28 終わらぬ現実
これを入れてあと2話で第4章が終わります。
「ギルファー……」
自分が不死鳥の名前を覚え切れたとき、エンダーは声を掛けてきた。
「何?父さん……」
「もう……大丈夫なのか?クルバスにやられて……怖くなかったか?」
この身を案じるように、不安そうに自分の顔色を伺ってくる。エンダーは身体のことを心配していたが、もう一つ精神的な傷を心配した。幼いときの記憶ほど、心身への影響が重いが故に。
その言葉を聞いたとき、記憶が一気に死の瞬間にまでフラッシュバックしそのときの感覚が蘇ってきた。誰からも自分は必要とされず、むしろ邪魔者として殺そうとする考えがまかり通り、生きることすら否定された絶望感。クルバス王子の容赦ない一撃と死に堕ちてゆくあの感覚……。そしてそれが現実へと引き戻していく……。
「うっ……!!」
ビクッと寒気を感じて身体を震わせる。また仲間からの圧力を思い出し、それに耐えきれず触ってもないのに胸の傷が痛み出した。前脚の片方でそこを当てて気持ちを鎮めようとする。
「ギルファー……」
エンダーは謎の発作に苦しむ息子に対して自分の巨大な翼を片方だけ広げ、護るように包み込む。
「怖かったよな?辛かったよな?でも大丈夫だ。もうお前を……独りにしたりしないから」
その言葉は自分に向けたものであるのは自明だが、同時に口にしたエンダー本人にも向けているものでもあった。直接言ってはいないが父親の自身を責める感情が、鱗を通して伝わってくる。また、包み込む翼にも次第に力が籠ってきた。
「ずっと一緒だからな……」
「うん……」
ギルファーは自分から父親の翼を前脚で更に引き寄せる。離したくなかった。この世界で自分の味方であって、常に傍に居てくれる竜は父さんくらいしか……。カシリルは……味方だと信じているけど……本人は今、ここにはいない。
「長老様、今回はありがとうございます。息子を庇ってくれて本当に助かりました」
エンダーは頭を下げて感謝の意を示した。ギルファーもそれに倣って同じことをする。
「礼は要らん。これはイレギュラーが事件だった。どちらかと言えば竜事(人事の竜ver)の不備があった私の責任だ。こちらこそ許して欲しい」
エンダー以上に自責の念を持っているのか、長老の方も重い身体を引き摺りながら頭を垂れた。それから頭を上げると表情を硬くして辛い現実の話題を彼らに持ち出す。これもまた、彼が責任を感じているものだった。
「それに……ギルファーはまだ完全には救われていない」
「救われては……いない?」
ランデスから言われた言葉の意味が理解出来ずに父親とギルファーは固まる。そんな状態をよそに長老は淡々と内容を話す。
「そうだ。今回の事件の首謀者が捕まっていないからな。人間サイドも竜サイドの者も、誰一人、一匹として。それに……」
長老は更に言葉を続けようとしたが、途端に口をつぐむ。しかし話しかけたことを止める訳にはいかないのか、彼の前で残酷な宣告を下した。
「ギルファーの敵は純血竜の殆どだ。今後もこの子に同じ、いやそれ以上の災難が降りかかってきても不思議ではない……」
それはギルファーにとって非情過ぎる宣告だった。つまり、永久に自分は同じ竜に仲間として受け入れられることもなく、死ぬまで周囲の攻撃に怯え続けるということに他ならない。今はエンダーが傍にいてくれるが、もし居なくなってしまったら……。そう考えると怖かった。ずっと一緒で……。
嫌だよ……。僕は……。
ギルファーは高くか弱い鳴き声を発すると父親の脇腹の鱗にピタリと自分の身体を寄せた。
「長老様、それはあまりに……残酷過ぎませんか?」
エンダーは身体を震わせ、怒りと悲しみのあまり低い唸り声が牙の隙間から漏れ出る。対してランデスは冷静さを保っていた。
「これが現実だ。残酷だが世論がそうなっている以上、竜王である私でさえもどうすることも出来ない。竜は元来群を成すことを嫌う種族だからの。一匹の竜の言うことなど、重要なことを除けば聞き流すだろう。しかし、だからと言って偽名で存在を隠して誤魔化せるほど仲間は馬鹿ではない」
「そんな……」
