19 魚狩り 後編
作者の読んだ小説は竜がマグロを普通にたいらげていました。
「凄い……」
ギルファーが一度それをちゃんと見せる為に河原へ一緒に這い上がると、彼女はその技術を目の当たりにしてあんぐりと口を開けていた。こんなに真剣に素早く、小さい相手を捕まえようとは普通は思わないだろう。幼竜の口でようやく味が分かるか程度という獲物だ。それを興味津々に見ていた。川の中にいるからはっきりとした姿を知らないらしい。そして、食べ物だという認識を未だに持っていない。
「これが……魚……」
カシリルは更に確かめるように、自分の持っている手の中を覗き込んできた。顔を近づけてまじまじと観察する。鼻先でつついて魚特有の生臭い匂いを嗅ぎ、魚という生き物を理解しようとしていた。その振る舞いは自分と同じものだ。例え言葉遣いが人間と比べて上達していても、精神は月日を重ねなければ成長できない。まだ二匹は好奇心を持って学ぶ齢だからである。
ギルファーはカシリルが躊躇いもなく至近距離まで詰め寄ってきたので、全身に緊張感が走った。他者からここまで接近されたことは一度もない。むしろ相手から避けられていたからこそ経験がなかった。だから本能的に縮こまってしまう。それは彼女の美しい姿を目にしたとしても、だ。
ギルファーは心に渦巻く恐怖感を我慢する。彼女は他が遠くへ行ってしまう中唯一話し掛けてくれた。ここで怯えたらまた一匹になってしまう。それにいつまでも恐れていたって状況は好転する訳がない。
克服しないと……。それに自分だって最初は彼女みたいな反応だったじゃないか。エンダーに頼んで海の巨大魚を獲ってきて貰ったときと。それと同じだ。そうして数週間前の自身と照らし合わせて、心に言い聞かせた。
しばらくして、じっくりと観察を終えたカシリルは顔を上げた。存分に眺めて満足したかと彼は思ったが、どこか表情が冴えない。うーんと唸って首を傾げている。何かが納得がいかない様子だった。自分と、自分の手の中でとうとう息絶えた魚とを交互に見られてこっちが不安になってくる。
「何か納得出来ないことでもあるの?」
ギルファーは尋ねる。
「美味しいの?」
味。普通の竜なら拘らない筈なのだが……。
「美味しいよ。でも……好みによるけど……」
最後の方の言葉がちゃんと言えなかった。はっきり言って言い切れる自信はない。証拠として父親が長老竜であるランデスにカツオを譲与したとき、食した長老曰く「バリバリする」と言われて数日立ち直れなかったことがあった。もし彼女が長老と同じ味覚の持ち主なら、と考えると自分は被害者である父さんと同じショックを受けるだろう。
「ふうん。じゃあその魚頂戴」
「は?」
「つまりは……食べたいってこと」
躊躇う素振りもなく、甘えという武器を振りかざしてねだるような視線を投げ掛けてきた。雌特有の可愛さで彼を落とそうという魂胆だろう。更には尾まで振ってアピールする。
「うっ……」
ギルファーも流石にこんな風に接近されてはドギマギでざるを得なかった。雌と関わったこともないから尚更に。彼女の親であれば間髪入れずに渡していただろう。だが自分は今日会ったばかりの仲だ。そのことに抵抗はないのかと彼女の竜柄(人柄の変形)を疑いたくなる。
「自分で獲ればいいのに……」
それに僕は君に捕まえ方を教えようと実演したんだよ。今のやり方なら捕まえられるから。心の中で我侭だと思った。そういう自分もそうなのだが。そもそもこの拒否の意は、本能的な奪われることに対しての抵抗だった。何回も言うが親や一部の人間、竜、それも合わせてたった二匹と二人以外関わったことがない。与えられていたもの、自分で手に入れたものを他者に譲ることは“自分のものが無くなってしまう”イレギュラーな状況になる。だから彼は保守的に自らの利益を守ろうとした。
