23 絶望
鬱展開が多めですが、勿論主人公だって笑う回もあります。
「が……は……」
ギルファーは数メートル飛ばされ近くの大木の幹に叩き付けられた。まだ身体が小柄で体重も軽いので、成竜の力なら当然の結果だった。しかしこれは人間の力では不可能である。彼の身体は人間の大人よりも約3倍大きいのだから。だがこの衝撃で額を切ってしまい、血が一筋流れ出た。
誰……だ……?
ギルファーは顔を上げて自分を襲った相手を見ようとしたが、その前に後頭部に鈍い痛みを入れられると共に地面に抑え付けられた。どうやら足で頭を強く踏まれているらしい。その間に手足、翼を鎖で拘束されて身動きが取れなくなる。暴れ回って抵抗したが力が弱く目の前に現れた大人数人掛かりで押さえられ、最後には口輪をはめられてしまった。
「逃げようとしたって無駄だ、けだものめ。お前は手負いの状態でどうやってこの包囲網から抜け出そうと考えていたのかな?」
さっきのと同じ声が頭上から響く。明らかに憎悪を向け、必死に逃げようとするこちらを弄んでいるような口調だった。周りを見渡せばその人間の言葉通り、ガサガサと草をかき分け踏み潰す音と共に十数人もの人間が姿を現わす。服装はどれも暗闇に紛れるような黒色に統一され、その上にはこれもやはり黒塗りされた金属製の漆黒の胸当てが月光で光っていた。腰には長身の剣や中には弓矢を持つ者、U字型の槍を持つ者、二人掛かりで巨大な金属網を持つ者、荷台を引く者など大勢いる。そしてそれらの道具は何に使うのか、こちら側でもわかった。
竜狩りのハンター達……。まさかこんなにもいるとは予想だにしていなかった。彼らは自分を中心に囲み、行く手を塞いでいる。傍の川すらも通さないつもりらしい。
そんな中、囲んだハンターの中から一人が前に出てきて、自分を踏みつける人間に話し掛ける。
「リーダー、もう一匹の幼竜の方ですが振り切られました。しばらくすれば神殿中に我々の情報が伝わり、追撃隊が来るでしょう。彼らに見つかるのも時間の問題です」
鉄兜を被ったその男は報告の後、丁寧にリーダーに敬礼して後ろに下がる。他は各武器を構えて自分を牽制している。
「おお、そうか。だが諸君、あの竜は今回の依頼の内には入らない。よって放置するのは当然の処置だ。知らせておけ。どうせ彼らはすぐに駆けつけることはないさ」
自分を踏まれていて今は確かめられないリーダー格の男は安心させるように仲間達に言った。すると彼らからは何故、どうしてだという疑問の声が次々と上がった。
助けは……来ない……。
それは捕らえられたギルファーにとって絶望的な状況を表すものだった。彼はそれを突き付けられて思考が停止してしまう。そして次の言葉がその理由をはっきりと示した。
「こいつはかの有名な混血竜だからだ。我々人類と竜のな。こいつは俺たちが見ても醜く汚れた存在だが、竜側からも同じ扱いを受けている。つまりは誰からも嫌われているってことだ。そんな奴を救う為に彼らが動くと思うか?」
リーダーは自分を見下すように言う。そして足を上げて更に彼を踏みつけた。
「ぐあっ」
蹴られてギルファーは小さく呻く。そのせいで口輪をされても、密かに助けを呼ぼうと吸い込んでいた息が一気に外へ押し出され、ゴホゴホと咳込む。口輪の中でのことなのでまともに吐き出すこともままならない。
「確かにそうだ」
「言えてるよ」
口々に仲間が納得する声が飛び交う。リーダーの言い分が正しいと信じているようだった。でもギルファーはそれが間違いだと彼らを見て思う。そんなことは絶対にない。仮に自分を見殺しにしても、竜達はそのままで黙認する筈が……。
「いえ、リーダー。それに対して反論があります」
そのとき、彼を代弁するように一人のハンターが手を上げる。そのハンターの格好だけ、他とは違っていた。他が黒いマントであるのに対し、その人間は緑を中心とした暗い色のTシャツのような服を着ており、持っている武器も黒く長い筒のようなものと変わっている。
