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戦国の白椿 お市の一生 ー本能寺の後始末ー  作者: 有栖 多于佳


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3/5

浅井長政

「これから茶々も嫁いで行くだろう。意に添わぬ婚姻かもしれぬが、それは武家の女じゃ諦めよ。但し、相手の本心をキチンと見抜かねばならぬよ。我らは嫁と言う名の間諜じゃ。戦国の世、未来に賭けるに足る人物かどうかその器を図りなされ」

お市の口から、争い事の話を聞いたのは後にも先にもこれが最初で最期であった。


お市は、兄の下で暮らしながら、武家の姫としての躾と共に、兄の助けとなるべく間諜の鍛練を受けるようになった。

後世、戦国一の美女と呼ばれ淑やかな姫と思われているが、存外その性質は兄信長に似て、苛烈で奇抜、幼い頃は、じゃじゃ馬などと呼ばれていた。


織田家には、父の頃より黒母衣衆と言う精鋭部隊がいた。

それを信長も引き継ぐと同時に赤母衣衆と言う若手を登用した親衛隊をも整備した。

『赤は黒より格が劣る』などと、物を知らぬ家臣らは噂したが、赤は信長に心酔した剛の者の集まりで、特別に目をかけられた者のみで編成されていた。


公式には赤は九名と言われ、前田利家が有名であったが、その実、名も語られずその実体も知られぬ者が多数含まれていた。

その中の一人がお市であった。

お市は、幼い時分は小姓の格好をして兄信長に侍り、真実を見る目を養った。

信長は、壱の姫と名付けたお市を特別可愛がり、どこそこへと連れて歩いた。

本来は、外交手段としての婚姻関係を築くため、他の姉妹たちのように、十三、十四の年には嫁に行くのが普通であったのに、お市が浅井長政に嫁いだのは、行かず後家と呼ばれ始める二十一の時であった。


「まあ、かか様、小姓の真似事をしていたの?」

話を聞いていた茶々が驚いて聞き返した。


「真似事ではない、小姓の一人として兄上に侍っていた。桶狭間の合戦の前日に、幸若舞『敦盛』を兄上が舞った際に小鼓を叩いたのは我じゃ」

お市はどこか誇らしげな顔をして茶々へと答えた。


「そんなであったし、我は兄上に顔が似ておるからな。どこぞで知られたようで、浅井から同盟願いと共に嫁入りを乞う話があった。当時、足利義昭公が上洛を果たせず、朝倉義景から兄上に後ろ楯を乗り換えた時であったから、安全に京へ向かうのには、浅井と同盟を結ぶことで安全にその領地を通るのは必然であった。そこで、我が嫁という名の人質として浅井に出向くことになったのじゃ」

「かか様、かか様は、人質などではなかったではないですか、父上とはいつも仲睦まじかったと周りからは聞いております」

茶々が驚きすぎて、息も絶え絶えの様子を見せた。


「ふふ、周りのう。長政には八重の方がおったであろう、万福丸も円寿丸もお生みなされた最愛が。かつて正室が居た時でさえ、彼の寵愛はかの方にあったと聞いていた。小谷城内では名実共に八重の方が長政の妻と呼ばれていたよ。

それを兄上がたいそう気にされてな、一度は申し入れを断ってしまったのだが、翌年どうしてもと再度浅井側から乞われて、人質だとしても最低限は大切にされるようにと、本来は嫁を迎える浅井側が支出すべき婚姻費用を、兄上は全て織田家で整え我を送り出してくれたのじゃ。そんな状況だったから、表面上は、蔑ろにされたようには見えなんだな、仲睦まじいと娘にも周囲が伝えるほどに、のう」


「でも、かか様を願ったのは父上なのでしょう?ならば、嫡男を生んだとは言え八重の方より、同盟側の姫たるかか様の方をより尊重するのが当然では?」


「まあ、その同盟自体が曲者でな、それが後々兄上を窮地に追いやるのだがな」

お市はまた遠くを見つめてそう語ちた。


政略結婚で、浅井長政と婚姻した時、お市は二十一、長政二十三であった。


織田と浅井の同盟を紡ぐ礎となる為にお市が嫁いだ、と言う訳では無く、浅井は元々朝倉義景と主従関係である同盟を結んでいたので、二重の同盟であった。


朝倉家に後援を願っていた足利義昭が信長に乗り換えたことで、元々織田と朝倉は敵対関係にあった中での長政とお市の婚姻である。

拗れた関係の解決は見えずとも、当初の思惑通り、翌年、信長は義昭を連れて上洛し、それによって義昭は天皇から征夷大将軍の任を授けられることが出来た。


その年、お市は初の子となる茶々を無事産み、更に翌年には初をも産んだ。


度重なる懐妊と出産に、周囲からは夫婦仲の良さ、長政のお市に対する深い愛情を指摘されたりしたが、実は別段そう言う訳では無く、同じ頃、予てから寵愛されていた八重の方も懐妊、出産をしていたので、単に浅井家は、もしくは織田家も子沢山の家系だから、長政お市双方が子宝に恵まれ易い体質だったから子が授かっただけであろう。


