17 理解者
ギルファーは自分が仲間に入れないという強い認識から、彼女に真実を告白して避けようとする。しかし、その告白に対しての彼女の答えは……
予期した通り彼女は驚愕の表情を浮かべ、思わず口を開けて苦痛に歪む自分を見下ろしている。受け入れるには大き過ぎる事実を目の当たりにし、失望の念が広がっていくように。しっかりとして聞き入れてくれる者でさえ動揺するのだ。次には多分一言差別の言葉を投げ掛けてくるか、何も言わずにその場を立ち去るか……。言葉なら彼女のような竜程豹変が激しい。優劣に関して敏感に反応する限り。
彼女は理解に苦悩するかのようにそのまま数十秒固まっていたが、冷静に戻り開いていた口を一度閉じた。すでに相手の見る目は変わっていた。しかしその眼は差別ではない、それ以上の怒りの目だった。だがどちらにしても自分に被害が及ぶ状況は変わらない。そう彼は内心で確信し、覚悟していた。
しかし、彼女から帰って来たのはそれとは全く違う言葉だった。
「混血だから関わっちゃいけないって……誰かが決めたの?」
半ば怒りの形相で言い、牙を出して唸った。声は幼くてもその唸りは成竜以上に低く、感情が込められ周囲の空気を震わせた。ギルファーは思わず後ずさる。
ギルファーはその問いに困惑した。彼女の怒りは自分の素性ではなく、自分の差別に対してとっている態度に向けられているからだ。それは暗に差別するつもりではないということも示している。彼女は一体……?どうしてと頭が混乱して回答が出せない。
「貴方がそう思い込んで、自分で自分を拘束しているだけじゃないの?」
出来ればそう思いたかったよ、最初は。でも現実を見据えれば……。苦悩を抱えてただ表情を歪め、途方に暮れていた。次々と自分を見たときの反応の記憶がフラッシュバックし、どれもあからさまな差別だと断定する。何故ならそれが話し掛ける試みをやった結果だからだ。
「君には……到底理解出来ないよ。仲間が欲しくて、関わりを持とうとして避けられて……酷い言葉を投げ掛けられたら……どれだけ傷つくか。しかもそれが何度も繰り返されたら……そんな風に思うようになるよ……」
自分のことを吐露するが胸がとても痛い。これは父さんにも言えない心の内の自分の言葉だった。傷つくことを知らなさそうな彼女に向かって話す悲痛な叫び。
「でも……」
「うるさい!!」
これでも怯まない彼女の言葉をギルファーはきつく目を閉じながら牙を出し、威嚇して遮った。その反応に今度は彼女の方が後ずさる。怒りが収まらなかった。何でそんなにも楽観的に考えられるのか理解できない。やっぱり同じ立場じゃないから、客観視しているのか。
何も……、何も知らないくせに……!!
彼女への憤りが抑えられなくなり、相手が赤の他人であるのも忘れて言い放った。さっきまでの緊張が嘘のように消え、ただ自分の境遇を軽く見られていることに対する怒りが全身に染み渡った。
「大勢の仲間に囲まれているからそんな軽く言えるんだ!!友達が欲しいのに、仲間と一緒に居たいのに……。そんな小さな願いですら届かない辛さなんて……これっぽちも知らないくせに!!分かってるようなことを言うな!!」
その言葉に相手も流石に動揺し、頭がうなだれた。下を見つめて、何かを考える仕草を見せている。自らの無知を悔いているのか定かではないが、向こうを同じように苦悩し始めたようだった。まるで針で刺されたかのように縮こまって動かない。さっきまでのこちらを説得しようと試みる姿勢から、一転して大人しくなった。だが、代わりに彼女の表情が曇ってきた。段々と歪んで傷ついたように見えたとき、ギルファーは自分の言動がどれ程横暴かに気付いた。
僕のせい……?僕が……悪いの……?
