8 人間との会話
Dragon World Tripper 第6話 竜人世界境界線 にて訂正箇所があります。詳しくは2月8日付の活動報告を参照して下さい。
また原本内容を一部変えている為、表現の密度に隔たりがあります。
「父さん……」
ギルファーは怖くなってすぐさまエンダーの傍に駆け寄った。他の生き物の感情を読み取ることは難しい筈だったが、何故か視線からこちらを敵視しているのが分かった。その小さいながらも恐れることを知らない強気な姿勢に竜である彼は怯んだ。
「こちらが来ることは事前に報告してあるつもりだったが……どういうことだ?」
エンダーはこの敵意剥き出しの対応に困惑しながらも緊張を緩めない。鉤爪を出し、大きな翼で彼を守るように包み込み相手を牽制した。どうやら父さんはこんな状況になることを予測していなかったらしい。
「僕らのせい?こうなったの」
幼竜は翼の盾中から父親の顔を見上げ、不安そうに尋ねた。もはや人間を間近で見られることに対しての好奇心は吹き飛び、この状況をどうにかして欲しいという願いだけがあった。
「安心しろ。お前は悪くない」
エンダーは僅かに自分を見下ろすとそう言った。その眼はこの緊迫した状況の中でとても優しかった。
ただ周りの兵士達は槍を構えたまま動かない。時間が経つにつれてその表情に怯えが見えてくる。それに対して父親は堂々とした態度で人間の輪の中に屹立していた。鱗が太陽の光で、深いブルーの輝きを放ち、彼らの目を眩ませる。
両者が睨み合ってしばらくすると、中庭の奥から騒がしい物音が耳に入ってきた。その音に兵士達は一斉にその方向を向き、エンダーは何故か大きく安堵の息をついた。ギルファーは何が起きたのか分からず、兵士と同じ方を凝視する。
物音は近くの石造りの建物の中から聴こえた。硬い何かが地面に当たる音が何十にも重なった初めて聞く音だ。加えて人間の声らしきものが混ざっている。さっきまでは甲高い声しかなかったためにこれは新鮮な気分だった。竜の聴覚は鋭いので会話らしきものも分かったが、知識に疎い彼には初めて聴く単語に困惑するにとどまった。
やがて音のした方向からは今自分たちを取り囲んでいる人と同じ恰好をした集団が“城”の壁の陰から姿を現した。中央には白と黄金色の衣を召し、頭の上に赤銅色の王冠を被った若い男が一緒にいた。その後に続くように純白の装束を召した白髪頭のいかにも老いたような老人が自分の背丈程の杖を突きながら、大義そうに一歩一歩足を前に踏み出してこちらに近付いてくる。その周りは大剣を携えた取り巻きの兵士でしっかりと守られている。
「あれ……?」
気がつけばさっきまでこちらに槍を構えていた兵士が武器を刃の先を空に向け、こちらから大分距離を取って立っていた。突然の対応の変わりように彼は混乱する。殺気の籠った視線は嘘のように消え、今度は兵士の方がこれからやってくる人間に対して緊張している。
こっ……今度は何が……?
訳が分からずギルファーはキョロキョロと周りを見たり、小さな翼を開いたり閉じたりと落ち着けず、そわそわとエンダーに寄り添いながら身をよじらせる。
「ギルファー、静かにしていなさい。今は大事なときだ」
鉤爪をしまいながらエンダーは低く唸り、怒りを含んだ声で彼を制した。これには彼も震え上がり、それ以上動くことを控えて父親同様大人しく今の状況を静観する。少なくとも危機は去ったようだ。
そうしている間に集団はエンダーと自分の前に横一列に並んだ。勿論明らかに目立っている二人は列の中央、つまり目の前に立った。整列が終わると途端に静かになり、自然の音だけが後に残る。
ギルファーはこの集団に本能的な警戒心から一歩後ずさる。何故なら彼らからも先程の槍兵同様、友好的な目ではないように見えたからだ。どれも顔が固く無表情に近い。まともに感情を出しているのは中心人物の二人ぐらいだった。
でもその二人のこちらを覗く視線は対照的だ。老いた人間の方はエンダーに対しその小さな頭を下げて敬意を示すと、自分にも同じようにする。これには彼もそれが礼儀とは知らずに反射的に頭を下げていた。何だか温かい目で優しそうな人に見える。更にはこちらに微笑んできたので、それもまた彼も真似して返した。
ただ、老人の挙動はとてつもなく小さい。手は杖の上に置かれたままだ。装束の胸あたりに刺繍された回転する刃のような王族の紋章が鈍く寂しく光っていた。
一方、白と黄金色の衣を着た若い人間の第一印象は最悪だった。何故なら差別や偏見、見下すような視線でこちらを見つめているのが大きい。特に自分に対しては先程目にした刃の棒のような紫の目で睨んでいる。絶対に関わりたくない。そんな気持ちにさえさせた。
「これはこれは。ウェーンドから遥々ディスカレーン、カムルデス城へようこそ。ミスタ・エンダー」
最初に口を開いたのはギルファーが悪印象を抱いた人間だった。続いて兵士もそれにならってその場に跪く。ここまで敬意を払ってもらう経験は自分にはない。だから少しばかり優越感に浸れてしまう。目の前の人間さえいなければ。
少年は圧倒的な体格差に動じることなく毅然とした態度でこちらの答えを待っている。紫色の不気味な瞳を輝かせて。
そんなことなど気にしない父親は頭を彼らに向かって下げた。これにはギルファーは驚く。自分達の方が強い筈なのに……どうして?