カシリルはその答えに竜としての闘争本能が出そうになったが、相手を分かっている為に低く不満げに唸ることに留めた。
「真面目ね。でもギルファー、それは相手をわきまえてから考えて言った方がいいわ」
彼のもっともな答えにしゅんと気を落としたが、理由を理解しているからこそそんなアドバイスをする。確かに今の甘えは“ワガママ”に相当するが。
「僕そんな悪いこと言った?」
何気ない口ぶりを指摘され、ギルファーは戸惑った。自分の言うことは正論だと思う。でもそれが駄目ってどういうこと?顔をしかめて考え込む。その際無意識に小さな翼が半開きになるのは彼の癖だ。
カシリルは気付けないギルファーにやれやれと深くため息をつくと説明を始めた。
「要はあまりに正論かつ真面目過ぎなの。それにとても頑固。もう少し相手を見て気遣うような言葉遣いをした方がいいよ。私は貴方の言葉で強引に奪おうと考えてしまったわ」
「強引に……?」
「ええ、そうよ。というより竜であれば獲物の奪い合いくらい当たり前。覚えておかないと生きていけないわよ」
コミュニケーション能力に乏しく竜の社会に疎いギルファーを軽く叱責すると、そそくさと川の中へ四肢を踏み込む。そして彼のやったことを真似して水中を睨み、自分に合った獲物を探す。
「ごめん……。知らなかった」
ギルファーは自分の無知を悔やみ、尾を体に巻き付けて頭をうなだれる。
「気にしなくていい。貴方が知らなかった。非はないわ。私だって他の竜と関わりを持っているうちに学んだから」
獲物に目を向けて気持ちを集中させながらカシリルは言った。ギルファーは深呼吸をして心を入れ替えると、彼女の狩りを静かに見守る。
そしてバシャアと前脚が水面を思い切り叩く音と同時に、竜の怪力で傍にある水中の岩がビキッと割れて砕け川の中を転がる。そのせいで周りの魚は四方八方に逃げ出したが、カシリルが狙った獲物はちゃんと捕らえられていた。
カシリルはその後片前脚で魚を掴んだまま、振り返って自分の元に戻ってきた。その表情はとても幸せそうで、爽やかだった。そして握られた獲物を差し出してこちらに見せてくる。見ると自分が一匹に対して、彼女は二匹を鷲掴みしていた。どうやら欲を張って二匹固まっている箇所を狙ったらしい。両方とも鉤爪に突かれて魚はピクリとも動いていない。これではまるで人間が使う銛でやることと同じだ。
「凄いでしょ?」
カシリルは胸を張って嬉しそうに自慢してきた。尾がそれに同調するように地面をバシバシと叩く。
「……」
ギルファーはあり得ないと驚きのあまり固まった。自分より上がいたなんて……。魚獲りは彼にとってささやかな特技で、父親にその腕を自慢していた。だがそれをカシリルは自分の動きを手本にすぐにマスターしたのだ。自分は出来るまでに一日は掛かったのに。まして二匹なんて……。
地道に築いた自信が音を立てて儚く崩れた。彼女が簡単に成功したのなら自分はとても上達が遅い、つまりは自分がやはり混血竜で純血竜より劣っているからなんだと悲しい気持ちに陥る。自分は根っからの竜とは違う。だから純血竜が出来ないことで別に見返したかったのだ。しかし、彼女のその一回で全てが徒労に終わった。
「?どうかしたの?」
悲観的な感情が表に出ていたのか、彼女がこちらに頭を傾けて尋ねてきた。ギルファーは感づかれたかとビクッと反応する。
「ううん、何でもない。君が獲るのが上手かったからびっくりしただけだよ」
頭を振って誤魔化した。彼女の幸福を壊したくない。彼女の成功は喜ぶべきものだから。これは自分の……勝手な悔しさと嫉妬だ。
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下書き写しが半分を過ぎました。そろそろ続きを進めないと追い付かれる……。




