表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/56

11 現実

この章が終われば執筆が軌道に乗ると思います。原本が高校時代に執筆したものなので大幅に改稿する必要がありました。

しかし、その表情を垣間見たのはほんの一瞬だけだった。クルバス王子の表情は何事もなかったかのようにもとの平常時のものに戻っていて、余計に怖かった。


「そうか……。なら大丈夫だな。その手で……読める?」


王子はため息をついて、人間の腕程もある鉤爪を見やり確かめるように尋ねてきた。今度の不安そうな態度は嘘ではないと何となく分かる。さっきの強気な表情からのこの転落具合は一体何だろうか?不安定にも程がある。


ギルファーは頭を低く下げて彼と視線を合わせた。


「大丈夫だよ。破いたりしないから。あと……それはつまり、ここにいてもいいってこと?」


ここは無邪気さを装って彼は温かい息を吹きかけた。今は大人しくしていた方がいいと思った。こいつは只者じゃないけど、ここは叔父さんの住処だ。だから約束を守る為にも迷惑を掛けたくない。それに後で父さんに言えばいい。僕は何も悪くないから。


「ああ、いいよ。父親が迎えに来るまでここで大人しくしていてくれ。私はちょっと疲れたから外で一休みしているよ」


クルバス王子はギルファーが分かったと頷くのを見届けてから、一人図書館の出口へ歩いていった。その姿は普通なら堂々とした偉大さを感じたが、彼にはこちらを威圧する姿にしか見えなかった。


「けだもののくせに……」


出口まで行ってしまったときに彼の口からそんな小声が聞こえた。鋭い聴力で耳にしたとき、彼は鉤爪で飛びかかりたいと本気で考えた。しかし彼の理性がそれを辛うじて押し留め、曲げた鉤爪の右腕を左腕で押さえて制し、そのまま行かせた。それでも怒りに燃えた目で後ろ姿を睨み付けていたが。


クルバスがいなくなりしばらくして、緊張の解けたギルファーはすっかり疲れて蹲った。荒い息遣いで動揺する心を落ち着かせ、冷静になれと自身に促す。


どう考えても僕に対していい感情を抱いてなんていない。今は怒りを抑え込んで何とか切り抜けたけど……父さんが帰ってくるまで持つかな?クルバスはたとえあんな人間だけど、叔父さんには大事な存在だ。怒りに任せてやっつければ怒られるのは自分……。


ギルファーは不機嫌そうにシューっという音を出した。楽しくない。それどころか気分が悪い。あんな人間が……いるなんて嫌だ。それくらいなら自分の洞穴の近くを探検していた方がまだマシだよ……。


しかし、どんなに後悔してもここは人間の領土。エンダーの力がなければ自分の家に帰れない。今は早く時間が過ぎるように願い、待つしかない。


彼は観念して落胆の息をつくと、クルバスから渡された本を持って窓際に面した読書用テーブルの椅子に腰掛け、その上に本を置いた。しかしまだ怒りが収まらない。なので、気持ちを切り替える為に、枠が金の花の装飾をした窓からガラス越しに外の景色を一望することにした。


見えるのは南西の空。先に城の建物はなく、崖で地面は下へ下へと下がっていく。太陽は西に傾き始めていて夕方に迫ろうとする。城の遥か下に大きな円を描くように作られた城下町の屋根の赤レンガが更に炎の如く色が変わっていた。人通りは来たときと変わらず、それぞれの方向に歩いていくのが見える。それを目にしてどうしてこんなに忙しく動いているのか分からないと彼は思った。獲物なんて見あたらないのにただ歩いているだけ。それの何がいいのだろう?それよりも……。


父さん、まだ終わらないのかな……?叔父さんと大事なお話をしているけど、ここまで来てなんで話し合いを……。


“けだもの”


不意にまたクルバスの言葉が頭の中に蘇り、再び怒りが湧き上がる。自分は竜だ。確かに僕はトカゲに似ているかもしれないが、けだものなんかじゃない。それならあいつだってけだものだ。こっちが知らないことを分かっていて馬鹿にして。父さんに言われていなければ押さえつけて脅してやりたいのに……。


