13 許し
ようやくドッキングに成功しました。そしてこれが原文との繋ぎ目の話です。少々読者側では強引なところと思われる箇所があるかもしれません。
(……ファー、ギル……!!)
自分を呼ぶ声がする。しかし、意識が朦朧としていてはっきりと読み取ることが出来ない。視界全体が真っ暗で、身体が宙に浮いているようなそんな感覚だ。身体の自由は利かないし、まともに考えることすらままならない。
「ギルファー、しっかりしろ!!目を覚ましてくれ!!」
その甲高い声がキーンと耳の中まで入ってきた。とても心配して、悲痛な声。向こうでは一言の声でも、こちらではこだまして聞こえる。ギルファーはその声に答えようと意識を取り戻そうとして、同時に閉じていたと思われる瞼をゆっくりと開けてみた。ずっと目を閉じていたのだろうか?視界が霞んでいる。
「うっ……」
目を開けると視界いっぱいに広がる大きな影がこちらを見下ろしていた。だが、ぼやけた目はゆらゆらと動く影を認識するだけで精一杯だ。時間が経つにつれて、意識がはっきりとしてきて目の前の相手の正体が露わになった。
「父……さん?」
目の前にはエンダーが自分の傍に屈みこみ、今まで見たことのない程に歪んだ顔で心配そうに見下ろしていた。竜は涙を流すことはない。が、今見える彼は人であれば涙を流しているくらいの表情だった。
エンダーはカムルデス王との話し合いが終わり、ギルファーを探していた。そして外庭のところで、クルバス王子が自分の息子をボロボロに痛めつけているところを目撃し、敵意を剥き出しに王子に襲い掛かり急いでギルファーを助けたのだ。
「ギルファー……。クルバスに痛めつけられて、怖かっただろう。もう大丈夫だからな」
エンダーは横になったままの自分を、巨大な前脚でそっと包み込みそっと抱き寄せた。その抱擁はとても優しく、愛情が籠っている。自分を大切に思い、慰めようとする心。それは普段の彼であれば、嬉しく思ったことだろう。
しかし、今の彼にはそれが理解出来なくなっていた。クルバス王子から暴力を受けながら明かされた事実。嘘だと思いたかった。しかし、明確な証拠と共に事実だと認めさせられた。エンダーも、叔父さんだって知っていたに違いない。なのに……。
「……して……?」
「ギルファー……?」
突然、ギルファーが顔をくしゃくしゃにして泣きながら、自分に問い掛けてきたことにエンダーは困惑する。なぜならこんな反応をした彼を見るのは初めてだったからだ。そんな困惑をよそに言葉が再度放たれる。
「どうして……僕を助けたの?」
ギルファーは分からなかった。何故自分をこんなに大事にしてくれるのか。自分は竜ではない、人間でもない……姿だけが同じの混血竜だというのに。父さんから、叔父さんから、クルバスから……大事な人を奪った存在なのに。どうして……僕を大切にしてくれるの?
「ギルファー……。クルバス王子と何かあったのか?」
異変に気付いた父親はすぐさま彼に尋ねる。何も恨むことのないただ普通の表情で、自分に優しく問い掛けてきた。まるで自分が同じ竜だと認めるように。だが、それが逆に彼にとっては苦痛に感じ、余計に困惑させる。
「父さん……」
「どうした?」
「知ってるんでしょ……?」
突然謎の質問をされ、エンダーは戸惑う。ギルファーはそんな父親に目に涙を溜めながら、真剣な目で問い掛ける。
「僕が……母さんを殺したこと……。僕が産まれたせいで……死んだこと……」
ギルファーは罪悪感という重圧に耐えながら、父親に言った。その言葉を耳にした瞬間、エンダーの表情が変わり、顔面蒼白になって動かなくなる。まるで自分の首を絞めているような、そんな感じがした。また、胸がとても痛かった。前脚できつく押さえてしまいたいぐらいに。
親の抱擁から抜け出し、エンダーと距離を置く。そこで自分はどこにいるのかを知った。ここは、最初に降り立った中庭だったのだ。そして背を向けたまま、目から溢れるように流れる涙を前脚で拭いながら、人間のように泣きながら……竜の甲高い声で言った。
「クルバス王子から……教えられたんだ。僕は……竜なんかじゃ……ないって。竜なんかには……成れないって……。竜の姿をした……不完全な混血竜だって」
自分が自分で……自分を否定している。こんなおかしいこと……あるんだね。ギルファーは苦笑する。自分が思っていたことは全部間違いなんだ。僕は竜じゃない。父さんのようには決して……成れない。
「ギルファー……」
「僕は……産まれちゃいけなかったんだよね?僕が居なければ……母さんは死ななくて済んだんだよね……?父さんが悲しむことも……なかったよね……」
言うのが辛い。自分が産まれたから……母さんが死んだ。自分がいるから父さんは、叔父さんは、クルバス王子は……悲しむことになった。自分が死なせたから、クルバス王子は僕を憎んだ。みんなが悲しんで……僕は笑っていた。何も知らずに、みんなの悲しみを疑うこともせずに。
僕が……悲しませた。辛い思いをさせた。大事な人を奪った……。
「僕は……いなかった方が良かったんだよ……ね?」
自分の心が壊れそうだった。全ては自分のせい。自分が招いた。だから自分は……父さんの愛情を受ける権利なんて……ない。幸せに笑うことも……許されない。だって自分が全部悪いんだから……。
「ギルファー!!」
重圧に耐えきれなくなり、ギルファーは身体のバランスを崩して再び倒れそうになる。自己を肯定することも出来ず、心が砕ける寸前だった。立つ力すら無くなってしまい、魂が抜けたように……。だが寸前でエンダーに抱き止め、支えられた。
