20 友達としての思いやり
竜はいただきますって言うかな……?
第18話の本文間違い箇所を直しました。詳しくは第18話か活動報告にて。
「なら、いっただっきまーす♪」
竜特有の喜びを表す奇声を上げてカシリルは自力で勝ち取った獲物に食らいついた。当然生なので食感は最初ヌルヌルするのが常識だ。因みにまだ彼らは幼竜なので体長は約三メートルと小さい。口は人間よりも大きいが、羊を飲み込むにはまだ早い。何しろ親に食糧を分けられて生きていく為の力を養ってもらう齢なのだから。
さっきのことで落ち込み細々とゆっくり食べるギルファーを尻目に、カシリルは倍以上の速さで胃の中に魚を落とした。まだ物足りないのかまた川の中に入って狩りを始め、再び魚を捕獲する。もう完全に手馴れていた。
「何コレ?美味しいわ!!身もいいけど、これはまた別の意味でいける……」
未知の味に感嘆の言葉を漏らすカシリル。どうやら気に入ってくれたようで、彼は長老のことのようなことが起こらなくて心底安心する。
(この世界の竜の生態について補足)
ここまで言語機能がこの齢で多彩なのは、勿論知能が高いということもあるが学習能力が幼竜のときのみ非常にある為でもある。短時間で人間基準に例えるなら、周囲の会話から日本語で五十音、表現技法を学んで言葉の法則からコミュニケーション能力を獲得する。精神は幼くても言語でそれを補う。しかしそれは、当然親の言葉遣いに依存する。
(補足ここまで)
「ふぁ~ごちそうさま」
獲物自体、量としては満腹に程遠いのに自然と彼女はそんな陽気なことを呟いた。
「魚ってこんなに美味しいものとは思わなかったわ。今まで川を眺めていた自分が馬鹿みたいに思えてくる」
カシリルは水面を泳ぐ魚を、まだ狩りたいという闘争本能剥き出しに右の前脚をそちらに伸ばす。その振る舞いは竜の荒々しさそのものだった。対しギルファーにはそれが出来ない。何故なら人間の持つ理性が働くから。
だから彼は憧れを抱くのだ。竜の神々しさに。
「ねぇ、ギルファー」
カシリルが静かに話し掛けてきた。今の凶暴そうな姿が嘘のように消え失せて、自分の気持ちに配慮し普通の姿に戻っている。
「何?」
「教えてくれてありがとう」
人間基準で言えば、美少女級の笑顔をカシリルは零した。その言葉にギルファーの冷めていた心が一気に熱くなる。感謝の言葉。今まで自分に掛けられることのなかった言葉。それを掛けられると何とも言えない安心感が心の中に広がった。自然と嬉しくなり、明るい気持ちになる。
「どういたしまして」
ギルファーも笑い、また照れるように答えた。
「あ、ようやく笑ったわ」
カシリルは片方の前脚で自分のをつついてくる。ちょっとしたちょっかいだろうか?
「さっきから表情が硬かったよ。もっと明るく振る舞った方がいいと思うわ」
「そうかな?僕はいつもこんな感じだけど」
遠慮のない彼女の行動に小さく驚くも、ギルファーは緊張を解いてエンダーと会話するくらいの調子で話そうとした。
「まあ、他の竜とは全く……」
彼がそう言いかける。するとカシリルが突然低く、威嚇するように唸った。いきなりのことだったので本能的に距離を取る。どうしたのだろうか?
「またそうやって自分を下に見て!!今私と話しているじゃない!!それに私はギャップなんて気にしていないわ。だから自信を持って。貴方だって楽しい話はあるでしょう?いつまでも暗い話じゃ盛り上がらないわ」
カシリルは怒っていた。しかも自分の為に。離れてしまったギャップを埋めるため、悲しみに沈む中で引き上げて救うため。この怒りは同時に優しさが籠っていた。顔は怒り、しかし瞳の奥には優しさ。二度言ったが、前者は言葉で後者は目で見たものだ。
「でも……」
「何でもいいから。私は聞き入れる。即席でもいい。貴方が楽しいと思える話を振ってみて。これは話す練習よ。アドバイスはするから、さぁ」
後押しするように言う。普通の竜なら見捨てるだろう自分に付き添って教えてくれる。その意志は本気だった。ギルファーはこの計らいに申し訳ないと思いつつも、教えてくれることを心底喜んだ。だから口を開き、今見つかった話のネタを振る。
「ちょっと前に……」
会話の練習は数時間続いた。彼女はギルファーの語った話に文句を言わず、全て聞き入れた。そこからはアドバイスが入り、話し方や今の流行を教えられる。次に彼女の話を聞く。カシリルの話はどれも面白かった。だからといって彼女はギルファーを傷つける言葉を一度も用いず、それに近いものは個性だからという表現に全て置き換える。
すると時間が経つにつれて、教え合いのような格式ばった会話が無くなり自然の会話になった。自分を卑下する話し方は相変わらず注意されてばかりだったものの、それも口に出す前に意識して止めることが出来るようにして対応に慣れる。
ギルファーは嬉しかった。自分の話を聞き入れてくれることが。自分の中では失敗だと思える話題もあった。普通なら小首を傾げるだろう即席の話題が来ると、彼女は自分なりに答えてくれ、それから「成功はまず失敗を学んでからでも遅くない」と励ましてくれる。全ては自分の為に。失ってしまった自信を取り戻す為に。
ギルファーの心に微かな光が差した。
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これで第3章 明暗 前編は終わりです。次は第4章 明暗 後編に続きます。