エンダーはガックリと肩を落とした。理解者がいてもこれは……少な過ぎた。それだけ混血竜は世間から疎まれ嫌われているのだ。だからこそ、種族を越えた愛は子供に辛い一生を背負わせてしまう。
「父さん……」
ギルファーは自分のことで悩み苦しんでいる父親を見上げるしかなかった。
「今はこの子を育てることに集中するのだ、エンダー。ここで其方が打ちのめされてどうする?エルエンが例え生きていたとしても状況は変わらなかっただろう。お前と彼女はこうなることを知っていたのではないのか?」
ランデスはエンダーに怒りと励ましを以て話を続けた。そこに長老はいないのであくまで予測の域を出ない話だが、確信を持っているような口調に父親の心は揺れ動く。
「……。そうですね。いずれにしてもこれは避けることは出来なかった。私もそう思います。種族から迫害されてでも意志を通し続けたエルエンなら……ギルファーを守る為に命を張っていたことでしょう。我が妻の遺言を果たす為にも……私は……」
エンダーは強い意志の籠った目でランデスに向かい合い、そう言った。若干この事実に納得していないようにも見えたが、エルエンのことを想い続けた彼はその意志をちゃんと継ぐ為に、消えかけていた内なる炎に輝きを吹き込んだ。そして頭を再度深く下げる。
「また助けを借りるかもしれません。そのときはまたお願いします」
「それはもう当然のことだよ。竜の血を少しでも引いている以上は我々兄弟と同じ仲間だ。その仲間同士が真っ当な理由もなく潰し合うなど長老として、この竜大陸を治める竜王として許せぬものだからな」
長老は静かに、だが火山の噴火直前のような抑え気味の冷たい怒りを込めて二匹に告げた。齢を経れば経るほど感情が表に出にくくなるのはこの世界の竜の特徴だ。
「では、これで失礼します」
エンダーは最後に軽く会釈すると、そのまま踵を返し神殿の外へゆっくりとした歩みで去っていく。
「ありがとうございました、長老様」
ギルファーもそれを真似して会釈をすると、すぐさま立ち去っていく父親の背中を追って行こうとする。
「待て、ギルファー」
その際、ランデスは彼を呼び止める。ギルファーは静かに長老の言葉に従い、頭だけであるが振り返った。
「何でしょうか?」
かしこまった態度で彼は応対する。一度死を経験してしまい、振り返ったそのサファイアブルーの瞳には輝きが失われていた。
「生きているという本質を見失うな。死を見て、感じたからといって未来が閉ざされるわけではないぞ。それを覚えておけ」
ランデスの忠告に対してギルファーは少しの間だけ沈黙した。が、その言葉は大事なものだと思い覚えておくことにする。長老直々の言葉など貴重なのだから。
「はい……」
だが返事は暗かった。
「さあ、行きなさい……」
ギルファーは頷き返すとそのまま背を向けてエンダーを追いかけた。味方は少ない。自分がまた同じような目に遭わないようにする為に親との間を開けることは出来なかった。
「父さん……」
長老のいる部屋から出て、外へと歩いていく父親に追いつき横に並ぶと、ギルファーはか細い声で呼び彼を見上げた。
「どうした?」
こちらに目を向けることはなかったが、優しい声で自分に聞き返してくる。
「クルバスは……クルバス王子はどうなったの?」
聞くのを躊躇ったが意を決して聞きたいことを口にする。それはギルファーにとっての最大の不安の種だった。ディスカレーンのことといい、今回のことといい自分を恐怖のどん底に突き落とした元凶がどうなったのか知りたかったのだ。
「クルバス王子は……捕まっていない」
エンダーは調子の落とした声で静かに告げた。その答えにギルファーは重いため息をついて視線を下に向ける。
「そう……だよね……」
種族の大半がグルになっているのだから、生きているのは当然のことだろう。また同じ目に遭ってもおかしくはないのを考えると、背中が冷たくなり縮こまってしまう。
「でも……今度会ったら仇を取るからな」
エンダーは怒りを持った口調で自分にその意志を伝えた。自分は本当ならあのとき、死んでいる筈なのだから。不死鳥が助けなければ。だからエンダーは許せないのだ。相手は竜の怒りを買ってまで自分を狙った。その報復を受けるのは当たり前のことだ。
