8:始動へのカウントダウン
王都中心街。
王都の中でも有数の名所の一つである。
祭の時には世界中から様々な人が集まるのである。
ジンはその街中を途中で買った食べ物を持ちながら歩いていた。
ふと街並みを見てみる。
幸せそうな家族の姿や手をつなぎながら歩く恋人たち。
酒屋で楽しそうに飲み交わす男たち。
屋台では店の店主が家庭用に使う魔装機や最近流行の子供たちでも扱える魔装機を売っている。
それを見たジンは心の中に何にでもない『安心』が生まれた。
港の人たちを探していたがところどころで見かけた。
肝心のライルとレステルはまだ見つかってはいない。
それでも、ジンの中にはライルとレステルもどこかに居るのだろうという『安心』があるのだ。
だが、彼の中に生まれた『黒い』感情にジンは気付いていないのである。
そしてさっきの違和感について思考を始める。
さっき、とは港でのことだ。
普通『人の気配』というものは自身が帯びる魔力により一定派数の周期的波長を少なからず放っている。
この世界には必ずしも魔法が使える、というわけではなく魔装機を使う時に無意識のうちに全ての人が魔力を使っているのである。
その魔力は空気中を漂うこともあり言ってみればアルタレーデ全体にはあふれるほどの魔力が漂っており一部の地域には魔留域とよばれ特異的な天候・地質・魔物を生み出す原因となる地域も存在するほどである。
そして使用した魔装機に使用者の魔力が混入し一定時間は魔跡と呼ばれる痕跡が残る。
これには犯罪者を追う際にこの魔跡を追い特定するのである。
このように、気配というのは魔力のことであり決して消えるものではないのだ。
特にジンは自らの能力もあり魔力のことに関してはその道に精通しているものでも右に出る者はいない。
だが港ではまさしく『消えた』のである。
人はもちろん…動物・魔物・乗物、さらには空気中に漂うはずの魔力までが『消えていた』のである。
これは極めて異例でありジンは改めて考えてみる。
今までの出来事は不思議と何か裏があると思えてきたのだ。
港での『魔力』消失。
帰宅途中の不意な攻撃のようなもの。
そして突然現れた少女とまた見るようになった謎の夢。
探れど探れど出口が見えることはなくただただ迷想するばかりなのである。
そうこうしているうちに気が付くと人気のない通りにまで出てきていた。
後ろの方は煌々と賑やかな喧騒と幸せな声が明りめいている。
一度考え事をするとブレーキが効かない性格なので周りの音が遮断されてしまったのだろう。
「あれ…いつの間にこんなところまで…」
ジンも考えにふけり過ぎたらしいと自覚し確認すれば少し灯りの少ない通りまで出てきていた。
周囲を見渡してみて案内板を見つけたので確認してみる。
するとこの先を進むと王都研究所に続くらしいのである。
ライルとレステルの身を案じ、どうせならとジンは意を決し歩き出した。
「来て…いない?」
「ああ、君が言うライルさんとレステルさんは……我々は確認していませんよ」
ジンは驚愕で顔をゆがませ何も言えなかった。
ただ何かの間違いだと言わないばかりに呆然とする。
その様子を研究所の前にいる兵士二人は顔を見合わせる。
そしてジンを見かねて一人が聞く。
「特徴を教えてもらえないか?私たちも捜索をかけ合ってみるよ」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
兵士の思いがけない言葉にジンは目に涙を浮かべながら頭を下げる。
兵士二人はいいことをしたと頷き合っている。
そして武器を置きジンの目線に合わせ話を聞こうとする。
「じゃあ、まずはライルさんの特長を」
そこで質問は止まる。
同時にジンの中の何かも止まった。
思考?何かの体の機能?いや違う。
身体自体のすべての『動き』と呼ぶべきものが全てが止まった。
目の前の兵士の顔が苦痛に歪み目が上を向く。
支えを失った兵士の体は重力に従いゆっくりと崩れ落ちる。
倒れると同時に鎧の音が辺りに響き渡る。
