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9 部外者

竜から見た人間とはどういうものか?というのがこの小説のテーマでもあります。


執筆したのは少なくとも今から約3年前くらいと推定。

王は周りが静かになったところでこちらに向き直り、自分の目の前まで来て止まった。最早二者の距離は僅かに10センチ未満で、ギルファーが目を寄らせなければ見えないくらいに縮まった。


「触れてもいいかな?孫よ」


竜の鼻先にまで手を伸ばしかけたところで、カムルデスは確かめるように自分に尋ねてきた。その眼は先程のものとは違い、自分をまるで家族の一員のように扱うような愛情さえ感じる眼。エンダーが日頃こちらに向けるそれと同じだった。


ギルファーはつかの間その問いに迷ったが、エンダーが止めるような仕草を見せなかったのと差別するような扱いを唯一しなかったのではっきりと答えた。


「構いません……」


その同意をして初めての手がギルファーの鼻先に触れてそこを軽く掻き、次には頬を寄せて撫で始めた。彼は少し鱗に鳥肌が立って抵抗感を感じたが、ここに降り立ったときの振る舞いや自分への見方がとても親切だったことから、大きく深呼吸をして身を許した。


顎の下の鱗を優しく触れられて、思わず心地よい唸り声が出てしまう。また目を閉じると父親に似ているような、もう一匹仲間の竜がいると錯覚した。


「ギルファー……。私の大事な孫よ。たとえ姿が竜だとしても私の娘に似たところがあるな…。その瞳といい、身に纏う雰囲気といい……面影がある」


“似たところがある”という言葉を王が呟いたとき、幼竜はハッとして驚き、目を見開いた。自分が……母親に似ている!?そんなこと父さんは一言も言ってくれなかった。一体僕の母親ってどんな……?それに叔父さんは……悲しそうな声だった。なんで?どうしてこんなにも胸が痛いの?


ギルファーはカムルデスに問いただそうとしたが、寸前に向こうは身体を離した。


「ありがとう、ギルファー」


そう言い残すと彼が引き止める間もなくこちらに背を向けてしまった。が、その顔は悲しんでいた数十秒前とは打って変わって明るい。


「カムルデス、手紙で伝えた通り本題は屋内で協議しましょう」


ギルファーとの触れ合いが済んだときを見計らって、エンダーは長い首を伸ばして視線を王に向けると真っ直ぐに真意を伝えた。不幸にもその声は巨体さ故に大きく城中に響き渡ってしまった。


その父親の発言は波紋を呼んだ。竜が協議を屋内でやる?一体どこにそんな巨体を押し込める場所があるんだ?兵士達は口々に言い立てた。


余談だが、このとき遠くで雑用をこなしていた中年の庭師の男性はこの提案を耳にして背筋が凍り付き、城内の厨房で慎重に高価な蔓の装飾の美しい皿を運んでいた侍女は、驚いて危うく大金の塊を落として割るところだった。


とにかくその場にいた人々を恐怖に陥れる発言であった。当然、今まで表情一つ変えなかった王子でさえ動揺して表情が真っ青になっていた。そしてギルファーだけが首を傾げてこの混乱した光景を不思議そうに眺めている。


王は黙ってエンダーを見上げると一回咳払いをして言った。


「そりゃ無理な話だろ。冗談も程々に頼むよ、エンダー。そんなことしたら私の城から誰もいなくなるではないか」


フッと小さく笑う。といっても苦笑いだが。


「外庭で話そう。話す内容についてはアレだろ?じっくり協議しないとな。ただし……」


そう口にするとエンダーの隣で堂々と立ち、竜の迫力にも動じていないクルバス王子に向かってちらりと鋭い視線を送った。すると王の方が怖いのか気まずい様子を見せる。


「協議をするときは私とエンダーだけにしろ。その間衛士達は庭の外周の警備に当たれ。そして誰一人中に入れるな。無論クルバス、お前にも干渉する権利はない。したらただでは済まないからな」


放たれた力のある命令と警告はギルファーにとっても怖かった。自分はエンダーに迷惑を掛けて説教を食らったことはあるが、ここまで厳しくはされていない。だから余計に驚いた。今までの自分に対する優しさとは正反対である。


ところで自分は……?ここで自分のことが差されていないことに気付く。


「父さん、僕はどうしていればいいの?」


尾を振って不安そうにエンダーに尋ねた。父親がいないという孤独感に浸るなんて嫌だった。出来ることなら父さんと一緒にいたい。他の人間はまるで僕が危ない何かみたいに変な目で見ている。


「僕は父さんと一緒にいたい……」


寂しそうにエンダーを見つめ、頼み込んだ。確かにこの場所には興味はある。だが見ず知らずの人間と一緒にいるのだけは耐えられない。


しかし、そんな彼の切実な思いとは裏腹にエンダーはかぶりを振った。


「ダメだ、ギルファー。お前に話すのにはまだ早い話なんだ。だから頼む。この城の中で待っていてくれ。今日一日だけだから……」


父親は逆に自分に頼み込んできた。子への愛情のせいか声を和らげている。ただし微かにこの我侭に対して叱ろうとする裏の顔も出ていて、反論出来なかった。


「分かった……。城の中で待ってる」


結局意見を変えられず渋々父親に同意した。本当ならここで正直に周りが怖いから離れたくないと告白したかった。だけど今は近くにその本人達がいる。だから代わりに目で訴えかけた。いつもならそれで分かってくれるはずである。しかしこんなときに限ってその意を介してくれなかった。これにはギルファーもショックだった。


どうして……?


