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Dragon World Tripper ~初まりの朝~  作者: エントラル
第5章 異世界からの追放者
37/56

32 極夜

再び元の世界、空間エバンヌに戻ります。また、今回もまた短めです。

座標:空間エバンヌ 空間暦(上12桁省略)79年末 同時刻

場所:アルトネイン湖付近の巣穴


ギルファー殺害計画が破綻して数か月が経過し、季節はもう冬へと突入していた頃。





「ん……」


ギルファーは巣穴の中で目を覚ました。外の空気がとても冷たい。だから彼は父親であるエンダーの脇腹に小さな身体を寄せて眠り、冬の寒さを凌ぐ為に温かみを分けて貰っていた。だが、急に巣穴に吹き込んだ北風のせいで眠りが妨げられたのだ。


細い目で洞窟の外を覗いたが外は真っ暗。まだこんな時間なのに……なんでこんな時に起きてしまうんだろう?近くには白い雪が降り積もり、中まで小さな雪崩が押し寄せてきていた。ちらちらと月光で光る雪の結晶がキラキラしているのが見える。


ギルファーは再び寝る気にはなれず、ふと雪が気になってエンダーの翼の下から這いだし少し変わった巣穴の中を探検する。中まで降り込んだ雪を脚で踏むとボフッと独特の音を立てて凹み、足跡が残って身体に冷たさを感じた。ここは巣穴という安全地帯なのでじっくりと踏んだ雪を観察する。まだ産まれて一年も経たない彼にとって、雪は絶好の興味の対象だった。だからこそただ積もった雪に飽き足らず、降って来るもの一つ一つとあるものを見たくなり今度は巣穴の外に出てみる。


外は先述の通り夜なので暗い。しかもこの竜大陸(ウェルグ大陸)は最北端ということもあり、冬には太陽が数か月昇らない極夜という時期がある。そして今はその時期の終盤に当たっていた。だがこの極夜でも明かりの代わりとなるものが存在し、この暗い竜社会を支えている。


それはオーロラ。ギルファーはその正体など知る由もないが、空に映る薄い光の衣は美しく心奪われるものがあった。彼は崖の上の巣から出て、北風をまともに受け寒さに震えてでも雪と一緒にこれを眺めたかったのだ。更には満天の星空も加わり、彼に幻想的な景観を見せる。


「綺麗……」


思わず感嘆の声を漏らした。この空の美しさは自分の鱗のそれでは到底敵わない。自然の織りなす神秘的な光景は同じく自然に生きる竜と共にあり、人間が失ってしまった純粋な芸術でもある。彼はそれを目にすると心が癒され、胸が仄かに温まるのが分かった。


不思議と翼が開き、この中を飛びたいという衝動に駆られる。だがまだ幼い彼には出来ない。でもそれをいつか現実のものにすることを夢見て、今はバサバサとその場で小さく羽ばたいた。


「起きていたのか、ギルファー」


背後でそんな優しい声が聞こえたので振り向く。そこには眠気たっぷりな眼でこちらを見ているエンダーがいた。自分が傍にいないことに気付いて起きてきたらしい。眠気が残っているせいでその動きはかなり鈍く見える。


「父さん。起きて来なくても良かったのに……」


父親の体調を気遣ってギルファーは言う。だが既にその言い出しっぺである彼の身体には雪が小さく降り積もり、一部が白くなっていた。なので何度か身体を震わせて雪を落としている。


「お前が突然居なくなって心配したのに……。こんな場所で外を見ていたのか……」


心配して損をしたとでも言いたいのか、エンダーは深くため息をつく。そして息子の傍に静かに寄り添い両翼を広げ、ひらひらと舞い落ちる雪から守るように包み込む。


だがギルファーは自分に迫る翼を前脚で止め、父親に首を横に振って答える。


「いいよ。僕は大丈夫だから……心配しなくてもいいんだ」


そう言ってまた空に浮かぶオーロラに視線を戻す。オーロラは色彩を緑色から紫色へと変えようとしていた。


「お前が風邪を引いたら大変だ」


「だから大丈夫だよ。僕はこれでも半分は竜だ。人間みたいにやわじゃない」


そう強がりを言いながらもエンダーの脇腹に身体を擦りつけて温かみを分けて貰おうとする。ギルファーは素直ではなかった。


「それに……この景色を自分だけで眺めたかったんだ」


自分は最後には独り立ちをしなければならない。それに護ってくれる親はいつまでも生きていることはない。だからその為の……練習だった。普通なら成竜になれば自然と巣立っていくが、自分にそれが出来るのだろうか?差別に耐え兼ねて……ずっと依存してしまうのではないか。とても不安だったのだ。


「またそんな寂しいことを……。一緒に見た方が楽しいだろう?」


エンダーはギルファーの考えをネガティブに捉えているのか気遣う。そして首を曲げ自分を見下ろしながら言った。竜の子にここまで愛情を注ぐ親はそんなにいないだろう。人間の心を持つ混血竜だからこそ、その気遣いを人間レベルにまでやっているのだとギルファーは思う。


「ううん。独りでいい」


だがそれでも彼はかぶりを振った。その答えにエンダーはうーんと唸る。


「独りでいるとまた新しい発見があるかもしれないから……こうしているんだよ」


ギルファーは前脚を父親の翼から離すと、今度はそれを前に伸ばし雪を両方で受け止めじっくりと塊を観察しながら理由を口にした。親の見方で満足するのではなく、自分なりに理解してみたいという試みをやりたいから……。


「そうか……」


エンダーは観念して俯くと翼のドームを折り畳む。そうして一緒に、静かに降って来る雪とそれが積もった白銀の雪景色に包まれた針葉樹の森を一緒に眺める。


冬の夜。最も生き物が動かない刻。夜行性は別として、外は静寂が支配していた。


「ねぇ……」


ギルファーはあることを思いついて口を開く。それはとても簡単な願いであるが、今の状況では彼には出来ないこと。


「この中を散歩したいな……」


その提案にエンダーは少しの間躊躇ったが、最後には頷く。


「確かに新しい発見があるかもしれないな……。よし、行ってみようか」


「うん」


ギルファーは笑顔で父親に答えた。

意見、感想がありましたら投稿お願いします。


原本総執筆ページ / 投稿ページ = 237 / 214

残り23ページ。約4話分。


極夜の世界って一体どんなものだろう……?

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