「歯磨き粉の味がする」と罵った冷徹公爵様が、極上のチョコミントアイスで堕ちていく話
「はぁぁぁあ!? ルチア、あんた正気なの!?」
下級魔術師の共同工房に、友人であるマルタの悲鳴が響き渡った。
彼女は、私の作業台に並べられた精密天秤や温度計、そしてシルバーの器に盛られた鮮やかなミントグリーンの氷菓を見て、絶望的に頭を抱えている。
「あの『氷の処刑人』って恐れられてるアルフレッド公爵様の屋敷に行くの!? 殺されるよ!? 命がいくつあっても足りないよ!?」
「大丈夫よ、マルタ。我が貧乏領地の援助資金を出してもらうために、私の最高傑作を献上しに行くだけよ」
私は前世、週末のたびに製菓道具と向き合う重度のお菓子作りオタクだった。
この異世界に転生してからもその熱意は冷めず、魔法と現地の素材を組み合わせた究極のスイーツ開発に命を懸けている。
今回作り上げたのは、魔力を回復させる濃厚なカカオアイスに、魔力を安定させる希少ハーブ『魔生薄荷』を配合した──至高のチョコミントアイスだ。
「余計に殺されるわ!! なんであの冷酷無比な男に、そんな泥と草が混ざったみたいな癖の強いアイスを出そうとしてんの!? 頼むから、普通のショートケーキにして!!」
「何を言ってるの。ただミントとチョコを混ぜればいいと思ったら大間違いよ! ミントのメントール成分は油脂に溶けやすいから、ベースとなる生クリームの乳脂肪分とカカオ油脂のバランスをコンマ単位で計算して──」
「……また、オタク特有の早口始まってる」
マルタがため息をつきながら、両手で顔を覆った。
「お願いだから、せめて遺書は書いていって」と引き留めてくる彼女を力ずくで振り切り、私は一人で工房をあとにした。
保冷魔法を施した特製の容器を、まるで生まれたての赤子のように大切に抱えて歩く。
下町の賑やかな石畳を抜け、中央広場の噴水を過ぎると、景観は徐々に一変していく。
庶民的な活気あふれる街並みから、高価な馬車が行き交う閑静な高級住宅街へ。坂道を上るにつれ、すれ違う人々の身なりも一気にきびしく、高級になっていく。
坂の頂上にそびえ立つのは、王国最強の魔導師団を率いる、ヴァルハイト公爵家の広大な屋敷だ。
重厚な黒鉄の重門の前には、目が一切笑っていない凄腕の騎士たちが立っている。
普通なら足がすくむような威圧感だが、今の私にあるのは「どうか一番美味しい温度で届きますように」という祈りだけだった。
「下級魔術師のルチアと申します。アルフレッド公爵様へ、領地援助の件で特製の献上菓子をお持ちしました」
そう名乗りを上げ、重々しい執務室へと通される。
そこにいたのは、部屋の温度を数度下げているのではないかと錯覚するほどの冷気を纏った『氷の処刑人』アルフレッド公爵様。
冷たすぎる青い瞳に見下ろされながら、私は丁寧に器の蓋を開けたのだった。
──で、その結果は。
「……なんだこれは。歯磨き粉の味がする」
開口一番、アルフレッド様はそう言い放った。
彼はシルバーのスプーンをカチャリと皿に戻すと、心底不快そうに美しい眉をひそめた。
「おい、貴様。私に、歯を磨くための雑草でも食わせる気か?」
(……は?? 雑草? 歯磨き粉?)
私は、心の中で思い切り中指を立てた。
「お言葉ですが、公爵様。それは雑草ではなく、魔生薄荷です。カカオの重厚な甘みと、ミントの突き抜けるような清涼感。この二つが合わさることで生まれる、奇跡の調和がお分かりになりませんか?」
笑顔を貼り付けたまま反論すると、アルフレッド様は鼻で笑った。
「くだらん。チョコレートとは、純粋で濃密な甘美であるべきだ。こんな歯磨き粉のような下品な爽快感を混ぜ込むとは、貴様の脳みそは飾りか? 二度と、私の視界にその緑の泥を持ち込むな。……領地への援助も白紙だ」
(この……味覚音痴のモラハラ男め……!!!)
