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Dragon World Tripper ~初まりの朝~  作者: エントラル
第5章 異世界からの追放者
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31 裏切り

異世界という曖昧な枠で考えれば似た事象が起こっていてもおかしくはない。

「グスッ……うえーん……」


エントラルは一匹のまま泣き続け、竜達の襲撃に怯えながら数キロ先の自分の巣穴に戻った。他者から苛められている彼にも一応帰る場所はある。もっとも、安全とはとても言い切れるものではないが。


「ただいま、母さん……」


昼間の明るさから暗い穴の中に入ったとき、エントラルは沈んだ声で中にいる存在に向かって話し掛けた。そうして重々しい足取りで踏み込んでいく。ここが唯一帰ることの出来る場所だった。


「お帰り、エントラル……」


返事を返したのは黄金色の鱗を持つ雌の成竜の声。彼女は穴の奥でじっとしていて、彼が戻ってくるのを深い緑色の瞳で見つめていた。その瞳には我が子を心配するような、また何かに悩んでいるような複雑な感情が映る。


彼女の名前はカノリア。彼を産んだ母親だった。


「お母さん……またなんだよ。僕が話し掛けたら……何もしていないのに苛めてきたんだ。折角頑張って声を掛けたのに……どうして……?」


エントラルは泣き叫び、母親の脇腹に寄り添って身体を丸め一緒に座り込んだ。今のところ、彼の存在を認めてくれるのはカノリアただ一匹しかいなかった。だからこそ彼女に自分の辛い話を吐き出している。何故苛められていたときに母親がいなかったのか、それは彼自らが勇気を出して単独で行動していたからだった。


その告白にカノリアは片翼を広げ、そっと彼を包み込む。


「貴方が人間と竜との混血竜であるからなのよ。仕方のないことだわ。皆そのことを認めずに排除するのが当たり前とか、そう考えてしまっているのだから……」


頭を下げて傷つく我が子の頬を自分の頬と合わせ、原因を静かに明かす。彼を慰めたいが、彼に突き付けられている事実を否定するような言葉が見つからない。母親も苦悩を抱えていた。彼が求めているのは自分という存在を肯定するものだから。


「何とか……出来ないの……?」


エントラルは甘えるような、だが哀しい声を発して頬で押し返しながら尋ねる。彼にとってこれが数少ない癒しだった。母親と一緒にいることがどれだけ安心するか……。外が地獄と考える思う者でなければ分からないだろう。勿論母親に依存はしたくない。だが外の状況がそれを強いていた。


「母さんもそれを必死で考えているのよ……」


カノリアは彼の頼み込むような発言に疲れ切った様子で答える。頬を彼から離し、俯いて深く何かを考え始めた。その顔はいつになく真剣かつ悩んでいるようにも見えて、エントラルは心配になる。


「母さん……?」


エントラルは母親を見上げ呼び掛ける。彼も出来る限り母親の力にはなりたかった。自分が普通の竜とは劣る分をそれで補おうとする為に。


その声にハッとなって我に返り、彼を見下ろして目を見開く。どうやら深く考え事をしていて上の空になっていたようだった。


「なっ、何でもないわ。大丈夫よ、エントラル……。心配してくれてありがとう」


母親はそれから短い間、取り乱したような振る舞いをしていたが、すぐに立ち直った。一方で彼は何を考えていたのだろうと疑問を抱く。


「本当に……?」


「本当よ。母さんを信じなさい」


エントラルはカノリアを不安そうに見ていたが、彼女の笑顔を向けられると大丈夫なんだと表の顔だけを純粋に信じて疑うことをしなかった。しかし、それがいけなかった。


「うん」


静かに頷く。何も知らずに。


息子の返事を聞き取ると母親はむくっと四本脚で立ちあがった。そして巣穴の出口に向かって歩いていく。穴の中の岩肌と鉤爪が擦れてギギーと耳触りな音を立てた。


「何処に行くの?」


エントラルは自分から離れていく母親を寂しそうに見つめる。出来れば一緒に居て欲しいと願うが、今日の母さんの様子は変だった。まるで自分といることを避けているようで……。母さんだけで考えたいことでもあるのかな?板挟みの状況にはっきりと言えなかった。ついていこうとする意志を、自分の口から。


「狩りに行ってくるの。エントラルはここで待っていなさい」


母親はやや強めの口調で彼に言い残すと、ゆっくりと巣穴の外に出る。出てからはすぐの崖の先に立ち、鱗と同じ黄金色の翼を広げ、地を蹴り大空に舞い上がった。エントラルは巣穴からその姿が消えるまでを見送る。


狩り……。こんな時間から……?


