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Dragon World Tripper ~初まりの朝~  作者: エントラル
第0章 物語の種は芽を出す
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3 子供の代償

更新が遅れました。こちらは前科 交通事故の死神より更新速度は遅いです。本命小説はこちらですが。

赤子の姿は竜だった。


身体は人間の赤子と変わらぬ大きさであったが竜としての特徴ははっきりとしている。自分の素質がちゃんと受け継がれていたのに、彼女の方は大きさ以外なかった。


「カムルデス、これは……どういうことです?」


どちらかに片寄ることは覚悟していた。だが、それでも信じられなかった。


王はかぶりを振った。


「分からん。何故こうなったのか、私も聞きたいところだよ。だが、まさしく人間と竜の間の子供だと言えるな」


エルエンは自分が産んだ子供を目にして少し驚いたが、手を伸ばし王の手の中にいる幼竜の頭を撫でた。


「ああ……私の子供。本当に可愛らしいわ……」


大きく息を吐き、次には夫であるエンダーに視線を移した。


「貴方に似てる。もちろん、私にも……。この子は貴方のように翼を羽ばたかせて大空を飛べるのね……」


段々と息が弱まっていた。


「エルエン?」


異変に気付き、彼は確かめるように呼び掛けた。何か嫌な予感がした。


「大丈夫なのか?しっかりしろ」


顔を近づけ彼女の胸に鼻面をくっ付けて心臓の鼓動を調べたが、やはりいつもより弱くなっていた。そのとき、「死」という言葉が頭の中をよぎった。


医者も気付き、急いで彼女の容体を確かめた。王は赤子を抱いたまま、彼女にしっかりしろと心配な気持ちで言う。


「脈が弱まっています!!」


医者は叫び、侍女に薬品倉庫からある特効薬の材料を持ってこいと王の承諾なしで命令した。もし普通の状態ならば反逆罪で罰せられるはずだが、こればかりは王は見逃した。本気で助けたいと思う者に罰はあり得ない。


侍女も自分の慕うエルエンに対しては見捨てはしなかった。人を集めて部屋を走って出ていく。


エンダーは薬品倉庫に入れず、また城の内部にあるので一生懸命に彼女を励まして薬が届くまで持ちこたえさせようとした。しかしその希望を打ち崩そうと死神は攻めた。心臓の鼓動は一定を失い、荒い息づかいは次第に静まっていった。


「エルエン、こんな所で死ぬな!!私を一人置いて行かないでくれ。またあの時の別れを繰り返したくない!!」


泣き叫ぶように言った。今度こそ本当に巡り会えない確信があった。甲高い声がどこまでもこだまする。


(エンダー……)


最後の力を振り絞るように言う。


(私はもう……駄目みたい……。貴方の顔も、子供の顔も……全てが見えない……)


(エルエン、諦めては駄目だ。生命がある限り生きろ!!子供が酷く悲しむ。それに私一人で子供の世話をするなんて無理だ。君が消えたら私は何を支えに生きればいいんだ?)


竜の中で最も恥ずべき涙を半ば流して訴えた。冷静さを殴り捨てて尾が悲しみに比例して強く床を打ち、穴をあけそうだった。


残った者はその光景を厳粛に見守った。彼女の傍でエンダーと同じことを言いたいと望む人も中にいたが、二人の邪魔には出来ないとして動かなかった。


彼女は右手で胸を押さえて喘いだ。


(エンダー……貴方なら出来るわ。私達の子供を育てることも……、生きることも……)


心同士の結び付きも弱まってきてエンダーは更に焦った。


「早く!!早くしてくれ!!薬を早く……」


竜は甲高く咆哮した。咆哮の意味は人間でも理解出来た。お願いだ……彼女を自分から奪わないでくれ……。


しかし、薬は来る気配がなかった。エルエンとの交信は遠ざかっていき、途切れ途切れになった。


頼む……来てくれ……。エルエンが……死んでしまう……。


彼女のあれだけ血色の良かった顔が蒼ざめて死の影が差してきた。


(エルエン、逝くな!!駄目だ……!!)


せめて魂をここに繋ぎ止めようとした。心臓の鼓動が今にも止まりそうに……。


(エンダー……)


最後の遺言のように彼女は口を開いた。生命の灯が消える前の輝きを放っているのが伝わってきた。せっかく本当の幸せが手に入れたと安心した矢先なのに……。神の定めた運命がどれだけ残酷かを最悪の形で思い知った。


(私は……前世で永遠の愛を……一緒に誓ったあの場所で……待ってるから……。悲しまないで……エンダー。また会えるから……)


(ウァルナ……)


エルエンは苦しく呻き、死の間際の感覚と共に心の交信が消えた。鼻面を触っていた右手が力なく彼女の上に落ちた。目をゆっくりと閉じ、そのまま動かなくなった。今まで険しかった表情が開放されたようにふっと緩んだ。もう息も、心臓の鼓動さえも聞こえない。彼女の瞼から涙が落ちた。


