3.attract
まず、食卓に山盛りの料理が並んだ。湯気を立てるまろやかなクリームシチュー、ミートソースがたっぷり掛かったスパゲティ、オリーブオイルの滴がきらきらと光る瑞々しいサラダ。テーブルの中央では、こんがりキツネ色に焼けた肉の塊が花びらの如く美しく添えられたレモンの輪切りに引き立てられている。
と、テーブルの横をしゃなりと赤いイブニングドレスの女が通りかかった。ボウイの差し出したワイングラスをひとつ、飴細工のような指で取ると、朱に塗れた唇でちょいと舐める。空いた左手が、挑発するように首筋から胸元へ滑り落ちた。
女が睫毛の影を濃く落として俯くと、その足下には可愛らしい子猫が遊んでいる。よく手入れされたふわふわの毛並を、小さな舌で懸命に毛繕いしていた。と、誰かの足に踏まれそうになり、弾かれたように飛び退くと、女の足元で健気に敵の方を睨んでいる。しばらくすると安心したのか、高級絨毯の上で気持ちよさそうにごろごろやりはじめた。
その時ふいに室内がざわついて、設えられた壇上に一点の宝飾品が登場した。見事な冠である。中心に嵌め込まれた巨大なサファイアを小粒のダイヤが取り囲み、ぐるりには大小様々な宝石がやや控えめにあしらわれている。全体の造形には最高級の彫金や象嵌が用いられており、贅沢でありながら決して華美ではない、威厳ある逸品だ。
人々が見惚れて溜息をついていると、突然、天窓が割れる凄まじい音がした。パニックが広がる中、華麗なロープワークで降りて来たのは、黒い衣装に身を包んだ背の高い男だった。男は洗練された素早さで冠に近付くと、逞しい腕でそれをそっと抱えこむ。そして、襲い掛かる護衛達を鋭い体術でひと捻りにし、マスクの隙間から愉快そうな目で一瞥すると、颯爽と去ろうとした。
が、唐突な銃声によってそれは阻まれた。何十何百という銃弾が、男の体に打ち込まれる。会場にいた人々も容赦なく打ち抜かれた。外から窓を割って、武装した兵士たちがなだれ込んでくる。人々は悲鳴を上げて逃げまどった。足を撃たれ、腕を吹き飛ばされ、脳を削られ、会場が阿鼻叫喚に包まれる。先程まで笑っていた人間が、血まみれで床を這いずり獣のような呻きをあげ、兵士たちは彼らの頭をひとつひとつ丁寧に撃ち抜いていった。
やがて月日が経つと、そこは廃墟として忘れられ無人の野となった。春になると草木が芽吹き、色とりどりの花を咲かせる。白い花、赤い花、青い花。空には雲雀が鳴き、水色の風が清々しい空気を運んで吹き抜ける。背の高い叢が揺れて、緑の波を立てる。
――食物、女、生き物、宝石、義賊、戦争、大自然。さて――
「くだらね」
ブツン。
テレビの電源を切ると、少年は立ち上がり、天井から吊した輪に頭を通して足元の台を蹴った。
苦痛が襲い、思わずばたばたともがく。耳鳴り、激しい頭痛、痺れ、吐き気。視界をわけのわからない模様が点滅しながら塗り潰していく。脳みその端っこにあちこち明滅していた思考がやがて堪えかねたように次々と消え、本能的な恐怖の中に一抹の、何か吹っ切れたようなものが遠くから自分を見ていた。
それがなくなると、あとは何もない。真っ暗闇だ。上下左右前後、自分も自分でないものもないただの闇だ。闇であると認識する自分すらいない。何もないところ、最後に行きつく場所。
――食物、女、生き物、宝石、義賊、戦争、大自然、死、無。さて、何が一番好きですか?――
「~を引きつける」、
「魅惑する」。