43-2 空間スタールテラン-side Gillfar
追記:こちらがギルファー視点です。差別化を図りました。
未読の方へ:視点が切り替わるだけで、内容は43-1と同一です。
空間スタールテランに到着……。尚、世界観など詳しい説明は順次していく予定です。
「ここが……空間スタールテラン……」
眼下に映る自分の知る世界と全く違う空気と景色に、ギルファーは思わず釘付けになった。何もかもが自分の知るものとは完全に異なる世界。それはまさに飽きることを知らない幼竜にとって、異世界の境界に次ぐ好奇の的であった。全てが初めてなだけに視線があちこちへと向いてしまう。それはエントラルも同じことだった。
空間スタールテランは、自分達が出発した世界の時間とは異なり、この世界は完全に太陽が落ちてしまっていて夜になっていた。風は暖かく穏やかに吹き、冬をとうに過ぎて春が訪れていることを静かに告げている。おまけにその空に浮かぶ月もまた、自分の知る白いものではなくどこか神聖な雰囲気を漂わせる青白いもの。星の位置も全く違う。とにかく……何もかもが初めてなのだ。
そんな空の上、正確には低い雲にぶつかる程度の高度で彼らは飛んでいた。まだかなり高いところからの景色なので正確には語れないが、少なくとも人里離れた森の上を飛んでいることは確かだった。一見するとどれも同じような木々が立ち並んでいるように見えても、恐らく生えているものはどれも同じではないだろう。加えて、川は蛇行することなくはっきりとした方向性を持って大地を切り裂いている 。
視線を前に向ければ自分達のいるところまでその背を伸ばす、雪を被った巨大な山脈が見えた。断崖絶壁にそびえ立つその威容は人を寄せ付けることなく、竜をその地へ降り立せる何かを漂わせている。
「凄い所だね!!異世界って。どれを見たことがないものばかりだ」
ギルファーは自らに渦巻く好奇の波に呑まれながら、興奮した声で前を見据える父親に言う。一世界のこと(それも一部)だけで満足していた自分がとても馬鹿らしく思えた。異世界へ目を向ければ知らないことなんて幾つもあるというのに。どうしてこんなにも視界が今まで狭かったのだろうか?
「そうか……。なら良かった。喜んでくれて……」
しかし、父親の返事はとても疲れ切った様子で力が感じられなかった。気付けばさっきまでの飛行速度がかなり落ちている。羽ばたきもとても弱い。そして呼吸も……荒い。
「父さん……?」
ギルファーは父親の異変に心配の声を掛ける。こんなに疲れた様子の父親を目にするのは初めてだ。さっきまで元気そうに喋ってたのに……どうして?訳が分からずギルファーとエントラルはお互いに顔を合わせ困惑してしまう。飛び立って疲れる程時間は過ぎていない。普通ならば悠々と飛んでいる筈なのだ。
「ギルファー、エントラル。訳は……後で説明する。今は……しっかりと背中に掴まっていてくれ。地面に降りるぞ」
息切れをしているのかエンダーの言葉は所々切れていた。二匹はその様子に大丈夫なのかと心配したが、当の本人が地面に降りると言うのですぐさまその考えを後回しにし、今は背中から振り落とされないよう棘に掴まることに集中する。途端にガクンと父親が翼を傾けて視界が揺れ、身体の中の臓器がフワッとなる違和感と、傾けたときの加速による突風が彼らを容赦なく襲った。
「父さん、物凄く息が荒いよ……大丈夫?」
疲労困憊した父親が近場にあった木々の生えていない場所を選び地面に着地すると、二匹はすぐさま背中から降りて傍に駆け寄った。どうしただろうか?もしかして……自分達が乗った所が悪かったのだろうか?嫌な予感がしてギルファーは不安な感情に襲われる。
「ハァ……大丈夫さ。これは世界を渡るときにある、副作用みたいなものだ」
父親はうなだれながらも巨大な青い瞳をこちらに向けてながらも、自分達を安心させようと小さく笑ってみせる。だが、その瞳の中は疲弊しきっていた。
「「副作用!?」」
エンダーの明かした衝撃的な事実に、二匹はそれぞれの瞳を大きく見開いて驚愕の表情になる。そんなことは初耳だったのだ。自分の抱いていた世界を渡るという壮大なイメージが、急速に変わっていくのを彼は感じた。
「そう、副作用。異世界間を行き来するときに使う能力は、身体の中に蓄えられた体力と精神力を対価にするんだ。だがその消費する量は並ではない。何しろ世界の扉を開けるのだから。多大なエネルギーの塊である世界に入るにはそれ相応のエネルギーがこちらにも要る。出るだけなら簡単だが……その逆は難しい。だから父さんでも疲れてしまうのさ」
重苦しい息をつきながらエンダーは説明する。声からするに話すのも辛そうだった。父親でもすぐに疲弊してしまう程のエネルギーの消費。今の自分なら……どうなるだろうか?考えるだけで寒気がした。
「じゃあ……能力は一度に何度も使えないってこと?」
今度はエントラルが質問する。彼もまた、自分と同じように動揺していた。夢のような能力にも、欠点が存在することに。しかも致命的な。
「ああ、使えない。一度に何度も使えば……例え生命力の強い私達でも衰弱してしまう。身体を休めなければ最悪の場合……死に至る」