彼はその知らせに嬉しくなるが、いつもとは違う生活リズムに戸惑った。今は昼過ぎでしかも夕方とも言えないごく普通の時間。空腹ではあるものの、何処か違和感があって落ち着かなかった。もう昼は鹿と猪で済ませたのに。


母さん……早く戻ってきて欲しい。


ここは安全地帯だが、一匹巣に取り残されることを思うと寂しかった。この世界で唯一自分を否定しない存在。それが今、彼を支えていた。どんな目に遭おうとも、それさえ居てくれれば十分だった。


エントラルは寂しさを堪えつつ、身の回りで何か遊べるものはないかと視線を動かして探す。同時並行で先程、成竜から怪我を負った部分の傷を細長い舌をちょろりと出して舐めた。


「うっ……!!」


舌先が傷口に触れる度に彼は小さく呻きを漏らす。やはり痛かった。幼竜の彼にとってはかすり傷ですら敏感に反応し、耐えるのは辛いものであるのだ。この傷が自分の責任ではなく相手が故意にやってきたのなら猶更だった。自分はただ話し掛けただけ。何もしていない……。


エントラルは自分の翼を片方だけ広げ、翼の皮膜に映るグレーと白の斑紋を眺めた。まだ翼は幼くて飛べるような代物ではないが、それでもこれは竜であることの証である。


自分だって……いつかは飛べるんだ。母さんみたいにきっと……。


エントラルは自分の父親を知らない。人間であることは確かなのだが顔を見たことはない。母親から詳しく教えられてもいない。だから母親をとても大切に想っていた。自分が知っているのは、自らが異世界を渡る力を持つ空間竜であることくらい。そしていつかはこの世界を出て、別世界で暮らすんだと心の中で強く願ってきた。


「あれ……?」


広げていた翼を閉じて何気なく巣穴の壁に目を向けると、そこには何か文字が書かれていた。壁中にびっしりと。白い文字で小さく、まるで小さな生き物が丁寧に描いたように細かく……。


この模様は何だろう……?


エントラルは首を傾げた。彼は文字というものを知らない。だから頭の中にはただの模様と映る。だから模様になど意味はないと考えてしまうのが普通の竜の考えだ。だが、彼は違和感を察知した。うっすらとだが。


何か嫌な予感がした。自分の巣穴にこんなものがあっただろうか?今まで無かったのにどうして……。一匹だけでここにいるだけに不安に陥る。


キーン……。


そう思っていた矢先、突然近くで金属同士がぶつかったような……そんな甲高い音が響いてきた。巣穴が狭いだけにさらに反響音が大きくなる。エントラルは思わず前脚で細長く伸びた耳を塞いだ。耳の中で強く反響して、しかも聴覚が鋭いせいで頭が痛くなる。


これは……何なの……?耳が……痛い!!


目を強く閉じてその場にうずくまった。


キーン……キーン……!!


音は収まらず容赦なく大きくなり、共鳴する回数も多くなってきていた。何かが始まるようなそんな感覚。見えない力が自分の近くに集まり、形になろうとしている。しかもこのエネルギーは外から、何本ものパイプのような流れでここに……。エントラルは警戒しながら閉じていた目を開き、細目で周囲の状況を確かめた。


何コレ……?一体何が起きているの……?


エントラルは目にした光景を目の当たりにして、その異様な雰囲気に恐怖のあまり固まってしまう。謎の高い音は壁に描かれた模様から発せられており、しかもその模様は白い輝きを放ち激しく点滅していたからだ。


キィィィィン!!


音が段々と短時間に連続したものになり、今度は模様が動き始める。自分の下からは模様が円形に形を取り一つの結界のように彼を取り囲んだ。


嫌だ……怖い……。こんな場所に居たくない!!


