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11/27

#11 あんたは正しいよ

翌朝、町の空気は、昨日の熱狂から一晩で冷めていた。


冷めた、というより、抜けていた。


祭りの翌日に似ている。何かが終わったあとの町は、どこも同じ匂いがする。片づけを誰がやるのかを、まだ誰も決めていない匂いだ。


*


薬草店の前を通ったのは、偶然だった。


宿へ戻る道が、そこしかなかった。


店は、町の東の外れにあった。看板はない。軒に、乾いた草の束が三十ほど吊るしてある。それが看板だった。この町で四十年、除霊師として食ってきた老婆の店だ。


昨日、俺が広場でやったことを、この人は、いちばん近くで受けた。


彼女は、軒先で、荷をまとめていた。


草の束を、一つずつ下ろして、麻布に包んでいる。手つきが速い。速いのは、慣れているからではなく、やり方を昨夜のうちに全部決めたからだ。決めてから動く人間は、迷わない。


俺は、そこで足を止めた。


止めなければよかった。


だが、止めた。


*


老婆が、顔を上げた。


俺を見て、驚かなかった。喋る人形を見て驚かない人間は、この半年で二人目だった。一人目は、シエラだ。


俺は、何か言おうとした。


言うつもりだったことは、いくつもあった。


あの少女は死にかけていた。壁の鉛は本物だった。儀式を続ければ、あと十日で死んだ。あんたが治せる病ではなかった。あんたが悪いのではない。あんたも、たぶん、あの子を助けようとしていた。ただ、方法が間違っていただけだ。


全部、事実だ。


俺は、その全部を、口の中に持っていた。


一つも出さないうちに、老婆が言った。


「あんたは、正しいよ」


*


俺は、口を閉じた。


彼女は、それ以上、何も足さなかった。


責めなかった。皮肉でもなかった。そういう調子で言われたのなら、まだ返しようがあった。


彼女は、ただ、事実を一つ、置いただけだった。


そして、荷を背負い、俺のほうへ向き直って、頭を下げた。


深く、下げた。


除霊師が客に頭を下げる下げ方ではなかった。もっと古い形の、仕事を辞める人間の下げ方だった。


そのまま、彼女は歩いていった。


東の門のほうへ。


俺は、その背中を見送った。


呼び止める言葉は、一つも浮かばなかった。


*


シエラが、少し離れたところから、俺の隣に来た。


彼女は何も言わなかった。


俺も、何も言わなかった。


老婆の姿が、通りの角で消えた。


それから、しばらくして、俺は言った。


「あの人が、この町で四十年やってきたことは、全部、間違いだった」


「うん」


「それは、本当だ」


「うん」


「言い直しても、本当だ。何回言い直しても、本当だ」


俺は、そこで、初めて、自分の声が変な出方をしているのに気づいた。蛇腹が、いつもより速く動いていた。


「なのに、なんで、こんなに気分が悪いんだ」


シエラは、答えなかった。


彼女は、俺を抱え上げて、宿のほうへ歩き出した。


*


歩きながら、俺は、満のことを思い出していた。


思い出したかったわけではない。勝手に出てきた。


満は、大きな拍手をもらった日は、必ず、機嫌が悪かった。


俺は、それを、あの人の癖だと思っていた。あるいは、若い頃に浴びた喝采と比べているのだろう、と。老いた芸人にはよくあることだ、と。


あの人は、楽屋の鏡の前で、化粧を落としながら、時々こう漏らした。


「これで正しかったと思ってしまう。それが、いちばん怖い」


俺は、当時、意味が分からなかった。


正しかったから、拍手が来たのだ。拍手が来たなら、正しかったのだ。二十五の俺には、それ以上の理屈が必要なかった。


*


いま、少し分かる。


昨日、俺は広場で鳥を痙攣させ、少女を救い、儀式を止めた。


正しかった。誰に聞いても正しい。


そして、正しかったから、俺は、昨日の自分を検算しなかった。


拍手が来ると、人は、そこで計算をやめる。やめた場所に、この老婆の四十年が落ちていた。落ちていたことに、俺は一晩気づかなかった。気づいたのは、たまたま宿へ戻る道が、この店の前しかなかったからだ。


道が二本あったら、俺は気づかなかった。


——それが、いちばん怖い。


あの人が言っていたのは、これか。


*


分かったのは、たぶん、半分だ。


残りの半分は、まだ分からない。


満は、拍手を浴びた夜、鏡の前で何を検算していたのか。何を数え直していたのか。あの人は、それを一度も言わなかった。俺も、一度も聞かなかった。


聞いておけばよかった、と思う。


思うが、あの頃の俺なら、聞いても、たぶん理解しなかった。


*


宿に着いて、シエラが俺を寝台に下ろした。


「レン」


「なんだ」


「あの人、どこ行くのかな」


「知らん」


「聞けばよかった」


「聞いて、どうする」


「分かんない」彼女は、荷の紐を解きながら言った。「でも、あの人、どこかで暮らすでしょ。暮らすなら、どこで暮らすのかくらい、知っといたほうがいい気がした」


俺は、その言葉を、しばらく考えていた。


考えて、何も思いつかなかった。


俺の頭には、知っておいたほうがいいことの一覧が入っている。仕掛けの構造、材料、手順、相手の癖、客の視線の流れ。三十年ぶんある。


「あの人がどこで暮らすか」は、その一覧に、一度も載ったことがなかった。

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