第三部 かぐや姫 第二章
「まさか、お前が来たのか? <ひとつ>」
柴吉がぶるっと身を震わした。
いつの間にか部屋に巨大な全身が毛で覆われた人物が現れた。
身長は二メートルをはるかに超えている巨体だ。
腰には無造作に刀を差していて、それが巨大すぎる。
斬馬刀と言われる存在かも知れない。
その巨大な刀をまだ抜いていない。
よく見ると、頭に一本大きな角がある。
黒い毛で身体が覆われていて、服を着ているのかどうかわからないし、顔すら見えないのでより不気味に感じる。
そして筋肉の盛り上がり方からも相当に武闘派なのが伺えた。
恐らくは鬼なのだろう。
そして、<ひとつ>と言う異名。
普通に妖が持つ異名として<ひとつ>と言うのは異様だ。
つまり、最初と言う意味であるなら、相当に古い妖であり、<ひとつ>とつけられた安易な名前から逆に言えばそれだけ強いと言う事になる。
「なんじゃ、なんじゃ、<ひとつ>様だけではないぞ? 柴吉ぃぃぃぃ! わしもおる」
今度はハッキリと鬼だと分かる容姿だ。
どうやって、その格好で、ここまで来たのか突っ込みたいが、真面目に良くいる虎のパンツの赤鬼の姿をしていた。
ただ、違うのは全身に歴戦の勇士であるように斬られた痕の傷が大量にあり、それが治っても錆のように変色した傷と残っていた。
そしてオーソドックスな鬼の姿だとしても、異様な迫力を見せていた。
「<赤錆>か……。いきなり初手から一番強い奴らが来るとは……」
柴吉が震えまくっていた。
だが、柴吉は震えながらも引く気は無いらしい。
突然、唸り声と共に身体が変わった。
身体が数倍に膨れ上がる。
ニホンオオカミはオオカミにしたら小型のオオカミなのだが、この姿は違った。
まるで西欧のモンスターのフェンリルのような姿に変わる。
それはまさに大口真神の異名に恥じない姿だった。
戦闘体型みたいなのに変われるんだ。
住んでいる家が古い屋敷だったので、俺達が待っていた客間は10畳くらいあるのだが、それでも畳二枚分近くの大きさは余裕であった。
「神楽耶! 」
如月彩が慌てて、俺に注意を即す。
つまり、早く断ってしまえと言いたいらしい。
これほどの威容を持つフェンリルのような柴吉だとしても勝てるかどうか分からないと言いたいらしい。
彩がそこまで目で言うと言う事はそれほど強いのか。
彩は古武道まで齧って、実戦空手で中学生の部で全国一位だった。
まあ、実戦空手もいろんな流派があるので、いろんな全国大会もある。
だけど、その異様な強さと異常なスピードで強くなったので、実は武道の世界では本気で有名である。
勿論、いろんな古流を齧っている事もあって顔が広いのもあるが、あちこちの有名な武道の先生が天賦の才と褒めちぎるくらいの逸材らしいのだ。
そうでないと覇王如月とか言われない。
その彩が焦っていた。
それで慌てて声を絞り出す。
「あの……んんンんン……ふご……」
誰かが俺の口を塞ぐ。
男の手が俺の肩から生えて、俺の口を塞いでいた。
馬鹿な?
何で?
「おいおい、妖の王の御霊がすでについておられる。どの御方だ? 喋らさないようにしておられるな? 」
などと<赤錆>が呻いた。
おいおいおいおい!
妖の王の御霊って俺の魂の本来の姿とかじゃないのかよ!
嘘やんかっ!
俺が肩から生えた手を見てからフェンリルのようになった柴吉を見た。
フェンリルみたいな大口真神が俺に見られて目を逸らす。
相変わらず正直である。
おいおいおいおいおいおい!
嘘を言わずにちゃんと説明しておいてくれっ!
心で叫びつつも口を塞ぐ、その手に邪魔されて喋れない。
そうしたら、彩が凄い渾身の力でその手を掴むと小指を折りにかかった。
古流だと彩の話では掴んできたら、指を掴んで折るのは普通だと言っていたが、本気でやるとか。
しかも、向こうの話だと、妖の王の御霊に指折りをやっている事になる。
実体化して俺の口を塞いでいるから指が彩にもつかめるらしい。
「ま、待てっ! 妖の王の御霊は三人いなさるっ! どれも尊き御方で、その手からすると<婆娑羅>様なのだぞ? 」
などと柴吉が騒ぐ。
しかし、彩はそんな事ではへこたれない。
本気で口を塞いでいる手の小指を折りに行っている。
覇王如月は伊達ではない。
「バキッ! 」
鈍い音とともに小指が折れ曲がった。
小指を折られたら力は入らなくなる。
おかけで口を塞いでいた手が離れた。
「折りやがった。嘘だろ? 我ら妖からしたら神の如き御方だぞ? 」
などと<赤錆>がドン引き。
「早く、断って! 」
彩が叫ぶ。
それで俺がお断りしますと言おうとしたら、今まで喋らなかった<ひとつ>が喋った。
「まさか、かぐや姫が依り代にしているのか? 」
それは酷く驚いた声だった。
それで俺も声を出すタイミングを失った。