その証拠に、お市が茶々を産んだ同じ頃、信長最大の危機と言える金ヶ崎の戦いが起こっていた。


足利義昭は将軍になったことで、かつての領地若狭を取り戻すべく、そこの領主、武田之明を朝倉義景が拉致監禁していた事を問題視して、領主奪還の命を近畿近縁の大名に出した。


その命に従って、織田家は朝倉攻めを行ったのであるが、浅井長政は、一方的に同盟を破棄して、信長を後ろから討とうと急襲した。

浅井長政の裏切りに、信長は驚いて『虚説たるべき』と言ったとか。

信長にしてみれば、乞われて妹を破格の持参金を付けて嫁に出し、両家を繋ぐ姫子が産まれたばかりのこの状況で、義弟が裏切るとは思いも寄らないことであった。


二千とも言われる兵を失い、命辛々の撤退戦、その殿(しんがり)は、信長直々に、木下藤吉郎に命じたのだった。

藤吉郎の働きによって、京へと逃げ延びた信長が連れていたのは、ほんの十数人の、やっと残った供であった。


「ええ、私が生まれてすぐに同盟破棄など、父上はなぜそんなことを!?」

茶々は愛されていたと聞いていた父の裏切りに、ひどく傷ついた顔をしてお市に問うた。


「長政の評判が謙虚で穏和など言う者もおるが、そんな訳があるか。謙虚な奴が父親で当主であった自分の父親を強引に監禁した挙げ句、急進派の家臣の一部と敵対する六角攻めを行うか。

偶々上手く行ったから良かったが、もし負けていたらどうする気だったのか。奴は、浅慮で耳心地の良い言葉に飛び付く愚か者であった、それが我の見た長政じゃ。まあ、茶々に、お前たちの父親をくさして悪いがな」

お市が宥めるような目を向けて、そう答えた。


「長政の長の字は叔父上から承ったと聞いておりました。父が同盟を破棄した理由は何だったのですか」

茶々が怒りに目を吊り上げながらまた問うた。


「織田が与える名であれば、『信』の字であろう。長政の長は、朝倉義景の幼名『長夜叉』から取ったのだろう、長政は幼名『猿夜叉』であったし。主従の誓いかはたまた兄弟の誓いかは我は知らぬがな。


結局、織田の同盟より朝倉との同盟の方が重かったと言うこと、足利義昭公の命を受けていた兄上には戦いに足る意義があると思うておったようだがな、長政は織田と朝倉を秤に賭けて朝倉を取ったのだ。そこに我もお前も最初から乗せられて居なかったのだよ。だが、それも栓無いこと。


糟糠の妻を追いやって、新たに得に為りそうな嫁を娶る。家内の態度をみれば自ずと人となりが見える。一度裏切った者は二度も三度も容易く裏切る。


だから、我はそう思って長政をみて嫁いだし、心はいつも織田にあった、故に、合戦間近と思った時に兄上に、両端をギリギリと縛り上げた小豆の一杯入った袋を陣中見舞いに送って、それを暗号として、兄上の窮地を知らせたのじゃ。間諜、それが我の役目であるからな。我は、嫁ごうとも、織田信長の壱の姫であり、赤母布衆なのだから」


「父上は織田を裏切って朝倉に付くと決めたなら、離縁してかか様を織田に帰すべきだったのでは?実際、六角攻めの時には正室を離縁して相手側に返していますし」

茶々が悲鳴じみた声でそう言った。


「そこが小心者。故に、何かの保険として我もお前も手元へ残したのよ。枷のように、我の身体の自由が利かないよう腹が空くとすぐに種を仕込んでな、だから初も江も織田との合戦の時に生まれた。ほんに、自分勝手な人だった」

お市のその言葉に、炎の中、5歳4歳の自分とお初を侍女が抱え、母が生まれたばかりのお江を懐に居れて必死の思いで逃げ出した日の記憶がまざまざと甦った。


「あの時も、最期まで我らを盾にして。兄上の命で、藤吉郎がギリギリ迎えが間に合ってやっとの事で助かったが、裏切り者は独りで死なぬ。奴らは道連れを欲するからな、我ら全く危ない所であったな」


「じゃあ、城に火を放ったのは父上で、世間で父の敵と言われている秀吉は、命の恩人なのですか」


茶々の問いにお市は小さく首肯し、

「世間で言われていることには、少しの真実と多くの嘘が混ぜられているからな、これからも多くの話を聞くだろう。けれど、良く人となりを見るのじゃよ。裏切り者をしっかりと見極めるよう妹たちにも伝えておくれ。我の話が真実じゃ」

そうキッパリと語ったのだった。






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