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Dragon World Tripper ~初まりの朝~  作者: エントラル
第4章 明暗 後編
31/56

27 生還

丁度良く区切る場所がなかった為にノルマである4200文字を超えてしまいました……。

「ギルファー、ギルファー……!!」


自分を呼ぶ声が聞こえる。悲しく心配するように。でも誰が……?


「うっ……」


ギルファーはゆっくりと瞼を開けた。身体の感覚が殆ど感じられない。まるでずっと動かしていないかのように重い感覚だ。視界もおぼろげで目の前に何があるのかさっぱり分からない。でも周りは明るいことだけは確かだった。目が明るさに慣れていなくて細目になり、だが震える瞼を必死に開けて目の前のものを見ようとする。視界が回復するのには時間が掛かりそうだ。


そして視界がはっきりとしたとき、目の前にいたのは自分に対して屈みこみ、顔をくしゃくしゃにして瞳に涙を溜めている竜の顔だった。そして周りが装飾が施されているところから、ここはウェーンド神殿の中だと分かる。


「父……さん……?」


乾いてしまった喉から覚束ないか弱い声で目の前にいる竜に尋ねる。竜が見えるのは片目のみ。それに重力感覚がおかしいことから自分は横向きに身体を倒していると思われる。


「ギルファー……!!」


エンダーは泣き叫び頬と頬とを擦り合わせ、そのまま情けない声で泣き出してしまう。父親の涙がポタポタと自分の頬に絶え間なく落ちてきた。


ギルファーはそんな父親に確かめるように聞く。


「父さん……。僕は……生きているの……?」


「生きてるさ、ギルファー……。お前を死なせたりしてたまるか……!!」


甲高い声を混ぜながらそう断言した。身体を震わせこうして自分が生きていることに感動している。


「でも、どうして……。僕は……うっ!!」


父親から頬を離して自力で立ち上がろうとするが、直後に全身から焼けるような激痛が走り、再び倒れ込む。力が上手く入らなかった。いや、本来の力が……痛みで抑えられてしまっている。


「無理して動こうとするな、幼竜よ。お前の傷はまだ完全に癒えていないのだから」


自分を心配するエンダーの背後でしわがれた声が響く。以前に聞いたことのある声だ。だが心の中で話し掛けてきたものとはまた違う。自分に話し掛けてくれる竜は父さんとカシリルの他には……。


「長老様、どうしてここに……?」


父親が相手の声に反応して振り返り、自分から顔を完全に離すとその声の主がそこにいた。


父親が長老と称するその竜は、まさにその呼び名に相応しい姿でこちらに視線を向けていた。本来濃いサファイアブルーの鱗は年月と共に色が薄くなり、汚れていてしかも皺のようなものが出来ている。自分たちの固有種の特徴である三日月の刃は折れてしまったのか欠け、鱗と同じブルーの瞳は深い何かを見据えているかのように動かない。


ギルファーは長老という言葉で思い出す。竜が治めるこの大陸で長老と呼ばれる竜はたった一頭しかいない。


長老の名前はランデス。この世界出身の竜達の中では最高齢の竜であり、空間エバンヌの竜達をまとめるいわば竜王のような立場に君臨する竜だった。そして現在、人間との交渉において竜代表を務めている。仲間からの信頼は厚く彼の指示に逆らう者は少ないが、その経歴は謎に満ちていた。


幼少期に竜大陸北方の立入禁止区域ファネガーヌという地で世界の裂け目(World Lack Hole)に落ち、異世界に飛ばされ失踪。何十年か後に前脚に巨大な木を一本丸ごと使った魔法の杖を持ち、何食わぬ顔で戻ってきたという。異世界で魔法を学んだらしく、その強大な魔力と知識を持つが故に真の実力を知る者がいないなどと、数々の伝説を纏う謎の竜である。その為評判は良いらしいが考えが誰にも読めず、異世界にいたときに本来の性格が破綻したのではないかと噂されている。


「なに、この子をわしの判断なしに殺害しようとした犯竜はんりゅう(犯人の竜ver)を探していたが、なかなか見つからなくてな。気分転換にその子の様子を観にきただけじゃ」


