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血の滲むような努力をする転生令嬢と、裏で何度も死にながら修練を積んだ令息の話

作者: アトラモア
掲載日:2026/05/06


 炎の魔法を得意とするフロガゼロス家の次女。


 赤髪赤目のアティナ・フロガゼロスは、転生者である。


 そして、生粋の努力家だ。


 どれくらいの努力家かと言えば、血の滲むような努力を当たり前にできる令嬢であった。


 不撓不屈、粉骨砕身、臥薪嘗胆。


 どれも彼女に似合うことである。



 前世で、暴力沙汰に巻き込まれ死んだ彼女は、自衛手段として努力する道を選ぶ。


 理不尽な暴力から何も奪われないようにするため。


 それは、至極まっとうな考えであった。


 魔法が使えるなら、なおのことだ。


 生まれたばかりで動けないときでも、やれることがある。


 こうして、彼女の努力は、0歳の頃から魔力を意識的に使うことから始まった。


「アティナ!!」


 0歳から鼻血を出したり、吐血したりして、さらには顔を真っ青にして白目のまま気絶をしていたアティナは、それはそれは周囲の顔を白く染めてしまうほどの努力家である。お前は常に努力をしなければ死ぬかと思うほど、鬼気迫るほどの努力っぷり。


 勉強も、マナーも、ダンスも、歌も、絵も何もかも。何でも努力できる子であった。


 中でも群を抜いているのは魔法だ。


 1歳から魔法の講師を呼ばなければならないほど、見境のない努力をしてしまうからだ。生まれたばかりであるにもかかわらず、魔力を空っぽにしてしまい、鼻血を出し、吐血し、目をひん剥いて気絶してしまう程の努力家。



 ――もはや努力の呪いを受けてしまったかのように。



 そのせいもあってか、アティナは0歳の頃から魔力封じのアクセサリーを身に着けている。勝手に魔法を使わないようにするためだ。魔力封じといっても、完璧に魔力を封じられるわけではなかった。ほんの僅かなら、魔力を出せてしまう。


 1歳になるころには、アティナに魔力封じのアクセサリーは効かなくなってしまった。流暢に言葉を話し、コミュニケーションもしっかりとれる頭脳を持つアティナだというのに、魔法のことになると当然のように無茶をする。


「旦那様、奥様!!」


 それは、ある日のこと。アティナは興味本位で身体強化の魔法を使い、両足の骨が砕け、筋肉がズタズタに切れ、皮膚がぐちゃぐちゃになっていた。メイドからアティナの報告を受けた時、両親は決意する。目立つことは避けるべきだと考えていたが、そうはいかなくなってしまったのだから。


 ――このままでは、アティナが魔法に殺されてしまう。


 両親は最後の頼みで魔法の講師を呼んだ。


「初めまして、お嬢ちゃん」

「ひえ」

「おや、私を怖がるとは、見どころのある子だ」


 講師はエルフであった。アティナの噂を聞きつけてきた美女のエルフが、興味本位で様子を見に来たのだ。アティナと言葉を交わしたエルフは、彼女を見てにっこりと笑って告げた。


「そのやり方では、あと4年で死ぬぞ」

「ひえ」


 アティナは、それから無理をすることはなくなった。どうやら、死にたいわけではないらしい。


 エルフの名は、フィオナ。人間の世に降り立った変わり者のエルフで、王国随一の宮廷魔法使いである。


 そして、アティナの師だ。


 フィオナに鍛え上げられたアティナは、5歳の身でありながら、宮廷魔法使いと同等の力を得ることになった。


 数年後、アティナはフィオナと行動を共にしながら、魔獣討伐を成し遂げてしまう。



 それはもう、目立ちに目立ってしまう。アティナに婚約者を希望する声が殺到する中、フロガゼロス家は、のらりくらりと躱し続けた。伯爵家でありながら、それなりの発言力を持つフロガゼロス家は、娘のアティナの結婚に関することを堂々と告げている。


「娘と縁を持ちたければ、娘の関心を惹いてほしい。娘は、自らの手で選ぶと言って聞かぬのだ」


 元々王家からの信頼も厚いフロガゼロス家と、その後ろ盾には宮廷魔法使いのフィオナがいた。伯爵家よりも地位の高い上級貴族でも、迂闊には手を出せない。


 アティナは、家族と師によって、守られていた。


 アティナもそのことには、気付いている。


 だから、より一層の努力を重ねる決意をしてしまったのだ。


 魔法も師に教わりつつ、アティナは別のことにも興味を持ち始める。



 武術だ。



 フィオナからも、ある程度の武術を習っておいた方がいいと言われている。もちろん、フィオナは今のことではなく、未来の話をしているつもりだった。


 でも、アティナは違う。彼女は、努力に取りつかれている。


 すぐにでも実行すべきだと、アティナは父の元へと駆けた。


「お父様。わたくし、武術を習いたいですわ」

「ダメだ」


 父親は即座に否定する。アティナは、まだ5歳だ。体が出来上がる前に、武術を習わせる気などなかった。本来なら、魔法ですらやらせるつもりはなかったのだ。けれど、アティナは勝手に文字を読み、勝手に魔法を覚えてしまう。


