2 出産
第1章だけで45文字×16行の本で27ページもあるので極端に引っ張っている部分は作者の判断で省略しました。主人公は第2章から出てきます。この第1章は主人公の生い立ちです。
「大丈夫か?」
エンダーは心配したが、エルエンはまた膨らんだ腹をさすり、大丈夫とだけ答えて助産婦の指示通りに呼吸を整える。いつもなら血色のいい顔が今は白っぽく薄れていてとても元気そうとは決して言い切れなかった。
体調を崩しているか、もしかしたら身体が衰弱しているのか……。
彼の不安の種はますます増える一方だった。竜は卵から孵化するので痛みは卵を産む時に伴う。
しかし、彼女は違う。産まれる子は一人、お腹の中で育ち産まれてくる。エンダーにとって教えられた事実と相違して例外にあたる理由で彼女が痛みに顔を歪めるのを目にすると落ち着きを失う。
伴う痛みがあまりにも大き過ぎて悲痛に近い呻きは自分の胸をひどく苦しめた。助けようにも和らげることさえ現実の壁は非情にもその意志を固く冷たく跳ね返した。
そこで、彼はエルエンの心にすうっと触れてみた。痛みを和らげることが今無理なら、一緒にそれを分かち合おうと思った。
触れた瞬間、身体がねじ曲げられそうな激痛が襲い掛かってきた両目をきつく閉じて必死に耐えたがものの数十秒で限界に達してさっと引っ込めてしまった。息は乱れ、頭痛がする。視界がぼやけている。それでもエンダーは接触を試みた。
「エンダー、やめて」
エルエンはその接触を拒もうとした。
「貴方には強過ぎる。痛みを伴うのは私一人で十分よ」
「お前が苦しんでいるのにこのまま何もせずに見守っていろというのか。私にはそれが耐えられない……。もし、君が……」
「私は平気。覚悟してたから。だけどもし、私が死んでしまったら……」
彼は彼女の「死」という言葉にビクッと反応し、息を呑んだ。まさにたった今聞こうとした問いだった。
「死」。
これだけは絶対に避けたいこと。五千年もの歳月を経て叶えられた奇跡をこれでまた再び失ってしまいたくないと何よりも願った。
「その時は貴方がこの子を育てて。決して私の後を追わないで。前世の時とは違う約束よ。子供を一人にはさせないこと」
まるで遺言のように彼女は言った。死期を悟っていた。そう誤解していれば物語は別の方向に進んでいただろう。でもエンダーは異変を感じていたが、本意をちゃんと理解していたために見逃してしまった。
「約束してくれる?」
確かめるようにエンダーに尋ね、彼は頷く。
「約束する。その代わり、お前も死なないでくれ。今の言葉を遺言に……するな」
別れのような気がして少し取り残される寂しさを感じた。身体を離し、医者が診れるように後ろに下がった。
子供が産まれるまでどのくらいかかるのだろうか……?願わくは出来るだけ早く。彼女の身体が持つ間に……。
「エンダー」
カムルデスが隣に来て呼んだ。彼もまたどうなるかで不安を感じそわそわしていた。
「君は恐れていないか?」
「何をですか?」
「娘が最悪の事態に陥ることを」
敢えて具体的な明言を避けたが彼には隠した部分は伝わっていた。王らしい振る舞いはどこかへ捨て去られ、ごく普通の平民と同じに話を交わす。エンダーに対しては友人同士なものだった。
「同感です」
首をもたげて彼女の様子を見下ろし医者の邪魔にならない程度の小声で答えた。緊張して尾が小刻みに床を打った。
「段々と弱ってる。本当に早くしないと」
王は左手の杖を床に立てて苛立ちながら辛抱強く待った。時間はまだ長く続きそうな気がした。そこで静かに待ち続けるよりはと話を持ち掛けた。
「君らは五千年前もの昔から知っていたのかい?さっきの話を聞いていたが」