それでも自分にもっともらしい理由を付けて納得させた。その理由とは種族が違うということ。僕は竜であいつは人間。全く違うから言われてもおかしくない。うん、そうだよ。あんな人間と種族が同じなことはないから……。


開き直ったところで、ギルファーは置いた本を爪先で、丁度食堂でナイフとフォークを使ったのと同じ原理で慎重に最初のページを捲った。一ページ目は白紙。二ページ目に進むと題名。その次が目次と続いた。本来ならば好奇心からどんどん先へと進んでいこうとするが、この場所から飽きないように敢えてじっくりと目を通した。


本の内容は別世界についての記述で空間……という名称が各世界に存在し、どんな世界か、技術レベルはどの位置か、人口、総口(人間を初めとする高知能生物の総数)など細かく記されたいわば資料集に等しいものだった。また、記述方法が竜から見たような超広範囲なものだったので彼は瞬く間に読書に没頭していった。


しかし、どんなにはまっていたとしても同じく机の上に置いてあった一時間刻みの大きな砂時計を、上の砂が無くなる度に反転させることを忘れなかった。(ここに来る前にクルバス王子に使い方を教えてもらった)経過さえ覚えておけば目安で時間が分かり、父さんが帰って来る時を知ることができる。城の中を探検出来て楽しかったのは事実だったが、あまりに人間が(叔父さん以外)非社交的ではないことにがっかりした。多分皆がそうじゃないと思うけど……。


ギルファーは深くため息をついて、憂鬱な気持ちになる。そのせいで二、三ページ読まずに飛ばしてしまい爪先でそっとページを戻った。


結局彼は砂時計を三回ひっくり返した。その間に太陽は西の地平線を塞ぐ山脈の峰々に沈んでいき、窓には僅かな光しか届かなくなり代わりにテーブルに置かれたランプが明かりを代行した。だが、話し合いが終わったという知らせは来ない。父さんも、クルバス王子さえも。自分が本を読みページを捲る音以外、図書館は無音の静寂に包まれている。ギルファーもギルファーで完全に読書に夢中で、次から次へと棚にある書物に手を伸ばした。どれもかしこも知りたいことばかりで飽きない。


事態が動いたのは完全に太陽が落ち、夕日の色が少し残った空が掛かっているとき。読書に没頭していた彼に背後からクルバス王子の呼び声が掛けられた。


「ギルファー」


彼は待ってましたとばかりに本を読む手を止めたが、読んでいたページが偶然にもいい所だったので手放すのが名残惜しく感じた。しかし今まで待っていたことなので、渋々切り上げ椅子から降りて振り返ると、クルバス王子が淡い光を放つランプを片手にこちらを見ていた。


「カムルデス王とエンダー殿の会議が先程終わったそうだ。今から彼らと合流するからついてきてくれ」


それを耳にしたとき、ギルファーは心底安心した。ようやく父さんの元に、故郷に帰れる。もうこんな場所はごめんだ。例え自分が産まれたところだとしても、絶対に来るもんか。読んでいた本を元の本棚に戻しながらそう思った。


「父さんは今どこにいるの?」


「これから案内するから、ついて来て」


早まる思いを押さえ、彼は尋ねたが向こうははっきりとした場所を言わなかった。かと言って自分の足ではすぐに迷子になってしまう。だからここは嫌でも素直に従う他がなかった。でもそれで構わない。これさえ乗り切れば帰れるのだから。


太陽が落ちて月が昇っているときだったので、城の廊下に沿って置かれたランプには火が灯され、暗闇に浮かぶもう一つの城の姿が映し出されていた。従者が至る所で見かけるようになり、重厚な扉ほど衛士によって守られていることが目立った。城内に話し声はなく、まるで誰もいないかのような静けさだけが支配していた。


そんな中で自分の足音が大きく響き渡ってしまうのはどうしようもなかった。一歩前に足を出せばズンッとかガリっという音を立ててしまうために竜がそこにいるのがあからさまで、自分でも気になった。人は待ち構えては警戒する視線で変わらずこちらを見ている。