「ウァルナ!!」


竜が叫んだときにはもう魂は昇天していた。


(その子の名前は……ギルファー……)


頭の中でそんな声が唐突に聞こえた。ウァルナの声で。


エンダーは鼻面で彼女をそっと押した。返事はなかった。死んだとは分かっていても、確かめずにはいられなかった。本当に死んだことが受け入れられないから……。


彼はそれを何度もした。彼女の名前を呼んだりもした。こんな形で終わってしまうのは嫌だった。せめて苦しむことのない老衰であって欲しがった。子供と引き替えに彼女の命を奪い去るなんて……。


どうしてなんだ!!胸の内で叫んだ。繰り返す度に涙が溢れ出た。


「ウァルナ……」


エンダーは鼻をすすり、頭を持ち上げ両手を胸の上に合わせて安らかに眠る彼女の亡骸を見て、次に産まれ産声をあげる子供を見下ろした。


まだ生後間もない幼竜は出産に伴う痕がはっきりと残るが、何の異常もなく生き生きとしていた。姿が竜ということは医者が勇気を振り絞ってエルエンの腹の中から取り上げた時に分かっていても今だって目を疑った。でも……この真実を受け入れるしかない。


赤子は紛れもない竜の子供。普通なら卵から孵るはずだが母親の腹の中で人間と同じように育ったために体長はエンダーが目を細めてやっと見える程に小さく貧弱だった。


「ウァルナ……、逝っては……駄目だ……」


エンダーは自分の命ぐらいに大事だったエルエンを失った悲しみを拭い去れず肩を落として嘆くばかりだった。何千年も前から愛していた人……。種族から追放されても彼女は自分を大切にし、受け入れてくれた。その何気ない優しさが……何度傷ついた心を癒し、光を与えてくれたか。彼女を失うことは自分の一部を失うのと同義だった。


前世からの願いを叶え、幸せになれると確信したのに……こんな……。


ウァルナ……。


エンダーは悲痛な声をあげて泣いた。竜が泣くことは絶対あってはならない掟であったが、悲しみが重くのしかかってきた。耐えられなかった。絶望のあまり目の前が真っ暗になる程に。大粒の涙が頬を伝って高価な藍色と白の夜空を描いた絨毯の上に落ち、染み込んだ。


もう終わりだ……。ウァルナのいない未来なんて生きることに何の価値があるというのか。一族の恥を一人で背負って何百年も生きていくなら、後を追って死んだ方が……。投げやりな気持ちに陥った。


その時、幼竜がまた甲高く泣いた。彼はハッとしてその声に呼び止められ、赤子の方に振り返った。


幼竜は王から恐怖に怯える侍女の手の中に渡され、すっぽりと身を横たえていた。濃いサファイアのような輝きを放つ鱗に覆われ、しっかりと小さな脚には鉤爪が並んでいる。翼は閉じられているが小柄な体格に対してかなり大きいが、竜としての特徴はちゃんと備わっていた。無邪気そうなブルーの瞳が自分を見つめている。目にはエルエンの面影があった。


「ギルファー」


エンダーは侍女を更に怯えさせるのも構わず、エルエンが死ぬ間際に名付けた名前を呼び、幼竜と頬を合わせた。幼竜は自分の親だと理解したのか小さな鼻面を彼に押し返してくる。その仕草はしばし安らぎを与えてくれた。


いや、死んではいない。あの時とは違う。今はこの子がいる。二人の愛の結晶がここに。この子は恐らくは自分以上に辛い差別を受けるだろう。それから守らないと……。


「この子の性別は?」


エンダーは医師に尋ねた。


その質問に医師はため息をつく。


「分かっているはずです」


同時に幼竜が力強い鳴き声を出した。雄だった。エルエンはこの子の性別を当てていた。彼女は最後に知った上で名付けていたのだ。エンダーは驚いた。


「エンダー」


王は呼び掛けた。


竜は声の方に向き直った。王を見たとき、頬が涙で濡れているのが分かった。もちろん、自身も状態が同じだが。エンダーはとてつもない怒りを受けるだろうと覚悟した。エルエンを死なせてしまった責任は自分にあるのだから。


カムルデスは亡骸が横たわるベッドに膝をついた。


「本当に逝ってしまったのか?」


溢れる涙を手で拭いながら尋ねてきた。未だに信じ切れていないようだった。情けない態度を見せて答える姿は始めて人々に明らかになった。


エンダーはガックリとうなだれて頷いた。愛する娘を失った悲しみは父親にもある。もしかしたら、絶望的なショックは父親の方が大きいかもしれなかった。彼もまた同じ思いのはずだから。


「私の可愛い娘よ……こんな……」


王は頭を打ち、泣き崩れた。エンダーは一言もかけず、そっとしておいた。泣くのなら泣き尽くした方がいい。堪えてもいつかは流れ出るのなら……。そう考えるとやはり自分も再び涙が出てきた。中途半端に泣くよりは……。


