三行半はブラックメールで
息抜きです。息抜き。
「王妃、お前の座を剥奪する」
くすくすくす。
嘲笑が広間を埋め尽くし、そこには一片の慈悲もない。
目の前の高い座に腰掛、先の言葉を述べたのはこの国の絶対王である、私の夫。
そしてその隣には可憐に微笑む、彼の寵姫。その腕には彼の、そして彼女の子供…この国の皇太子がすやすやと可愛らしい寝顔を披露している。
「思えばつまらぬ女だったな、お前は。何の取り得もない貴様を王妃に取り立てたのはつまらぬ座興だったとは言え」
「まあ、陛下…」
「寵姫。あんなつまらぬ女が君の実の姉だなんて信じられん」
「我が父も『こんな娘を引き取るんじゃ無かった。最大の汚点だ』と、小さき頃より申しておりましたわ。公爵家でも皆から嫌われておりましたもの」
くすくすくす。
嘲笑う声が更に大きさを増す。
こうしてさざめくようにして笑うのはその場に列する事を許されている貴族連中や、寵姫の取り巻き立ち。中には宰相や近衛達も含まれている。
私の周りは常にこうした嘲笑で彩られて、中にははっきりと悪意を持って接するものも多数存在していた。思えば王と結婚する前、いや父である公爵が私を引き取ったことことから始まるのだろう。
元は公爵がお遊びで手をつけた侍女が妊娠した事から始まり、お決まりの様に母は正妻に追い出された。それから暫くして母は私を産んだのだが、産後の肥立ちが悪くあっけなく逝った。身内もいない私は乳飲み子のまま孤児院に入ったのだが、どこをどう聞いたのか公爵が迎えに来てしまった。私としてはほっといてほしかったというのが本音としてあったのだが、人徳派として知られる公爵が苦労の末、自分の血の引く子供を引き取ったというので株は上がったらしい。
さて、それからはお嬢様街道…というわけには案の定行くわけがない。元は孤児院上がりの私は公爵家という、お貴族様の屋敷にとっては異分子・もしくは厄介者以外の何者でもなく、生物学上の父である公爵、血の繋がらない義母、半分だけ血の繋がった異母妹にはとても疎まれた。まあ、筆舌に尽くし難いとはこのことだろう。
当然家族からそのような仕打ちを受けているので、右倣えで使用人も同じ。
転機が訪れたのは、何故か私に王妃になれとお達しがあった時だ。当然意味がわからず、何故だと問えば公爵は『お前は珍味だからな』と言った。
その意味がわかったのは、あれよあれよと言う間に結婚式が終わり初夜での王の訪れの時だった。
「なんだ、孤児院上がりの一風変わった女かと思ったら。どこにでもいる女じゃないか。これでは抱く気も失せるわ」
そういい残し、広すぎるベッドに私一人を置き去りにして出ていかれたのだ。
そうなるとようやく事情が飲み込めてきた私は、ある決意を固めた。
曰く『どうせ王は飽きるんだから、もう区切りなんかつけちゃっていいんじゃない?』って事だった。
まあ当然破瓜の血なんかあるわけもなく、結婚したのにも関わらず寵姫を侍らす王を見て、私と言う王妃は最早飾りだと認識されたらしい。雲より速いスピードでその話が伝わると、我先にと寵姫になりたい良家の子女が殺到。先王が閉じたはずの後宮が開かれ、それはそれは華やかに後宮文化が花開いた。
そんな中、王妃である私は寂しいもので。侍女たる侍女もつけることは許されず、部屋も王妃の部屋ではなく簡素な一室。孤児院にいた頃は大小様々な年代がごった寝だったので、部屋があるだけでもありがたいものなのだが、良家の子女や侍女達にはそんな常識は通用しない。何せお金の苦労をしたことがないのだから。
私の部屋は訪れる者が誰もいないこともあって、王妃付きの近衛も新しい寵姫に付けられた。
夜会がある時なんかは必ず寵姫を伴って参加したため、私の出番はない。それどころか知らせもなかった。
そんな3年間を毎日過ごしていた時、新しい寵姫が入ったという。誰かと思えば、公爵の娘である。つまりは私の妹であるのだが、公爵家でもほとんど面識がなかったのでどんな顔なのかはわからないままだった。
その寵姫が懐妊した時は、離れた場所にある私の部屋にまで歓声が届いたし、悪意と侮蔑と哀れみの満ちた旧寵姫が私に八つ当たりがてら教えてくれた。
そして子供が産まれ、その子が男の子であったとわかった時の王宮の浮かれようと言ったらなかった。
まあ、その結果がこれ。
