18 魚狩り 前編
竜は動物の肉しか食べない……?
カシリルは聴いたその名前を口にした。
「ギルファー……。いい名前じゃない。そんな自信なさげに言わなくても……。堂々としているわよ」
元気づけるように言った。自分の名前を明かしても、これは汚名だという認識を払拭する力のある発言に彼は驚かされる。
「君は知っているよね?僕の名前……」
「知っていたわ。親から何度もね。でも私はさっきも言うように、混血だからって差別なんてしないわ。私もちゃんとした仲間がいないから……誰でもいいの。楽しく話が出来ればそれで……」
今まで力強く答えたときとは対照的に寂しさがよぎった。尾が力なく垂れ下がり、自分と変わらない暗い瞳の色に変わる。
「なら……お互い様だね」
ギルファーはこのネガティブな雰囲気を打ち消そうと声を掛ける。仲間ってこういうことなのかな……?
「そうよね……」
カシリルは大きく息を吐いて気持ちを切り替えると、ギルファーに向き直った。そして今度は彼女が話題を出してきた。
「じゃあ、何かして遊ぼう。こんな話をしても楽しくも何ともないわ」
「えっ……。あっ……どうしようか……」
ギルファーは思わず面食らった。このタイミングで?話の変わりようが凄まじい……。開き直りが早いというか……。とっ、取り敢えず彼女が出した話題についていこうと思考を巡らす。
えっと……さっきまで自分がやっていたのは魚狩りと……。うん、地味だ。キノコ狩り、果実狩りなんて人間くらいしかやらない。あとは思いつくことは一つだ。彼女の兄弟が遊んでいること。要は水浴び。
「じゃあ、川に飛び込んで遊ぶ?」
彼女はその提案に首を傾げる。どうやら不満な様子。
「うーん……それもいいけど、もっといい案があるわ」
ブルーの目が一際輝いた。尾が楽しそうに左右に揺れる。よっぽど楽しい遊びなのだろう。ギルファーも期待してしまう。そして彼女のユーモアがどのようなものか、気になった。
「何?」
「魚獲り!!」
自信満々に彼女は答えた。しかし、聞いたギルファーはその意見に絶句して固まる。この後一陣の風と共に枯葉が殺風景に舞った。
えっ……。
思わずあんぐりと口を開けてしまった。自分が地味で通りそうにないと却下した案を……。わざわざ頭に入れずに考えていたのに……。はぁ~とため息をつき、がっくりと俯く。
「やっぱり……ダメかな……?」
その反応にカシリルは肩を竦めた。どうやらギルファーのため息を悪い意味として捉えたらしく、不安そうに言う。
「違うよ。僕も初めは……それを思い浮かべてたから……びっくりしたんだ」
これには彼もその訳を話して取り繕うとした。あまりに一致していたので少しだけ笑って見せる。
「地味だからって言わなかったの?」
ギルファーは頷いた。何故ならそれはあまりに人間寄りな遊びだからだ。普通竜は魚を食べない、ましてや川魚など。捕まえて遊ぶにも相手が小さすぎる。
「もう……」
カシリルは軽く前脚で自分の背中をパンチする。
「そういうことは自信をもってはっきりと言いなさいよ。こっちだって言いづらかったのに」
「ごめん……」
ムッとした顔で言われ、彼は小さく頭を下げて謝る。ただ半分は自分と意見が合致していることを嬉しく思っているのか、それ程嫌なムードにはならなかった。
「謝らなくていいわよ。ただの偶然だったんでしょ?」
不満を零しておきながら、あまり気に掛ける様子もなく視線を川の中へ向け始めた。ギルファーもそれに倣って彼女の横に並び、同じことを真似する。川に振動を与えないように尾は宙に浮かせたままにした。いつの間にか遊びは始まっている。
川岸の砂利の上に二匹が立ち、それぞれで獲物を下見した。川は一切の濁りもなく透き通っており、中がはっきりと見通せた。流れが速くはないので更に良く見える。だが、昼過ぎの太陽の光のせいで一部がダイヤモンドのように輝いている為、日陰しか見えないのが玉に瑕だが。だとしてもそこには獲物がいた。
流れに乱されることなく、悠々と泳ぐのは銀と背ビレに緑の線があるのが特徴の魚。名前は知らない。(イメージは鮎?)カムルデス城で読んだ本の中にそれらしい記述を見た気がするが記憶は霞んでいて詳細は忘れてしまっている。唯一分かるのは今が旬であり、食べられることくらいか。