「丁重なる歓迎には感謝します、クルバス王子。そしてここまでの敬意をありがとうございます、カムルデス王」
エンダーの言葉は王と呼ばれている老人にはとても心の籠った感謝の気持ちがあるのに対して、若い王子と名乗る王子には“には”を敢えて強調し形だけの挨拶に留めた。どうやらあの不穏な空気を作ったのはやっぱり……。
バシッ。
ここで父親に尾で自分の尾を叩かれた。早く終わって欲しいと落ち着かなくて尾をぴくぴく動かしていたのが災いしたらしい。この無言の説教の一撃に思わず悲鳴を上げそうになるが、なんとかこらえる。
「お会いできて光栄です」
少年は落ち着き払った態度で言葉を述べた。ただし、やはり様子がおかしい。父親の方はちゃんと目を向けているのに、こちらには全くといって良い程目を合わせることすら避けている。
「貴方がいない間に父上はかなり歳を取られて……」
そう言うと隣に控える老人に目を移す。
「それよりもあの対応はなんだ?クルバス王子。我らをあたかも敵扱いにして。息子が怖がっていたぞ」
やはりさっきの対応のことを全く口にしなかったクルバス王子が許せなかったのか、ここでエンダーは言及した。勿論その被害者であるギルファーもそれには激しく同意だった。
「いや、もしものことの為にと思いまして貴方がたを騙った偽m……」
「長ったらしい言い訳は結構だ。それに我々竜は余程の信用がない限り伝達などしなければ、それを裏切ることなどせん」
言い訳がましいクルバスの言葉をエンダーは容赦なく遮って怒りをあらわにする。その勢いに王子は怯み、顔面蒼白になる。竜を決して怒らせてはいけない。それだけは知っているようだった。
「そのことは深くお詫びする、エンダーよ。教育が足りなかった私の責任だ」
その時、老人の王がようやく口を開いた。その声は弱々しく、ギルファーでも聞き取ることすら難しい大きさだった。
「しかし……これは教育以前の……」
「エンダー、いいのだ。彼はまだ竜相手の対応をわきまえておらんからな。慌てて兵士を動かしてしまうのも無理もない」
自分達が襲撃者扱いにされたことに怒り心頭だったエンダーだが、その言葉に思いとどまりまた王子から直接謝罪を受けたこともあって本来ならば怒るところを敢えて見逃した。
ギルファーはその大らかな態度に納得いかなかったが、“竜に慣れていない”という言葉を耳にして自分も同じなだけに文句が言えず、渋々許した。でも慣れていないからってあんなことをされると……。
「それよりも……またお会いできて嬉しい限りですな、我が愛しき娘の夫エンダー」
「こちらこそ再び会うことが出来るとは光栄です、父殿」
幼竜はこのやり取りを聴いてハッと息を呑んで改めて老人を見直した。父殿?ということは……僕の叔父さん!?
しかし、彼は“娘”と“夫”という言葉を聞き逃していた。驚いて目を丸くする彼の肩に父親が軽く片前脚を置いて更に会話が続く。
「御覧の通り、この子も今ではこんなに成長しました。まだ幼く飛べませんが、時が経てば一人前の成竜になれるでしょう」
そうして自分の頭を撫でるとエンダーは老人に視線を合わせるように促してきた。“まだ飛べない”という言葉にムッとしたが表情には出さない。
「ギルファー、彼に自己紹介をしなさい」
父さんが彼について紹介してくれた後、ギルファーは特に躊躇うことなく眼前の老人と顔を合わせた。ただ、後々から緊張と恥じらいのせいか赤面してしまう。身体は自分より小さいのに。
「はじめまして……カムルデスおじさん。ギルファー……です」
声に若干躊躇いがありながらも簡単な自己紹介?は出来た。人間との会話……何故か緊張した。自分より小さいのに……どうしてだろう?
カムルデスは緑色の瞳で彼を見据え、返答した。これがギルファーにとって記憶がある中では初めての至近距離での会話だった。
「こちらこそ……ウェーンドから遥々来てくれて嬉しいぞ、我が孫よ。この短い間に大きくなって……。叔父さんは驚くばかりだ」
「うん。僕も叔父さんに会えて嬉しいです」
ここでギルファーが口にした“叔父さん”という言葉に抗議して従者が前に出ようとし、会話が中断するも王の手によって制止される。そしてまた会話が紡がれた。
「産まれたときは私の腕に収まるくらいに小さかった君がもうこんなにとはな……。やはり成長は父親譲りか」
「僕、最初そんなに小さかったの!?」
叔父から出た言葉に彼は驚き、目を見開いた。自分には産まれたときの記憶はない。記憶というものが自覚できるようになったのは約半年前のことだからだ。それ以前ははっきりしない。無意識に本能で動いていたせいだ。
「そうだよ。なのに君の方がもう叔父さんより大きいなんておかしな話だろう?」
「なんか……信じられない」
自分が最初この人よりも小さかったなんて……。ちょっとショックだったりする。父さんを基準にしていたのが間違っていると言われたような気分だった。
複雑な気分になっている彼にカムルデスはゆっくりと近寄った。これには流石に黙認できなかったのか兵士達が王の行動を制止しようとその前に立ちはだかる。そして兵士はこちらに剣を抜いて牽制してきた。
「守る必要はない」
王はそう言って彼らの動きを制し、また振り返って怒りをあらわに怒鳴った。
「この子は我がカムルデス王家の娘から授かった一人息子。つまりは王家の人間なのだ。彼に刃を向けるのは私に対して向けているのと同義だ。剣を仕舞え!!」
その顔は自分からは見えなかったが相当恐ろしいものだったらしく、兵士達はその言葉に慌てて剣を仕舞おうとするが、一部では思わず取り落としてしまった人もいた。ただ、納めてからも兵士の攻撃的な視線だけは変わらなかった。その様子を静観していた王子に至っては無表情である。
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