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ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中-  作者: 鳥獣跋扈


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第83話 操り人形

明けましておめでとうございます。

 一歩、踏み出した瞬間だった。


 視界の端が、ぐにゃりと歪んだ。

 砂の色が、空の色に溶けていく。


 ――おお、おお。こっちまで来るのは久しぶりじゃなあ。


 耳ではない。

 鼓膜を通らないのに、頭蓋の内側から、あのしわがれた声が響いた。


 迷宮の“管理人”――あの、妙な調子の男の声だ。


「……アンタ、かよ」


 思わず口の端が引きつる。

 周囲はまるでスローモーションのようにゆっくりだ。


 ――うむうむ、良い返事じゃ。生きとる生きとる。よう戻ってきたのお。

 ――さて、悠長に話してる暇はない……今はちと急ぎじゃ。


 その言葉と同時に、背骨を太い針で貫かれたような感覚が走る。


 ぐわ、と。


 意識の半分を、何かにわしづかみにされた。

 頭の中に、もう一つ“俺じゃない俺”が滑り込んでくる。


 足が勝手に動いた。


 俺が前に出ようとするより早く、身体が勝手に加速する。

 地面を蹴る強さも、重心の移動も、普段の俺じゃありえないくらいに洗練されていた。


 ――身体、ちぃとだけ借りるぞい。

 ――おぬしも、しっかり見とくんじゃぞ。これは“授業”みたいなもんじゃからなあ。


 管理人の笑い声が響いた瞬間、世界が伸びた。


 目の前の“試練”の輪郭が、やけにくっきりと見える。

 六本の腕、それぞれの筋肉の収縮。足指が砂を噛む角度。

 ほんのわずかな舌の動きさえ、全部スローモーションだ。


 ――あ。


 “試練”の瞳孔が、わずかに開いた。

 無機質だった目が、ほんの一拍だけ“動揺”の色を帯びる。


 焦ってる。

 そう認識した頃には、俺の右手が勝手に動いていた。


 <影走りの短刀>が、音もなく閃く。

 刃の軌跡に、黒い影がまとわりつき、空気そのものが切り裂かれる。


 カンッ、と。


 一本目の腕が、ほとんど抵抗なく根元から飛んだ。

 “試練”の体勢がわずかに崩れる。その隙に、左足が砂を抉って踏み込み、もう一歩。


 俺じゃない“誰か”が、俺の筋肉を完璧に使っていた。


 「な、に……っ」


 ジョンのかすれた声が背後で漏れる。

 俺も自分で驚いている。だが驚いているのは頭だけで、体は止まらない。


 二本目。三本目。


 六本の腕が、次々と切り落とされていく。

 “試練”が思わず後退する。足捌きが、さっきまでのような余裕を失っている。


 ――ほれ見い、“試練”も万能ってわけではないんじゃ。

 ――格が上の“手”に触れられれば、魂も震える。単純な話じゃ。


 管理人の声が、やけに楽しそうだ。


 “試練”が杖を構えた。

 さっき俺の脇腹を抉った閃光――詠唱も何もなしに、あの魔力の奔流を練り上げる。


 ……が、その形成の過程すらはっきりと見える。

 胸の奥に魔力が集まり、腕を伝い、杖の先へ集中していく流れ。


 ――ほれ、今じゃ。


 身体が勝手に動く。


 一歩。

 二歩。


 地面を蹴る音が、耳に届くより前に、視界が跳んだ。

 杖の先端に集まった光の核――そこにナイフを突き立てる。


 バチンッ!


