15 隠遁
場所は変わり、竜大陸での話です。
竜って獰猛そうに描いた方が正解かな……?それとも海外ファンタジー小説みたいに理性的に描いた方が……。悩みます。
「父さん、まだかな……」
ギルファーは穏やかに流れる川の畔から、ウェーンド神殿の方を寂しそうに見つめながら呟いた。この日は長老の所に用事があるからと言ってエンダーは神殿に行き、自分は食事を済ませて昼過ぎからこの辺りで遊んで待っている。
同行は勿論求めたが、エンダーはきっぱりとダメだと返されたのだから仕方ない。何しろエンダーでさえ連れて行きたいところを仲間の竜に断られたのなら猶更に。そんな訳で渋々一匹で居ることになったものの、やはり単独でいるのは不安だった。
あの差別と衝撃の告白からもう一ヶ月。その間にギルファーの身体はすくすく成長して、以前より一回り大きくなっていた。威厳の象徴とも言うべき頭から生えた角は1フィート伸び、牙と並行して丸い先端が鋭角に近付いた。翼は幅が広がり色も濃くなったものの、幼さだけは残っている。まだ自力で飛べるには程遠い状態だ。
また身体が成長して変わっても、明かされた真実についての自分に対する卑下した見方は未だ変わっていなかった。自分は完全な竜ではなく、人と竜の血を引く混血竜でありどちらに成りきることは絶対にできない……。つまり不完全な竜なのだと。
寂しさのあまり、ない寒気に身震いする。自分のことを理解してくれるのは父さんしかいない。だからギルファーはエンダーが早く戻ってきて欲しかった。一匹で取り残されることの恐怖を思い知らされてしまった為に、今の時間が苦痛でしかない。
彼は俯き目を閉じた。この時間をどうして過ごせばいいのだろう?自分なりに工夫して遊んではいるけど……。ただ物を見つけては見とれ、飽きればまた次へと移ることの繰り返しだけど、それを喜べるのは父さんがいるときだけ。そして今、その父さんはいない……。
そんな途方に暮れるギルファーの耳に突如話し声が入ってきた。それは段々背後の深い森の中から聴こえ、更には近付いてくる。声は低かったり高かったり。竜のものだった。同時に地を這うような足音と、草が踏み潰される乾いた音も。
もしかして父さん……?
ほんの一瞬だけ父親を期待したが、別れたときは歩くどころか飛んで行った。それに父さんもあの出来事以降、自分に過保護になっていてあまり離れることに抵抗を感じている。だから帰ってくるならとても速いだろう。
なら、多分……。
他の竜なのだろう。この大陸自体は縄張りを持つことを禁止した中立地帯。他の竜が近くにいてもなんら問題はないのだ。だがそれは、単独でいるよりも彼を不安な気持ちにさせた。今まで他者と関わったことは一度もないし、関わりたくなかった。自分が混血竜だと知られたらどんな仕打ちをされるか……想像するだけでも怖かった。不意にクルバス王子から受けた出来事を思い出し、即座に激しく首を横に振る。
嫌だ。目にもつけられたくない……。
「……って足凄く遅いよな。だって見た?あの走り。ビリだったからとても目立ったよな、ハハハ」
そんな声がはっきりと耳にするとパキッという地面に落ちた小枝や枯葉を踏みつける音を立てて、四匹の幼竜が木々の間から姿を現した。鱗の色は自分と同じなのが二匹、後は深緑と赤銅色。全員が自分と体長が変わらず、恐らくは齢も近いだろうと彼は思った。でも個々それぞれの特徴はバラバラで個性が際立ち、よくグループで居られるなと目を丸くする。
そもそもギルファーには慕う兄や姉も慕われる弟や妹もいない。それは彼が混血である故だ。普通の竜ならば卵生で一度に産む子供は複数だ。しかしギルファーの場合は違う。母体が人間である為に子宮の中で産まれ育った胎生であり、基本は一度に一つの命。だから一緒にいる兄弟は居らず、自分には父さんしかいなかった。
実際、このグループは同じ巣の中で産まれた竜達であった。しかしギルファーはそれを知らない。そして彼らはどうやら自分と同じ川に遊びに来たらしく、真っ直ぐにこちらとの距離を縮めてきた。
