかの意図はない。ただ、異世界の朝を見ていたいというちょっとした興味だった。
起こさないよう、滑らかに削れた岩肌へ慎重に鉤爪を立てながら彼は出口を目指す。が、途中で黒ずんだ何かが視線に留まった。足を止め、遠くにあるそれを目を細めてじっと見据える。黒ずんだ何かはとても小さく……彼の青い瞳に映った。
(竜が火を吹いた痕……?でも、この匂いは……)
ギルファーは気になってそれに近づく。匂いこそ薄いが、微かに焦げた臭いに混ざって……人間の臭いがした。様々な臭いがごちゃ混ぜになった特徴的な臭い。それがここにあることに首を傾げてしまう。どうやら人間もここを訪れるらしい。
黒いものの正体、それは集められた小枝や細かく割られた木の燃えかすだった。一ヶ所に積み重ねて燃やし、明かりのように使っていたと思われる。火はとても小さかったのか焦げた痕が少ない。そして傍で人間の匂いが強く残っていることから、彼らの仕業だと直感で思った。
(この世界の人間は……僕達竜のことをどう思っているのかな?)
ふとそんな疑問が浮かぶ。ここは竜のいた洞窟だ。存在自体が大きいだけに、当然近隣の人間は知っている筈である。それを承知で入ったのだから、何か事情でもあったのだろう。もしかしたら父さんの言う竜討士かもしれない。
でも、そうだとしたら……どうして竜を狙うのか。理由が解らなかった。自分は混血だから狙われる。でもここは異世界だから……他の理由?それとも単に……。
しかし、考えが明確な形になる前に頭を振って思考を止める。それ以上は考えたくない。あのときのトラウマが……蘇ってしまう。人が……怖くなってしまう。
ギルファーは負の連鎖に囚われる前にその場を離れて、そそくさと本来の目的である朝日を眺める為に洞窟の外に出る。途中、登り坂で突き立てようとした鉤爪が滑り、腹から転んだことは誰にも言いたくない出来事である。これには余計に気分が沈むが、何とかやる気を再起させて穴の外へと這い出すことに成功した。
洞窟を出ると、外はまだ夜が明けていなかった。だが朝日が昇る兆候として空は暗い藍が薄くなり、東の空が徐々に明るさを増してきている。夜を支配していた星空はその光に溶け込んでいき、月は西の地平線へ太陽と入れ替わるように消えた。彼はそののっそりとした光景をじっと静観する。
そしてしばらくの沈黙が流れた後、ギルファーは自らの翼を広げた。藍と紫の斑点がある青く薄い皮膜とそれを支える八本の翼の骨がうっすらと透ける。彼の翼は何度も記述したようにまだ幼く、飛ぶことはまだ難しいものの少しずつだが成長していた。
彼は首を曲げて翼をしばし見つめると、後ろ立ちになり鉤爪を硬い岩の地面に突き立て、離れないように力を込める。これは絶対に必要なことだ。バランスを取れずに崖から落ちたら冗談では済まないのだから。
息を吸って深呼吸すると、意を決してその場で今まで使わなかった翼をバタバタと動かし羽ばたかせる。小鳥のように速く動かすことは出来ないが、ゆっくりと……しかし一つがそれに相当する力を生み出す。そよ風に比べればとてつもなく重い風が自分の周りに吹き、身体に感じる地面に触れた感触が薄くなった。
(でも……まだ飛べない)
試すのはこれが初めてだ。だからこそ翼の筋肉がすぐに熱を持ち、羽ばたきが鈍ってしまう。息が切れて前脚が地面についてしまう……。
ギルファーは翼を閉じてその場にうずくまりながら目をつむり、くらくらする意識を何とか保とうとした。筋肉は成長と共についてきてはいる。だが力が足りない。身体を浮かせることすら無理だろう。しばらく経てば自分は飛べるようにならなければならないのに……。
そんな焦りが募るギルファーの閉じた眼にふと、白色の光が当たる。閉じた暗い視界が一気に明るくなり、眩しさを感じた。翼を動かした疲労があるが、彼は静かに目を開けて光の正体を見据える。何なのかは判っていた。