「何だ?」
「この化け物を彼らが見捨てたと彼らが手を出さない理由にはなりません。我々は彼らの領地に足を付けています。知らされた以上、こちらを無断侵入する竜狩りの対象が他の対象に向くのではと危惧して、別の意味でこちらに来るのでは?この世界の竜はそこまで頭が悪くないと聞いていますが」
その男の意見はギルファーが思っていることをそのまま代弁していた。いずれにしろ彼らはここに来る。他の被害が出ないようにという別の目的で。そうなれば今この状況からも抜け出せるチャンスが……。
しかし現実は非情にも彼を裏切った。
リーダーはフッと笑う。その笑みの意味はまるでこの質問を待っていたかのように嬉しそうな、思惑どおり話を誘導できて成功した策士に見えた。しかし仲間はそれに気付くと、不安そうに上空から竜達が闇に紛れて襲って来ないか周囲に武器を構える。質問した男は上空に向けて筒の先を向けている。
当然だ。ここは敵の領土のど真ん中だから。襲撃される可能性が高い中で平静を保っていられる訳がない。ここに来るまでは隠密行動で来れたが、カシリルが仲間に知らせた以上はもうそれは意味をなさない。だから……。
「確かに良い質問だ、リトウ=クロミネ。流石異世界から来た人間。細かいところまで警戒を怠ってはいないな。まぁ、こいつが他の竜といたというのは想定外のことであったが……」
ここで言葉を切り、大事なことだと仲間に伝わるように強調して話を再び続ける。ギルファーはやはり、カシリルがいたことでまだ自分は助かっていると思った。
「対策はしておいた。それこそ用意周到に」
ここまで誰にも見つからずに来れたのだ。対策はしているだろう。だが、そう簡単に竜の追跡を撒けるものか。彼はそこまでは予測していた。だが、人間の方も対策内容の隠密さは普通ではないことを思い知らされる。
「これは機密事項で俺しか細工が出来なかった。また、お前たちの警戒を怠らせることを防ぐ為に伏せて貰っていたが……今ここで話しておこう。俺はカムルデス国王という立場を利用して、竜達と事前に取引をした」
その内容が告知された瞬間、ギルファーは頭に雷が落ちたかのような重い衝撃を受けた。カムルデス王家の……人間……。脳裏にはすぐにあの心優しい叔父さんの顔が浮かぶ。あの人がまさか……。
違う。彼はすぐにその考えを打ち消した。あの人がこんな酷いことをする訳がない。父さんは叔父さんを信用してた。叔父さんは僕のことを……許してくれたから。だから……そんなことは……。
リーダーの言葉は続いた。発せられた次の内容は、彼が伸ばした希望を完全に壊してしまう。
「混血竜ギルファー殺害の為に、この事例を特例として竜の領地への侵入を許可し追撃隊を出さず。そして速やかに対象を捕獲し始末する、又は人間に身柄を引き渡すことを目的とする、という内容だ」
自分の殺害。それに伴う侵入の……許可?あり得ない取引内容にギルファーは驚き、閉じていた目を大きく見開いた。予期していない事実に思考が上手く回らなくなる。そんな……これが黙認されているなんて……。背筋が冷たくなった。
「流石に彼らも条件として他の竜への危害は取引外とし、もしそれが行われた場合は速やかに駆逐するという警告を出して来たよ。当然彼らも馬鹿じゃない。さっきの幼竜については例外として、“混血竜関係者への危害は目的の遂行時、やむを得ない場合のみ許可する”という俺が提示した追加条件に当てはまる。だから大丈夫だ」
じゃあ、カシリルはやはり離れていた方が良かったのか……。自分の絶望的な状況にも関わらず安心する。でも彼女が知らせても、自分と関わったせいで動いてくれない。なら、どうすれば……。
「つまりは、だ。お互いの目的が一致していればこうやって堂々と、それこそ合法的にこの大陸へと入ることが出来るのさ。まぁ、これが最初で最後だと思うがね」