 耳を裂くような破裂音。

 暴れ狂った魔力が、杖の周囲で暴発し、炎と衝撃を撒き散らす。


「ギィ――ッ!!」


 喉を裂くような、変調した悲鳴が“試練”の口から漏れた。

 先ほどまでの様子では決して出さないであろう、あからさまな“痛み”の声だ。


 魔力の逆流を食らったのか、奴の皮膚がところどころ焼け爛れる。

 さっきまで撫でるだけで再生していた傷が、追いついていない。


 俺は――いや、“俺たち”は、そこに容赦なく踏み込む。


 短刀が、踊る。


 右手から左手へ、手の中でナイフが滑るように移動する。

 刃が生む影が、まるで生き物のようにまとわりつき、切っ先の軌跡をさらに加速させていた。


 一本だけ残った腕が防御に回る。

 そこに、影ごと叩きつける。


 ズ、と重たい手応え。


 骨が砕ける感触が、柄を通じて伝わる。

 “試練”の体勢が大きく崩れ、膝が砂を抉りながら沈んだ。


「は、はは……なんだ、これ……」


 自分の口から漏れた声が、ひどく他人行儀だった。

 恐怖よりも先に、“笑い”が込み上げている。


 強い。

 今の俺は、明らかにさっきまでとは別物だ。


 ――調子に乗るでないわ、坊主。“おぬしの力”そのものではない。


 管理人の声が、ぴしゃりと水をかけてくる。


 “試練”が、最後の足掻きに出る。

 砂の中に潜ろうと、体を沈めかけ――


 その瞬間、背中を駆け上がるような悪寒が走った。


 地面の影が、ふっと濃くなる。

 俺の足元から延びた影が、蛇のように“試練”の脚へ絡みついた。


「――っと」


 とっさに感じた違和感に、俺の意識が僅かに抵抗する。

 だが、間に合わない。


 影が、奴の脚を固定した。


 逃げ損ねた“試練”の顔に、初めてはっきりとした“焦り”が浮かぶ。

 舌が乾いた音を立て、目が泳ぐ。


 そこへ、踏み込み。


 ――終いじゃ。


 管理人の声と、俺の心の中の声が、奇妙に重なった。


 視界が一条の線になる。

 <影走りの短刀>が、その線の中心をなぞる。


 首筋から胸元、腹、腰へ。


 一太刀。


 それなのに、時間をかけて丁寧に“切り分けた”ような感覚だった。


 刃を収めた瞬間、“試練”の体が、ずぶ、と崩れた。

 六本の腕と長い尻尾を持つ巨体が、音もなく砂に沈み込むように分解していく。


 紫がかった血が飛び散ることもなく、肉片が散ることもなく、

 ただ“存在そのもの”が解けていくような消え方だった。


 遅れて、空間が震える。


 頭上から光の粒が降り注ぎ、淡く俺の体を撫でていく。

 耳元で、また別のシステムメッセージが鳴った。


【“試練”の討伐を確認】

【神々の試練(中級)の効果を終了します】

【一時的なランク上昇を解除します】


 ……そこで、ぷつん、と。


 頭の中の何かが切れた。


 全身から、力が抜ける。

 さっきまで燃え盛っていた熱が、一瞬で冷水に変わったみたいだ。


 肺がうまく動かない。

 呼吸をしようとするたびに、喉が焼けるように痛む。


「っ……は、っ……」


 膝が折れた。

 砂の上に片膝をつく。


 ――ふう。ようやっと一段落じゃな。

 ――すまんのう、“授業”はここまでじゃ。反動が来る。無理に立っておると、骨からいくぞい。


「最初に言えよ……」


 ぎり、と奥歯を噛みしめる。

 返事の代わりに、管理人の笑い声が小さく響いた。


 意識の中に混じり込んでいた“誰か”が、するりと抜けていく感覚。

 そこに残るのは、自分のものだけの体の重さだ。


 ……重い。


 腕一本上げるのに、鉛塊でも持ち上げているような感覚がする。

 筋肉が悲鳴を上げ、関節という関節がきしんでいた。


 視界がぐらつく。

 遠くで、ジョンの息を吸う音がした。


「ミ、スター……イトウ……?」


 かすれた声。

 胸元から血を流しながら、それでもまだ生きているらしい。


 よかった――と口に出そうとして、代わりに乾いた笑いが漏れた。


「……生きてるなら、上等だろ……はは」


 そこで、どっと疲労が押し寄せてきた。

 筋肉だけじゃない。頭の芯から、抜かれるような倦怠感。


 瞼が重い。

 もう一度開く自信が持てない。


 最後に見えたのは、砂の上に残った“試練”の名残――

 淡く光っては消えていく粒子の群れと、血まみれのジョンがこちらに手を伸ばそうとしている光景だけだった。


 俺は、そのまま、音のない闇に沈んでいった。

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