こっちに来る……。
ギルファーは急に怖くなって河原に転がった巨大な岩の裏に逃げ込み、身を隠した。緊張感のあまり手足が震え、心臓の鼓動が激しく打つ。その場から逃げ出したいとは考えたものの、不幸なことに岩場が邪魔をして彼らが来る方向以外はどこへも自分の力では行けなかった。カムルデスでの出来事以降、自分は誰からも(エンダーとカムルデス王を除いて)良い風に見られていないことを知っている。
むしろ……。想像するだけで目をきつく瞑りたかった。だから耳を立てて相手の場所を認識しながらやり過ごそうとした。陰で蹲り、息を殺して他者の来襲に警戒するが、息が乱れた。
足音が大きくなるにつれて、草を踏むパサッという音からガリガリと鉤爪で石を擦るとても不快な音に変わる。それはもうすぐそこにいることを示していた。ギルファーは緊張感を持ってその場でじっとする。
陰から様子を伺うとその四匹の集団のうち、鱗が赤銅色の竜が三匹の前に出る。
「よっしゃー、着いたぞぉ!!さっさと入ろうぜ!!」
雄だと思われるその竜は彼らに叫び咆哮すると、自分は我先にと浅瀬に身体を浸からせバシャバシャと手足を使って水浴びを開始し、あたりに水飛沫を立て始めた。
「あっ、ずるいぞ!!僕が先に入るつもりだったのに!!」
「私を置いて先に行くなんて!!」
その幼い声とは裏腹にいかにも凶暴そうな唸り声を上げて、深緑竜と青竜のうちの片方がそれに続き川に飛び込んで水面にぷかぷか浮きながら、仲間に水を掛け合って遊び始めた。その様子はとても楽しそうで、ギルファーの胸がキリキリと痛んだ。
だが残った一匹は違った。その竜は元気そうな彼らが入ってしまった後、静かにゆっくりと水の中に足を踏み入れる。どうやらこのときを向こうは待っていたらしかった。そして青竜は、三頭の白熱する水かけ合戦から距離を取るように一匹で水浴びを始める。翼をバサバサと羽ばたかせたり、全身を川に沈めては浅瀬に上がったりと明らかに三匹と行動が変わっている。いや、控えめと言った方がいい。
ギルファーは思わず気になってそろそろと表に出ようとしたが、不意に自分への差別を思い出し足が止まる。それからは約七シード先にいる竜を寂しそうに見やった。
自分はあのグループには入ってはいけない……。
先程から彼が関わりに怯えるのには訳がある。自分は人間だけでなく同種族の竜からも避けられているからだ。カムルデスから帰還後、洞窟から出して貰えるようになってから彼は住処を中心として、色々と探検をした。当然巣の近くなので野獣には遭遇しなかった。でもその時に偶然にも竜の家族に会ったことがある。反応は自分の姿を見るなり、親の竜のうち片方が連れていた子供を守るように立ちはだかり、もう片方がこちらに牙を向けて咆哮して威嚇してきた。当然そんな圧力に耐えられる筈もなく、自分は逃げるようにしてその場から立ち去った。距離としては100シード以上離れていてである。
怯えて様子を伺うギルファーをよそに幼竜のグループは遊びに没頭し始め、いよいよ長くこの場に居座ることが濃厚になってきた。因みに依然気になる青竜は単独のままだ。父さんが帰ってくるにはまだ時間が掛かるだろう。
このまま居るのは危険だ。必ず見つかる。
あの時の仲間から拒否された記憶から来る痛みに耐えられなくなり、また恐怖のあまり身震いをする。ギルファーはこの場所を諦め、別の場所に移して一匹で遊ぼうとゆっくりと足音を消して立ち去ろうとした。幸い彼らはそれぞれのことに没頭し、また水飛沫の音がこちらの音を掻き消してくれる。だから何事もなくやり過ごせると思っていた。
「待って」
不意に声が掛けられた。背後の今まで自分が見ていた方向から。
ここから先は竜しか出て来ません。竜大陸の話なので、人間は疎らな頻度ですね。人間社会を竜に置き換えた?ようなストーリーになります。
原本総執筆ページ / 投稿ページ = 237 / 115