光の正体……それは待ちに待った朝日だった。自分の世界と変わらず、決して凝視することの出来ない白い光をこの広大な大地に向けて振り撒き、暗闇に沈んでいた世界を照らしていく。自然の緑が際立ち個々それぞれの本来の色が露になる。自分の青い鱗も光によって輝きを放つ……。
まだ最初だ。何度も練習していけば必ず……飛べる筈。それまでは……頑張ろう。そして、いつかは異世界を……。
「―――!!」
ギルファーは大きく息を吸い込み、甲高い竜の咆哮を上げた。自分が憧れる気高い心。人間に恐れを抱かせる叫び。声はまだ幼い為、狼の遠吠えのようになってしまうが構わない。それが今の自分なのだから。
直後、太陽は地平線から完全に顔を出して光を強め、この世界の一日の始まりを告げた。ギルファー達の一日の初まりも同様に。小鳥の囀りが森に響き、暖かい風が吹く。
ギルファーは咆哮し終えると、エンダーとエントラルに心配を掛けないように広大な景色に背を向け、再び洞窟の中に戻ろうとした。そのときだった。
「―――!!」
何処か遠くから、竜?の咆哮が聴こえた。自分とは全く違う声質。力を誇示するようなものではなく、まるで自分の声に応えるような咆哮。思わず振り返ってしまうが、当然視界にその相手はいない。遥か遠くにいるのだろう。
ギルファーはこの意外な反応に驚きつつ小さく笑うものの、もう一度やることはせずに静かに洞窟の中へと戻った。返事をしたいがもう朝だ。それに下手に咆哮すると、この世界の竜や竜討士が寄ってきてしまうかもしれない。遊びはここまでのようだ。
洞窟内に戻ると、二匹は既に目を覚ましたところだった。
「ギルファー、心配したんだよ!!」
「今まで何処に?心配したぞ。ここがどのような世界か知らないのに、無闇に独りで動くのは危険なのだから」
自分がいなかったことでエントラルから寂しそうな目を向けられ、エンダーからは無事だということにホッと胸を撫で下ろされる。彼らにはちょっと悪いことをしたが、今回は仕方ない。あれは独りで居たかったのだから。自分だけで……自らを見つめ直す為に。
「ごめんなさい……。ただ、この世界の朝がどんなものかなって気になったから……」
その言葉にエントラルはしょんぼりとうなだれる。尻尾が軽くシャッと地面を払い、いじけるようにフンッと小さく鼻を鳴らす。どうやら相当ショックだったらしい。
「なら、僕も誘って欲しかった……」
「また今度誘うから……今日はごめん」
謝罪の代わりにとギルファーは前脚を上げ、起きたとき同様に彼の頭をポンポンと軽く撫でる。それが嬉しいのか表情がパッと明るくなり、こちらを見上げながらコクコクと頷いた。その仕草は本当に血の通った弟のように見えてしまう。歳は自分と同じだと本人から聞いた筈なのだが……。
「取り敢えず……気を付けてくれ、ギルファー。今から狩りに行くが……外にはあまり出るな」
一方でエンダーは安心しつつも珍しく、自分の行いを咎めた。今までは大半が愛情故に許していたが、ここが未知の危険が潜む異世界なだけに今回は警告される。どうやら……勝手が過ぎたようだった。
「分かった……」
ギルファーは沈んだ声で洞窟の外へと歩いていく父親の頼みを呑んだ。軽はずみな自分の行動が余計な心配を掛けてしまった。まだ独りで生きて行ける力が……ないのに。人間一人ですら、勝てないのに。深く考えて反省した。
「でも、どうして……?」
エントラルはそこまで外に出ることを注意するエンダーにふと、尋ねた。それは怒られた自分も同じ疑問である。何故そこまで……自分達を止めようとするのか。
エンダーはその問いに直ぐには答えなかったが、洞窟の外に出て崖から飛び立つ直前に、ようやく閉ざしていた口を開いた。その声は真剣で……子供に対する優しさなど含まれない、厳しい口調だった。
「この世界には……人間“以外”に我々の天敵がいるのだから」
直後、飛び立つ際に起こる暴風が幼竜二匹に向かって強く吹く。その風は暖かい筈なのに、今は冬の凍てつくような寒さを感じた。
父親の瞳の中に……恐れがあったから。
意見や感想、不自然な点があれば投稿お願いします。
現在、次話の展開が3通り考えていて悩んでます。