結果、周囲の人々よりも長く、約一時間心を閉ざし、悲しみに二人は浸った。自覚していなかったが、途中でエンダーは哀悼の咆哮をあげた。


他の上級貴族や兵士らはこの咆哮を聞き、エルエンの死を知り城内だけでなく門外まで全員が哀悼の意を彼女に捧げた。この瞬間だけ国全体が建国されて以来の冷たい沈黙が訪れた。全てはエルエンのために。民も例外ではなく。


泣き止んだと見計らってエンダーは巨大な右前脚をぬっと彼の左隣に差し出した。


「父様」


子供が産まれた以上、呼び名を改めなければならないと口調を変えた。


王は反応して振り返ったが、視線はすぐに子供の方に向けられた。立ち直ったとは言い難い脱け殻のような目にエンダーは心配したが、穏やかな声で侍女に言った。


「もう一度、子供を抱かせてくれ」


侍女は顔色の悪いカムルデスを気遣いつつ、子供を預けた。


「我が君、大丈夫ですか?今は休んだ方がよろしいかと存じ上げます」


いつもの尊敬語で勧めたが、首を横に振って拒否した。


カムルデスは毛布にくるまれた竜の子を改めて見つめた。幼竜は抱く相手が変わったので今度は何だと目をぱちくりさせ、可愛いらしかった。姿は違えどエルエンの息子だ。二人とも分かっていた。


「ギルファー」


優しく子供の名前を呼んで小さな頭の下の顎を掻いた。すると幼竜は返事の代わりに長い舌を出して王の手を舐め、身体を刷り寄せた。ギルファーの仕草は竜そのものであり、人間のものでもあった。二つが見事に混ざり合った個性は混血だけだろうと誰もが思った。


産まれたばかりで鱗はまだ軟らかく、触れるべきだっただろうかと後々不安にさせた。


「よしよし。いい子だ、我が孫よ」


「父様」


エンダーは今度は強めに呼び掛けた。


「何だ?」


「これからどうしましょう?」


主語なしで話題を次に振った。二人にはその意味が分かり、暗い雰囲気になる。


向こうは子供を可哀想に見下ろした。幼竜は純粋に見つめ返した。それが余計に彼の判断を迷わせた。苦しい決断に呻いた。


「この子は私の孫なのに、大事な跡継ぎだというのに……」


「私はその子を貴方に渡しても構いません。ただ、せめて顔だけでも拝めるのなら……」


対してカムルデスは頭を振った。


「それは無理だ。城の中でこの子が安心出来るような場所はない。竜に対する反感が強い者達に命を狙われるだろう。それに差別の目がある。この子を育てるのなら恐らく先には辛い試練が待ち受けていると断言できる」


侍女が持ってきたミネラルウォーターをグラスに注いで飲んだ。


「故に……」


半分飲んでグラスを下ろした。


「君の方で暮らした方がよっぽど幸せだ。父親と一緒なら苦にはなるまい。こんな、汚れた権力争いから遠ざけるべきだ」


周囲の人々を敵に回す爆弾発言だった。暴露した直後、あたりがしんと静まった。


エンダーは自分の子供を見つめ、しばらく考え込んで答えを出した。


「分かりました……。その提案を受け入れさせて貰います。初期の体格差は魔法で何とかして育てますので……大丈夫です」


頭を王に向かって下げた。


「頼んだよ、エンダー……。だがその代わり……」


寂しい声で言った。


「たまには私の所に顔を出してくれよ」


「はい。本当に……いいのですか?これで……」


少し決定を躊躇った。


「これでいい。この子が平和で幸せな一生を送れるのなら……」


赤子を手放すまいと言えるぐらいに強く抱き締め、物静かに別れを惜しんだ。衛兵らはその場に膝をついてギルファーに敬意を表した。それに吊られて残りもそれに習った。一番早かったのは医者だった。


「この子に追い風が吹き、幸せに暮らせることを。どうか誇り高き英雄になることを願って」


最後にカムルデスは言い残し、エンダーの前脚の中にそっと乗せた。エンダーも慎重に子供を受け取り、抱いた。幼竜は巨大な父親と顔を合わせて話し掛けるように高くクゥッと鳴いた。


「ギルファー……」


エンダーは彼の名前をもう一度呼んだ。全てはここから物語は始まった。エルエンの遺体のことを気にしなかったのは彼女の亡骸が次第に薄くなり、消失したからだ。ギルファーに始めて目を向けたその瞬間に。まさに“向こう”で待っているという遺言通りに。そして合図を示すように。

主人公 ギルファーが登場し、第0章はこれにて終了。次は第1章主人公の幼少期が始まります。こちらも章が終了する度にまとめを次章の始めに投稿します。


現在本小説のペース

執筆ページ/投稿ページ分

210/36

原本より、一部を省略しています。

意味が分からない人は第3話活動報告参照。

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