7:光は時に闇となり
宿を出て早数分。
王都への道はいまだ続く。
暗く先の見えない闇の道には魔物が蔓延り虎視眈眈と獲物を狙う。
この闇色の世界には人の影など存在しない。
魔物同士の生存競争が繰り広げられる自然の世界。
その中の道を、一人の青年が走り去る。
息を切らせながら、それでも一目散に走る。
彼の頭の中にはただ、親同然の恩人と一人の親切な男の無事だけが浮かぶのである。
ジンは宿を出た後、港の様子を一通り確認した。
港には人影は一切なく昼間に見た喧騒と夜に見るはずの穏やかな空気がないのだ。
それはなぜか。
気配だ。
そう、その港からは『気配』と呼べるものが消えていた。
人も、動物も、海にいる魚も、魔物も、そこを流れる風と空気も。
その場所だけが一種の魔力空間に囚われまるで時間が止まり、何者も動くことができなくなるように。
ジンはしばし考えた。
だが答えが出るはずもなく思考よりも先に行動を起こしたのである。
腰には教授から譲り受けた魔装機がぶら下がっている。
もらった後で確認したのだがこれは兵装魔装機の一種で、しかも特別な能力を付加させている代物らしかった。
ただ起動方法が全く分からず結局お守り代わりとして持ち歩いているにすぎなかった。
無いよりはある方がまし。
それがジンの中にある答えである。
そうこうしているうちに目の前には光に包まれた街が見えてくる。
まるでこの闇の世界を照らし出し光の結界を張っているように。
まるで旅人を優しく迎え入れるように。
まるで何かの秘密を外部から隠し通すように。
「あ、あれ?」
ジンは拍子抜けした。
街が機能していないとか王都にしては廃れているとか、そんな理由ではない。
『人が居る』
ただこれだけである。
港で感じそして実際に見たジンにとっては異常としか言えない。
だが現に人はこうして夜であるというのに昼と変わらぬ賑わいを見せている。
ジンは止めていた足を一歩一歩進め始める。
辺りを見ているとどうやら今日は祭りらしい。
大通りのようなところは人で溢れ屋台や舞台などが乱立している。
人々の顔からは幸せがにじみ出ているような笑顔が浮かんでおりジンもその光景にほっと心をなでおろす。
(もしかして、港にいた人たちもみんなこれのために居なかったのかな…)
ジンは安心する。
心揺らぐ不安が少し取れた気がしたのだった。
「……こちらNo.4。目標を捕捉。計画に感ずく予兆を見せましたが狂いは無し。計画に支障、ほぼ皆無と認定。どうぞ」
ジンが人混みに消えていく最中その様子を逃すことなく監視していた『物』が言う。
機械のように動きながらも人間のように話し行動するのが彼らの役目。
機械に心はいらぬ。
それを証明するように淡々と言葉を並べて行く。
その隣にももう一人。
「……同じくNo.3。こちらからも確認。No.4と同意見。―――そちらは?」
数字をつけ自分の名前すら呼ばない二人。
一人は女、もう一人は男だ。
通信口からは少し若い、それでいて異様な威圧感を醸し出す声が響く。
『No.3・No.4、応答了解した。目標物に変化なしと確認。これよりこちら側はベルデ様と共に予定通り進める。残りの奴らも目標を重点的に監視しろ。こちらの動きの妨げにならないようしっかりと働け』
少し機械音が混じっており自身の声を明かさないようにカモフラージュしている。
命令口調で物を扱うように指示するとNo.4と主張した男が通信口に向かい一つの確認をとる。
「……キルジア様、一つ確認したいことがございます」
『なんだ?』
「……万が一の場合は、どのように」
『なるほどな…道具の貴様らにはそこまで言わねば動かぬか。使えん。いいだろう、命令してやる』
人を人と思わない事を通信口にたたきつける男。
だが、機械たる『彼ら』には一切響き渡らない。
怒り、悲しみ、苦しみ、憎しみ、喜びは以ての外。
感情もなく彼らは指示を待つ。
『万が一の場合は―――――殺せ 存在を残すな』
「……御意」
殺戮を命じられた機械達は再び動き出す。
己に課せられた任務を遂行するために。
『……御意―――』
通信を切り睨むように魔装機を見る。
そして忌々しそうに鼻を鳴らし歩き出す男。
男が歩く道には血・血・血。
辺りは死体と血と肉塊のみ。
男の着る優雅な服装とは違い下に広がるのはもはや地獄絵図。
人だった【もの】の上を悠然と進むその姿は何もかもを犠牲にできる覚悟を持っている証。
男はしばらく歩きそしてある場所で立ち止まる。
研究室、と言えば聞こえはいいだろう。
だが研究室とは呼べない雰囲気がある。
研究用の培養液に使っているのは、人と魔物。
そしてすでに動物とは言えない生物。
その奥には血だらけになった作業台、そして培養液を管理するための機械。
そこを忙しなく右往左往する一人の包帯。
後ろのいる男に気付く様子もなくブツブツと何か言いながら作業をしている。
「ベルデ様、キルジア=アイルスフィー=フォントーレ。ここに参上しました」
貴族が目上の人物に対して行う挨拶をキルジアと名乗った男は丁寧にする。
すると忙しなく動いていた作業の手が止まり包帯がゆるゆるとキルジアの方へ向く。
「キルジアか。して、奴は動いたか? それとも、感ずいたか?」
「いえ、感ずくようなことはございません。動きは見せましたが今は落ちついております。私めが見るにいまだこちらに気づくことはないかと」
ベルデと呼ばれた包帯男は休憩するかのように作業をやめ座イスに座る。
キルジアからの報告を受け口元を不気味に歪ませる。
「ヒヒヒ!そうかそうか、鼠が蠢きよるとは思うたが……だが気を抜いてはならぬ。あやつは必ず我の元までたどり着く」
ベルデは包帯だらけの腕を水晶玉に翳し何かを見るようにさすり始める。
そうして、キルジアに向き直りこう告げた。
「これより、我らは動き出す………各地に潜ませておる同胞に伝えよ。一番に動くは我。ぬしらも動き出す準備をしろ、とな」
「はっ、御意にござりますれば」
そういうとキルジアの周りに風が巻き起こりその姿はどこへと消えた。
キルジアが居なくなりベルデはゆっくりとした足取りで歩く。
そうしてとある二つの培養ケースを見回す。
「…我らの悲願は今まさに熟した、こうして動きだすためにぬしらの灯火が不可欠よ。貰い受けるぞ―――
その培養ケースには
――――ぬしの脳の中にある『アレ』をな!ヒヒヒヒヒャヒャヒャヒャヒャ!」
紛れもないライルとレステルが苦痛に顔を歪ませているのだった。