 このままでは死んでしまうからと、宮廷魔法使いに頭を下げに行ったのだ。


 それが、今度はどうだ。剣を習いたいという。

 

 武術を覚えるということは、身体強化も使用するのだろう。


 両親にとって、身体強化はトラウマである。


 娘の体がぐちゃぐちゃに潰れているところを、誰が見たいだろうか。


 見たいわけがないし、そうなってほしくないのだ。


「わたくし、武術を覚えたいですわ!!」

「ダメーーーー!!」

「覚えたいですわああああああ」


 駄々をこね始めると同時に、アティナの周囲に火花が散る。このままでは、屋敷の一部が爆発してしまう。まあ、正直、アティナの父親にとって、それはどっちでもよかった。


 問題なのは、アティナの体の方だ。


 普通の努力家であれば、アティナの父親も二つ返事をする。身を守る術を持つのはいいことだから。アティナは魔法の天才ではあるが、魔法が効かない魔獣という化け物もいる。物理的な力を持つことは、悪いことではないのだ。


 しかし、アティナの努力は異常だ。自らの体のことも、周囲の心配も二の次。強くなることを体が求めてしまっている。度を超す努力をするのが、目に見えているから。



 今度は、武術によってアティナが殺されてしまう。



 しかし、許可を取らなければ、また勝手に行動して、見えないところで傷だらけになるに違いない。


 ならば、見えるところで無茶をさせたほうが安全であった。


「……フィオナ様から許可が出たらにしなさい」

「ありがとうございます、お父様!! 大好きです!!」

「……うん」


 もはや、アティナの努力を止められるものなどいないのだ。


 もちろん、両親の嫌な予感は的中してしまう。

 

 10歳になったアティナは、武術を習い始める。体をギリギリまで痛めつけるのは当たり前。大人相手に本気の打ち合い。痣ができても、骨が折れても、お構いなし。骨が砕けても、頭から血を流しても、皮膚が裂けても、打ち合い続ける。


 

 ――狂気の沙汰だ。


 

 武術を習い始めて、二年が経った。


 12歳のアティナの功績は、群を抜いていた。


 10歳になる直前、大量の魔物が街を襲う事象であるスタンピードを単独解決。師であるフィオナと共に、領地だけではなく、近隣の領地をも救った。


 フロガゼロス領地だけでなく、近隣領地からも英雄視されるほどの活躍を見せる。


 11歳の時には、数百人の騎士団を相手にしてようやく討伐可能とされた、魔法の効かない魔獣を単独で討伐。腹の底から唸り、アティナの身長と同じ大きさの斧を振り回し戦う姿は、女戦士(アマゾン)そのもの。


 薔薇色の髪を靡かせ、出血を炎の花びらに変えながら戦うアティナの姿は、周囲に尊敬とともに戦慄を覚えさせた。


 ――薔薇炎の(ロドプロクス)女戦士(アマゾン)として、名を馳せる。

 

 

 11歳にこれほどの功績を上げたアティナが、学園に通う必要などない。アティナ本人も、学園に通う意味はないとし、卒業試験だけを受け、11歳から魔獣討伐に励んでいる。



 そして、12歳になったアティナは、王族から招集を受けていた。



「アティナ嬢の婚約相手は、本人の意思を尊重する。しかし、16歳になるまでに婚約相手が決まらなかった場合は、王族が決めるものとする」


 王族からの王名だった。


 16歳になる前に、婚約者を決めてもらう。アティナ本人に婚約者を選ばせようとした王族も、決めかねているのだ。なにせ、アティナは魔獣を殺す天才だ。アティナの相手が務まる令息がいるのか。


 いない。


 たとえ王族や、高位の貴族であってもだ。


 大きすぎる力を無理やり縛り付けるのは、破滅を呼び込む。


 だから、王族は、アティナ嬢本人に婚約相手を選んでもらうことを実行した。アティナ本人が選んだのであれば、無理やりでもない。とはいえ、結婚し、その才能を残してほしい思いもある。