「はい。そうです。五千年前から彼女を愛していました。何度も転生を繰り返しながら、今やっと……。彼女も同じです」
「五千年前というと前世の記憶か?」
半信半疑に真相を追求した。それには静かに頷いて応対した。いつかは明かすのだから今でもいい。エンダーは決意を固めた。
「そうか……。通りで君ととても彼女の仲がいい訳か……」
カムルデスはその返事に対して驚き、声なくして笑った。そしてなるほどと腕組みして何か深く考えに浸った。
「前世の時、私の娘はどんな人だった?」
エンダーは誇らしげに答えた。
「貴方の娘そのものですよ。王の娘ではなく、普通の農家の娘でした。自由奔放で私に対して普通に話を交わしていました……」
過去を振り返り視点を今に戻すと“だった”とかの過去形は間違いで“です”と現在形で未だ言い切れることが不思議に思える。この事実は過去であり、現在である。
生まれ変わり転生を繰り返すと世界の感覚はまた違って見える。改めて自己の感覚を確かめ、今を見つめ直した。
「くれぐれもエルエンをよろしくな。私は娘が幸せならば……」
言い終わる前にエルエンが悲鳴をあげて会話が打ち切られた。二人は彼女の方に目を向けた。
助産婦が深呼吸を促す。その横を侍女が慌ただしくタオルを持ってきて汗を拭ったり迫る出産の用意と仕事に追われていた。
もうすぐそこまで刻はきていた。今はちょうど次の日を告げようとする狭間の時間帯であると城の月時計は告げている。外も中も静寂の中での出産だった。
「カムルデス」
「君が行きなさい。エルエンが必要としているのは私じゃない」
「なぜですか……?」
しかしすぐにその理由が分かった。それは自分とエルエンが五千年前から愛し合ってきたという事実を話したからだろう。自分らの深い絆に割り込むのは悪いと思って譲歩したのだ。
「貴方は私達を再び出会わせてくれた恩人です。無関係ではありません。それにエルエンは貴方の娘ですよ。たとえ魂がウァルナの生まれ変わりだとしても、見届ける資格はあります」
竜は王相手に強気な態度で進言した。
王自身は召使いから水をもらい、少量だけ口をつけて飲んだ。
「だとしても私は遠くから見届けるよ」
彼も断固として意志は曲げずに言った。右手の薬指にはまった王家の指輪の紋章がキラリと光った。
「結局は君ら二人の子供だからな。私は後々たっぷりと話をするからいい。ここで安産を願ってるよ」
エンダーはまだ反論しようとしたがエルエンの出産が近いので仕方なく説得を諦め、彼女の傍に寄り添った。
「エルエン……」
いつも通りの会話と同じ調子で彼女の名前を呼んだ。
エルエンは苦しみに喘ぎながらきつく閉じた目を開けた。口は開く余裕を失って応答を避けた。その代わりにメンタルコミュニケーションで声を発した。
(エンダー……とてつもなく痛い……)
痛みに反応して呻く声が大きくなる。
(頑張れ、エルエン。私がついてるからな)
安心させようと再度頬を合わせた。エルエンの心は自分に自分の心はエルエンへ流れ込み、お互いの不安と苦しみを分かち合った。痛みをできるだけ和らげるために心同士を繋げて意識を包み込み、彼女に自分の穏やかなイメージを送った。
助産婦は深呼吸を薦め、助手が赤子が出てきていないかその間に確かめる。エンダーは彼女の意識をじっと抱きしめて迫る激痛から本人の許可なしに守ろうとした。
数十分余り格闘は続いた。しかし終止符は呆気なく打たれた。痛みは更に強まりクライマックスに近くなってくる。痛みを共有するエンダーにも影響が出てきた。表情は歪んで鱗からは汗が滲み出る。
そんな中、子宮から出てくる胎児を待ち構えていた医者が歓喜の声をあげた。
「胎児の頭が出てきました!!」