「父さん……。僕は……、僕は……」
彼は父親の抱擁を拒否しようとして、震える口を開く。しかし、その寸前でエンダーの言葉が遮った。
「お前は悪くないよ」
「えっ……!!」
ギルファーはその言葉に衝撃を受けて、目を大きく見開き身体を強張らせる。そして、父親の前脚の力でまた抱き締められた。今度は離さないように強く。しかし、壊れないようにそっと。
「お前は産まれて良かった。そして、産まれることを望んでいたんだ。叔父さんもお母さんも……一緒に……」
エンダーは前脚で、その柔らかい頬で背中を撫で、頬刷りしながら言い聞かせるようにギルファーに言った。自分が否定しようとしていたことを、再び肯定に戻そうとするように……穏やかないつもの声で。
「でも……」
「お父さんとお母さんは、この結果になることを覚悟してお前を産んだんだ。勿論叔父さんとも同意して許しを貰い、全てを承知した上で……約束を交わしてね。母さんが例え死んでも……お前を恨むことをせず、ちゃんと大人になるまで育て……守ると」
エンダーの言葉は力強くこちらに届いてくるが、一方で声質が段々と高く悲しいものになっていく。母親を喪った悲しみが溢れ出しているのが彼には分かった。だが、自分を責めるようなことはしない。
「お前が混血竜であり、どちらにも成れないことは分かっていた。こうして差別されることも。だからこそ……お前を守りたかった。でも……」
ギルファーは鼻をすすっているエンダーの様子にハッとして、彼の顔を見上げた。そして驚愕する。自分とは違い、完全な純血であるエンダーの深いブルーの瞳からじわじわと涙を小さく流していることに。
「守れなかったな……。父さんは。結局お前を傷つけて、悲しませてしまった……」
「父さん、涙が……」
ギルファーは初めて自分の父親が泣いているところを見た。自分が思っていた認識がまた、覆される。竜は泣くことを決してしないと考えていたのだから……。でもそれは間違いだったのだ。その涙の粒は大きく、地面に落ちる度に雨上がりのような小さな水たまりを作った。
「父さんみたいな竜でも、泣くときは泣くんだよ。人前では泣かないけど、隠れてね……。クルバス王子には絶対に秘密だぞ。表では竜は泣かないとされているからな。でも、そんな血も涙もない竜なんて……お前は嫌いだろう?」
これまで振る舞ってきたことに対して卑下するようにエンダーは話す。しかし、ギルファーは首を横に振る。その問いに何の迷いもなかった。だって……竜なのであれば……僕の父さんなら……。
「そんなこと……ない。父さんがそうなのなら……僕は受け入れる」
「お前は本当に母さんにそっくりだな。父さんはそんな優しさを真似することが出来ないから、羨ましいよ。竜としてのプライドがそれを邪魔するんだから」
エンダーは抱いていた手を解放し、ギルファーを地面に下ろす。そして向かい合い、その大きな巨体で堂々と胸を張りながら目の前の自分の息子に宣言した。今度は悲しみの籠らない、竜としての威厳を前に出して。
「父さんはお前が産まれたことに後悔はしていない。むしろ誇りに思っている。エルエンが死んでしまったとしても、その遺産であるお前が生きているのなら私はそれでいい。だから、ギルファー……自分が産まれたことを責めないでくれ。そして……」
エンダーは言葉を切ると、自分に向かって頭を深く下げた。その行動にギルファーは驚き、固まってしまう。
「本当のことを今まで隠していたことを、お前が抱いていた夢を壊してしまったことを……。そして、お前を混血竜として産んだことを許してくれ。本当に……ごめんなさい」
「父さん……」
ギルファーはそんな父親が自分に向かって謝る姿に、いい意味で衝撃を受けた。自分はここまで大事に思われていること、この存在が……必要なのだと認めてくれること……そう実感したとき、とても嬉しかった。自分という不完全な存在を……ここにいることを……肯定してくれる。それが傷ついた心を少しずつ癒していった。
「……ありがとう、父さん。僕は……父さんを許すよ。だから……もう苦しまないで」
ギルファーはその謝罪の気持ちにそっと答えた。自分が存在を否定されたように、エンダーも同様に今までこの事実を隠していたことをずっと苦しんで過ごしていたのだ。だから……父さんを助けたかった。
「ギルファー、お前はこれからも父さんの息子だ。例え、混血竜であっても父さんが竜として仲間と認める」
エンダーは自分に誓うように、しまいにそう言った。それを聞いた瞬間、自分の瞳から再び涙がどっと溢れだしたのが分かった。自分は傷ついてから、今までこれを求めていたのだとようやく理解する。自分を肯定してくれる存在と気持ち、その者の優しい言葉を。
「父さん……」
ギルファーはエンダーに嬉しさのあまりまた手の中に飛び込もうとしたが、その前に彼が何かを察したのか、大きな前脚で制した。その行動にギルファーは頭の上に?マークが出て、困惑する。
「それは何時でもできる。でももう私達は帰らなくてはいけない。それにこんなことがあった以上、もうここに来ることが出来ない。だから……今ここに来たカムルデス王と話してあげて欲しい。彼との時間は大事だから」
そうしてエンダーの指す方向に目を向けると、そこには息を切らせてこちらを見るカムルデス王がいた。額に汗を溜め、従者を連れずに一人でそこにいる姿は行きで目撃した普通の人間と変わらなかった。
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