 期限を決めたのは、そういう思惑もあった。


 アティナ本人も、そうなることに異論はない。むしろ、自由恋愛を許してくれる王族の懐の深さには甚く感動したくらいだ。


「でも、困ったなー」


 学園に通わないアティナには、出会いの場がない。アティナの周りには、男が多い。ただ、全員がそれなりに年が離れている年上の男性ばかり。騎士団や、宮廷魔法使いの貴族は、すでに家庭持ちだ。騎士団の中には、結婚していない者もいるが、平民で武勲を立てるほどの力を持ち合わせてはいない。


「婚約者かー」


 本人の意思を尊重するとはいえ、アティナ本人が婚約者選びに、あまり乗り気ではない。


 アティナのための社交界を開いても、いいなと思える人物はいなかったから。


 なにせ、アティナの功績を知っている誰もが、しり込みしているからだ。いつも強気な令息も、アティナにだけは態度が小さい。


 アティナも薄々気付いていた。

 

 同年代から、恐れられていることに。


「仕方ない、国に任せましょう!」


 アティナは、この国に仕えてもいいと心から思っている。無理に強制しないことには好感を持てるし、家族のことも好きだし、師であるフィオナも好きだし、領地の人間も好きだから。


 王族が選んでくれた相手を好きになろう。浮気しない人で、愛を育んでさえくれる人なら、アティナは誰でもよかった。

 

 強いて言うなら、年齢が近い方がいいというくらいだ。


 結婚相手に求める条件は、その程度だ。


「わたくしが選んでもね……」


 自分で選んでしまえば、きっと相手は頷くしかない。


 なら、国に決めてもらった方がいいと考えてしまう。



 アティナは、恋愛にだけは奥手だった。



 そんな、アティナも15歳。

  

 まもなく、アティナは成人として認められる16歳になるところだった。


 婚約相手は、まだいない。


 そんなアティナの元に、緊急の知らせが届く。


「魔族?」


 魔獣とは比べ物にならない化け物、魔族。


 人の姿をしているが、話の通じない相手であり、人類滅亡を企んでいる存在。



 アティナは、魔族の討伐へと向かう。


 魔族は、強かった。


 アティナをもってしても、膝をついてしまうほどの強さ。


「……勝てない」


 どうにか奮闘するアティナだったが、それでも、魔族には勝てないと悟ってしまう。


 またしても、理不尽な暴力によって、何もかも奪われる。


 その事実が、彼女の心を襲う。


「さらばだ、幼き強者よ」

「ごめんなさい……お父様、お母様、お姉様、お兄様……」


 魔族から放たれた強大な闇の炎が、街ごとアティナを飲み込もうとする。


 アティナは、下を向いて祈りを捧げた。


(……本当は、やりたくないけどさ……仕方ないよね)


 アティナは生まれて初めて涙ぐんだ顔を見せる。


 本当は死にたくないし、結婚して幸せになりたかったという後悔が浮かんでしまう。

 

(でもさ……)


 けれど、目の前の化け物を野放しにはできない。


 理不尽な暴力には、理不尽を。


 自らの命と引き換えに、魔族を殺すための魔法を唱える。


 最後に、アティナは決死の覚悟を決めた。



 

 その時だ。



「あれ?」


 闇の炎の圧力が消えて、体が浮いている感覚に襲われる。


「大丈夫かい?」


 若い男の声がアティナの耳に届く。魔族の声ではない。優しく、思いやりを感じる声だ。


 それはまるで、恋人にかける言葉のような甘さと柔らかさ。


「え」


 アティナは目を開けて、唖然とした声を出してしまう。


 街を燃えつくし、アティナを殺そうとした闇の炎が消えていた。


 それどころか、空に浮かんでいた魔族もいない。


 アティナが魔族を探すと、頭が切断された魔族の体が地面に倒れていた。


「うそ……」


 アティナでも倒せなかった魔族が、死んでいる。


「アティナ嬢、迎えに来たよ」

「へ?」


 再度、声をかけられたアティナは、自分の置かれている状況を把握した。


 父親以外の男性に、初めてお姫様抱っこされているアティナは顔を真っ赤に染める。


「僕と、結婚してほしい」

「ひえ」


 アティナが16歳の誕生日を迎える前日。


 初めての敗北を味わった日。


 だが、もはやそんなことは、頭にない。


 アティナをお姫様抱っこしている青年は、病人のように白い顔で、海のような深い色の髪と瞳が印象的な、儚げな姿をしている。


 涙で濡れてキラキラと輝く赤い瞳で、アティナは彼をじっと見つめている。


「まだ、お相手は決まっていないと聞いたのだが」


 今にも倒れそうなのに、頬だけを赤く染めた青年は優しく微笑む。


「僕と、どうかな?」


 ドカーン!!――アティナの心臓が、まるで火山が噴火したような強い衝撃を放つ。


 周囲に火花を散らして、体全身を真っ赤に染めたアティナは、ぎゅっと男の服を掴む。


 口をパクつかせて、視線を外しては、青年を見つめることを繰り返すこと数回。


「ま、まずは……婚約者、ということで……いかがでしょうか」


 その言葉を発するだけで、精一杯だった。


 青年は、アティナの言葉を聞いて、周囲に花が咲き誇るほどの笑顔を見せる。


「ああ、ぜひ頼むよ」

「ひゃい」


 アティナは、焦土と化した戦場で人生初のプロポーズを、男性の腕の中で受けた。


 