私のブチ切れメーターが、ついに限界突破した。
「……分かりました。では、公爵様。その『完璧な甘さ』だけで、私のチョコミントに勝てるか、勝負していただけますか?」
「何?」
「来週の同じ時間、私はさらに改良した一品をお持ちします。もし公爵様が一口でも『美味い』と認めたら、領地への援助を行ってください。……もし認めなければ、私は二度と公爵様の前に姿を現しません!」
アルフレッド様は、冷ややかな目で私を黙らせようとした。しかし、私の視線が本気だと知ると、酷薄な笑みを浮かべた。
「……面白い。その威勢、来週まで保つといいがな」
無事、工房に生還できた。マルタは驚いて絶叫していたが、私はすでに次なる試作に取りかかっていた。
「『歯磨き粉』と言われたわ。だから次は、チョコチップの『パリパリ感』という咀嚼の心地よさを加える! 人間は、噛むことで満足度が得られるのよ!」
「なんで、変なスイッチ入っちゃってんの!? 相手は国一番の魔導師だよ!?」
こうして、私とモラハラ公爵の「チョコミント論争」が開幕した。
一週間後。
「……ふん。食感は認めよう。パリパリとした歯触りがアクセントになっている」
試作品・第二号を口にしたアルフレッド様は、いつものように不機嫌そうに眉をひそめた。しかし、その手にあるスプーンは止まらない。
「だが、やはりこのミントのせいで台無しだ。一口食べるたびに口の中が凍りつき、冷え切ってしまう。……貴様の性格と同じで、不愉快だ」
「あら、冷え切っているのは公爵様の血通う心の方ではありませんか?」
「なっ……」
「何でもございませんわ。お口に合わず残念です、お皿をお下げ──」
「待て。まだ残っている」
そう言って、アルフレッド様は器の底に残った最後のひとすくいまで綺麗に平らげた。
(……いや、完食してるじゃん!! 文句言いながら、底まで削ってるじゃん!!)
私の心のツッコミを余所に、彼はナプキンで口元を拭い、冷ややかに言い放った。
「やり直しだ。来週、また来い」
二週間後。
「口の中が凍りつく」と文句を言われたため、今週はミントの量を減らして、甘みの強いマイルドなハーブに変更した。
一口食べたアルフレッド様は、あろうことか深く溜息をついた。
「……甘やかすな」
「はい?」
「前回の『突き抜けるような冷たさ』が、綺麗さっぱり消えている。これでは、ただのぼやけたカカオ菓子だ。試行錯誤の方向性が致命的に間違っている」
「……ええと、先週スースーしすぎて不愉快だとおっしゃいましたよね?」
「言った。だが、この不快な爽快感こそが、この菓子の唯一の存在理由だろう? それを自ら殺してどうする。……やり直しだ。次回は、私を殴りつけるような強いミントを持ってこい」
(えぇ……?? スースー感が減ったら怒るの!? 実は、強めのミントが好きになってきてない??)
公爵様の歪みきった好みに、私は頭を抱えた。
三週間後。
私は、さらに専門知識をフル動員した。ミントの刺激に負けないよう、カカオ分70%の重厚なビターチョコを合わせて、空気含有量を最適化。
極上の口溶けに仕上げた試作品・第四号を持参した。
アルフレッド様は一口食べた瞬間、ピタリと動きを止めた。青い瞳が大きく見開かれたかと思えば、背筋がピンと伸びる。
(……よしっ、効いた!!)
彼はそのまま無言で、二口、三口とスプーンを動かした。いつもなら挟まれる皮肉すら一切ない。ただ静かに、けれど凄まじい勢いででアイスが消えていく。
そして、無言のまま爆速で平らげると、突然私に向かってスプーンを突き出してきた。最後の一口が乗っている。
「……食え」
「はい?」
「不快なほど冷えて、頭が冴える。……ほら、貴様も一口食え。自分が、私にどんな毒を盛ったかを自覚しろ」
「え、いや、それは公爵様が今お使いになっていたスプーンで──」
「口を開けろ。命令だ」
有無を言わせぬ圧に押され、私は引きつった笑みを浮かべながら「あーん」と口を開けた。
口内に広がる完璧な口溶けと、清涼感。……って、違う! これ、完全に間接キスじゃん!
「……どうだ?」
「美味しいです……」
あっという間に完食したアルフレッド様は、空になった器を睨みつけて、苦々しい顔で頭を抱えた。
「これを口にした瞬間、脳の奥の疲労がスッと吹き飛び、視界が恐ろしいほど冴え渡る。おかげで今日予定していた書類仕事が、すでに全て終わってしまった」
「それ、大絶賛ですよね!?」
「うるさい。おかげで余った時間で、貴様のその生意気な顔を観察する羽目になっている。……来週も同じものを作ってこい」
(完食どころか、仕事の効率まで上がってる!! それもうただのファンじゃん!!)