リーダーの言葉はぐさりと彼の心に突き刺さった。竜達が自分をハンターに売ったという事実。この行為が合法化されている現実。それはギルファーを仲間として受け入れず、排除を望んだ言わば“竜”という大きな種族からの追放宣告だった。
そ……んな。
ギルファーはショックのあまり抵抗する力が失せてしまう。自分は混血だという事実を知ってしまっても、自分は竜なんだと言い聞かせてきた。でもお前は竜ではないと全員が揃って言ってしまえば……否定してくれる竜が居なければ、竜ではないというレッテルがまかり通ってしまう。
自分は完全な竜ではない、かと言って人間でもない。それは分かっている。そうだとしても認めて欲しかった。なのに……。
「おい、ギルファー。俺が誰だか分かるよなァ」
リーダーは踏みつけていた革靴をどかすと、彼の頭から生えた白く鋭い二本の角を乱暴に掴み自分の顔元に引き寄せた。そのせいでようやく月光で相手の顔を見ることが出来る。しかし、リーダーの顔はフードで隠れしかも逆光の為まだはっきりとしない。
ギルファーはその問いに答えたかったが、口輪をはめられている為できない。それを分かって質問する向こうの性格の悪さが恨めしく感じた。
「あの暴行の後危うく首が飛びそうになったんだがな、世論が俺の味方になってくれた。そこから這い上がるのには苦労したよ。そんなときにそこの異世界からきたという人間が丁度俺に手を貸してくれてな、あのジジイを暗殺して玉座を取らせてくれたんだよ。これも神の導きってやつかな?俺はついてるぜ」
得意そうに話すその嫌らしく差別するような口調。そして自慢話に出てきた単語から弾き出されるこの状況を作り出した犯人。忘れもしない……あの……。
「ようやく思い出したか、ギルファー。俺だ」
リーダーは被っていたフードを払った。中から現れたのは黒く短い髪で、瞳の色が紫の少年。以前会ったときは王冠が邪魔をしていて髪ははっきりと見えなかったが、それ以外の容姿は他でもないクルバス王子だった。
クルバス王子。カムルデス王家の中で自分を、混血竜をあからさまに嫌う男。こいつが仕組んだのなら大半に納得がいく。自分を殺したいという動機は明確だ。その為に仲間すら巻き込んでここまで来たのだから。
それ程……僕が憎いの……?
あの出来事以降、人間との関係を絶ってひっそりとこの大陸で暮らそうと考えていた。どう擁護しようと自分は王家の人間を殺した重罪人に変わりはないのだから。それにこれ以上叔父さんの迷惑を掛けたくないということから……。
なのに……。
ここまで来るのか。叔父さんを殺して、竜と取引をしてまで……自分が気に入らないのか。こうして小さな幸せすら、得ることも許さないのか。どうして……自分はこんな扱いを受けなければならないのか?
納得がいかない。こんな酷い仕打ちが……正当化される訳がない。
王子は絶望に打ちひしがれる自分の心を見透かすように、すらすらと心の傷を広げるように言いふらす。
「納得がいかないよな、お前には。こんな仕打ちが正当化されるのか、って。それがされるんだよ。残念だが、お前は竜全体から消えて欲しい邪魔な存在だとされている。この取引成立は全体の意志なんだよ!!」
そしてトドメとばかりにギルファーの腹に思い切り蹴りを入れた。
「キュルルル……」
情けない幼竜の呻く声が口輪の中から漏れ出た。彼は飛び掛かりたかったが、鎖で拘束されて身動きが取れない。だがこの場に味方のいない冷たい現実に必死で抗おうとした。
「おい、こいつを連れていけ。後でじわじわと苦しめながら殺してやる。それに……大事な実験材料にもなるからな。すぐに始末するのも勿体無い。生物学者に渡したらさぞ大喜びするだろう」
王子が指を鳴らして指示すると、ギルファーは数人の大人の力で荷車に載せられる。抵抗しようが鎖に巻かれ、力のない彼には成す術が無かった。
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