エントラルは悲鳴を上げ、耐えられなくなり急いで嫌な感じを振り払うように巣穴の外へ出ようとする。だが、それよりも先も描かれた模様の効果が発動する。模様が一際眩しい白光はっこうを見せた瞬間、巣穴の中の地面が溶けるように消失した。当然のことながら彼は暗い空中に投げ出される。足場を消された巣穴はもはや奈落の底と化し、落とされそうになった。何も知らない彼はこのあり得ない現象に怯えるしかない。


「……!!」


あと少しの所で落とされそうになったが、エントラルは巣穴の出口付近にある岩に全力で掴まることで難を逃れた。さっきまで自分が立っていたところはもう存在せず、代わりにどこまでも広がっているような暗い世界が支配している。模様は地面のみを消し、壁そのものは岩肌色のグレーから不気味な紫色へと変貌させていた。


助かった……。


エントラルは鉤爪で岩場にへばりつきながら安堵の息をつく。何でこんなことが起こるのか知りたかったがそれは後にしよう。崖の上に立つ穴が中まで崖にされるのは心地悪い。紫の魔法陣(彼は知りません)が未だに展開される中、彼は崖の上に登れる最後の岩に手を掛けた。


取り敢えず、崖の上に登ってこのことを母さんに……。


ミシッ。


崖の上に前脚を乗せたところで、それを誰かに踏みつけられる感覚。直後に前脚に痛みが走り小さく呻いた。エントラルは顔を歪めて痛みに耐える。後ろ脚は一応岩肌に鉤爪を立てて今の態勢を支えているが、あと少しで立てたところの岩が砕けて足場を失ってしまう。そうなれば自分は終わりだ。


一体……誰がこんなことを……?


エントラルは元々の傷も合わせて苦しみながら自分を踏みつけ、奈落の底に落とそうとしているのか長い首を伸ばし仰ぎ見た。初めは怒りの籠った目で上にいた張本人を睨み付ける。だが光が向こうに当たったことで分かった意外な相手に言葉を失い、瞳を大きく見開く。


「かっ……母さん……!!」


自分を奈落の底に突き落とそうとしていたのは、自分の母親であるカノリアだった。その事実にエントラルは理解出来なくなる。彼女は自分が卵から孵ったときから一緒にいてくれて、育ててくれたのに……。まさか……そんな……!!


「許して、エントラル……。私はもう耐えられないの……」


カノリアは炎の揺らめきが見えるような目でそう悲痛に叫ぶと、崖に手を掛けていたか弱いエントラルの前脚を、自分の巨大なそれで踏み潰し始めた。鉤爪まで立てて無理矢理に崖から引き離そうとする。その力にかつての優しさなどなく、敵に向けるように容赦がない。


ピキッ。バキッ。


彼の前脚は骨が彼女の重みに耐えられずに一つ折れ、二つ折れる。鉤爪で刺された指からはダラダラと赤い血が流れ出た。普通に苛められるよりも酷い痛みに悲鳴を上げてしまう。


「痛い!!痛い……やめてやめて!!」


悲痛にエントラルは泣き叫んだ。しかし母親はその手を止めなかった。むしろ強くしていく。


「お母さん……お願い……。僕には……母さんしか……」


すがるように母親に呼び掛けた。ブルーの瞳からは既に涙が流れている。どうしてもカノリアと離れたくなかった。自分に何か非があったのなら、今からでもそれを直すつもりだ。こうするに至ってしまった理由を聞いてでも僕は……。


だが、現実は残酷過ぎた。


「うるさい!!お前が……お前が産まれたせいで……私は何もかも失った。お前が……全てを奪った……」


何かの怒りを込め、身体を震わせている。口にされた言葉に彼は何か嫌な予感がした。自分が壊される、そんな危機感を感じた。そしてカノリアは感情を抑えられなくなり、自分の本音を口にした。


「お前はもう、私の子供ではない!!消えろ、消えてしまえ!!」


エントラルはその言葉の槍に深々と貫かれた。多大な精神的ダメージを受け、元より脆い心が、母親だけで支えられていた心が粉々に砕け散る。全身の力が一気に失われていく。母親からの宣告は子供である彼から全てを奪い、壊した。


彼女から前脚をとうとう崖から引き剥がされ、そのままエントラルは奈落の底に落ちていった。瞳からは大粒の涙を流し、それが尾を引いて。

意見、感想がありましたら投稿お願いします。


原本総執筆ページ / 投稿ページ = 237 / 211

残り26ページ。約4話分。


因みに原本で執筆すると、一ページに1時間掛かります。

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