更に言及しようとする口が止まる。また、数秒思考が停止してしまった。その刹那、彼女の閉ざされていた口がようやく開かれた。
「なら……教えて……。その辛さを貴方は理解出来ないって断言したけど、私は理解したい。でも貴方が教えないと……助けようにも……出来ないわ」
言葉の暴力による苦痛に耐えながら絞り出すような声で訴え掛けてきた。何かを堪えるように。恐らく……。
僕は悪くない。心の中でそう呟く自分がいたが、それを即座に否定する。何故ならどうであれ、彼女の心を傷つけた言葉を発したのは自身だからだ。彼女は自分を馬鹿にしたり、差別するつもりなど一切なく、ただ純粋に慰めようと……助けようとして敢えてあの言葉を発したのだ。にも関わらず自分はその本来の意図を深く考えずに、全てを攻撃とみなして報復してしまった。ただの思い込みが彼女に牙を向ける口実になってしまった。
普通ならそんな風に突き返しても後悔など持たなかったが、今は違う。向こうは真っ直ぐに受け止めているからだ。
ギルファーは俯く彼女に正面から話し掛けた。竜の怒りは知っている。でもそれでも言わなきゃいけない。
「ごめん……。こんなこと君にぶつけて。僕が誤解していたんだ。君がいつも見る苛める仲間だと思って……」
深々と頭を下げて謝った。何の悪意もなくいきなり感情的になって攻撃するのは自分を差別する竜達がやっていることと同じだ。
しかし雌の幼竜は怒ることはせず、彼を責めなかった。むしろ分かっているようにも見える。
「私はそんな酷いことはしないわ。大丈夫よ。ただ私は誰か素直に話の出来る仲間が欲しかっただけなの。そんな血筋とか関係なく。でも貴方はこそこそと物陰に隠れて怯えていたから、どうしたのって思って……」
彼を見上げ、様子を慎重に伺いながら言う。だが、尾が宙に浮いて迷うように揺れていることから、落ち着きがないことが見て取れる。
だからギルファーは怯えた理由をさっきよりも詳細に説明した。が、やはりまだ会って数分しか経たない彼女に話すには緊張して口がちゃんと動かない。しかし、ようやく自分の話に耳を傾けてくれる竜が現れて嬉しく、何とか会話を成り立たせようと努力する。さっきの怒りで吐いた反論や謝罪の言葉は、気持ちが高ぶって冷静さを欠いていたため、はっきりとした声で伝えていたのに対し、本当に冷静になって会話を交わすのはとても難しかった。
「君が怖かったんだ……。今まで……仲間が出来なくて……。代わりに悪口ばかり言われてきたから……」
心臓に激痛を感じる程、話すこと自体辛かった。直後にその時の記憶がフラッシュバックしてきて、声にならない叫びを上げるのを堪えながら身体をビクッと震わせる。
しかし、そんな俯くギルファーの額に何かが添えられた。気付いて上を仰ぐとそれは彼女の前脚だと分かる。
「落ち着いて。まだ私達は産まれて間もないのよ。仲間ができるのはこれからなんだから。私を怖がってちゃ何も出来ないわ」
幼竜らしくない励ましの言葉を掛けられ、更には添えた前脚で額を軽く撫ででくれた。慰めのつもりなのだろう。でも現実は冷たい。差別に近い言葉を口にしなかった竜は父さんとここ最近一度だけ会った長老竜ランデスを除けば、彼女が初めてだ。父さんは勿論のこと、長老は父さんと仲がいいから……除外である。
しかしそれきりだ。裏を返せばその他にはいない。この竜の支配する大陸にいる以上、全ての種族の竜とそれに匹敵する知能を持つ動物とは一度でも会ったことがある。故に全種族から差別されているということに他ならない。
「僕が見る限り、みんな僕に対して良い目で見てくれない。彼らの親だってそうだ。多分君の親も……」
だから落胆する。自分を受け入れてくれる友達が果たしているのだろうかと。彼女はここで、中立地帯で偶然会っただけ。話は出来たけど……友達には……。
