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Dragon World Tripper ~初まりの朝~  作者: エントラル
第6章 異世界の狭間へ(仮名)
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41 異世界への飛翔

今回は展開がクイック気味です。またようやくこの小説の代名詞の設定が出ます。

「異世界へ飛ぶ?」


エントラルが家族の一員として加えられてから、かれこれ二週間後のある日。いつもの朝(極夜)の狩りから巣穴に帰ってきたエンダーより、唐突に告げられたことに対するギルファーの反応がそれだった。エントラルも最初、大したこととは捉えていなかったので同じく首を傾げる。


「そうだ。まだ空を飛ぶことすら早いが、これからのことを考えて先にお前達に見せた方が良いと思ってな」


異世界を渡ること。人間基準で考えれば誰もが度肝を抜くようなものだが、その能力を生来持っている空間竜にとっては長旅程度のものであった。竜の行動範囲からすれば、一世界は狭過ぎるのだから。


しかし……。


「やった!!じゃあ……じゃあ見られるの?異世界の境界……空間を!!」


その宣言を聞いてようやく事の重大さを理解したギルファーは、金属が擦れ合うような金切り声を上げて喜ぶ。空間は彼にとって最も憧れの場所だった。自分の知らない世界が無限と広がる場所。それをこの目で一足先に目の当たりに出来るなんて……嬉しい以外の何物でもない。


「父さんの話していたあの場所に行けるの!?嘘じゃないよね!?」


この世界を自分の第二の故郷として、ギルファーの家族の一員となったエントラルも吊られて喜ぶ。今ではもうこの世界での生活には慣れ、エンダーのことを父さんと呼んでいる。その純粋に表れる感情は出会ったときよりも幸せそうに見え、初めからこの家族の一員だったように思えた。


「その通り。だが眺めるだけではなく、父さんが能力を使うのをちゃんと見ておくように。そして感覚を掴む練習をするんだぞ」


「「分かった♪」」


エンダーからの注意に二匹は無邪気に頷く。しかしもう頭の中が異世界という無限の可能性に向いていて、それどころではなかった。興味が先行して自分の力で行きたい欲求が二の次になる。


「今日はディスカレーンのときみたいに長旅になるからな。お腹が空かないようにちゃんと食べておくんだぞ」


そう忠告してから、エンダーは彼らの前に前脚や口で採ってきたアザラシや鹿、兎などを転がして差し出す。中にはまだ息が残っているものもいたが、それらはギルファーの牙によって器用に留めが刺される。エントラルは彼の真似をして同じように続く。


「ねぇ、ディスカレーンって何?」


この世界に来て間もない彼はギルファーに尋ねる。最低限食べられるもの位は覚えたが、人間のことについての知識は皆無だった。いや、そもそも竜が地名を付けるのは“重要な場所”以外ないのだから。


「人間の住んでいる街のことだよ。前、僕が……」


「あの場所なんだ……。なんか……ごめんね」


エントラルは思わず言葉に詰まってしまう。彼はギルファーから境遇を聞いたのだ。理不尽に追い詰められ絶望した記憶を。過ぎてしまった苦い思い出を引き出してしまったことに罪悪感がして、彼はすぐに謝った。自分も彼と同じ立場だったら、と考えるだけで胸が痛む。


「ううん、大丈夫だよ。ほら、一緒に食べよう」


ギルファーはそこまで気にしていないのか、鼻先で眼前に転がる獲物達を指す。どれも採れ立ての肉だ。これを見て手を出さない竜などいないだろう。彼らはすぐに食欲が湧いた。申し訳ない思いが残るが、ズルズルと引き摺るのは良くない。ここは話をこのまま流した方がいいと思った。


「じゃあ、頂きま―――」


ガブリ。エントラルが気持ちを入れ替え、かしこまって宣言しようとする。が、その前にギルファーは獲物にかぶり付いていた。牙で肉を引き裂き、動物の赤い血が周囲に撒き散らされる。彼らは混血なのだが、ギルファーは竜の獰猛な性格を強く受け継いでいるのか、こういうときだけは荒々しい。一方でエントラルは人間の性質が強く、振る舞いは常に理性的であった。


