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2.stress

 古い建物の最後の軋み。ビルから飛び降りる者の無意識の悲鳴。

 そんな音だった。

 街の音が犇めく大通りの最も騒がしい一角で、男は叫ぶようにバイオリンを弾いていた。道行く人は、その「声」にぎょっとして立ち止まり、しばらくすると不快げな顔つきで去って行く。

 男は弾き続け、バイオリンは叫び続けた。誰も喜んでくれないのには慣れていた。今日は、自分達だけのために弾いているのだ。

 自分達への、葬送として。


 誰も悪くなんてない。運がなかっただけだ。だが、故に苦しみは深かった。技術は求められる以上に磨いたし、楽器も最良の状態を保つべく扱った。有用と思ったアドバイスも全て受け入れた。

 だが、彼らの音は変わらなかった。誰も笑ってくれない。褒めてくれない。拍手の一つもない。おまけに、演奏者自身までが澱が溜まるように不快な思いを募らせてしまう。

 弾くべく育てられてきたのに。

 弾かれるべく作られたのに。

 そうして、限界点が彼らの最期を決めた。


 もっと強く、もっともっと強く。血溜まりの中で吼えるように。

 さらに速く、腕がちぎれるほど速く。奈落の底へ落ちるように、太陽の中へ駆けていくように。

 絶叫するような音色が高ぶってゆく。人々は皆足を止め、遠ざかる。最早その一角は、男の独壇場だった。生まれ出て以来磨き続けた技術の全てを凝縮した演奏が、しかし美しいなどとは口が裂けても言えない音色で、無人の輪を作りだしている。

 弦と弓が激しく擦れあって、互いに罵声を上げて。否、怒号、絶叫、嬌声、哄笑。弾け飛ぶ感情。

 男は苦痛とも快楽とも知れぬ情動の高ぶりに、鬼のように顔を歪めていた。全身から汗が噴き出し、体だけが正確に動き続けている。

 耳鳴り。破壊。落下。地獄のような終わらない爆音の中で、男の口がふと、何事かを囁いた。すぐに掻き消されて、彼の楽器以外の誰にも気付かれはしなかったが。

 誰かが、柔らかに微笑んだ。

 ふいに世界から音が消える。平和な世界だ。何もない世界。器は消え、そこに澱む何物も存在しない。そして――


――弦が、細い音を奏で、寸断された。

 瞬間、誰もが振り向いた。音の発生源を探すが、見つからない。怪訝な顔をして、しかしどこか晴れ晴れとして、街は再び動き出した。

 男が居たはずの一角には、もう何もなかった。



「~を強調する」、

「緊張」、

「ストレス」、

「強調」。



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