16 告白
題名に惑わされないで下さい。
「待って」
不意に背後から声が掛けられた。気付く筈がないと思っていたので、彼は思わずビクッと小さく肩を震わせる。声は荒げたものではなく、むしろ澄んだ優しい呼び掛けだった。しかし彼はそれよりも……。
見つかった……。
もう自分は何か嫌なことを言われる、威嚇される、脅される……。次々と浮かび上がる最悪の結果を想像し、また覚悟を決めてびくびくしながら後ろを振り返った。
振り返ると先程そこで一匹で水浴びをしていた青竜が自分に顔を向け、じっと見据えていた。しかしギルファーは父親とカムルデス王、クルバス王子ぐらいしか会話したことがなく、全くの他者とどう接したらいいのか分からずにただ目を伏せるばかりだった。ちらりと相手を見ると向こうの瞳の色が自分と同じブルーだということに気付く。
「どうして逃げようとするの?」
竜は長い首を傾げ、尋ねてきた。声が自分よりも高い。明らかに雌の幼竜だと思った。翼にうっすらと浮かび上がる藍と紫の斑紋、背中から尾にかけて生えた、鋭さに欠ける後方に沿った突起、成竜には到底真似出来ない鱗の美しさ。特徴こそ自分と同じだが、鱗の色は比べると若干薄い。
ギルファーは答えようとした。恐らく彼女は自分のことを知らないのだろう。が、他者との会話が皆無で経験に乏しい為に恐怖と緊張で声が詰まり、口が思うように動かない。その裏では自分に降りかかる不幸を嫌でも想像していて、状況がとても危ういと身体は反応していた。
その結果、反応は首をうなだれ地面に目を落とすだけに留まってしまう。これが自分返せる返事の代わりだった。
「どうして……表に出なかったの?」
そんな彼の感情など知らない相手は次の質問を振ってきた。どうやら自分のいることはさっきから分かっていたらしかった。でもギルファーはそれも答えられなかった。
「どうして……私を避けるの?」
沈黙。
すると、相手は突然水音を立てて河原に這い上がった。当然身体からは水滴がポタポタと鱗を伝って滴り落ちる。普通の竜ならばその可愛さ、美しさに見とれるか赤面するだろう。だが、ギルファーにはそれを目にしても負の感情しか起こらなかった。彼女が目の前で翼を広げ、身体を震わせ水飛沫を飛ばしても。
彼女は手を伸ばせば届く距離まで迫ってくる。答えるまで逃がさない、暗にそう言いたいらしかった。
「避けて……ない」
地面に前脚の爪を立てて河原の砂利を掘り返しながら、彼は震え弱々しい声で彼女の思い込みを否定した。本当なら怯え、口を利くことすら難しいのに何故か声に出せる。もし、今向かい合っていたのが川にいる竜達だったら、口を閉ざしたまますぐに逃げ出したと思う。己の被害妄想に支配されたまま。幸いなことにここは彼らから岩陰に隠れて、死角な為にお互いに姿は見えない。
どうしてだろう……?自分と同じような雰囲気だから?それとも彼女を無視したく……ないから?自分には自覚がない。
「じゃあ、何故?」
相手は俯く彼に柔らかな口調で静かに尋ねてくる。それはこちらの様子を察して、敵対する意志がないということを伝えようとするようにも思えた。
「別にさっきまで私のことを覗き見たことを責めてなんてないからね」
ギルファーは自分が理解出来なかった。父さんとカムルデス王以外は信用出来ないと決めつけておいて、何故この竜を信じ答えようとするのだろう?他者は他者なのに……。彼女は……。
俯いていた顔を上げ、向かい合う雌竜を見た。彼女は自分をじっと見つめ、静かに答えを求めている。目が合い、その瞳の奥を覗いた。自分を異端な者、つまりは差別するような冷たいものが一切ない、純粋に心配し助けようとするような……。
しかし自分の中に抱く現実が緊張を解かせまいとする。彼女は分かっているのか……。僕が怯える理由が簡単なものではないことを。差別され、苛められたせいでこんな風になってしまったことを。そしてその元凶が人間と純血竜だということを。
恐らくは知らないんだ。教えさえすれば今まで会った他の竜と同じように、その口から悪口が飛び出し鉤爪で襲い掛かってくる。いわば負の連鎖の発端だ。しかもこのまま彼女に知られずにいたとしても、近くにいる彼女の仲間が何の抵抗もなく自分の素性を暴くだろう。もう、幼竜単独に避けられるくらいに情報は広まっているのだから。その時の裏切りの反動は更に痛々しい傷を……、だから……。
「僕は……、僕は……」
真面目だからこそ、彼女に嘘はつけない。とても緊張しながらもギルファーは懸命に次の言葉を口にしようとした。さらりと言えないのは数十秒後に起こることを想像したせいだ。声は震え、恐怖のあまり涙が……。今の表情が百八十度変わって自分に冷たい一撃を……。
向こうは自分の悲痛に言おうとしている顔を見て、よっぽどのことだと理解して真実を受け入れようとしている。言わなくてもいいと向こうは口にしなかった。それは竜としての好奇心だからだ。他者ならそれこそ答えに配慮する心などない。他者を本当に気遣うことは……人間しか……しない。
とうとう口が動き、ギルファーは真実を口にした。せめてもの配慮を貰ったからこそ、嘘は言えない。真実を……ありのままに……。
「僕は混血だから……竜と……人間と。だから……」
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辛い記憶は残り易いですよね。
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