26 自分の罪
この春休みの間に原作執筆ページを攻略するつもりです。
私のせいだ。全部私の……。
カシリルはウェーンド神殿の誰もいない片隅で自分の考えの甘さと己の無力さを憎んだ。ギルファーを救うことが出来ず死なせてしまったことに。彼女のサファイアブルーの鱗は雌として、幼竜としての美しさを失い赤い血と泥で汚れてしまっていた。両親からはあまりに汚れていたせいで川に行って綺麗にしてきなさいと散々言われたが、彼女は頑なに拒否した。
これは彼の……。
首をうなだれ、俯き込み上げる悲しみを抑えた。竜は涙を流してはいけない。例えそれが親の死だとしても。竜としての誇りを守る為に。でも涙が出そうだった。涙を流せば親に怒られるのに。怪我だってそのままだから……。
カシリルはギルファーの言われた通りに人間からの追手から逃げ切り、ウェーンド神殿に逃げ込んだ。そして近くにいた年上の竜に人間がすぐそこに居て竜狩りが行われていると伝え、ギルファーを助けるように求めた。すると自分の怪我を見てから、この緊急事態にすぐ人間に太刀打ち出来る竜達が集められ、この大陸に入り込んだ人間達を討伐する筈だったのだ。救出の間自分は疲労で疲れ、またすぐに母親の元に返されて怪我の治療を受けることになった。これでギルファーも助かる……と。
しかし、現実は違った。
カシリルはちゃんと彼の元へ助けが行ったかどうかを自分の目で確かめようと、神殿の中からじっと注視した。何も出来ないからせめて彼らを見送ろうとそんな思いで。しかし、しばらくして討伐の為に集まっていた竜達が突如解散したのだ。カシリルは目を疑った。
カシリルはその理由が判らず、傍にいた母親に尋ねた。母親は彼女の問いに人間達は早々に逃げて行った、だから襲われる心配はないから大丈夫と答えるのだ。あれだけ人間の侵入を嫌う竜が、自分の母親がこの事態を容認するかのような……そして何よりも一緒にいたギルファーのことをあたかも考慮していないような口ぶりで。
自分はそれでは納得する訳にもいかず、その根拠とギルファーの安否を教えて欲しいと詰め寄った。根拠については丁寧に偵察に行った竜からの情報だと教えてくれたが、ギルファーの安否には“そんな竜はいなかった”という不可解な答えを返した。
これにカシリルは自分の親にも関わらず憤りそんな筈がない、確かにいた。脚をやられてまともに歩けない状態で助けを待っている、だからちゃんと探して欲しいと抗議した。すると彼女の強い思いが伝わったのか、今まで穏やかに接していた母親の表情が豹変し脅すように自分の子へ牙を向けこう言い放った。
「あんな醜い混血竜に関わるな!!」
その言葉に彼女は思わず怯むどころか、凍り付いてしまう。醜い混血竜……。これが母親の本音だった。関わるなという意味が悪い方向へと思考を働かせる。仲間が助けに行かないこと、納得のいかない母親の説明。それらが互いにリンクして彼らが下した最悪の判断を導き出してしまった。
ギルファーを見殺しにすること。
それが思考をよぎり焦りが生まれ、すぐに親の制止を振り切ってカシリルは神殿を飛び出した。自分の怪我なんてどうでもいい。このままだとギルファーが殺されてしまう。頭の中にあるのはこの危機感しかなかった。
神殿を飛び出して別れた場所に急いだ。だがそこに彼はおらず、代わりに人間に捕まえられて暴れた跡が残っていた。この後に胸が痛みやるせない気持ちになる。だが近くに残されていた彼の血痕を見つけると、諦めずにそれを頼りに必死で辿り追いかけた。血が消えれば臭いでも。親は自分を捕まえようと追いかけてきたが、森の中にその小さな身体を隠しながら自分一匹でもギルファーを助けようとずっと……。
しかし……助けるには遅すぎた。
カシリルが彼の連れて行かれた道を辿りようやく追いついたとき最初に目にしたのは、血だまりの中で倒れ絶命しているギルファーの無残な姿だった。
カシリルは彼の傍に急ぎ、懸命にその名前を呼び揺さぶった。しかしもう彼の目が開くことはなかった。身体には鎖が所々に巻かれ、鱗が傷いた跡や暴力を加えられたであろう痣が残されていたのを覚えている。それが必死に味方のいない中で抵抗したことを容易に想像させた。そして、心臓を貫き致命傷にした傷。思い出すだけでも力が無くなっていく……。
また、彼の表情は辛く絶望したものだった。目は固く閉じられ、口は開いたまま。最期のときまで息をしようと苦しみ続けていた光景が浮かび、胸が張り裂けそうになった。とどめとばかりに彼の頬には涙が一滴だけ残っているのが……。
悲惨に殺された彼の死に耐えられず、カシリルは甲高い悲しみの咆哮を上げた。しかしそのせいで母親に見つかり、捕まえられる。そして同時に彼の父親らしき竜がやってきたのを偶然目撃してしまう。竜は彼の亡骸に歩み寄り、大事そうに胸に抱いて悲痛に泣くのを見た。彼女はその光景を背後に親に連れて行かれた。
神殿に連れ戻されてから、親には散々に怒られた。彼に関わったこと全てを。カシリルは初め抵抗して、母親に牙を向け自分の意志を曲げまいとした。だが母親も本気で威圧し、またその強大な力を以てねじ伏せてくる。その為にしまいには自分の意向を曲げ、素直に親の言い分を静かに聞くことで言い争いは決着させられた。しかしその言い分とは、彼について一切関わるなという制約であった。つまりはもう彼の墓ですら目にすることが許されない、事実上の絶縁宣告。これを渋々聞き入れることにより、親からの説教から解放され現在に至っていた。
カシリルは年上の竜達の密かな会話から、彼の死が人間と竜の両サイドがグルになって計画されたものだという事実を知ったとき、とてつもなく仲間に憤りを覚えた。彼には何の罪もない。彼は自分の立場を理解し、それでも生きていこうとした。理不尽な扱いを受けていたとしても私を憎むことなく、それどころか私の友達になってくれた。なのに……。
どうして……?