 彼の腕の中に、薔薇炎の(ロドプロクス)女戦士(アマゾン)は、存在しない。


 

 アティナでは勝てない相手を瞬殺し、理不尽な暴力から守ってくれた人の純粋な好意に、アティナは安堵の表情を見せ、静かに涙を流す。


 

 そこにいるのは、ただただ幸せそうな一人の乙女の姿であった。


 

 

 


 ◆◆◆◆




 アティナを救った病人のような顔色をした青年、グラテウス・アロスアビソ。


 水の魔法を得意とするアロスアビソ伯爵家の次男だ。


 幼き頃の彼は、病弱だった。


 制御できないほどの魔力に苦しめられ、声を出すことさえ体力を奪われる。


 生きることがやっとの子。


 原因は、グラテウスの病にあった。


 魔力決壊症――常に異常な量の魔力が生成される病だ。体内の魔力生成に体が追いつかず、魔力に体を壊される稀有な病気。


 余命は、僅か数年ほどと、医者に宣告されてしまう。


 だが、家族とメイド、医者の支えもあり、グラテウスは10歳まで生き延びられた。


 そこに、僅かながら希望の光が差す。


 グラテウスには、魔法の才があったのだ。どんな魔法でも、一度見れば覚えられる素質。呪文や形に囚われず、魔法を自由に扱える才能。


 健康な体であれば、宮廷魔法使いも夢ではないほどの天性。


 グラテウスは、家族の支えにより、魔法を覚えてからは少しずつ歩けるくらいには動けるようになる。


 だが、それも10歳になるまでの話。


 魔法で魔力を消費するよりも、体内の魔力を生成する速度の方が早くなってしまう。魔法を覚えたことで、さらに生成される魔力が増えていったのだ。膨大過ぎる魔力の塊が、グラテウスの体を蝕んでいく。


 グラテウスは、自らを蝕む魔力に体を侵され続けた。


 呼吸するだけで肺に針を刺されたような鋭い痛み、頭をガンガンと鈍器で殴られたような重たく鈍い痛み、首を常に圧迫されたような息苦しさ、骨が砕けて無理やりくっつけられるような耐え難い激痛。


 そのすべてが重なったときは、眠ることさえ許されない。


 いっそのこと殺してしまった方が彼のためといわれるほどの病。


 それでも、アロスアビソ家一同は、グラテウスの存命の道を望んだ。


 グラテウスも、生きることを望んでいた。


 家族と離れたくない。


 それだけが、グラテウスの願いだった。


「迷惑をかけて……ごめんなさい」

「……謝らないで、グラウ。あなたが生きてるだけで、私たちは幸せなのよ」

「ありがとうございます……お母様」


 母の愛情を真に受ける。


「お父様……お仕事はいいのですか」

「ああ、もう終わっているからな。グラウと話すことが、私の幸せだ。何かしてほしいことはないか?」

「頭を……撫でてくれますか?」

「もちろんだ」


 父からも、同様に愛される。


「兄様……勉強は大変ですか?」

「そうでもないさ。学ぶことは楽しいからね。グラウは、元気になったら何をしたい?」

「僕は……兄様を支えられるくらい……強くなりたいです」

「……そうか。楽しみに待っているよ」


 グラテウスの兄は、未来の話をしてくれる。


 家族が傍にいるときは、グラテウスは暴れる魔力を抑えつけ、笑顔を見せていた。子供が耐えるには過酷な痛みをひた隠しにして。


 家族の愛は、十分すぎるほど受け取っていた。


 だが、その愛は、グラテウスが過ごす夜を孤独にしてしまう。


「……情けない」


 痛みに耐え続ける夜。


 グラテウスは、静かに呟いた。涙を流す事さえ許されない彼は、ベッドに横たわり、天井を見上げている。感情を暴走させてしまえば、彼のうちに眠る膨大な魔力が暴発してしまうからだ。


