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22.employ

「ねえ、最近なんだか顔色がいいんじゃない」

 母親にそう言われて、ヤスオは唇を尖らせた。

「べつに」

「よくなったわよー。ちょっと肉付きもよくなってきたし。成長期かな」

「るせーな、どーでもいいだろ」

 夕方のニュースを見るのを中止して、自分の部屋に戻る。ベッドに身を投げ出した。

 ヤスオの健康が改善されてきたのは、ここ一カ月ほどの事である。別にそのこと自体が不満なわけではない。明確な原因があって、その原因がヤスオには気に食わないのだった。



「おはよう、ヤスオ君」

「よう、ヤス」

 クラスメイトの態度は、一か月前とは一変し、よく言えばヤスオが入学したての頃と変わらないくらいの親しさを見せてくれるようになった。上履きを汚されたり教科書を捨てられたりしていた頃と比べると嘘のようだ。

 ヤスオは表面上、いかにも何もありませんでした、僕たち前から友達だよね、という風に挨拶を返す。現金なクラスメイト達に腹が立たないでもないが、負担がなくなったのはいいことだ。

「そうだろー? 良かったじゃん、俺のお陰だね」

「っせーな、寄生虫」

 放課後。

 いつもの帰り道、決まった曲がり角で出会った青年をヤスオはぞんざいに突き放した。

「つめてーな、いじめっ子退治してやったろ?」

「頼んでないし」

「ちぇ、ヤス君のツンデレ」

 ひょうきんな仕草でぶーたれる青年の名前を、ヤスオはいまだに知らない。知り合ったのは、一か月と少し前。びしょぬれになった制服の代わりに体育着のジャージで帰宅していたヤスオを、笑って追いかけてきたのがこの青年だった。

 友達にならないか。

 最初は同情だと思った。惨めな気分になった。だから逃げたし、無視したし、時には物を投げつけたりした。あんまり無防備にからんでくるし、ヤスオが年下だからか怒りや敵意を向けたりもしないので――つまり、八つ当たりしやすかったのだ。

 そういう自分に気付かないほどは、ヤスオも馬鹿ではなかった。

「お願いだから、もうやめてください」

 知り合って初めて敬語で頼んだのが、丁度一か月前。青年は眼をぱちくりさせて、なんのこっちゃ、といったふうに首を傾げた。

「俺は君と友達になりたいだけだよ? それに君も俺でストレス発散してたじゃん」

――ばれてた。

 恥ずかしさのあまり俯いて動けなくなったヤスオをひとしきり眺めた後、青年は言った。

「じゃあこうしよう。君が罪悪感持たなくていいように、俺が君を拘束しちゃおう」

 不穏な単語に、ヤスオがぎくりとして顔をあげると、

「君を俺の友達に採用します。雇われてよ、中学生」

 そんな風に、嬉々として青年は指を突き付けてきたのだった。



 雇用条件は悪くなかった。拘束時間は放課後の数十分から数時間だけ、福利厚生として学校生活の補助付き。プライバシー保護環境も完璧。

 つまり、ヤスオが何かしらちょっかいを出されるたびに、その報復を青年はこっそりやってのけたのだった。やられた連中も誰の差し金か気付いていないわけではなかったようだが、どういう工夫をしたのか、報復の報復という形でいじめが激しくなる事はなく、一か月たった今ではすっかり収束。よくあるパターンで、その連中が今ではクラス中の鼻つまみ者という状況だ。

「はい、今週のお給料」

 青年がボロボロの財布を取り出して、千円札を二枚差しだしてくる。ヤスオはそれを嫌々受け取り、ポケットにねじ込んだ。

「来週もよろしくね」

 笑顔。

 満面の笑みだ。子供向けのご機嫌取りじゃなく、心底嬉しいといった調子の。

 ヤスオも、疑問に思わなかったわけではない。遊び盛りの、多分高校生とか大学生ぐらいの青年が、どうして放課後ただの中学生につきまとって時間を潰しているのか。

 多分彼は、友達がいない。その証拠に、といっていいのか、青年はヤスオに一度たりとも憐れみや軽蔑の眼を投げた事がなかった。それが当然といった様子で、まるで本当に友達同士ちょっとした助け合いをするって感じで、面倒な報復をこなしてみせた。

 なのにヤスオに金を渡す。

 友達でいてくれと言う。

「……帰る」

「うん、また明日ー」

 夕日を背負い、爽やかに手を振る青年を一瞥して、ヤスオは誰にも聞こえない舌打ちをした。

 確かに自分の惨めさを思って部屋の隅で一人苦しむような事は、今では少なくなった。

 けれど、時々、無性に腹が立つ。

 青年がまるで、揉み手で精一杯の愛想笑いを浮かべ、足元にすり寄っているように見える事がある。いったい自分は、助けられているのか、それとも――。

「大人って、汚えよな」

 そんな決まり文句を殊更に呟いてみて、ヤスオは自嘲的に口元を歪めた。


「~を雇う」、

「~を用いる」。



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