北風がヒューっと吹いて紅葉がヒラヒラと川に落ち、緩やかな渓流に流されていく。そんな中で二匹は泳ぐ魚を睨んだ。
「ところで……」
しばらくして、カシリルが沈黙を破りこちらに顔を向けてきた。まるで困ったような表情だ。
「貴方獲り方知ってる?私知らないの」
えっ……。驚くのはこれで二回目だ。ギルファーとしては知らないのにやろうとしていたのか、という困惑があった。じゃあ、何を血迷って魚を睨んでいる……?訳が分からない。少なくとも自分は実際にやった経験を生かしてどの魚をどのように獲ろうかと考えていたのに、彼女は言いだしておきながら何も知らないなんて……本末転倒だ。
「知ってるけど……。じゃあ君はどうしてやりたいなんて言ったの?知らないなら」
「興味があったけど……仲間が誰も賛成してくれなかったわ。それに親からはダメだって言われたから……。実際にやった試しがなかったの」
しょんぼりと沈んだ声。自分の前脚の鉤爪を見つめ、あんな素早い生き物を果たして捕まえられるか考えているようだった。その様子を見る限り、明らかに経験のなさと手先の不器用さが分かる。これをやった試しどころか、小さいものすら掴んだことのないのだろう。親からの忠告か……仕方のないことかも。
じゃあ、まさか……。
ギルファーはあることに気付き、カシリルに尋ねる。彼女の名前を呼ぶのはこれが初めてだった。
「カシリル」
「何?」
「魚を口にしたことある?」
「えっ……ええっ!!」
彼女は一瞬固まった。意外な質問だったらしい。間を置いて甲高い悲鳴に近い驚愕の声が森に響き渡り、聞きつけた野鳥が一斉に森から飛び立った。
「魚……食べられるの?」
川の中にいる魚と自分とを交互に見て、理解に苦しむように首を捻った。前脚の爪が河原の石に擦れて耳触りな音が響く。食べられると言えば、小腹がすくこの昼過ぎで……そろそろ太陽が西へ傾こうかという中途半端な時間。食糧という言葉は食欲旺盛な自分やカシリルのような幼竜にとって最も好きなものだろう。しかし相手が口にしたことのないものだったら……。
しかし、ギルファーは胸を張って答えた。
「食べられるよ」
「嘘……」
カシリルは驚いて口が開いたまま衝撃の事実を聞いた。だが、ギルファーも別の意味で衝撃を受けている。獲るだけなの!?食べないの!?と。
人間の生活を少なからず彼はカムルデス城に向かう途中で目撃していた。川で棒に糸を付けたような代物や、雑な造りの槍で獲物を獲っているところを。後々城の図書館でそれを魚獲り、魚釣り、川釣りなどと本には記され、その追記には獲った魚をその日の食糧にすると解説してあった。つまり竜側の混血竜であるギルファーにとっては、魚獲りはれっきとした狩りであり魚は牛や鹿と同じ食べ物であると受け止められる。
ギルファーはそれを知って以降、大陸に帰ってきてからはエンダーに頼んでやり方を本格的に教えてもらった。勿論その為にエンダーを困らせ、慣れない川での狩りをさせてしまったが。そして、自分も試し始めたのですっかり定着してしまっていた。だから当たり前だと思っていたのだ。
「じゃっ……じゃあ魚を獲ることは、君にとって何なの?」
彼女は魚のことすら知らない。だからこそ不思議に思って首を傾げて尋ねた。やる意義がさっぱり分からない。
「それは……」
事実を突きつけられたせいか、カシリルは言いにくそうに答える。
「遊びだと思っていたの」
遊び……。それを聞いたとき、思わずため息が出る。当たり前だよね。普通はそう考える。違っているのは僕だけかな?少し認識のズレがあることに内心ガッカリした。因みに竜の遊びというのは人間の心を宿すギルファーにとっては残酷なことに映る。何故ならば恐怖に逃げ惑う動物を痛めつけながら、それが死ぬまで追い続けるのだから。
「うーん、でも遊びの内に入るだろうけど、僕は狩りだと思うよ。確かに獲るのは楽しいからね」
彼女のけ気分を損ねない為にも、ここは自分の偏った認識を押さえて寛容に受け止める。もしかすると自分と父さん以外は知らないのだろうか?