死。一度は死の淵に立ったことのある二匹には充分過ぎる言葉だった。ギルファーとエントラルは直後に死の寸前の感覚を思い出してしまい、お互いに身体を寄せて苦しみを和らげようとする。その経験がある為に彼らの脆い心は揺れた。
「便利な力じゃないんだ……」
ギルファーは落胆して肩を落としてしまう。世界を渡る能力。それは自分達空間竜の最大のアドバンテージであると同時に、最大の弱点なのだ。さっきまで元気だった父親の今の様子を見て判る。もう今日は飛ぶことが難しいことが。
「万物全て……利点があれば欠点も必ずあるんだ。欠点がないものなんてない」
エンダーはそう言うと、疲弊した身体を無理矢理に起こし立ち上がる。相変わらず息が荒いことに変わりはないが、幼竜である自分達を伴っているせいか目の色はギラギラと強さを宿していた。こちらを見下ろして目を配りつつ、後ろ立ちになって周囲に視線を巡らせ警戒する。二匹は心配の声を上げるが、父親は大丈夫だと笑顔で応えた。
「取り敢えず……ここは危険だ。見たところ人里からは遠いが、街道が近い。竜討士にでも遭ったら不味いからな。移動しよう」
そしてゆっくりとした歩みであるが、空を飛ぶ竜では珍しく四本脚で深々と茂る森の中へと足を踏み入れる。二匹は父親に置いて行かれないように急いで後を追った。彼の一歩は自分達の十歩に相当する。それだけに走らなければならないのは必至だった。
「リュウトウシ……?」
横に追い付いたギルファーとエントラルは、歩きながら彼の口から出た単語を反復するものの、その意味が解らず首を傾げる。聞いたことのない名前だ。ここが異世界なだけに、そんな名前の生き物がいるのだろうか?
「我々の世界で言う、竜狩りの人間達だよ」
竜狩り。彼とエントラルにとって理解するには十分過ぎる言葉だった。自分を絶命させた元凶。許し難い行い……。あのときのことを思い出すだけで、彼の胸に残る傷痕の痛みと死の感覚がまた蘇り、地面に埋める鉤爪に自然と力が籠ってしまう。
「ギルファー……」
エントラルが自分の小さな異変に気付き、不安そうに声を掛けてくれた。数少ない親友である為に、彼はそういった負の感情に対して敏感に反応して、心配してくれる。その思いやりがギルファーにとっても、ささやかな支えになっていた。
「大丈夫。平気だから」
彼は歩きながら、横に並んで一緒にいるエントラルに視線を移し、苦笑しながらもこの思いやりに応えるが、内心動揺していた。傷が疼くなんて……。自分はまだあのときのことを引き摺っているのだろうか?
「安全な寝床を探すぞ。この世界は夜だ。ずっと背中に乗って疲れただろう。話しておきたいことは山ほどあるが、それは明日にしよう。今は……身体を休めないと」
一方でエンダーは一度話題を打ち切ると、やはり疲れもあってかそれからは無言で歩いていく。ただ、闇雲に寝床を探しているのではなく、ちゃんとした方向性を持っている。恐らくはここが何処なのか、大体は把握しているのかもしれない。
しばらく経ってから、自分達は成竜が複数匹入れる程の巨大な洞窟の入口にいた。人気もなければ、竜がいるということもない。“いた”気配及び、匂いだけは残っているようだが、それ以外はただの洞窟。どうやら、ここを今日の寝床にするようだ。
中に入る直前に、エンダーは何故かこの洞窟の名前を自分達に教えてくれた。何でも“クラマドの洞窟”らしい。だが名前云々よりも、問題はやはり中。どうなっているのか、非常に気になる。
「中は大丈夫だよ。元々ここは……私達のような空間竜が使う、簡易的な休憩場所なのだ。最近は、この世界の竜に占領されて使えなくなったが、見るからにどうやら何らかの理由で離れたらしいな。今日は本当に運がいい……」
エンダーは喜ぶように、小さく低い唸り声を発すると意気揚々と遠慮なく洞窟の中へと入っていく。二匹もようやく地面に横になれることが嬉しくて、はしゃぎながらそそくさとその後を追った。
中は当然のことながら、周囲が夜なだけに暗い。しかし、竜の持つ視力と暗がりに目が慣れ始めたのもあって徐々にその全貌が明らかになる。
洞窟の中は入り口の大きさ相応に広く、やや窪んだ所が見受けられる。また奥の方にはここに住んでいた痕跡なのか、おびただしい数の動物の骨が散乱していた。広い天然の岩肌は長い間使われたせいで削れていて、所々植物の棘のように尖った箇所がある。だが外に出るための通り道は大事に使われていた為、鉤爪の傷はやや残るものの、比較的滑らかだった。
天井からは何故かポタッと水滴が落ちてくるが、それ以外は自分の巣窟と変わらない居心地の良さだ。ギルファーは安心したようにホッと胸を撫で下ろす。
異世界まで飛んだ時間はかなり短い筈なのに、何故か身体が怠い。なので彼らは中をろくに観察することなく洞窟の真ん中に腰を下ろすと、さっさと尾を身体に巻き付け、丸まる。外がとても静かなことが幸いして、すぐ精神が眠りへと誘われていった。
数分後には三匹全員がすっかり眠り、洞窟内に心地よい寝息が響く。父親の脇には二匹がぴたりと寄り添い、いかにも幸せそうな表情を浮かべながらまだ小さな脇腹を上下させていた。
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