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戦国の白椿 お市の一生 ー本能寺の後始末ー  作者: 有栖 多于佳


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柴田勝家とお市の死

柴田勝家は、元々信長の父信秀に仕えたが、信秀存命中から信勝付きに任じられ、信勝の重臣となった。

父信秀死後、信勝を当主に担いで信長と戦ったが、一度目は負け、二度目は新興の側近で、信勝の衆道相手津々木蔵人に嫉妬して、信勝の謀叛を信長に密告した。

それによって、信勝は処され、主君を信長へと変えた。


そうは言っても敵対派閥からの鞍替え故に、十年近く冷飯を食わされ、後が無くなった勝家は死に物狂いで戦った。

その恐ろしい顔つきを見て、世の人々は『鬼柴田』なぞと言う二つ名を与えた。


「何が、鬼柴田じゃ。お前は小心者故、後が無いと恐怖に怯えながら戦っただけじゃ。兄上は能力と結果で判断するから、お前何ぞを侍らせて。その兄上の広い心に感謝もせず、自己保身のために光秀を晒したな」

お市は、心臓を抉る手を止めずに厳しい声で糾弾した。


「な、何を仰るお市様。本能寺の変の時、わしは上杉討伐に越後へと進軍しておりました」

勝家は、流れる血もそのままにお市へと反論した。


「何を、惚けたことを抜かせ。光秀は馬鹿じゃない。京で一万三千の兵だけでその後の戦乱を切り抜けられるなどと思うような者ではない。お前は上杉討伐をする振りをして、企みを周囲に知られないように装いながら、あの日、反転して京へと帰り、光秀の応援に入るはずじゃった。


しかし、追って来ぬと高を括っていた上杉勢が後ろから執拗に攻めて来て、予想外に防戦を強いられたな。その結果、お前は応援に向かえず、光秀は山崎の戦いで秀吉に討ち取られ、当主へと掲げるはずの津田信澄も信孝に討たれ悲しいかな夢破れたのじゃ。はは、お前たちの企ては、早々に上杉にバレていたのだぞ」

お市は勝家の心臓を抉る手を緩めず、冷笑しながら勝家の心を折ることも忘れない。


「な、そ、そんな馬鹿な」

「馬鹿はお前じゃ。上杉勢の知将直江兼次が、京で決起の報あり、柴田反転の兆しと言う間諜の報告を受けて、必ずお前は戦を止めて反転するから追って後ろから討てば良いと策を講じて、待ち構えていたのじゃ。お前の企ては毛利の間諜もまた手に入れていたからな、羽柴軍は駐留しないと安堵していた、と聞いたぞ」

勝家は自分の企みが、他の大名にバレていたことに驚いて目を見張り言葉に詰まった。


「お市様は、それを」

「ああ、秀吉じゃ。奴が飼っている間諜、猿飛一族からの報を受けた時には、無念秀吉は兄上から遠く離れてしまい直ぐには駆けつけることが出来かった。

だからあやつは態と上杉、毛利へと報を横流しして、光秀援軍のお前を足止めさせると共に、自分の軍勢はまだまだ戻れまいと安心していた光秀の裏をかいての中国大返しじゃ。

そうであったから、まあ、裏切り者には相応しい最期じゃのう、光秀は農民に紛れた猿飛に刺され犬死し、そして最大の裏切り者、勝家お前には、我が直々に天誅を食らわせよう、切腹なぞさせるものか、惨めに我に心臓を刺されて早く死ねい」


お市の手の小刀を取り上げることなぞ、勝家には造作もないことだったろう。

しかし勝家は、そうしなかった。

目が霞み、血が滴り、自身の命がもう尽きようとしていることを知っても尚、織田の姫お市の方に討たれるのならば本望と受け入れる覚悟であった。


「わしは昔から姫様に憧れていた。わしの気持ちは貴女には伝わらなんだな」

自嘲した声が苦しげな息と共に漏れた。



「裏切り者のお前の気持ちなど、誰がわかるものか、気持ち悪くて虫酸が走る。いいかお前、死ぬ前に良く聞け。今回のこの弔い合戦の最大の功労者は、お前が手酷く棄てた、元側室の佐野の方じゃ。


我を娶る為と言って長年連れ添った糟糠の妻、側室の佐野の方をわざわざ追い出し、長年跡継ぎと言っていた娘婿の柴田勝豊を蔑ろにして、若い妾に生ませた幼い息子に家督を渡そうと企み、あろうことか佐野の方をお前の娘が嫁いだ勝豊の家に追い出すとは愚かよのう。