「僕のせいで……家族が悲しむ」


 日に日に弱っていくグラテウスの姿を見て、家の空気も沈んでいく。グラテウスは、家族の悲しむ姿を見るのに、耐えられなくなってしまった。


 グラテウスはただ、耐えることしかできない。



「あ」



 グラテウスが10歳になった四日後の深夜。


 誰もが寝静まり、グラテウスが三日三晩眠れぬ夜を過ごしていたある日のことだ。


 グラテウスは、おもむろに声を上げた。


「限界だ」


 体内の魔力がまもなく限界を迎えると、直感する。


 グラテウスは、全ての痛みを無視して動き出す。


 震える手足に喝を入れて、ベッドから転がり落ちた。衝撃はない。魔法のクッションが、衝撃を包み込んだから。もしここで、音を立てたら、外に立っている夜番の騎士たちが部屋に入ってくる。


 だから、絶対にバレるわけにはいかなかった。


 グラテウスは水魔法を巧みに操り、窓を開けて屋敷を抜け出す。


 水の魔法で空中を移動しながら、森へと進んだ。


 体内の魔力が暴発したら、どうなるか分からない。


 一刻も早く、ここから離れなければという想いで遥か上空を進む。




「……そんな」




 その時、グラテウスは見てしまった。


 大量の魔物が、街に押し寄せてくる場面を。


 ――カーン、カーン、カーン


 星煌めく夜空に、危険を知らせる鐘の音が街中に響いた。


「……そうだ」


 グラテウスは思いついてしまう。

 

 ありったけの魔力を込めた自分が、犠牲になればいいと。


 そうすれば、森の一部は消し飛ぶだろうが、家族も領地も救える。


 家族に愛された子が、悲しき家族孝行を想い浮かべてしまう。


「……ごめんなさい、お父様、お母様、兄様……ありがとうございました」


 グラテウスは意を決して、スタンピードの中へと突っ込んだ。


「うあああああああああ!」


 グラテウスの瞳から溢れ出した涙が流れていく。感情が爆発したことで、グラテウスから大量の水が溢れ出てくる。大量の水は、どんどんと増えていく。今まで制御していた魔力が、水の姿に具現化し続ける。



 そして、完成された魔法は、街一つを壊滅するには十分すぎるほどの大量の水――海そのものだった。



 グラテウスは波乗りするように、地上へ突っ込む。


 もちろん、街に魔法が当たらないように制御する。


 魔物の海を、グラテウスが創り出した魔法の海で押し返していく。


 一番大きな魔物の背丈すらも軽々乗り越えるような大津波。津波は木々を薙ぎ倒し、魔物を巻き込み、殺していく。溢れ出た水は、もはや止まることはない。


 グラテウスすら、止める術がなかった。


「……と、とまった?」


 大量の水を生成するには魔力が足りなくなったのか、海のように大量の水が消えていく。


 グラテウスの目の前に広がるのは、海によって崩壊した大地だ。


「はは……生きてるや」


 大量の魔物は、圧倒的な質量の水によって飲み込まれた。


 自らの命を犠牲に懸けたつもりだったが、過剰に蓄えられた魔力によって救われたようだ。


「でも……ダメか」


 けれど、魔物より強大な力を持つ魔獣は、殺せなかったようだ。


 かなり遠くはあるが、ゆっくりとグラテウスに近づいている。


 だが、魔獣の数は少ない。


 これなら、あと少し時間を稼げば騎士団がくるだろうと、グラテウスはすでに回復した体で立ち上がった。


 けれど、顔色は悪い。とてもではないが、立っているのがやっとの状態だ。


「それでも……やらないと」


 グラテウスは、手を前に出して戦う意思を見せる。


「君、大丈夫?」

「え」


 覚悟を決めたグラテウスは、突然聞こえた声に反応した。


 森が消えたことで、大地に月明かりが差し込んでいる。


 そのおかげで、姿がくっきりと見えた。


 薔薇色の髪を靡かせ、炎のように燃えているような瞳の少女と、グラテウスの目が合う。


 自分と同年代の少女と見つめ合うグラテウスは、魔法で縛られたように動けずにいた。


「これ、君がやったの?」


 鈴の音のような声を聞いたグラテウスは、意識を取り戻す。


「そう、だけど……」

「そっか。君って、転生者だったりする?」

「てんせい、しゃ?」


 聞き馴染みのない言葉に、グラテウスは首を傾げる。


「違うのか。なら、よっぽどの才能ね」

「えっと」

「あれだけの水を創り出してまだ立てるなんて、魔力もたくさんあるのね」

「う、うん。その、そういう病気だから」

「……そうなんだ」


 少女は、グラテウスの手を強く握った。

 

