14.5 雲の上での会話
続きです。そしてこの話で第2章 差別は終わります。
空をずっと飛んでいること……。竜にとってはお馴染みのことなのに、この時だけは複雑な思いを抱く。将来と引き換えにカムルデスと会える機会を失うのだから。しかし、だからといって自分に何が出来ただろうか?自分という存在を再び冷静に考え直した。
「ギルファー」
羽ばたきを弱めて成り行きを風に任せ、エンダーは背に乗るギルファーに声を掛けた。今日の疲れがあるせいか、声がどんよりとしている。恐らくは長くは飛ばないと彼は思った。
「疲れていないか?」
「ううん。疲れていないよ……」
父親の背中にしっかりと掴まったまま、姿勢を楽にする。暗い気持ちが眠気を妨げ、棘に回した腕の力が強まった。
「全然疲れてない……大丈夫」
「カムルデス王に会ってどうだった?」
ギルファーはしばらく答えに窮したのち、ぼそりと言った。
「優しい人だった……一緒にいたときはほんの僅かだったけど……」
そう言い、もう一度元来た道を振り返る。既に人間の住む街すら見えなくなっていた。それどころか……人の農地ですら地平線の彼方近くまで沈んでいる。そんなこと……さっきから分かっているのに……。まだ、心残りがあるのかな……。でも今はもう、故郷の風に乗って自分のいるべき地へと戻っている。引き返すことは出来ない。
「ギルファー、お前は一人じゃないよ。決して……。私がついているからな。だから苦しまないでくれ」
父親は気分を上向きにさせようとその温かい言葉で彼を包み込む。何度も強調し、自分はずっと傍にいると言い聞かせてくる。まるで一種のまじないのようだった。
「そうだよね。父さんがまだいてくれるから……大丈夫だよね……」
父親から言われた言葉を重ね、自分からも自身に言い聞かせるように呟きながら、雲海の先を虚ろげに眺める。
「大丈夫だ」
エンダーは低く唸って断言すると、羽ばたきを強め高度を上昇させた。そしてまた、首を曲げて背中の彼に向かって微笑みかける。今はそれが父親の精一杯のことだった。早朝から長時間飛び続けて、更に夜飛んでいるので父親の筋肉の熱はかなりあったが、平気で速度を上げている。体力があるうちに距離を稼ぐのだろう。どのみち、今夜は長く飛べそうにないのだから。
自分は一人じゃない。混血竜だからと周りが自分を否定しても、父さんはそれを肯定してくれる。そう思えるだけで心強いし、さっきより胸が温かくなった。他者からの差別の記憶が頭から追い払われ、穏やかなイメージも想像できる。
ギルファーは大きな欠伸をして、エンダーに身体を預けて眼を閉じた。自分には味方がいるという安心感と、今日一日の疲労感が彼を眠りへと誘っていった。そう言えば……クルバス王子にやられる前まではずっと歩きっぱなしだった……。だからこんな……。全身の力を抜くと急に体がだるくなり、いつの間にか眠ってしまった。
故郷までは遠い。
意見、感想がありましたら投稿お願いします。
次は第3章 明暗です。ここからは少し考えさせられる展開になるかもしれません。
原本総執筆ページ / 投稿ページ = 237 / 111