変竜へんりゅう(変人の竜ver)とも言われる長老が鼻を鳴らした。穴からモクモクと白い煙が立ち昇る。それは部屋が暗くとも少しだけ見えた。


「ギルファー」


エンダーの問いに答えてからはじっとこちらを見下ろされる。距離が二十シード離れていたとしても、エンダーを越える巨体に威圧され緊張してしまう。自分がとても小さい存在だと感じる程に。


「君がどうして生きているのか疑問じゃろう?」


「はい」


「何故なのか自分なりに答えが出せるか?」


ギルファーはその問いに正直に首を横に振る。


「いいえ……。あなたが助けてくれたのではないのですか?」


竜王を相手に一対一で会話を交わすので言葉が震えた。


「否。私は確かに強大な力を操るが、君をあの状態から生き返らせることは出来ない」


さらりと自分の意見を否定する。ギルファーは生き返らせるという言葉に深い息をついた。


「やっぱり僕は一度死んだんですね。あの時……」


これは先程の暗闇の声の引用である。


ランデスは口先からちょろりと小さな青い炎を吐く。


「死んだ。でもお前は息を吹き返した。だが、竜である私の力ではない。おっと……今のは口が滑ったかな」


「じゃあ、誰が……?」


完全に思い当たることを失くし、お手上げ状態になるギルファーはランデスに答えの開示を求めた。今の言い文からすれば竜が、父さんですら自分の救済に関わっていないということになる。竜ではないなら一体……?


「不死鳥だよ」


ランデスは静かにその正体を口にした。だが、告げられても最初はギルファーには理解出来ず思考が停止してしまう。


「不死……鳥……」


明かされた事実をもう一度自分の口で反復する。考えの範疇になかった答えだった。


「不死鳥がお前の命を救ってくれたのだ。だが、あの鳥は何を根拠にそうしたのかは分からんが……その癒しの力で、な」


長老でさえも理解出来なかったのか首を傾げて考え込む。だがすぐに顔を上げた。


「もしかしたら、お前の父親が頭を下げて必死に頼み込んだことも関係しているのかもしれんな」


ギルファーはその言葉に長老からエンダーへと視線を移した。父親は未だに自分が生きていることに安心して、涙を流しながらこちらを見ている。


父さんが僕の為に……。


ギルファーは自分が大事にされていることに嬉しさが込み上げたが、同時に申し訳ない気持ちにもなった。不死鳥は世界のバランスを保ち、ときには干渉して法則すら変えてしまう程の力を持ついわば神のような存在として、空間竜達にも認知されている。そしてその身体の一部には死者すら生き返らせる強大な癒しの力があったが、それを使うことは決してなく、不用意にそれを求めるのは竜にとって不敬に値する。


なのに父さんはそれを求めた。自分を助ける為に……。僕が父さんに迷惑を掛けてしまった。自分勝手に行動して心配を掛けて……。


「ギルファー、どうかしたのか?」


エンダーはギルファーの表情が曇り、俯いてしまったことに気付き心配して声を掛けた。幼竜の方は小刻みに震えている。


「具合でも……悪いのか?」


「ごめんなさい……父さん……」


横向きに寝かされたまま、起き上がることの出来ないギルファーは泣きながら父親に謝った。瞳からは涙が溢れ、地面へと流れる。その涙もろさは人間の心のものだった。


「僕のせいで……」


その謝罪に対し、エンダーは彼の鋭角な小さい頭の上に前脚をそっと置く。ギルファーはこんな些細なことで泣いていることを、一匹で人間に挑む無謀なことをしたことを叱る意味で叩かれると思って一瞬目をつぶったが予想していた痛みは来なかった。代わりに優しく撫でられている。


「お前のせいじゃない。お前は仲間の竜を護ろうとしたんだろう?助けられた幼竜がお前のことを友達と呼んでいたのを長老から聞いたよ。お前は自分の命を顧みず、あの子を助けた。一番嫌いだと私が思っていた筈の仲間を。それは良いことだ。例えこんな結果を招いたとしても……お前に罪はない」


ポンポンと軽く前脚でそれでも軽く叱るように頭を叩かれる。確かに全体論からは、悪いことではない。自分はカシリルを救おうとして犠牲になった。彼女が助かるのなら自分はどうなっても良かった。