 グラテウスの冷たい手とは違い、とても温かい。その手に反応するように、グラテウスの心臓がドキッと跳ねる。


「ありがとうね、戦ってくれて」

「あ、うん」


 本当は死ぬつもりだったとは言えず、グラテウスは静かにうなずいた。


 そもそも、ここは自分の領地であるのだから、戦うのは当然であり、お礼を言われるようなことではないなと思う。

 

 けれど、いまさら否定できなかったので、グラテウスは他のことを聞こうとする。

 

「ところで、君は……」

「ああ、わたくしは……あ、でもちょっと待ってね」

「え、うん」


 少女は、片方の手を前に出し、手のひらに息を吹きかけた。


 ズダダダダン――凄まじい爆発音が、地上に響く。少女の手から、いくつもの炎の弾が魔獣に放たれる。


 少年は、炎を放つ少女を見つめていた。


 その美しい横顔とともに、炎の花びらが宙を舞う。


 グラテウスの心を奪うのには、十分すぎるほどの美の破壊力だった。


「ふう、終わり終わり」

「……すごい」

「えへへ、そうでしょ」


 少女の笑みは、同年代と変わらぬ純粋で幸せに満ちた笑み。 


 グラテウスは、さらに少女の事が気になっていく。


「僕は、グラテウス・アロスアビソ……君は?」

「あら、アロスアビソ伯爵家のご子息でしたか。わたくしは、フロガゼロス家の次女。アティナ・フロガゼロスですわ」


 これが、グラテウスと、アティナ。



 初めての出会いであった。




 ――そして、グラテウスが恋に落ちた日でもある。




◆◆◆◆

 




 グラテウスとアティナが出会い、グラテウスが恋に落ちたあの日から、数日後。


 グラテウスは、うわの空な日々を過ごしていた。


 スタンピードから父によって救われた日、グラテウスは家族から初めて叱られてしまう。

 

 それは、愛のある叱咤であった。


 けれど、グラテウスには、家族のお叱りの言葉が届かない。


 朝昼晩、グラテウスの脳内は、アティナのことでいっぱいだから。


「どうすれば、彼女に振り向いてもらえるだろう」


 グラテウスは、考えた。


 体の調子はいい。ありったけの魔力を解放したことで、グラテウスの体調が回復したのだ。


 けれど、それも長くは持たない。近い日に、魔力決壊症に悩まされる日々が来るだろう。


「……」

 

 家族からの監視が無くなった日の夜。


 グラテウスは、違う意味で眠れる夜を過ごしていた。


「え」


 窓から見える空を呆然と見上げていると、月の光を遮るように、突如として人影が現れたのだ。


「邪魔するぞ、少年」


 空気をビリビリと振るわすような、恐ろしい低い声がグラテウスの耳に届いた。


「……あなたは?」


 頭に立派な角を生やした灰色の肌をした人物が、窓も開けずして部屋に侵入してきた。


 グラテウスの頭には、魔族という言葉が浮かんだ。


「お前は、転生者か?」

「てんせい、しゃ」


 聞き覚えのある言葉だ。


 あの日、アティナが口にした言葉だった。

 

 グラテウスが考え込んでいると、魔族がグラテウスに近づき額に触れる。


 黄金の瞳で、グラテウスの青い瞳をのぞき込んだ。


「ふむ、どうやら違うみたいだ。なるほど、魔力決壊症で抑え込んだ魔力を解放した力だったのか。夜分にすまなかった。記憶を消させてもらうから、少し我慢してくれ。間違えた詫びに、魔力決壊症を治してやるから許せ。これは、人間には酷な天性であろう」

