33 儚い願い
またEntralサイドに戻ります。今度も短めですが後で長いパートが発生する予定です。
座標:空間??? 空間暦(上12桁省略)79年末
場所:???
「あ……う……」
エントラルは全身に走る身体の痛みで目を覚ました。ずっと意識を失っていたのか感性が鈍い。目の前にあるのはひたすらに星の輝く真っ暗な空と、こちらにゆっくりと落ちてくる白い何か、そして自分が倒れている白い地面の周りを取り囲む深い森だった。
あれ……ここは……?
エントラルは混乱していた。こんな雪の降る場所に来た覚えはない。いや、その記憶すらおぼろげで曖昧だ。何故ここに自分はいるのだろうか?
そのとき一陣の冷たい風が吹き、彼はその寒さに身震いする。身体を貫くような、凍てつく寒さだ。だが、そのせいで頭が冴えて一気に忘れていた様々なものが戻ってきた。雪のはっきりとした冷たさや、心に空いた暗い穴……即ち悲しみが彼を目覚めさせ、現実に引き戻す。
「母さん……」
エントラルは絞り出すような声で呟くと、自力で雪原から起き上がる。母親にやられた傷はそのままで立つのが辛い。だがそれでも痛みに耐えながら、改めて周りを見渡した。
さっきまでは自分の巣穴にいて、そこから落とし穴に落ちて……。でもどうして外のこんな場所に落ちたのだろう……?記憶を整理するが合点がいかない。今は夏の筈なのに……なんでここは冬でしかも夜なの?しかも昼だったのが夜にいきなり変わるなど真逆の状態だ。それだけ自分は意識がなかったのかな?
だが……一つだけはっきり言えることがある。それは自分が親に捨てられたこと。母親が恐らくは自分をあの崖から落とし、この場所に送ったこと。唯一確証が持てると言いきれても、それは最も辛い現実だった。
「ううっ……ぐぇっ……」
エントラルは頭をうなだれて俯き、静かにまた泣いた。自分は母親を信じていた。いや、信じるしかなかった。例え他者に関係を求めても痛い報復を受けてしまう。だからこそ信用を全て親に託していたのだ。
だが親は自分を裏切った。いざというときに自分を守るようなことをせず、それどころか突然の別れの強要のような仕打ちをし、食べ終わりの牡牛の骨の如く捨てて行った。
「お前はもう、私の子供ではない!!消えろ、消えてしまえ!!」
頭の中に母親が最後に口にした非情な言葉が蘇り、心は更に痛んだ。本当は……僕のことなんてこれっぽっちも想っていなかったんだ。自分に向けていたあの愛情すらも……全部嘘……嘘だったんだ!!
エントラルは暗い星空を見上げ、悲しみの咆哮を上げた。だとすればもう自分は本当に独りだ。もう誰も自分のことを信じ受け入れてくれる竜なんていないし守ってもくれない。巣立ってもいない幼竜にとって何よりも辛いことだった。
それに……ここが何処なのか分からない。自分の生まれた世界なのかそれとも違う世界なのか……何もかもが無に投げ出されていた。どちらにしても、帰る場所なんてない。ただ……自分は彷徨うしかない。死ぬまでずっと……。涙がぽたぽたと地面に落ちて真下の雪を少しずつ溶かした。
エントラルは孤独の寒さに震えつつ、この広大な雪原の上を一歩、また一歩と足を踏み出した。自分には何も残っていない。その中での絶望と悲しみの旅のスタートだった。食べ物もなく、空腹で倒れそうなか弱い力で。本当ならば巣の中にいて親と一緒に居るべき存在が、守られもせず外に捨てられて生きる術をも知らずに……。
ザクッ。ザクッ。
雪の上を鉤爪のついた四本脚で歩くとそんな音がした。怪我をした箇所からの出血で残った足跡には赤い血痕が残る。目指すのはすぐそこにある森。森の中ならば殆ど見つからない。こんな異常に広い雪原にいたら、すぐにでも何かにやられてしまう。自分の立場を理解しているが故に恐怖が更に増して怯え、何よりも誰もいない場所を選んだ。
自分は……これから何をすればいいのだろう?分かんないよ……。
心の支えを失ってしまった彼の中は空っぽだった。先を見通すどころか目の前の何気ない壁すら自分では乗り越えられない。親を幼いうちに失った子供に、未来などなかった。
ザクッ。ザクッ……ガリッ。
雪原の上を歩き、その度に雪が削られる音が突然変わった。エントラルはハッとして歩みを止める。恐る恐る踏んだ地面をよく見るとそこは地面ではなかった。
自分が踏んでいたのは氷。それより前の地面は鉤爪が削った跡がくっきりと残ることから雪だと区別できる。そして削った氷を通して先を見るとそこには黒い何か。彼は嫌な予感がした。
彼の予想に答えるかのように周りからピシっという何かにヒビが入るような音が立て続けに響く。そのあとは何かが軋むような不気味な音も遅れてやってくる。自分の周りからは本当に地面にヒビが入り、今にも割れそうになっていた。彼が広大な雪原だと思っていた場所。その実態は氷が張った巨大な湖だったのだ。そして彼の真下は不幸にも張っていた氷が薄い場所だった。
早く逃げないと……。
エントラルはすぐにその場から離れようとする。そのときだった。
ガシャーン!!
彼が焦って動き、足を強く踏み過ぎたせいで彼の真下とその周囲の氷が割れてしまい、エントラルは冬の零下にも達する冷たい湖の中に落ちてしまった。エントラルが湖の中に落ちたとき、真っ先に感じたのは雪よりも冷たく心臓を凍らせてしまう寒さと痛み。身体の中から温かさを吸い出されていくような感覚が後からくる。冷たいという概念から外れて壊されるような激痛も。
その中でエントラルはこの地獄の苦しみに抗おうとした。全ては生きる為に。こんな場所で終わりたくなかった。だが現実は非情にも彼の体力と体温を容赦なく奪い、死へと引き摺り込もうとする。
彼は必死に四肢を動かして抵抗した。でも徐々に弱っていく。口の中の酸素は尽きそうになり、身体の動きが鈍くなる。そして何よりも出口である水面が遠ざかっていくことは彼の心に傷を深くつけた。
嫌だ……よ
僕はこんな形で終わりたくない……。誰かと一緒に居たい。自分の全てを……理解できる仲間と……。
ゴボッ……。
口が完全に開き体内の酸素は尽きた。息がまともに出来なくなり、身体の動きも止まり暗い闇の底へと沈んでいく……。瞳はずっと出口の水面を見つめていた。
誰か……誰か助けて……。
エントラルは来る筈のない助けを心の中で悲痛に叫んだ。一番叶って欲しいと強く願うものだった。自分には……何も価値がないことくらい……分かっているよ。何の役にも立たないってことくらい……自覚しているんだよ。
でも……助けて……。
心の中で最後にそう呟くと、エントラルの意識は暗い闇の中へ静かに沈んでいった。たった一匹で。
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残り20ページ。約3話分。
段々と根本的なストックがなくなってきました……。