「これでようやく君を王妃にすることが出来る。力も魅力もないただの女より、愛らしい君が王妃の方が民も嬉しいに決まっておるな」
「まあ、陛下ったらお上手ですこと」
ほのぼのと笑いあう二人を、生暖かい目で見守る周囲の人間。
そろそろ私も退出した方がいいわね、と思っていた矢先に王と目が合ってしまった。
汚いものでも見るかのように歪められた顔を見ながら、踵を返そうとした。
その時。
―――電話だよ~電話だよ~――
おっと、マナーにしておかなかったか。
こんなに静かな広間だと、思ったより響くな。
懐にいれてあったスマホを取り出し、電話を取ると、向こう側からのん気な声が聞こえてきた。
「はい、もしもし」
『やっほぉ~、ジュンちゃんだよ。今日暇ぁ?』
「ああ、うん。超ヒマ。なに、何かあるわけ?」
『今日ねぇ、T物産のエリートと4:4の合コンなんだけどぉ。女の子の人数がね、足りないのぉ』
「え、うっそ。マジで?行く行く!何時から?」
『19時からなんだけどぉ、大丈夫?』
「全っ然、大丈夫!」
ありがとう、じゃああとでね!と言って電話を切って、さっさと気合入れて仕度しなくちゃ!と鼻息荒くしていると、妙に視線を感じるんですけど?と思って後ろを振り返ると、唖然としている元旦那とその愛人。
と、その他大勢。
「な、なんだ、今のは…」
「それに今何語を話していたのでしょう…こちらの言語ではありませんわ…」
「おい!お前!今のは何だ!!何を話していた!」
「スマホ。それに日本語」
「すまほ?にほんご?」
あー、知らない人間に説明するのってホント、超面倒くさいな。
て言うか、早く着替えたいんだよね。T物産なんて、すっごい大手だし、あそこの社員っていい男揃ってるんだよね~。
「私にも、私の言う事にも興味がない。そう仰られたのは陛下ですが」
「それは質問の答えになっておらん。問に答えろ!」
「嫌です、めんどくさい」
ざわっと、その他大勢が息を飲んだ。
それもそうだろう。今まで捨て置かれた名ばかり王妃が王に対して口答えをしたのだから。
その王は王で、顔を真っ赤にして怒っているし。始末に負えない。
「じゃあ、簡潔に。私、禁忌の術…いわゆる『異界渡り』が出来まして。ちょうど渡った世界が、『地球』という惑星の『日本』という島国だったんです」
「な……なんだと!?『異界渡り』だ!?貴様、戯言を申すな!!あれを行えるものは誰もいないのだぞ!!」
「信じるか信じないかは別として。まあ、日がな一日誰も私の部屋に来ないので、ここに来てからというものほとんどあちらの世界に渡ってまして。ちょうど運よく他の異世界から来た子達を保護してるシェルターに行きつきましてね。戸籍も取得、学校も卒業しましたよ。今は大学ってとこで学生してますね。
にしても日本の技術は最高ですよ。こんな旧態依然としたばかばかしい体制でもないし、何より、アンタみたいなクズがいないもの」
もうこの際だ。
言いたい事全部言っちゃおうかな。
「大体さぁ、あんたどこぞのAV男優かっつーの。何人の女とやってんのよ。まさか一物に真珠でも入ってんの?バイアグラ…はこの世界で入手出来ないからあれだけど、精力増強剤とかマジで使ってそう」
「な…っ」
「つーか性病とか持ってそう。うわ、うつったら最悪。後宮全体に蔓延~?しかもアンタが発生源とか、真面目に最低。気色悪!!」
「!!お前っ!誰に向かって口をきいている!!」
「バカ王~」
話しても無駄無駄。
おっと、もう時間が迫ってる。仕方が無いから髪は巻いていかないで編みこんで行くしかないか!
もうここにも来る事はないだろうし、未練もない。まあ、最後に一言だけ言ってあげてもいいかもね。
「後宮を再開した事で税金の取りたてが厳しくなった。だから民は怒りの矛先をアナタ……王家に向けてますよ」
「なに?」
「知ってます?貴方は民から『無能王』って言われてるんですよ」
手をかざし転移の門を目の前に出し、そのドアを開けるといつもの様に開けると、眩しい光が差し込んでくる。
その中に一歩踏み出してそのまま行こうとすると、呼び止める声が聞こえたのだが、そのまま無視した。
「初めまして、桜妃でーす!」
おっしゃあ。高スペックきたー!!
出来れば次男がいい、次男が!んでもって、他の女に走らない堅実タイプが理想です!