その言葉に待ってましたとばかりに侍女らが協力を申し出て取り上げにかかろうとした。
が、侍女らは出てきた胎児を見るなり顔が真っ青になった。
「ギャー!!」
悲鳴をあげてまるで悪魔でも見たかのようにその姿に怯え、小刻みに首を横に振って後ずさった。
まさか、奇形児?最悪の事態を想像してカムルデスとエンダーは何を見たのかと問いただそうとした。
「子供は大丈夫です。早く手伝ってください」
医師は侍女の振る舞いを無視して冷静に二人に真実を伝えた。そして服の袖をまくると周りにいる人に助力を求めて手招きした。
「誰か手伝ってください!!」
医師は叫んだが、侍女らはその頼みを聴かずにただ産まれてくる子供に対して怖がったままだった。手を貸すどころか近寄ることも拒んだ。王家の子供の姿を目の当たりにした者は狼狽えて喜びは打ち消された。
エンダーは彼女から目を離して医師を手伝うために人間に姿を変える魔法を唱えようと口を開いた。
「私が手伝おう」
しかし二分の一を言い終わる前に名乗り出た者の声に中断した。
袖をまくったのはカムルデス王だった。
「陛下……」
王自らやることに医師は驚いて敬語を使うことも忘れて口を滑らせた。
「別に貴方が進んでやらなくてもいいのに……」
その直後に謝罪したが王は気にするなと小さく笑った。
「どうやら他の者は臆病者で誰も動こうとしなさそうだからな」
子供に対して侮辱した周りの従者を厳しい目で睨みつけた。
「手伝います」
「私も」
「さっきの無礼、申し訳ありませんでした」
従者は重い罰が課せられるのを恐れて口々に言い立てたが、カムルデスが許すはずがなかった。
「それで済むとでも思っているのか?愚か者め。さっきの振る舞いが本当のお前達の心を映しておるわ!!」
そしてすぐに医師に向き直った。従者は返す言葉もなくただその場に立ち竦んでいる。
(痛い!!痛い!!痛い!!)
エルエンは辛そうに心中で叫んだ。エンダーにもその痛みが伝わってくるので判る。熱湯を身体の何処か一点に注がれたように激しい。竜としての経験の中でも苦難に値するくらいのものだった。
(エルエン、耐えろ……。あと少しの辛抱だから……)
エンダーも痛みがピークに達しているのを知り、精一杯の言葉を掛ける。しかし途中で心との繋がりが絶たれる。既に王と医師は胎児に手が届き、慎重に外へ出そうとしていた。エンダーは胎児とエルエンの無事を祈るだけだった。
そしてとうとうその時が訪れた。彼女が最後の山を越えると一際大きな叫びを発するのと同時に静寂をかき消す甲高い産声が聞こえた。
オギャー!!オギャー!!
新しい生命の声はまさしく人間の声そのもので城内に高らかな歓声の如く響き渡った。
「エルエン、やった。やったぞ!!我が子が……産まれたぞ!!」
喜びのあまり、歓喜の咆哮をあげてエルエンと外に伝えた。長く望んでいた夢が、ついに……。どれだけの歳月を越えてこの瞬間を待ちわびたことか。千年以上願い続けて……。
エンダーはエルエンとその喜びを分かち合おうとした。
「ええ……。良かった……」
エルエンはゼエゼエと疲れ切った様子で終わったことに重く息を吐いた。目が虚ろに、今にも気を失いかけていた。
カムルデスを始めとする医師や助産婦など協力者は会話を交わす二人の前に立った。王の血に染まった手の中には白布でくるまれた胎児がいた。
「エンダー、エルエン。見てみなさい。この子が君らの赤子だよ」
王は何かに動揺しながらも大切に布を開けて赤子を二人に見せた。
二人は自分達の子供を目の当たりにして言葉を失い、目を疑った。
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