「だが……もうこんなことはしないで欲しい。お前だけは……絶対に失いたくない。お前が危険なときは父さんが助けるから……お願いだ」


エンダーは自分に強い口調で頼み込んできた。自分がこんなことになったとき、父親は胸が張り裂けそうな思いだっただろう。


「分かった……。もうこんなことは……しないよ」


ギルファーもこれ以上父親を傷つけることはしたくなかった。彼女を護る為に別のものを犠牲にしていたのだから……。その返事にエンダーは安心したように深く息をついた。


「あの……長老様……」


父親と仲直りをしてからギルファーは傷ついた身体を起こし、慎重に立ち上がる。さっきの痛みの感覚は少し和らいでいた。長老に尋ねてから自分の身体をまじまじと見ると、深緑の薬草を当てられた傷口はどれもある程度塞がりかさぶたになっている。


「何だね?」


「その……不死鳥は……?」


ギルファーはランデスに尋ねた。前脚で左胸の鱗辺りにそっと触れながら。そこにはくっきりと剣で刺された傷跡が残っていた。この傷が自分を……。そしてこれを不死鳥が治し、死から救ってくれた。だから不死鳥にお礼が言いたかったのだ。


だが長老はギルファーの考えを理解したのか、首を横に振った。


「不死鳥はもうこの世界にはいない。どこか異世界に飛んでいったよ。残念だが、お礼を言うことは出来ない」


「そんな……」


ギルファーはガッカリして肩を落とす。お礼もなしに生きながらえるのは少し罪悪感があった。どうしても言いたかったのに……。


「代わりに父さんが言ってやったぞ」


励ますようにエンダーが自分の怪我をしていない方の肩にポンッと軽く手を置いた。そして肩を少し揺さぶる。それでもギルファーは落ち込んだ。


「自分の口で直接伝えたかった……」


自分の命を救ってくれた。これ程恩を感じるものはないだろう。代弁なんかでは済まないのに……。意識が戻らなかったとき、暗闇の中で自分に話し掛けてきた声の主がそうだとなんとなく今分かる。自分があの時伝えていれば……!!


「大丈夫さ」


ランデスが言うと、自分の視線の高さまで巨大な顔を下ろしてきた。ギルファーは俯いていた顔を上げる。言葉はまだ続いた。


「お前はまだ幼い。また逢うときが来るだろう。その時に言えばいいじゃないか?不死鳥は全てのことを記憶し、忘れない存在だとも言われているからな」


「そう?」


「そうさ」


体格が全く違う二頭に尋ね、彼らは頷いて答えた。


「でも空間は……異世界は……」


無限に存在する。世界の狭間とも呼ばれる空間で一度姿を見失えば、もう出会うことは叶わない。だから彼はそれでも納得がいかなかった。


「無限の可能性に囚われるな。信じ続ければよい。お前はそんな漠然とした可能性で諦めるのかね?別の無限の可能性があるのに」


ランデスは苦悩するギルファーに苦笑いしながら言う。その表情からは僅かばかりの肯定が混ざっている。でも、そうだとしても無限の可能性の海に一度は呑まれ、元の世界に帰って来た長老は信じろと言い聞かせてきた。


「いいえ……。あらゆることが無限の可能性を抱いているのなら……いつか……」


「その志で生きれば良い。そういうときは偶然という考えを頭に入れておけば気持ちも楽になるだろうさ」


「はぁ……」


自分の中では未だ納得出来ない部分があるが、長老相手に論争で勝てる筈もないのでひとまずは納得させた。それに……上手く丸め込まれてしまった……。


「まぁ、相手の名前を知らなきゃ何も始まらないからな。今のうちに君に教えておこう。君の生命を救った不死鳥の名前は……スバイル。赤紫色の羽根で黄緑色の瞳を持つ、不死鳥だ」


ランデスは後ろ立ちになり、空いた前脚で顎の下を掻きながら教えてくれた。偉大な存在であるのにも関わらずまるで親しい友人の名前を明かすような軽い口調だったが、幼竜はそれを真剣に聞く。


「スバイル……」


ギルファーはその名前を反復した。忘れないように。そして再び会えたときにちゃんとお礼が言えるように……。

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