彼は理解に苦しんだ。自分のことを無視するくらいに大事な話なのだろうか?父さんは自分にはまだ早い話だと言った。しかも叔父さんと“二人だけ”と。ならいつか話してくれるのだろう。だとしても……。


彼は恐る恐る人間達を見る。兵士達は不気味な程整列したまま石像の如く動かない。父さんのいない間この人達に囲まれて過ごすの……?考えるだけでゾッとした。


興味はあるけど……怖い。カムルデス叔父さんの後ろにいた王子なんて……。


例の王子は従者らにもう下がっていいと命じて大半の人間をこの場から引き下がらせた。あの嫌な雰囲気を出していた集団がいなくなったので一応今まで張り詰めていた緊張感がややほぐれる。


だが広い庭の中に残されたのはエンダーとカムルデス王とギルファー、そしてクルバス王子だった。つまりこれはあることを意味している。ギルファーはそれを悟った。父さんが叔父さんと協議している最中、自分はこの王子と一緒にいなければいけないことに。翼で顔を中に埋めたい気分になった。


「孫よ、君はクルバス王子と一緒に待っていてくれないか?」


その直後、自分の予想を肯定するかのようにカムルデス王の言葉が頭の中に重々しく響いた。安心感が消えて再び警戒心が強くなる。


「父殿、それには同意できません。息子はさっきの兵士からの対応に怯えてしまっています。なのに、怯えさせた張本人と一緒にさせるのは私としては心配なのですが……」


その方針に至っては父親が抗議する。ギルファーも全力で支持した。


「だが……彼以外に相応しい世話係がいないのだよ。それに我々はもう前の世代の存在。これからの未来を担う彼らの為にも親交を深めておく必要があるのだと私は思うが」


この説得にエンダーは何かに気付いたように反論の口が止まるが、それでも引こうとはしなかった。


「しかし……」


「我が息子もさっきのことは十分反省しておるだろう。ならば仲直りの機会を与えてあげてもいいではないか」


ここで抗議が止まってしまい、少しの間の沈黙の時間ができギルファーは焦った。仲直りなんて出来ない。反省しているなら今自分に向かってあんな変な目で見ていないから。仮に向こうが謝っても許してやるもんか。あの見方を止めない限り。


「それくらいなら一匹でどこかで大人しく待つよ。だから……」


「ギルファー」


さっきまで完全拒否の態勢で抗議する彼に味方だったエンダーから口止めされた。厳しい口調で。これにはギルファーも困惑を通り越して押し黙ってしまう。


「お前には悪いが……クルバス王子と一緒にいてくれ」


結局掌を返したように正反対の意見に変えられてしまい、多勢に無勢となってしまった。それでも駄々をこねて決定に抗いたかったが、父さんの決定には多分訳があると逆に考えてギルファーは無理矢理納得させて折れた。


「分かった。父さんがそう言うのなら……我慢する」


王子に対して抱いた気持ちを暴露したかったが、辛うじて押し留めて返答する。声は不機嫌そのものだったが。別にここにずっといる訳ではない。そう。今日一日だけ我慢すればいい。話し合いなんてすぐに終わる。自分は竜だ。気長に待てなくてどうする?


「説得が出来たのならエンダー、早速話し合いを始めようとしましょうか」


カムルデス王は説得が終わったタイミングを見計らってエンダーに言いながら、彼らに背を向けて前を指差さした。指した先は多分外庭であろう、城の野外通路を跨いで奥のここよりも緑の茂った?人口林の並木道。どうやらあの中で話すらしい。


エンダーは王の後をついていく直前、前脚でそっと息子を愛情いっぱいに抱き寄せた。


「大丈夫、怖がらなくてもいいよ。用事が済んだら戻ってくるから。それまでの辛抱だよ」


孤独で寂しい気持ちを慰めようと声を掛けてくれる。その言葉がギルファーには嬉しかった。まだ巣の中でろくに動けず、餌を待っていた頃もそうして落ち着かせてくれた。今回は外で人間と一緒にいることに不安があったから余計に。


しばらく二匹は抱擁を交わしていたが、エンダーの方から身体を離してギルファーに踵を返すと王の後を付いて行った。歩幅が広いのですぐに彼と並び外庭へと足を踏み込んでいく。


「なるべく早く戻って来てね!!」


ギルファーは離れていく親の背中に向かって確かめるように叫んだ。声は幼いがその分大人よりも高いため、キーンと近くにいた人間には耳鳴りを残す。尾が地面を打ち、強く求める表現のつもりで翼を大きく広げた。その行動には王子も注目する。


「分かってる。終わったらすぐに迎えにいくからね。それまで待っていてよ」


エンダーも立ち止まり、頭だけ彼の方をまた振り返って声を返すと再び前を向いて歩いていった。


「クルバス、孫を頼んだ。だがまた何かやらかしたら説教だけでは済まないからな。ちゃんと仲直りするんだぞ」


王の方も歩きながらこちらを振り返ってクルバス王子に注意して言うと、エンダーと並んで外庭の森に足を踏み入れていく。そして遠くまでいかないうちに父親と王の姿は木々の隙間の中へと消えた。


このとき、ギルファーは自分が混血だということをまだ知らない。

感想や意見、ストーリーに関する矛盾点がありましたら感想欄に投稿をお願いします。


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