それをきっかけにしてようやくジンの体が言うことを聞きだし自分の足元に倒れる先程まで目の前に立っていた兵士を見やる。
兵士の下から赤い液体が流れ出しゆっくりゆっくり広がっていく。
何が何だか分からない。
「お、おい!何だ!?一体何が起き、がはっ!?」
ジンが何もできず震えていると隣に居た兵士までもが無残に仲間入りしてしまう。
地面を埋めるように血が流れ出しジンは小さく悲鳴を上げ後ずさる。
カシャン…
金属がすれ合わさる音。
小さくかすかだが確かに聞き取った。
ジンは周りを素早く確認する。
辺りはさっきとはまるで違う別世界のように暗い。
明かりがあるが異様な空気のせいでその明かりを消している。
足音。
目の前からする。
ジンは腰に下げていた魔装機に手を当てようとする。
だが恐怖で体が縛られ全く言うことを聞かない。
そんなことを後悔していると目の前にゆっくりとした足取りをしながら人影が現れる。
それに釣られて一人、また一人と増えてゆき最終的には5人の同じような服装をした集団が現れた。
ジンは呆気にとられていたが表面上は焦っていないように振る舞う。
「だ、誰だ……この人たちを、ど、どうして殺したんだ!?」
呂律がうまく回らない。
口元はガクガクと震えてうまく言葉が言えない。
膝も腕も震えてうまく動いてくれない。
黒い集団は何も言わない。
無慈悲に薄暗い瞳をジンに向ける。
ジンはこの時ハッと感じ取る。
殺気。
港で感じた殺気と同じ殺気を目の前から感じるのだ。
それを感じ取った瞬間ジンは『能力を使う』という手段を頭の思考機能から抹殺してしまった。
頭の中が恐怖で、そして後悔で埋められていく。
そんなジンに黒い集団のリーダー格らしい男が言い放つ。
「……ジン・アルサード。君は知らなくていい真実を見つけ出そうとした…知る必要のないことに近づいた…故に我らが主の命令に従い……ここで死んでもらうぞ」
男は魔力を両手の武器に注ぎ術式を展開させる。
ブレード上の爪が魔力を帯び展開される。
後ろにいる者も同じように武器を展開させる。
ジンはそれをみて体の至る所の筋肉に命令する。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!
それでも、体は動かない。
「…では、良き死に道を…」
その言葉を聞いて目を見開く。
武器をかざしてきた男が真っ直ぐにこちらに飛んでくる。
そのスピードは、異常。
【能力】を持つジンが動けないほどの速さで飛んできたのだ。
気がつけば自分の目の前で武器を振りかざしている。
必死にその攻撃をかわすが頬にかすり傷を負う。
男は獲物を仕留め損ねたことを気にとめた様子もなく今度は踏み込んだ左足を軸に後ろ回し蹴りでジンを蹴り飛ばす。
「がっ?!」
飛ばされた先は壁。
腹部と背中に強烈な痛みが走る。
あまりの痛さに思わず気を失いそうになるが必死にこらえ前を向く。
影を見つけ上を向けばさっきまで5メートル以上離れていたはずの男が目の前に立っており爪は今まさに振り下ろされる寸前。
「……さらばだ」
淡々と述べられた別れの言葉と同時に振り下ろされる狂気の刃。
ジンは思わず目を瞑る。
自分は死ぬ。
そう思ったがくるはずの攻撃がこない。
それに違和感を覚え、ゆっくりと目をあける。
目の前には先程の男。
だが明らかに様子が違った。
先程の場所に倒れ込み目は白目になりながら体が動ごいていない。
そしてジンの上から黒いコートを纏い左目には眼帯をする男が舞い降りる。
まるで、重力を感じさせないように軽い羽のごとく、地面に降り立つ。
その右手にはジンを襲った男を撃ち抜いたであろう銃の構造をした魔装機が握られている。
ジンは茫然としその光景を見ていた。
「……あ、なたは?」
恐怖で体がまだ言うことを聞かない。
だが、思わず聞いた。
すると、男は右目でジンをかるく見て言う。
「俺は、ガルーダ・シグナス。とある依頼で、君を擁護する依頼を受けた――――傭兵だ」
少し長くなった・・・
だが、後悔はしていない