05. 一人では届かない
俺は早朝宿を出た。
街の門ではアリサが待ち構えていた。
「やっぱり、来たわね。
一人で行く気?」
不満げな表情を浮かべ腕を組むアリサ。
「俺一人で十分だ。」
俺はその横を通り過ぎる。
「ちょっ!待ちなさいよ!!」
「攻略できないって言ってるでしょ?」
「方法はある。」
「どうやって?」
訝しむような顔をするアリサ。
「それは言えない。」
方法はある。
まだ仮説だが…。
でもこの方法は言えない。
なぜなら、それを言えば俺がダンジョンマスターだとバレてしまうから。
「はぁ、私も行くわ。」
「は?」
「私も行くわ!!」
怒気が混ざる声。
一歩も引くまいという表情を向けられる。
これは…避けられないな…。
◇◇◇
「嘘…。強い…。」
昨日初めて出会った男。
この世界についてあまりにも無知な奴。
初心者向けとはいえ、一人で攻略するなんて無謀。
だが、無謀を通せるだけの腕はあるらしい。
鮮やかな手捌きであっという間に魔物を倒してしまう。
その圧倒的な剣捌きに、思わず目を奪われる。
昨日渡された核だって異常な量だった。
一流のパーティでも1週間はかかるような量。
それをたった一人で…。
しかも、彼と出会った場所。
あそこにいたということは、第一層のフロアガーディアンをたった一人で倒してしまったということだ。
あまりにも異質で異常な男。
そんな彼が目指すダンジョン攻略。
いったいなぜ彼はそんなことをしようとしているのだろうか。
このダンジョンはとうの昔に攻略済みだ。
攻略済みのダンジョンを目指す冒険者はほとんどいない。
だって、最上階に行ったってなんの宝も残されていない。
なんの利点があって命懸けの攻略に挑むというのか。
そんなことをぼんやりと考えていたら、背後から近づく魔物に気づかなかった。
「シャァァ!!」
「っ!?
ファイアボール!」
咄嗟に魔法をとなえる。
紅蓮の炎が襲いかかってきた魔物を焼き尽くす。
——こう見えて、私も腕利きの魔法使いなのだ。
魔物を倒したアリサはふと前方で敵を倒す仲間を見る。
「はっ!!」
こちらのピンチなど見向きもせず敵を倒す男。
確かに攻略中に考え事をしていたアリサが悪い。
だがーーその姿に無性に腹が立つ。
「あいつ!」
◇◇◇
大きな鉄の扉、重厚なその扉は挑戦者を静かに威圧する。
第五層最奥の部屋。
この先にフロアガーディアンがいる。
「まさか、こんなあっという間に着くなんて」
ぼそっと漏らした感想は、見事に無視された。
仲間なんだから、少しぐらい反応してくれたっていいじゃない!
今日の朝からどうやら何かを考え込んでいる。
いったい何を?
彼は何をするつもりなんだろう。
ゴゴゴ……。
低い音を響かせ扉が開く。
全身にふつふつと鳥肌が立つ。
部屋の中に入ると、無数の視線が突き刺さる。
だが、敵の姿が見えない。
他の部屋より数段天井が高い部屋。
天井は闇に包まれ先が見えない。
バサバサと羽音のような音が怪しくこだまする。
「上かっ!」
ロキスが静かに、唸るようにそう呟く。
「上?」
上なら先ほど確認した。
暗くて天井がよく見えなかった。
魔物なんてーー。
そこでハッとする。
もう一度頭上を確認する。
目を凝らしてみると、闇に飲まれた天井が微かに動いているのがわかる。
そこをさらに凝視していくと鳥のようなシルエットが見えてくる。
「なんて量なの…!?」
思わず足が竦み、声が震える。
そう。
真っ黒に見えていた天井。
それは、鴉の大群だったー。
◇◇◇
「くそっ数が…多すぎる…。」
あまりの敵の多さに舌打ちをするロキス。
この部屋に入ってきて、一体どれだけの時間がかかったのだろうか。
無数の鴉の死骸が地面に重なっている。
今日ダンジョンに来て初めての苦戦。
意外にも二層〜五層のフロアガーディアンは俺が配置した魔物達だった。
と言っても楽に攻略できた訳じゃない。
この体はゲーム時代ほどレベルが高くないし、コントローラーを操るのと、自らの体を動かすには大きな違いがある。
その証拠に、五層のフロアガーディアンを倒せる気がしない。
鴉を何匹倒そうが意味がない。
第五層のフロアガーディアンは塔白鴉。
一匹の白色の鴉が、黒色の鴉たちを使役している。
塔白鴉を倒さなければ、この部屋の扉は開かない。
だが、その目当ての鴉は黒鴉達の一番奥にいる。
しかも、この黒鴉は無限に湧いてくる。
なんとかして突破口を開かなければ…。
隣で魔法を放つアリサへと視線を移す。
炎を放ち、近づく全ての黒鴉達を焼き尽くすアリサ。
その腕は見事なものだ。
だが、これだけ戦闘が長引いているのだ、額には汗が滲み、疲労の色が濃く浮かんでいる。
「ロキス!このままじゃ埒が明かない!
