37 味方
これで下書きで執筆していた部分全てが終わります。
ここは……どこだろう?
またしても暗闇の中にいた。しかしさっきとは状況が全く違う。寒さが和らいで暖かい。また今までなかったものがあった。それは何かに触れているし物音も聴こえること。しかし身体が重い。どうしてだろう?僕は何で……目を閉じているの?
「うっ……」
エントラルは重い瞼を持ち上げて目を開いた。初めは視界がぼやけていて何も見えなかったが、周りが少しだけ明るいのは分かる。段々とはっきりとしてくると自分が横向きに身体を倒していることに気付く。
あれ……僕、どうしちゃったんだろう……?
彼は身体を起こそうとしたが何故か手足に力が入らない。まるで固まってしまったかのように言うことを聞いてくれない。だからそのままで状況整理を始める。
自分は母親によって穴の底に落とされて、目が覚めたらいつの間にか雪原の上で倒れていた。それからは……彷徨い歩いて……雪原だと思っていた湖の中に落ちた。それからは覚えていない。なら、どうしてここに……?
エントラルは目をあちこちに向けて周囲の情報を集めた。周りや天井はごつごつした岩肌であることからここは洞窟の中だと分かる。だが洞窟だからといって真っ暗という訳ではなく、遠くから光を取り入れているらしく奥の岩肌がくっきりと見えた。また何故ここが暖かいのかは、自分の身体の下に山盛りの藁が敷かれているのだと理解する。
僕は……どうなっちゃうんだろう……?
観察を終えた彼は最後に不安に駆られた。どことも分からない洞窟の、何かの巣の中にいたから、そして自分には味方になってくれる存在がいないが故に。自分独り孤独のまま動くしかない。
ガサッ。
ここから何とか抜け出そうと何か策を巡らせかけた瞬間、遠くから何かが動く足音が聞こえた。エントラルはビクッと反応し咄嗟にその方向を見る。向けた視線の先には洞窟の出口。そしてその出口からは小さな黒い影がこちらに近付いてきた。まるで出口を塞ぐような形で。
彼は血の気が引き、相手が何なのか分からない未知の恐怖に身体が震える。今度こそ終わりだ。自分を助けてくれる竜なんていない。恐らく僕は何かの餌で……もう……。
来るな!!
心の中では激しく叫び、最後の抵抗とばかりに精一杯の声量で近付いてくるものに対して威嚇した。しかし自分が弱っていることと怯えての色が強いせいで、牙の間から出たのは弱弱しい鳴き声に近いもので、力がない。
効果はあった。相手の動きが止まり、やや警戒するように黒い影がゆらゆらと左右に揺れた。でもしばらくすると再び、今度はゆっくりと慎重に距離を詰めてくる。エントラルはもう一度試そうとするが、声が出なかった。強気にしていた姿勢が崩され、立場が絶望的なものに染まっていく。
ダメだ……もう……。
止められないことを悟ると、エントラルはギュッと目を瞑って自分がやられるその瞬間を覚悟した。閉じられた瞼の隙間から涙が零れる。
だが彼が恐れていたことは起こらなかった。こちらに近付いてくる足が止まり、しばらくの間謎の沈黙が降りる。
「怖がらないで。大丈夫だから……」
そして向こうから声が掛けられた。その声は暗闇の中で聴いた声の同じもの。だが向こうも緊張しているのか言葉が震えているが……とても優しい。
だがエントラルは初めその言葉を疑った。暗闇の中での声と似通っているとは言っても嘘かもしれない。自分を安心させる為の……甘言だ。だから激しく頭を振って否定する。もう騙されたくない。自分には味方なんて誰も……。
「僕は……君の味方だよ。何もしないから……。だからお願いだ。怖がらないで欲しい」
これも嘘であり、「うるさい!!」と全力で怒鳴ろうと考えた。だが、そのとても必死な声に言い返す口が止まった。これは嘘をつくような偽りの心が籠っていない。純粋に説得して頼み込む……もの。本当に自分を落ち着かせようとしている。この自分から出される確信は……何なのだろう?
エントラルは閉じていた瞳を開く。少しぼやけた視界に、さっきまで遠くに見えた小さな影の本体が数メートル前にまで迫っていた。光に慣れてくるにつれて本体の全貌が明らかになる。
目の前に居たのは竜。自分よりやや身体が大きかったが、それでもまだ幼く見える。鱗の色は自分よりも濃い青で、背中の棘も直線的な反りを持っていて自分とは違う。頭の角は斜め上に直線に伸びた二本、そして特徴的なのは鼻先から生えている三日月の刃。明らかに自分の世界にいる竜ではなかった。
でも……。
エントラルはびくびくしながらも相手の幼竜を見つめる。その瞳の色も自分と同じくらいに濃いブルー。
「大丈夫?」
相手は首を傾げこちらを気遣うように尋ながらこちらとの距離を更に詰める。だが身体に残った本能的恐怖から一歩ずつ後退してしまう。心ではそんな気持ちなんて抱いていないのに……。
「まだ動いちゃだめ。助けたときだって凍死か溺死寸前だったんだから」
えっ……!?今、何て……。
エントラルは相手から出た言葉に絶句する。自分を……助けてくれた?そんな……信じられない。こんな言葉は耳にしたことがなかった。
「取り敢えず、君の食糧はここに置いていくから、ちゃんと食べてね」
先程の言葉に驚き固まる彼の反応など意に介さずに、相手はせっせと運んできたと思われる赤い血に染まった鹿の肉の解体した一部を目の前まで引っ張って来ると、こちらに背を向けた。その仕草は自分を差別するようなものではなく自然なもの。自分が今まで強く求めてきた……仲間の一員として接してくれる優しさ。
「あっ……待っ……」
エントラルは相手を呼び止めようとしたが、声が小さかったのと声を掛ける前にさっさと外へ出て行ってしまったことで叶わなかった。自分と息絶えた獲物一体が取り残されてまた周囲が静かになる。また独りになって心細くなり、ちゃんと話し掛けられなかった自分が情けないとこの時は強く思った。
でも……彼は後ろ立ちになり両前脚を心臓のある胸元の鱗に当てる。とても温かかった。そして……嬉しかった。自分を仲間だと思ってくれたことが……。彼はここにまた戻ってくるだろう。そのときには……ありがとうって言おう。
エントラルは相手から貰った肉を口にした。ずっと長い時間眠って空腹だったのか、すぐに全部が胃の中に収められてしまう。食べ終わるとある程度ボーっとしていた神経の感覚が戻って来た。身体の動きも少しは良くなる。しかし、それでも調子は悪くまだ疲労感が取れない。
食べ終えて残った鹿の骨を巣穴の隅に避けておくと、再び彼は藁の上に横になって身体を丸める。向こうは休んだ方がいいと言っていた。つまり、元気になるまではここに居られるのだろう。なんて優しい竜何だろう。こんな良いところ、なんで見つからなかったんだ?これなら……ずっとここに居たい。
しかし助けられたのはいいが問題もあった。自分の境遇について。もしかしたら自分が何なのか……知らないのかもしれない。いや普通に考えればそうとしか思えない。混血竜は純血竜とは相反する存在だから。忌むべき……存在だから……。
自分が混血竜ってことは伏せておこう。だって……向こうがもし知らなかったとして教えたら……また……。
だから安心はひと時しか出来なかった。だが、この時間を無駄にはせず目を閉じて眠りにつく。こんな夢のような時間を大事にしたい。そんな悲しいことを胸の内で秘めながら。
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