だいたい側室は追い出すのに、若い妾は据え置くとは、お前の腐った性根がわかるぞ。我にかずけて家督相続に口出ししそうな佐野の方を追い出したかっただけであろう。


合戦の前に話したお前の娘お蝶は、お前の事を心底憎いと、死んでしまえと言っていたぞ。お前も前夫の長政も女を舐めてかかるから、足元救われるのじゃ、愚かよのう」


「っく、女を侍らすのが悪いのなら、秀吉猿の方が余程ひどいじゃないか」

勝家は憎々しげに秀吉の名を告げて、そう言うと、


「あの禿げ鼠は、正室のおねねを追い出したりはせん。兄上の子を嫁に迎えた時も、敢えて側室として受け入れておる。

兄上もおねねを追い出してまで正室に据えようなぞとは思っておらなんだ、お前にはわからぬだろう、禿げ鼠には芯がある。そしておねねの必要性をよくわかっている。それが器じゃ、天下布武を完遂するのはお前じゃない、秀吉じゃ」


お市のこの言葉に、先程まで耐えていた憎しみが吹き出して、

「お市様、可愛さ余って憎さ百倍とはこの事、死なば諸共」

そう言うと、お市の背中から自分の腹まで刀を突き刺して、お市を殺した。



勝家は嫉妬深い男であった。


いつも自分が蔑ろにされていると思うと、それまでの忠義も献身も一気に無くなって激情に流されてしまう。

心の片隅で、いつも信長の真の信頼は受けられ無いことに嫉妬していた。

それは、信長の寵愛を受けていた赤母布衆への嫉妬だった。

信勝側だった者、いやそうではなく清洲城にいた家臣は誰も入れなかった、赤母布衆に半世紀近くも嫉妬していた。

赤と呼ばれる真の家臣たち、利家であり、当時は苗字すら無かった秀吉であり、信長に侍っていた美しい小姓たち、皆が憎かった。


その小姓の中に男装していたお市が居たことを、後に利家から聞かされて、知らぬは自分だけとなんとも言えない悔しい気持ちが胸に広がった。


織田への忠義に代わりは無いのに何時まで経っても信用されないような空気を信長に感じていた。

それが恐怖に変わったのは、信秀時代の家臣が次々に追放されて行くのをみた時か。

次は自分に違いない。

いや、なぜ信用してくれないのだ、信用しない信長が悪いのではないか、そう思うともう後には引けなくなった。

同じ恐怖を感じているであろう光秀の耳元に囁く、織田の正しい相続人は娘婿の津田信澄だと。

間違いを正すのが、織田家臣の正しい姿だと。


そうしてやっと宿願を叶え、織田家の自分への信頼の証、お墨付きとしての織田信長壱の姫、お市を娶る名誉を賜った。

粗相があって自分の忠義が疑われては敵わないと、城内で奥向きを仕切っていた古い付き合いの側室を追い出してまでお市の為に整えたのに、それを愚か者と謗られ、女狂いの秀吉にも劣ると蔑まされるなんて。


激情のままお市の亡骸を肩に担ぎ、高所から大声で総員に声をかける。


「修理の腹の切り様を見て後学にせよ」


そう喚いて、縦横と十文字に腹をかっ捌いて切腹をして果てた。


これで少しでも忠義の者だと思う者が居るようにと取り繕って、最期まで自分勝手な男の死に様だった。

その身の上には、勝家に刺されて死んだお市の亡骸が重なっていた。


端から見たら愛情深い夫婦の最期の姿の様に見えたであろうが、それは偽り。

嫉妬と偽りにまみれた柴田勝家の姿を知る者は少ない。


こうしてお市の復讐は成功せず、後世で、夫勝家と情死した美徳として語られていったのである、残念なことであった。


戦国一の美女、織田信長の壱の姫、戦乱の白椿がぽろりと落ち散った。

願わくば、地獄の入口で手を広げて飛び込んで来るのを待っている、親愛なる兄に逢えますように。


母の最期の話を聞いた茶々たち三姉妹は、世間の噂の信用の無いことを身をもって知った。


「でも、十文字の切腹ではつかない、心臓を抉った傷が致命傷になったそうよ。お市様は本懐を遂げられたと思います」


保護された羽柴の屋敷で、秀吉とその正室おねねから母と義父の最期を聞いた。

おねねは情の深い信用に足る、母の話のままの人となりであった。

母が、叔父信長の敵を討てたのであれば、それは本望なのであろうと、姉妹は涙ながらに話し合った。



そうしてそのうち、世間では宿敵秀吉に助け出された戦国一の美女の娘たちの行く末は、面白可笑しく興味本意で噂された。

その中に少しの真実と多くの虚偽が混ぜられて流布されていって、後には何が本当かわからなくなった。


お市の生んだ姫たちの人生も各々波瀾万丈であったが、それはそれ、それはまた別のお話。


ー 完 ー



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