二頭は意味の分からない文字が刻まれた石造りの二枚扉を開け、神殿の中から外に出た。当然ながら今は夜。外にある一枚岩の塔のオブジェを中心とした広場に、彼ら以外竜は一頭もいない。長老の住む場所ということもあって他の竜は夜のうちは誰も来ないのだ。今はこの広い場所を彼らだけが占拠している。
また、南の空には空間エバンヌを代表するある竜の種が持っている象徴的な三日月が浮かび、静かに光輝いていた。ギルファーからすれば、それは自分から何かが欠けてしまったことを案じているような気がしてしまう。
「僕は……どう生きていけばいいのかな?」
その場で立ち止まり、三日月を見上げ寂しそうにギルファーは呟いた。先を見据えれば見据えるほど、深い暗闇が待ち受けているとしか思えなくなる。
父親はその問いを簡単に、率直に返す。
「普通に、堂々としていればいいんだよ。お前の好きなように……」
その時、どこからともなく北風が吹いた。その冷たさにまだ火を噴けないギルファーはくしゃみをして身体を震わせる。もう秋が終わって冬が近いのかな……?針葉樹は葉が落ちないが、それ以外葉は枯れて地面にひらひらと舞い落ちている。紅葉は南の方では見られるが、そんなものを見る機会は今年では巡って来ないようだった。そして今、夜は寒さに包まれている。
「帰ろう。私達の家に」
エンダーはギルファーを見下ろしてそう言うと、地面に腰を下ろし彼が背中に乗りやすいような態勢を取った。その仕草がいつもよりも慎重で、大事そうで、優しい。以前とは全く違った。
「うん……」
ギルファーは頷くが、背中によじ登る前に自分がいたウェーンド神殿を振り返りその姿を目に焼き付けた。数少ない安息所の場所を忘れない為に。そしてちゃんと記憶の中にしまうと、巨体であるエンダーの棘のある背中を登りつつ、いつも乗る定位置に身体を載せた。父親の温もりが鱗を通して伝わってくる。
「乗ったよ。大丈夫だからね」
首を傾けて父親に合図を送った。父親はその合図を聞くと、座り込んだ態勢からゆっくりと立ち上がり、四本の脚で地面をしっかりと踏みしめた。
「ちゃんと掴まって」
そう警告すると身体を起こし、今度は後ろ立ちになる。ギルファーは背中から落ちないように鉤爪で背中の棘を握り締め、その動作に耐えた。
そしてエンダーは翼を大きく広げた。父親の深い藍の翼が月明かりで宝石のように輝く。広げ終わると後ろ脚で思い切り地面を蹴って大空に舞い上がった。地面を蹴った衝撃で背中が激しく揺れるが、ギルファーは四肢で父親の背中を踏みしめ固定し乗り切る。
エンダーは徐々に高度とスピードを上げ、神殿をぐるりと二周するとアルトネイン湖近くの寝床のある洞窟に向かって針路を南西に飛んだ。一方、二周する間もギルファーは神殿を名残惜しそうに見下ろす。自分は長老には受け入れられた。でも周りはそれを許さない。本当にここは自分にとっての安息所と成り得るのだろうか?個人の信頼か、全体への疑念か……どちらかの迷いをどうしても残してしまう。
そのうちに神殿から離れ背後に姿が遠ざかっていった。眼下には人間が手を加えていない杉の原生林が広がっている。林の中に所々線が入っているが、それは川が流れているからだ。その川でギルファーは捕まり、東の方へと連れて行かれた。具体的にどの辺かは知る由もないが、思い出したくもない。
自分がカシリルを守ろうとして先に行かせ、犠牲になった。だからこそカシリルは救われた。関わっていた以上は狙われてもおかしくなかったのだから。自分は不死鳥に救われたからこそ、こうして生き永らえることが出来た。だがもし、仮に死んだのがカシリルで自分が生きていたのなら……。想像するだけでもゾッとした。当然物凄く後悔するし、不死鳥だって助けてくれなかったかもしれない。自分を助けたのが気まぐれなのなら……。
これで……良かったんだ。地面より冷たい風の吹く空の中、ギルファーは心の中でそっと呟いた。犠牲になるのは……苦しむのは自分だけでいいんだ。だから……自分を責めないで、カシリル。自分が生きているのなら……それで……いいよね?
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