なんとかしなさいよ!」
視線を送っていたのがバレたのか、怒気の混じる声で怒鳴られてしまった。
なんとかしろと言われても、どうにもならない。
「俺が塔白鴉を倒す。
だから、突破口を開いてくれ!」
「ばっかじゃないの!!
無理よ。」
「えっ…?」
ここは…「わかった!」って言う展開じゃ…。
協力して敵を倒すシーンじゃ…。
「何が『えっ?』っよ!
大体私は攻撃魔法はそんなに得意じゃないのよ!」
「え?そうなの?」
嘘だろ?初耳だ。
こんなに魔物を焼き殺しておいて、攻撃魔法が得意じゃない?冗談だろ?
「だ・か・ら!
あれだけ仲間が必要って言ったの!
それに全然、協力してくれないし!」
「…ごめん。」
非常事態であることは変わらないがお説教が始まってしまった。
どうしよう。
後ろにも前にも敵がいる気分だ…。
「全く…今回だけよ!
それと、あとで覚えてなさい!」
その瞬間、身体がオレンジ色の光に包まれる。
暖かく心地よい光。
身体の奥底から力が湧いてくるような不思議な感覚。
「っ!これは…?」
「強化魔法よ。
突破口もあの白いのも自分でやりなさい!」
言葉はきついがその瞳には信頼が垣間見える。
俺は力強く頷き返し、黒鴉達に視線を移す。
剣を持つ手に力を込める。
魔力が剣へと流れ込み、刀身が黄金の光を放つ。
「はっ!」
その剣を大きく振りかぶる。
その瞬間、輝く剣撃が黒鴉の群れを死神の大鎌のように切り裂いた。
そして、その先にいる塔白鴉を紙切れのように切り裂いた。
「嘘…だろ?」
俺が放ったのは光属性の剣撃魔法「フォトンスラッシュ」。
本来は黒鴉を一、二匹撃ち落とすのがやっとの初級魔法だ。
……だが、アリサの強化魔法を受けた今、その威力はまるで別物だった。
◇◇◇
「バッカじゃないの!!
だから、あれだけ仲間が必要って言ったの!」
五層フロアガーディアンを倒した後、俺はお説教を受けていた。
彼女の言い分はもっともだ。
今回彼女がいなければ、俺は負けていただろう。
彼女の魔法があったからこそ倒せたのだ。
仲間が必要なのは分かってる。
この先、フロアガーディアン達はもっと強くなっていく。
それに、まだ見ぬフロアボスはーー。
「どんな理由で攻略しようとしてるか知らないけど、仲間は必要なのよ。分かった?」
「でも、俺の勝手な目標に他の人を巻き込むわけには…。」
「じゃあ、あなた一人で攻略できるって本気で思ってるの?」
にこりと笑う。だが——目は笑っていない。
むしろ凍りついている。
「…。」
俺は一人では届かない場所があると、嫌というほど思い知らされた。