四週目。
私はさらに追い打ちをかけるべく、冷たいチョコミントアイスの上に、目の前であたたかい濃厚チョコレートソースをかける『温冷ツインパフェ』を仕掛けた。
「温かいチョコと、冷たいミント……だと……?」
目の前でとろりと溶けていく緑と茶色のコントラスト。アルフレッド様は、おそるおそるスプーンを口へ運んだ。
次の瞬間、彼の美しい顔が劇的に歪んだ。
熱さと冷たさ。濃厚な甘みと、鼻に抜ける爽快な嵐。二つの相反する刺激が、彼の脳内を容赦なく駆け巡る。
「……貴様、私にどんな呪いをかけた?」
「はい?」
「最近は執務中も、魔術の展開中も……ふとした瞬間に、この緑と茶色の模様が頭から離れん。仕事をしていても、いつの間にかアイスのことを考えてしまう。……貴様、私の脳に何を入れた?」
「……チョコミントですが」
「知っている!!」
声を荒らげたアルフレッド様は、ハッと正気に戻ると、真っ赤になった耳を隠すように顔を背けた。
「……もうよい。来週も、その次も来い。貴様が私を満足させられるまで……一生、私の前でこれを作り続けろ」
(あ、これ完全に落ちてる)
文句を言いながらもパフェを完食し、心底悔しそうにこちらを睨みつけるアルフレッド様を見て、私は心の中で盛大にガッツポーズを決めたのだった。
そして、五週目。
私が新しい試作品を手に執務室へ入ろうとしたとき、室内から甲高い声が聞こえてきた。
ドアを少しだけ開けて、室内を盗み見る。
「アルフレッド様! あんな平民の女が作った雑草のアイスなど、お捨てになってくださいまし! ほら、王室御用達の濃厚なチョコレートケーキをお持ちしましたわ!」
声の主は、アルフレッド様にしなだれかかる高慢な伯爵令嬢だった。
彼女は、机の上に置かれていた私のチョコミントアイスを見るなり、あからさまに嫌悪感を示して手を伸ばす。
「こんな泥と草の混ざった下品な食べ物、私が捨てて差し上げます」
「──私の許可なく、その汚い手で触るな。不快だ」
冷気を含んだ声が、執務室に響き渡った。
アルフレッド様が、伯爵令嬢の手首を冷たく掴み上げている。その瞳には、私に向けられるものとは比べ物にならない本物の殺気が宿っていた。
「ア、アルフレッド様……?」
「格式? 伝統? 貴様らの言う伝統とは、その程度の中身のない甘ったるいおためごかしのことか? 脳が腐っているな」
アルフレッド様はら令嬢の手を汚いものでも払うように振り放すと、冷酷に言い放った。
「この菓子の持つ、脳を突き抜けるような冷徹な気高さ、そしてその奥にある濃厚な甘みの調和が理解できないとは、貴様の血統もその程度というわけだ。……私の前から、今すぐ消えろ」
「ひっ……!」
伯爵令嬢は恐怖に顔を引きつらせ、悲鳴を上げて逃げ出していった。
静まり返った室内。私は固まっていた。
(え……? 今、思いっきりチョコミントのことベタ褒めしなかった……?)
「……おい、そこにいるんだろう。早く持ってこい」
ドアの影からおそるおそる一歩踏み出すと、アルフレッド様はこちらに気づき、フッと息を吐いた。
私は指示通り、新作のアイスを机の上に置いた。
アルフレッド様はそれをすくって口に運ぶと、長いため息をついた。
「……ルチア」
「はい」
「この緑の菓子……まさか、他の男にも作って食わせているわけではないだろうな?」
思わぬ質問に、私は首をかしげた。
「えっと……工房の友人や、試食を手伝ってくれた領地の男性陣には出しましたけど……」
その瞬間、部屋の温度がスッと下がった。
アルフレッド様が立ち上がり、私との距離を詰めてくる。逃げ場を塞ぐように壁に手を突かれて、私は彼と密着する格好になった。
「──今後、一切禁止だ」
「えっ……?」
「このおかしな味覚を理解し、受け止めてやれるのは私だけだ。貴様が作るアイスも……貴様自身も、私以外の男の視界に入ることすら許さん」
至近距離で見つめ合う。彼の熱い息が私の肌をくすぐり、心臓がうるさいほど跳ね上がった。
「貴様のせいで、私の完璧だった世界はめちゃくちゃだ」
「えっと、アルフレッド様……?」
「私はもう、貴様の持ってくるこの緑の毒がなければ、日々の業務も喉を通らんようになってしまった。毎週末、貴様が生意気な口を叩きながらこの菓子を運んでくる時間だけが、私の唯一の救いだ」
その顔はどこか不機嫌そうで、けれど耳たぶがかすかに赤い。
「責任を取れ、ルチア。これからは一生、私の専属パティシエとして……いや、妻として側にいろ。貴様のその生意気な口も、おかしな味覚も、全て私が買い上げる。……拒否は許さん」
(……あ、これって)
あんなに「歯磨き粉だ」とバカにしていた冷徹公爵様が、見事にチョコミントと私に毒されただけではなく、重すぎる独占欲を剥き出しにしている。
私は溢れそうになる笑みを必死に噛み殺しながら、うやうやしく頭を下げた。
「お言葉ですが、公爵様。専属契約でしたら、領地の援助資金、跳ね上がりますわよ?」
「……望むところだ。いくらでも払ってやる」
彼は悔しそうに顔を歪めながら、私の頬をそっと撫でた。
今頃、工房で「無事に帰ってきますように!」と祈っているであろうマルタには申し訳ないけれど、どうやら私の帰る場所は、ここに決まってしまったみたいだ。