「……」


エントラルは先を越されたことに対して深く溜め息をつくと、前脚を器用に使って獲物の分解に入る。細かい話だが彼は骨が苦手なのだ。以前骨を噛み砕くことに失敗して、喉に引っ掛かってしまった記憶は完全なトラウマになっている。


僕も彼みたいに……。


獲物の肉に容赦なく食らい付くギルファーを横目に、エントラルはゆっくりと時間を掛けて骨と肉を分けながら食べる。自分はギルファーのように獰猛にはなれない。強い人間の理性がそれを押し込めてしまう。だからこそエントラルは、同じ混血竜であるが二つの対立する性格を使い分けられる彼に憧れた。


最も大切な存在で……そして自分の理想像でもある彼に……。





「父さん、僕ら今から何処の世界に行くの?」


朝の御飯を食べ終え巣穴の岩場の上に腰を下ろし、血塗れになった前脚を赤く細長い舌で舐め取りながら、エントラルはふと父親に尋ねる。異世界に飛ぶのだ。何処へ行くのかを具体的に知りたかった。まだ自分の住む世界の全貌すら理解していない彼にとって、異世界は謎多き黒い湖のようなものだから。


「私達がこれから行くのは空間スタールテランだよ。と言っても……どんなところか分からないだろう?」


空間スタールテラン。自分が空間エストランにいたときに僅かだが、母親から耳にした異世界の名前だった。


「僕の母さんから……聞いたことがあります。でもどんな世界かは……」


そもそも異世界へ行くこと自体がなかったのだ。それどころかエントラルは巣穴近くをうろうろし、周囲からの差別に怯える日々を過ごしてきた。そんな彼が異世界のことなど、知る筈もない。


「まぁ、詳しいことは飛んでいる間に教えよう。今は身体を休めて感覚を研ぎ澄ますんだ。空間を越える能力にはコツが要るからな」


エンダーは巨大な前脚で優しく彼の小さな頭を撫でると、寝床の下に散らばっている獲物の骨を前脚で一ヵ所にかき集め始める。寝床を汚さないようにする掃除だった。


そこでエントラルはギルファーに視線を移す。ギルファーはというと、前脚で掴んだ食べ残りの動物の背骨を使って牙の隙間に入り込んだ肉片を取ることに集中していた。どうやら今は二匹共々手が空いていないらしい。


仕方なく彼は藁の上に腰を下ろし、極夜で暗い朝の空を見上げながら次を待つことにした。その際に赤い流れ星が空を通過したように見えたが、気のせいだろう。赤い流れ星なんて……不気味過ぎるから。





「ギルファー、エントラル。背中に乗りなさい。あと長旅になるからしっかりと掴まっているように」


エンダーが二匹に注意するとその場に身体を落として座り、彼らが乗れるような体勢になる。彼の身体はそれでも彼らからすれば大きく、小さな小山だった。背中に乗ることが初めてのエントラルはどうやって這い上がればいいのか分からず立ち竦んでしまう。


「エントラル、こうやって登るんだよ。父さんはじっとしてて」


ギルファーは手本を見せようと、慣れた手つきでエンダーの後ろ脚の青い鱗に鉤爪を立ててよじ登る。彼は様々な用事で背中に何度か乗り、やり方を身体で覚えている為にそれほど時間は掛からない。最早日常茶飯事な位に習得していた。


エントラルも彼の動きを真似て必死に続こうとしたが、何度か脚を踏み外してコロンと地面に転がり落ちる。そしてひっくり返っては立ち上がりを繰り返し、ようやく彼の助力を借りて背中の中央辺りに着いた頃には、背中の鱗が傷だらけになっていた。


「うう……。僕ってこんなにも……」


この悲惨な結果に彼は情けなさ過ぎて泣きそうになる。ギルファーが出来たのだから自分も……と甘く考えていた為に、現実に上手くいかなかったショックは大きかった。


「そんな……泣くことじゃないよ、エントラル。もっと自分に自信を持とう」


その元気付けてくれる優しい言葉にエントラルは何度も頷いて、気持ちを落ち着かせようとする。こんなことで泣くもんか。僕は竜なんだから。また今度頑張ればいい。今は……堪えるんだ。