早く帰りたい……。


ギルファーはそう渇望しながら、(今日の不快な気分にさせた元凶である)先を案内する王子の背中を睨んだ。何度も言うが、この人は僕を良くは思っていない。それどころか“竜”自体に対して“嫌い”イメージを持っているのかもしれない。それはここにいる全ての人間にも……。辺りをキョロキョロ見渡しては人の視線が気になった。


やがて階段を下り、一階に来ると前にある二枚扉から城の外に出た。それからはしばらく未整備の道を歩くと、やがて先程エンダーと別れた外庭の入口が見えてくる。もう日が暮れてしまったので森の中は真っ暗だった。秋の虫が鳴き、心を和ませる自然の音にギルファーは安心感に包まれる気がした。ただ、鳴いているのは虫だけで、フクロウといった野獣は彼に恐れをなして逃げてしまっているらしかった。


暗い森に入りかけたところで、クルバス王子の足が止まった。そこは完全に城からは死角になっていて、360度草木に覆われたところだった。突然止まったのでギルファーはもう着いたのかとポジティブに考えて同じく立ち止まっていたが、辺りを見渡してある違和感に気付く。


ここには誰もいない。


クルバス王子以外誰かがいる気配がまるでないし、耳を傾け竜の鋭い聴覚で探ろうにも何の話し声も足音すら聴こえなかった。ギルファーはそのことに顔をしかめる。じゃあ、何で

クルバス王子はこんなところで立ち止まったのだろう?何故か本能がここから離れろと警告を発して彼は不安になった。


「クルバス、ここに父さんはここにいるの?」


「……。」


ギルファーは不安そうに尋ねるが、向こうは沈黙している。こんなとき、父さんが居てくれればと思う。しかし、実際にいるのは謎の状況を作り出した張本人しか居らず、気分的に一人だった。


「ギルファー」


クルバス王子は突然自分の名前を呼び、こちらを振り返る。振り返った顔は先程までの礼儀正しく優しいものではなかった。一瞬だけ、或いは人目のつくところでは決して表に出さなかった自分を見下すあの差別する本当の顔だった。今度は一瞬ではなく、そのままずっと……。ギルファーは再び恐怖で身体を強張らせる。


「お前は何も知らないようだな。自分がどんな存在なのか……」


「そっ、それは……どういうこと?」


知らない?どんな存在なのかを?一体何のことだか分からない。クルバスは何を言っているの?彼の威圧する目に気圧され、頭が混乱したまま震える声で彼に聞き返した。ただ唯一分かるのは自分がこのままだと危ないということだった。


「逃げても無駄だ。それにエンダーから聞かされていないのであればここで教えてやる」


ギルファーはその言葉をまともに取り合わず、持ち前の力ですぐそこにいる王子をエンダーに怒られる覚悟で取り押さえようと飛びかかった。何か嫌な予感がする。だからその前に彼を倒した方がいいと考えた。自分に対する感情を露わにしているなら猶更に。


しかしその直前に自分は何か強い力で押さえ付けられ、地面に倒れ伏していた。何の力なのか分からないが、それはクルバス王子の仕業だとは理解出来る。次に地面を見たときにその原因が何かが分かった。


地面に何か自分を中心に紫に光る輪が何重にも存在していた。輪と輪の間には文字列のようなものが描かれ、薄く浮かびながら回転している。それはギルファーが知らない魔法という異能であり、魔方陣だった。そして魔方陣はギルファーの動きを封じる術式であった。勿論、術者はクルバス王子である。


魔法を唱えた本人はギルファーの反応など意に介す事無く、言葉をそのまま繋いだ。その言葉は彼が態度を変えたとき以上に衝撃を与え、心に深い傷を負わせた。


「お前が人間と竜との間に生まれた、忌むべき混血竜だということを」


意見、感想がありましたら投稿お願いします。


原本総執筆ページ / 投稿ページ = 237 / 87

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