「あ、あの!!」

「ん、どうした?」


 人間には、酷な天性。


 それはつまり、魔族には才能の一部だということだと、グラテウスは悟った。


「僕、強くなりたいです! どうしたら、強くなれますか!!」


 数日間、アティナに振り向いてもらうたった一つの方法。


 それは、彼女以上に強くなって、自分の婚約者として認めてもらうことだった。


 強くなる方法を、目の前の魔族は知っている。


 藁にも縋る想いで、魔族に願った。


「ふむ……お前さんは、魔族が怖くないのか?」

「こ、怖いですけど……その、貴方様は、話に聞いていた魔族とは違うような気がして」

「そうか」


 魔族の男は、じっと考え込む。


 そして、威圧を感じさせる黄金の瞳で、グラテウスに問いかける。


「何度死んでもいい覚悟があるなら、教えてやってもいい。それと、俺の手足となることが条件だ。人間の中に、協力者がいることは、俺の利でもある」

「……そ、その……人類滅亡をするのは、困ります」

「ああ、それは過激派のすることだ。俺は人類滅亡に興味はない」

「な、なら、やります!」


 鼻息を荒げたグラテウスは青い瞳を輝かせて、魔族の条件を飲んだ。


「言っておくが、死ぬ覚悟は比喩じゃない。本当に死ぬ羽目になる」

「ぼ、僕は……数日前、死ぬ覚悟でスタンピードに突っ込みました。それに、何もしなくても、どうせ死にます。なら、強くなりたいです!」

「なぜ、そこまで強くなりたい?」


 魔族の問いに、グラテウスは真剣な顔で発した。


「す、好きな人に振り向いてほしいからです!!」


 グラテウスの答えに、魔族は一瞬固まってから、笑みを浮かべた。


「ククク……面白いな、坊主。良かろう、俺の弟子にしてやる」

「ほんとうですか!」

「ああ、逃げたいと言っても逃がさんから、覚悟しろ」

「はい!!」


 グラテウスは、大きな声で返事をする。

 

 わずかな希望が見えてきたことで、やる気が顔を出す。


「えっと、師匠のお名前は?」

「俺は、バルドデューグ。長いから、バルドでいい」

「はい、バルド師匠!」

「よし、ならばさっそく修行をするとしよう。言っておくが、これから先、夜は眠れないと思え。他の人間に知られても厄介だからな」

「はい!」


 こうして、グラテウスはバルドデューグの弟子となった。


 

 その日の夜、バルドデューグの修行で、グラテウスは死んだ。



 それはもう、あっさりと。


 

 毎晩、当たり前のように何百回も死んでいった。



 手足が爆散したことによるショック死、心臓を穿たれて死に、全身の骨が砕けて死に、大量出血で死んだ。炎で体を灰にされて死に、氷漬けにされて死に、電撃を受けて死に、風に刻まれて死に、岩に押しつぶされて死ぬ。


 来る日も来る日も、死に続けた。


 手足が千切れる痛み、炎で皮膚と臓器が焼かれる痛み、骨を折られ砕かれる痛み、体が徐々に凍っていく痛み、電撃で体が焼きただれる痛みを。


 多種多様な痛みと苦しみを、何度も、何度も受け続ける。


 死んでも、そのたびにバルドデューグの蘇生魔法で生かされ続けた。


 精神が壊れても、バルドデューグによって治される。


 恐怖のあまり失禁して、泣き叫んで、許しを請うように謝り続けても、終わることのない地獄。


 吐いて、血の涙を流して、吐血して、時には臓器が出てきたり。


 生きているのが不思議なくらいの修行という名の拷問を受け続けた。

 

 ――6年間。


 グラテウスは、バルドデューグの力を、存分に受け続ける。


 地獄が生ぬるく感じるような、ありとあらゆる痛みを受け続けてなお、グラテウスは立ち続けた。


 グラテウスを立ち上がらせる想いに宿るのは、たった一人の女性を愛すること。



 ――狂気の愛が、グラテウスを立ち上がらせ続ける。



 何度も何度も、絶望の縁にいたグラテウスだが、あることをきっかけに精神が回復する。



 アティナの婚約者候補の話が出たのだ。



 グラテウスのやる気は復活した。


 ――アティナの婚約者。


 それは、グラテウスにとって、願ってもない好機の訪れだった。


 6年間の不眠不休の生活。


 グラテウスの顔色は、病人を通り越して幽霊のように白い。


 だが、ストレスで髪が白くならず、顔色以外は老けることもなかった。


 それだけが、唯一の救いだ。


 それも、これも、バルドデューグが日常生活に支障がでないように回復させているから。


 グラテウスは、感謝した。


 出会った時に、老人の姿をした自分を、アティナが婚約者になってくれるとは思わなかったからだ。


 どんなに酷い拷問を受けようとも、グラテウスはバルドデューグに感謝し続けている。


 なにせ、拷問の成果は、間違いなく出ているからだ。



 16歳となって六日後、グラテウスは魔獣を相手に瞬殺していた。



「今のお前さんなら、過激派の魔族を瞬殺できる」

「本当ですか!!」

「ああ。タイミングがいいことに、一人の魔族が人間界に向かった。相手してこい」

「はい、師匠!」


 恐怖などなかった。


 グラテウスにとって、一番の恐怖は師匠であるバルドデューグだけだから。


 

 グラテウスがバルドデューグの命を受けて、魔族を瞬殺しに向かう。

 

「あれか……ん?」


 その時、目に映ったのは、6年前に出会った初恋の相手。


 アティナが殺されてしまう寸前であった。



「アティナ嬢!!」



 グラテウスは敵の前に瞬時に移動して、魔族だけが使える闇の魔法で、その顔を消滅させた。



 同時に、アティナに迫る闇の炎を闇の水で飲み込んだ。



 そして、勢いあまって、アティナをお姫様抱っこしてしまう。



(は、なんて破廉恥なんだ……いや、しかし、アティナ嬢を地面に座らせることなんてできない。はっ、そんなことより、いうべきことがあるだろう!)