「背中にちゃんと乗れたか?」


エンダーが確認を取る為に首を回してこちらに視線を向けてきた。その気遣うような巨大なサファイアの瞳は彼ら二匹に等しく注がれている。


竜は他の子供など引き取る程、優しい種族ではない。だがギルファーの必死の説得によって、彼はこの家族の中に入れて貰えている。勿論説得されたエンダーの方は最初抵抗を感じたものの、時間と息子との仲の良い光景がそれをカバーしていた。


「うん、大丈夫だよ」


「大丈夫です」


彼らはそう返事を返す。そして父親の背中の棘を前脚で掴み、後ろ脚を鱗に突き立てて風圧に備えた。背中に乗るのが初めてのエントラルは緊張して脚に力が入る。ギルファーはそんな彼を兄のように見守った。


「じゃあ飛ぶぞ。しっかりと掴まってくれ!!」


エンダーがそう叫んだのも束の間、巨大な後ろ脚で崖を勢い良く蹴り両翼を広げ、大空に舞い上がった。今回はエントラルが乗っている為に最初はふらついて左右に傾くが、熟練の飛行技術ですぐに修正される。彼らが後ろを振り返ると、たちまち自分達のいた巣穴が背後に遠ざかっていった。


父親は徐々に高度を上げ、羽ばたきを強めていく。それはいつもの飛行方法ではない。異世界に渡る為の云わば助走だった。その始めて体験する動きに彼らの中に緊張感が漂う。


また、反対に温度はかなり下がっていき、冬の冷たさを上回っていくのが分かった。四肢の感覚が薄くなって、立てた鱗から脚を離しそうになる。しかし、今飛ばされたら命などないだろう。だから二匹は叩き付けるような風に引き剥がされまいと自分の翼をきつく閉じ、必死に爪を立てて堪えた。


「ここから集中してくれ!!」


エンダーが暴風の中で叫んだ。直後、彼の額が何よりも深い青に輝き始める。そして急速に見えないエネルギーが自分の下へ収束して、全体に再び広がっていくのをエントラルは感じた。まるで身体を流れる血と同じように。加えて今までの寒さが一気に消えていき、逆に燃えるような熱さに変わる。


「あっ……!!」


気付けば父親から発せられた光が額から全体に広がっていた。翼の皮膜が薄い水色に、鱗は額からの光と同じ色に光輝いて自分達を包み込んでいる。それはまるで一つの青い流れ星のようだった。


「行くぞ!!異世界へ!!」


エンダーが再び叫んだ瞬間、光が強くなり目が眩んだ。視界が青い光に遮られ反射的に目を閉じてしまい、どうなっているのか状況が掴めなくなる。ただ、収束と拡散を繰り返してきたエネルギーが一瞬だけエンダーの身体全体を薄い膜となって包んだことを感じることが出来た。


また目を閉じる間際、自分の前に巨大な白く光る輪を見た気がした。あれが何だったのかは分からない。だが、次に目を開けたときには自分達は……自分のいた世界という括りから完全に出てしまったということを知る。


つまり……そこは世界ではなかった。





彼らが消える直前、空間エバンヌのアルトネイン湖上空では一筋の青い流れ星が流れた。その流れ星は地面に落ちることなく平行して空を飛び、一瞬だけ輝きを増した直後、光の粒を残して消滅したという。


人間から見るとこの現象は珍しい。だが空間竜からすればごく当たり前のこと。何故ならばこれが異世界を渡る空間竜の持つ特殊能力の“副産物”なのだから。


異世界共通ではこの特殊能力を世界渡り、“この世界”に於いては人間によって“世界を流れる星”と呼ばれている。

意見、感想があれば投稿お願いします。


「世界を流れる星」と「世界渡り」に付ける別名が思いつかなかったので、そのままにしてあります。思い付いたら追加する予定です。

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