29 決意
これで第4章 明暗 後編は終了します。また、内容は短めです。
カシリルは竜大陸の誇る巨大火山、厳密にはクロモルス火山(標高4721シード)の麓にある、自分のねぐらの入口近くの崖から一人星空を眺めていた。親を何度も言うが、これ程親を憎んだことはない。ギルファーを見殺しにして、その上彼のことを忘れろと脅迫された。そしてそれを渋々承諾し寝床に戻った後、親が眠り込んだことを確かめて穴から抜け出して現在に至る。そう至った理由……それは一人で居たかったから、そしてギルファーのことを誰の制限もなく考えていたかったからだ。
ギルファー……。
カシリルは寂しそうに呟く。今日初めて出会っただけ、それなのにどうして……こんなにも大切なものに思えてしまうのだろうか?彼女には一応形としての仲間はいる。だが、産まれて間もない身の上である為に仲間の死など体験したことがなかった。あまりに早く突き付けられた死という現実。そしてその原因は……状況が深刻であったけれども……自分が彼の元を離れてしまったことへの罪悪感に他ならなかった。
そして何より彼女は彼と一緒に居たかったし、助けたかった。混血竜であるが故に差別され迫害されて苦しむ彼を。友達が欲しいのに自分の境遇を意識してしまい、近付くことの出来ない辛い気持ちを背負う彼を。カシリルは理解して自分が友達になろうと考えた。形だけの仲間は例え兄弟であっても話が合わず、ちゃんとした会話が望めない。ギルファーと話すときだって本当はどんな話をすればいいのかで迷ったが、向こうも同じ状態であった為にそう苦にはならず、また自分の話をちゃんと聞き入れてくれた。それが嬉しくて自分は段々と会話を増やしていくにつれて、“友達になろう”ではなく“友達になって欲しい”という強い願望へと変わっていった。彼と一緒に居れば自分が自分らしくいられるのではないかと、ギルファーと同じことを考えていたのだ。この一日で。
しかし彼はその一日で死んでしまった。しかも自分を守る為に。自分を犠牲にして。結局は彼が優し過ぎた。それが仇となり、致命傷となった。カシリルも確かにギルファーと友達になることで助けた。だがギルファーが自分に返してくれたものは友達になること以上に大きく、重いものだった。
もうギルファーには会えない。亡骸さえも。親からはしつこく忠告されて当分自由には動くことが出来ない。その間に亡骸は消えて無くなってしまうだろう。最後に謝ることも、さよならを言うことさえも叶わない夢となった。
ごめんね……ギルファー……。
カシリルは夜空に向かって言葉を投げ掛けた。
そして北風が自分に吹いてくる。そして羽ばたきの音が聞こえてきた。段々と、こちらの方向に。何処かの夜行性の竜が狩りに出掛けているのだろう。カシリルは虚ろにその姿を見ようと顔を上げた。だが、夜行性の竜がこの辺りを通るなど珍しい。
直後、自分のいる崖と同じ高度で飛ぶ一頭の成竜が傍を通り過ぎた。鱗の色は自分と同じブルー。羽ばたきがゆっくりとしていたので、その全体像をはっきりと目に捉えることが出来た。カシリルは何気なくただ過ぎていくその姿をじっと見つめていたが、背中にいる何かを目撃し、息が思わず止めてしまう。
ギルファー……?
カシリルは目を大きく見開いてその何か、(実際には幼竜)を見た。記憶に間違いない。彼だった。一瞬にして悲しみが消え、無事だった嬉しさが込み上げるが表情とその傷痕を見て再び気持ちが暗くなる。
ギルファーの表情は虚ろで生気が無くなっているようだった。それこそあの死によって何もかもが奪い去られたような感じだ。身体の生々ししい傷痕が小さい身体にくっきりと残り辛そうだ。致命傷となった胸の刺し傷は離れたここからでもよく見える。
生きていたという喜びと生きているがズタズタな姿でいる彼に対する申し訳なさで顔が歪んでしまう。謝りたい。今、ここで……貴方に……。
しかし彼は一瞬にして目の前を通り過ぎてしまった。成竜の羽ばたくスピードによって少しずつ遠ざかってしまう。カシリルは前脚を伸ばすがもう届かない。
「ギルファー!!」
悲痛に叫ぶが、答えは返って来なかった。たった一日だけの友達……。それが彼女にとっては大事だった。あのまま……続いて欲しかった。
やがて、成竜の姿は山の影に隠れて見えなくなってしまった。それをカシリルは静かに見届ける。
ギルファーは……生きている。
彼女にとっては大きな希望の光だった。つまりはまた会えるときが巡ってくるかもしれないということ。親の元を巣立てば……機会が必ずある。生きている限り……可能性は消えないから……。
今度こそ……。
カシリルは決心する。今は親がいるから叶わないけど……いつかは……。いつかはギルファーに会って、謝って……友達に……。
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原本総執筆ページ / 投稿ページ = 237 / 200
残り37ページ。約6話分。