第十二部 大ムカデ 第四章
「あ、あんたは! 」
隆史おじさんが明らかに動揺してハツカネズミの人間を見た。
背広は高級そうだし、頭がハツカネズミで喋っている以外は全く普通の人間だった。
「ふふふふふふ、君が引退してから、こう血を熱くさせるブッキングが無くてね。だけど、そこにいた!
俵の藤太三代目だ! 」
などとびしっとハツカネズミは彩を指さした。
「馬鹿なっ! 彩は娘なんだぞ? 女の子なんだ! 」
そう隆史おじさんが叫ぶ。
「だから、良いんですよ。ボーイッシュ美少女が実は俵の藤太の三代目と! まさに時代に呼び起されたヒーロー……いやヒロイン! 三代目俵の藤太! 」
「だから女の子だって! 」
「人間の世界では凄く古い話ですが引田天功の二代目は女性ですよ? なんという時代遅れな。まあ、妖は古い感覚のモノが多い。逆にこれでスターの誕生は間違いないでしょうね」
ふふふふとハツカネズミが呟いた。
「スター? 」
彩の目がキラキラしている。
ああ、駄目だ。
こりゃ駄目だ。
「いや、良いんですか? 」
間宮さんの出来る部下の隣にいる公安の人が恐る恐る皆に聞いた。
「いや、ブッカーの雪ネズミさんは伝説の妖で、妖のショーの世界なら知らない人がいない人なんだぞ」
出来るはずの間宮さんの部下がそれじゃない事を言っている。
「いや、そうじゃなくて、彩は少女ですし。そういうのをするにしても16歳と言うのは……」
俺が冷静に間宮さんとかハツカネズミ……雪ネズミに話す。
「いや、パクリですよね? 真面目にネズミお……」
「いや、雪ネズミさんです」
間宮さんの別の部下がさらにそれじゃない話でいきなり突っ込んだのだけど、間宮さんの出来る部下が言い切る。
「ふふふふふ、妖が消えていく中で、たったお一人で人間達の妖の認知を上げてくださった、あの御方はこの程度の事じゃ怒りませんよ……あの境港の神は……」
雪ネズミが言いきっちゃう。
場所を言っちまいやがった。
誰かバレバレだ。
「良いのかな。言っちゃって」
「我らが神は、偉大なる神とも戦い続けた御方。せっかく、神がやっと漫画の賞をとれたところで、審査委員長をやっていた偉大なる神が『僕はこんなものなんて、簡単に描けるんだ! 』ですからね。そこまでされたのに、睡眠の大切さを偉大なる神に説いて、本当なら偉大なる神が亡くなるのを防ごうとした優しい御方なのです」
「それ、デマですから。その偉大なる神が嫉妬したのは確かだけど。確か、あの御方は劇画の神にも嫉妬してたし。あの人は偉大な神だけど、嫉妬するから。弟子筋のいろんな戦隊ものを想像した神にまで嫉妬しまくりで……」
などと間宮さんの話を聞きながら、そういや、グノーシス派では全ての創造神ヤハウェは嫉妬しまくりの神とされていたなと……。
それにしても、話がやばすぎる。
「まあ、芸術の世界はいろいろあるさ」
などと、その話を一発で終わらせてしまう律蔵爺さんだった。
「ふふふ、分かりますか? 私も芸術から産まれたものなんです。あの岡山県総社市の宝福寺という禅宗のお寺で禅僧になるべく幼くして入った……あの雪舟がですよ。禅の修行はそっちのけで好きな絵ばかり描いていたので、少年の雪舟を住職がお堂の柱に縛り付けて折檻したところ、夕方になって可哀想に思って覗くと、泣き疲れて寝ている雪舟の足元に大きなネズミがいて歩き回っていたので、雪舟が嚙まれてはいけないと住職が追い払おうとしたが逃げないので不思議に思ったところ、それが雪舟が涙を使って足の指で描いたネズミだった……その魂がハツカネズミについて妖になったのが私です」
それは江戸時代にできた作り話だと言おうとして、そうか、世界の認知があれば妖になれるんだ。
何しろ、雪舟さんの有名な逸話みたいになっちゃったからな……作り話だけど。
そういえば、全然関係ないけど、有名な人物って次々と作り話が逸話のようにされるらしくて、野口英雄が有名になって日本に戻ってきた時に、自分の伝記が発行されていると言うので、読んだ後に本を床に叩きつけて、「こんな立派な人間がいるか! 」って叫んだって話がある。
本人は金持ちの娘と結婚の約束して留学の金を出してもらって、そのまま留学して逃げたりってやっている結構糞な人物だし。
「いや、とにかく、俺は反対だ! 」
「俵の藤太二代目なのに? 」
「俺の親の借金の肩代わりをお前が提案してきたから、仕方なくやってただけじゃないかっ! その借金は戦っても戦っても、いつまでも高金利で増えてくし。だけど、それは律蔵さんが全部綺麗にしてくれたはず! あんな馬鹿な事に娘を巻き込めない! 」
などと隆史おじさんが叫んだ。
なるほど、そうやって隆史おじさんを爺さんが取り込んだんだ。
えーと。
俺がじとって感じで爺さんを見た。
「あああ、君のお父さんとはそういう関係ではなく、本当に親友だったんだ。良い奴なんだよ。……苦労しているから」
それで隆史おじさんが俺の気持ちを察したのか俺にそう話す。
その一言で会ったことも無い父親だが、なるほどと頷いてしまう。
父が苦労しているのは、しみじみ良く分かる。
「何かあるのか? 」
などと爺さんが俺を見た。
「いえいえ」
そう誤魔化して言うしかない。