地面に埋めた前脚に力が籠り、土を抉る。どうして彼が殺されなければならなかったの?彼は私よりも優しかった。こちらの悪いところを批判するようなこともしなかった。ただ純粋に友達として……仲間を強く求めて……。
そんな彼をみんなで死に追いやった理由が……種族の誇りとか、人間と竜との混血だから?そんなことだけでなんて……私は許せないし、納得出来ない!!
カシリルは目をきつく閉じ、この世界の理不尽さを憎んだ。混血竜のことは産まれてしばらく経ってから母親から教えられた。強大な毒を持っていて、凶暴で危険な存在だから、会ったら決して近づいてはいけないと。でも本当は嘘八百で……正反対。毒なんてないし、凶暴でもない。周りは嘘をついていた。そんな嘘の情報を大陸中に広められ、彼はどんな気持ちだったのだろう?辛かったに違いない。冷たい視線を向けられる恐怖に怯えていた筈だ。でも……それでも私を許してくれた。
「ギルファー……」
彼女は小声で今は亡き彼の名前を呼んだ。辛かったよね?苦しかったよね?私が……貴方を助けようとしたのに貴方が私を救ってくれた。こんな私を……。本当はこうなることを知っていたんでしょ?自分が死ぬことを覚悟して……、でも助けは来なくて……。
私のせいだ……。私が助けるべきだった。貴方を……深い暗闇の底から……。
失った命はもう戻らない。どれだけ後悔しても、どれだけ祈っても……。私は貴方を見殺しにした仲間と同じだわ。でも他が貴方の死を喜んでいるとしても……私は……貴方に謝りたい。一ドラゴンとして……純血竜の代表として……。
ごめんなさい……ギルファー……。
カシリルの瞳から涙が零れ、静かに泣いた。誰もいない神殿の片隅で……一匹。
「……ルファー……」
真っ暗闇の中で悲痛に自分を呼ぶ声がする。どこか遠くからこだまして聞こえてくる。意識は朦朧としていてはっきりしない。でもどうして僕を呼ぶの?僕は死んだんだよ。僕は……存在しては……いけないんだよ?
(それは違うぞ、ギルファー……)
突如謎の声が闇の中にいる自分に向かって話し掛けてきた。今の叫び声とは異なり、こちらははっきりと至近距離で聞こえてくる。また声の主も違う。こちらの声は歳を経た、重みのあるしわがれた声。まるで長年動かなかった火山が動きだしたようなそんな感覚にさせる声。
(貴方は……誰なの?どうしてそんなことが……断言できるの?)
ギルファーは謎の声の主に向けて問い掛けた。あの時クルバス王子の剣で心臓を貫かれ、意識を失いこの無限に広がる暗闇の底に堕ちたのは自分が死んだからではないのか?なら自分は……。
(お前は一度死んだ)
ギルファーの心を読んだかのように断言する。
(それはもう……自覚しています)
冷静に彼は答えた。死んだという記憶は覚えている。剣に貫かれて感覚と意識を失っていくあの冷たい過程の記憶。思い出すだけで寒気がした。死ぬ直前ほど怖いものはない。全てを失って消えてしまうのだから。
(だがもう一度……生きる望みが君にはある。無論一度きりだが、な。やり直せ、自分を……。そして戻された一つしかない大切な生命をどう使うか考えろ……)
その声と共に闇の中から白い光が一点輝き出したかと思うと、それが一気に視界全体に広がり全てを純白の白に覆い尽くした。
自分をやり直す?そんなことが……出来るの?一度死を体験し、心の底でも夢を諦めていたギルファーには信じられない言葉だった。
(僕に何か価値を見出すことが出来ますか?こんな自分でも……)
姿の見えない相手に向けて確かめるように……後押しを求めるように尋ねた。微かに希望の光を垣間見たような、そんな気がしたのだ。
声の正体は分からないが、見えない何処かで頷き微笑んでくれたような認識が自分の中にはあった。もしかしたらそれは自分の本心が返してくれたものかもしれない。
(出来るさ。お前は世界を渡る空間竜ならば、その身に無限の可能性を秘めている筈。不可能ではない。自分を信じ続ければ必ず願いが叶うときが訪れよう。それまで耐えろ)
ギルファーはその言葉に勇気づけられた。無限の可能性……。可能性は全てにおいてゼロではない。一パーセントでも存在する限り諦めるなということだ。
(では……戻りなさい。自らの今の身体に……)
ギルファーは最後に話し掛けてくれた者の名前を聞こうと口を開いたが、その直前に光が強くなり目が眩んだ。そして再び意識が暗転してしまう。
向こうの名前を知ることは叶わなかった。
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これは転生タグが必要かな?