彼女はそんな悲観的な彼の発言に首を傾げ、いきなり土砂崩れを起こすことを言いだした。(分かり易く言えば爆弾を投下したということです。By 作者)
「それ、さっきも言ったわよ。それに……そんなに仲間が出来ないって言うのなら、私が友達になってあげるわ」
「えっ……!!」
ギルファーは驚いて頭をさっと上げ、彼女を見て目を大きく見開いた。思ってもみない言葉だった。一瞬聞き間違いかと不安になるくらいに。
「本当に?」
「本当よ」
「でっ……でも君には……」
「さっきから遊んでいるあの仲間のこと?」
こちらとは死角で見えず、一枚岩を隔てた向こうの川の中を彼女が指したので彼は頷く。今も水浴びに飽きない彼らのはしゃぐ甲高い声が、岩と岩とで反響しながら聞こえてくる。どうやらさっき自分が思わず叫んだ声すらも夢中で聞こえていなかったのだろう。
「あの竜達は確かに同じ親と巣の中で産まれた私の兄弟よ。でもみんな気が荒いから、末っ子の私は相性が悪くて……いつも蚊帳の外にいるの。だからこうして親と一緒に行動するとき以外は、グループの輪から離れているわ。寂しいけど……」
まるで彼らに対して不満があるように言った。そしてギルファーに向かっては少し友好的に「貴方と話す方がよっぽどいいわ」と温和な態度で話した。
「そっ……そうなんだ……。知らなかった……」
対応の苦手なギルファーはそう返すしかなかった。下手に余計なことを言うと、逆に向こうを不快にさせてしまうからだ。だから言葉を慎重に選ぶ。
「ねぇ」
彼女は鼻先で遠慮なく自分の肩をつついてきた。その行動には彼も一瞬だけドキッとしてしまう。その美しさに、可愛さに。
「貴方はどこに住んでいるの?」
「大きな湖の近くの崖にある洞穴……」
肩を竦めて答える。ただでさえ一言ずつ答えるのが精一杯なのに、彼女は積極的に会話してくるので少し困った。でも一方では話し掛けてくれて嬉しい、もっと話がしたい、自分の言葉を聞いて理解して欲しいという欲求があった。本当に友達なら……。
彼女は瞬きをする。
「湖かぁ……。結構近いね。因みに私の住処は、貴方の言う湖から少し離れた巨大火山の麓にある洞穴。機会があったらきてもいいよ」
「巨大火山ってあの不死鳥がいるっていう話が持ち上がるあの?」
「そうよ。ここ最近はよく見かけるわ」
彼女の尾がピンと立って喋ることが楽しそうに見える。目がパッと輝いているから猶更だろう。その反応にこちらも楽しい気持ちになる。
ギルファーは静かに頷き更に話を進めようとしたが、一つだけ気になることがあり話を一度中断する。最も知っておきたいこと。それは……。
「ところで……だけど。君の……名前は……?」
タイミングが悪いだろうと思う。困惑するかもしれない。でも知りたかった。自分を友達と認めてくれた彼女の名前を。
彼女は自分のいきなりの話題転換に困惑する素振りも見せずにさらりと答えた。そのときの彼女の笑顔を僕は忘れない。とても幸せそうで、でも自分だってそうだった。
「私の名前はカシリル。貴方の名前は?」
好奇心いっぱいにこちらに目を向けてくる。ギルファーはそんな彼女の思いに答えた。自分の名前はこの世界に生きる竜達なら殆ど知っている筈。種族の恥を晒した名として……。言うのはとても勇気がいるが、自分を分かってくれているのだから……。そんな安心感が自分を後押ししてくれた。
「僕の名前はギルファー……」
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彼女はこの長編小説におけるヒロイン的ポジションの竜です。カシリルという名前の由来はありません。ただ、~シルに続く名前を考えていたときにふと思いつきました。
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