「ホント?なら良かった」
カシリルは心底安心するように息をついた。どうやら認識の違いを気にしていたらしい。だからギルファーの方もそれで正しかったのだと安心する。
ギルファーはちゃんと教えられる空気になったかどうかを、彼女の様子を伺いながら判断して、話を始めた。
「なら、やり方を教えるね。まずは川に入るんだけど……」
そう言って川の中に足を踏み入れる。しかし慎重に。ジャボンという音を立てて鉤爪が川底に沈む。初めのうちはまだ石が底にあるので、鉤爪でそこを掴んだ。いつものように入ろうとすると、振動で魚が遠くに逃げてしまうのだ。幼竜でも巨体であるが故に。その様子を見たカシリルは真似して自分に続く。
ややひんやりと冷たい川の中にいる魚は、川の流れなど気にせずに逆らって悠々と泳いでいる。しかしその動きは自分達より遥かに速い。初めは自分もあの動きに惑わされたものだ。
「どうやって捕まえるの?」
カシリルは慎重なギルファーの様子に俄然興味が湧いたのか、狙っている魚と交互に見比べて尋ねてくる。
ギルファーは獲物の中の一匹を選んで獲ることに集中する。その為に彼女へこう一言伝えた。
「ここで待ってて。僕が手本を見せるから」
そう言い自分は水中に更に足を踏み入れていき、流れの遅いところのうち水深が最も浅い、しかも行き止まりの場所にいる獲物との距離を少しずつ詰めていった。数センチこちらが動くと、その時の水面にかかる振動に相手は反応して持ち前の素早い動きで水中を移動する。ただ動かないときもあるので、彼はそれを期待して近づいていく。
そうしていくうちに、やがて両者の間合いが腕を伸ばせば届く程まで詰まった。しかし自分の影が今にも相手に落ちそうだ。ただでさえ気配を消すことに集中しているのに、これは難しい。なおかつこの時最最もネックになるのが自分の尻尾。それが水面を叩いたらアウト。さっきの通り動く影が相手の上に掛かってもアウト。もしも尾を水に浸してしまったら、それ以上動かしてはいけない。
本能で動こうとするのを必死で堪えつつ、ギルファーは少しずつ獲るモーションに入った。狙うのは魚の頭だ。体全体がヌルヌルしているので、尾を掴もうものなら手を滑らせて逃げられてしまう。この方法は元々人間の本の知識なので基準は人だが、竜は別の意味で使う必要がある。
ギルファーは鉤爪を開き、タイミングを見計らってからバシャッと大きな水音を立てて素早く魚に掴みかかった。そして突っ込んだ前脚を水中から引き上げれば、ぴちぴちと跳ねようとする川魚が見事に手の中にあった。
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因みに作者は素手で生け簀の中にいる魚(鮎)を掴み獲ることが出来ませんでした。
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