 グラテウスの内心は、お祭り騒ぎであった。


 どうにか、暴れる恋心を抑えつけて、冷静な口調で問う。


「大丈夫かい?」

「え」

 

 困惑するアティナを置き去りに、グラテウスはアティナの果実のように赤い瞳を見つめる。


(……綺麗だ)


 16歳を目前に控えたアティナは、グラテウスの思い出以上に美しい姿となって成長していた。


 薔薇のような髪も、鋭い目つきも、果実のような瞳も、魔獣を瞬殺するほどの力を持つのに華奢な体も、困惑している表情も、


 すべてが愛おしく感じてしまい、胸の高鳴りが押さえられずにいた。


(ああ、ようやくだ……ようやくアティナ嬢に想いを告げられる)


 六年間、必死にバルドの拷問に耐え続け、夢にまでみたアティナとの再会。


 何度殺されても、何度頭をおかしくされても、グラテウスが耐え続けられたのは、アティナに振り向いてもらうためだけ。


(でも、こんなところで、プロポーズはさすがダメなような)


 ぎりぎり保っている理性で、どうにか頭をフル回転させる。


 しかし、アティナは魔族の方を向いてしまう。


「うそ……」


(混乱しているみたいだ……どうしよう、なんて声を掛けるべきなんだ!)


 好きな人にどう接するか困惑しているグラテウスは、散々迷った挙句にもう一度アティナに声をかける。


「アティナ嬢、迎えに来たよ」

「へ?」


 呆然とするアティナは、ようやくグラテウスの存在を認識する。


 一方の、グラテウスはというと。


(間違えた、絶対に間違えた!! 迎えに来たもなにも、僕のことを覚えているか分からないじゃないか!)


 いっさい顔には出さないものの、内心ではてんぱり始めるグラテウスは、パニックになっていた。


 6年間の片思い、絶好のチャンス、戦場、プロポーズ、場違い、好きな人。


 地獄の6年間と共に、片思いを秘めてきた6年間でもある。



(……ダメだ……我慢できない!!)


 

 アティナに救われ、アティナが目覚めさせてしまった狂愛の化身――グラテウスが、我慢できるはずもなく。


 数回の会話だけで、思いの丈をぶつけてしまう。



「僕と、結婚してほしい」

「ひえ」


 

 ロマンチックの欠片もない戦場で、初恋相手にプロポーズをするのであった。


(……やってしまった)


 突然のできごとに何がなんだか分かっていないアティナ嬢を見て、グラテウスから血の気が引いた。


 ただでさえ、病人のような顔つきだというのに、さらに顔色が悪くなる。


(しかし、こんなところで諦めたくない!!)


 6年間の地獄を耐え抜いた狂愛の化身が、こんなことで諦めるわけもなく。


「まだ、お相手は決まってないと聞いたのだが」


 諦めずに、彼女を口説き落とすべく動きだす。


「僕と、どうかな?」


 そして、また追撃。


 みるみるうちに顔だけではなく全身が赤くなるアティナを見て、グラテウスは期待に胸を躍らせる。


「ま、まずは……婚約者、ということで……いかがでしょうか」


 パッパカパーン――グラテウスの中で、祝福のファンファーレが鳴り響いた。


 結婚とはいかなかったが、婚約者として受け入れられたことだけでも、グラテウスは幸せに満ち溢れる。


 今までのポーカーフェイスは完全に消え去り、グラテウスはアティナに甘い顔を見せた。


「ああ、ぜひ頼むよ」

「ひゃい」


 

 こうして、二人は二度目の再会を果たした。


 

 とはいえ、アティナはグラテウスのことを覚えていなさそうだ。



 それでも、グラテウスはまったく落ち込んでいる様子も、気にする素振りもない。



 なにせ、次に会った時には、婚約者になっているのだから。


 

(きっと、驚くだろうなー)


 

 思い出話に花を咲かせるのは、今じゃない。


 

 アティナの驚く顔を思い浮かべて、グラテウスは一人、幸せそうな笑みを浮かべる。



 グラテウスの起死回生の努力は、6年の歳月を経てようやく報われるのであった。




 これは、血の滲むような努力をする転生令嬢と、裏で何度も死にながら修練を積んだ令息のお話。



 ――アティナとグラテウスが、幸せになる物語である。


 


 

「まったく、世話のかかる愛弟子だ」


 遠くから見守っていたバルドデューグは、呆れながらも口角を上げて、その場を去っていくのであった。

 

 


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