36 思いやり
今回は短めです。
教えられた通りに人工呼吸法を行い、幼竜が再び息を吹き返したときにはギルファーは完全に疲弊してしまっていた。だが結局幼竜は目を覚ますことなく、意識を失ったままである。飲んでしまった水は大部分を吐き出したので大丈夫だとは思うが、体温を湖の水で奪われている為に少なくとも自分よりかは衰弱しているのは明らかだった。
その状態を見た二匹は、一時的にだがこの幼竜を保護することを決めた。そしてギルファーと幼竜は身体が冷めてしまっているので即刻エンダーの背中に載せられて巣穴に戻されることで事態は収束することになる。そして今、彼らは巣穴に戻って暖を取っている。
「この子、大丈夫だよね?助かるよね?」
ギルファーは寝床に座るエンダーの脇腹にぴったりと寄り添い、寒さに打ち震えながら目の前に寝かされている幼竜を不安そうに見下ろす。この巣穴には冬の為に藁が下に敷かれているので、少しは暖まることが出来る。それでも今は足りないが。
「何とかな。だがかなり衰弱しきってる。藁の暖かさだけでは到底足りない。このままではこの子は常に危険だろう」
エンダーはそう言って身体をずらし、幼竜にも自分の恩恵が得られるようにする。成竜はちゃんとした炎を持つ。だからこそ身体がいつも温かいのだ。
ギルファーはガチガチに震える牙を噛み締めて頭上のエンダーを見上げた。
「ごめんなさい……。また父さんに迷惑を掛けて……」
衰弱しながら細目で申し訳なさそうに俯き、彼に謝った。結果的には助かったとしても無茶をしたことに変わりはない。エンダーがいたからこうして生きているのだから。
「父さんも心配したぞ。これでまたああなったらトラウマになるところだ。だが……」
父親は寝かされている幼竜に目を移す。
「お前はこの子を助けようとして湖に飛び込んだ。仲間を想うことは別段悪いことじゃない。問題なのはその為に無茶をすることだ。一匹で考え込むのは止めて欲しい。父さんだって何か手を貸すことは出来るから」
「分かった……」
ギルファーは反省の証に自分の頬とエンダーのそれとを合わせる。
「これから気をつけるよ。助けてくれてありがとう」
「その言葉が本当なら良いが……。まぁ、父さんはいつもお前の味方だぞ……おっと」
寝かされていた幼竜が突如ビクッと身体を震わせて腹に当たり、エンダーは思わず反応してしまった。二匹は目を向けると幼竜は更に激しく震え出して、何かを求めるように前脚を虚空に伸ばしている。
「どうしたのかな?」
ギルファーは心配になってエンダーから離れると、幼竜の傍に歩み寄り声を掛ける。だが返事を返さない。相手の顔は苦痛に歪んでいた。
「ねえ、大丈夫?」
彼は居ても立ってもいられずに前脚を幼竜の肩の上に置いた。
すると幼竜は彼の前脚が触れた瞬間、その前脚を自分のそれで掴みかかり自らの胸元まで強引に引き寄せようとしてきた。その前脚の力は強く、だが冷たく震えている。
ギルファーはこの幼竜の突然の反応に思わず振りほどこうとした。だが相手の手がとても冷たく、また閉じられた目がきつく、苦しんでいるように見えた為にその手が止まる。この子は寒さに震えて温かみを求めていた。また生きようとして自分の前脚を掴んだ。本能的に……強く。
ギルファーは幼竜が苦しむ様子を放って置けなかった。深く溜め息をつくと掴まれた前脚はそのままにして、身体をぴたりと寄せる。幼竜はこの新たな暖かいものがきたことを感じ取ると、それを求めて身体を密着させ尾まできつく絡ませた。
そうして彼に半ば巻き付くような形になってから、安心したのか大人しくなる。時間が経つと身体の震えが徐々に収まっていき、しまいには規則正しい寝息まで聴こえてきた。苦痛に歪んだ顔は緩みとても心地良さそうに見える。
冷たくて苦しい湖の中に落ちて辛かったよね、怖かったよね?もう……大丈夫だよ。僕が…傍に居て暖めてあげるから……。
ギルファーは心の中で相手に届くようにという願いを込めて呟くと、目をゆっくりと閉じて一緒に眠った。相手からは冷たさしか伝わらず、自分が寒くなっていく一方だったが構わなかった。
この子が助かるのなら……それでいい。後で自分が割けられたとしても。
エントラルは暗闇の中にいた。手を伸ばしても何も掴むことが出来ない。しかも身体は冷たく、痛いほどの寒気に襲われている。そしてその苦しい時間がただ流れ続けていた。誰もいなくて孤独なまま。彼は独りで取り残されることが怖かった。耳を澄ましても何の音もない。咆哮で呼び掛けても何も返って来ない。
誰か……誰か助けて……。
幼く心が脆い彼は時間が経つにつれてその恐怖に勝てなくなり、泣き叫んだ。誰かが傍に居て欲しい。相手がどんな竜でもいいから。この孤独の底から引き揚げてくれれば、それでいいから……。
そして身体が寒さに負け、意識さえ力尽きようとしたときだった。突然何もない場所から身体が暖かい何かに触れる。寒さを凌ぐことが出来ていない今、それは最も強く求めていたものだった。エントラルはすぐに暖かい何かに飛びついて、離さないようにがっちりとホールドする。しばらく経つと凍えそうな苦しみがその暖かみで緩んできた。疲弊した荒い息で必死に身体を温めようと更にきつく寄せて目を閉じる。助けてくれるものなら何でもいい。とにかくその辛さを和らげたかった。
「冷たくて苦しい湖の中に落ちて辛かったよね、怖かったよね?もう……大丈夫だよ。僕が……傍に居て暖めてあげるから……」
自分一人しかいないと思っていた暗闇の中でふと、そんな声が聞こえた。自分と同じ歳くらいの幼い声であり、今まで聴いた仲間の中では最も優しい声。自分のことを……心から想ってくれる声……。
「うん……。もう……離れないよ……」
エントラルはそう呟き目を閉じる。その瞬間自分の傷ついた心の中に安心感が広がって、心地よい何かが周囲をそっと包み込んでくるのが分かった。
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残り5ページ。約1話分。
次話からは原本写しから脱却し、未執筆の空白地帯を進んでいきます。なので更新が遅れる予定です。