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第71話 違和感と連れていかれる俺と

 メイリンは、あの連中のうち数人と共に、ゆっくりと俺の視界から遠ざかっていった。監視、ということだが無事を祈るしかない。


 ──何かあれば通信で。


 迷宮で手に入れた"これ"のおかげで、俺たちは言葉を交わせる。皮膚に同化するそれは、外見からはまったく判別がつかない。マシューたちにも、今のところバレていないはずだ。

 一定時間ごとに連絡を取り合うことだけ、互いに通信で確認し合ってから、メイリンとの会話を一旦終える。


 そして──


「こちらだ、イトウくん」


 マシューが、無駄に白い歯を見せながら片手を上げて促す。

 見ると、真っ黒なバンが一台、道の端でエンジンを回して停まっていた。後部座席の窓はスモークで覆われていて、中の様子は見えない。


 バンのスライドドアがギイ、と音を立てて開かれる。マシューが当然のように俺を先に乗せ、続けて自分も乗り込んでくる。後部座席のシートは革張りで、妙に柔らかかった。落ち着くというよりは、逃げ場を封じられたような沈み込みのある質感だ。


 前の席には、先ほどの連中のうちの二人がそれぞれ運転席と助手席に収まっている。


 ドアが閉まると、空間は一気に密室と化した。俺の体が無意識に強張った。

 エンジンが吹き上がり、車が静かに走り出す。どこかの砂利道を抜けるのか、タイヤがバリバリと石を巻き上げる音が微かに車内に響く。


 「で?」俺はできる限り無感情に言葉を投げる。「俺はこれから、何をすればいいんだ?」


 マシューは一瞬だけ、怪訝そうな表情を浮かべ、思案するように視線を上に向けた。だがその仕草も芝居じみて見える。


「ああ、まずはね。我々が詰めている施設に案内しよう。そこで君には、情報の共有と……ある迷宮の探索をお願いするよ」


 言い淀みがかった口調がどこか不自然だ。何か隠してるのか? それともまだ、俺の反応を見ているのか。

 だが問い詰めても、どうせはぐらかされるだけだろう。俺は短く「そうか」とだけ返し、視線を窓の外へ向けた。


 内部からは窓ガラスは透けていて、外の景色はよく見える。

 街の風景は、俺の心情とは裏腹に平和そうだ、陽光を浴びて草木もキラキラと輝いているように見える。

 そんな俺をチラリと一瞥し、マシューが前方に声をかけた。


「予定通り、空港へ向かえ」


 ……空港? 

 思わず心の中で反芻する。


「空港」ってことは、このまま別の場所へ移送されるのか? いったい、どこまで俺を連れて行くつもりだ? 


 黙ったままの俺を乗せて、バンはさらに速度を上げていった。

 そして数十分後、車は乾いた赤土の広がる荒野を横目に、やがて視界の先に滑走路が見えた。


 建物は一つだけ。こぢんまりとしたコンクリート造りの建物が空港ターミナルらしい。

 成田や羽田と比べるのはナンセンスだが、それにしたって、空港というよりはちょっとした家くらいのサイズだ。滑走路に一機、小型の輸送機と、奥にはヘリが見える。


 バンが駐車場へと滑り込むと、助手席にいた男がさっとドアを開けて走っていった。何か手続きをしに行ったのか、それとも……。

 マシューと俺、そして運転手の三人は、あくまでものんびりと車を降りる。


 カンカンに照りつける日差しの下、無言のまま三人で滑走路脇のターミナルビルへと向かって歩き出した。

 照り返す熱気が、地面から立ち上る。遠くで鳥が一羽、空を裂くように鳴いた。



 空港の建物に足を踏み入れると、先に駆けていった男が、こちらに向かって戻ってくるところだった。

 建物の中は、外の荒野とはまるで別世界のように涼しかった。エアコンが程よく効いていて、皮膚にまとわりついていた汗がすうっと引いていくのが分かる。あの乾いた風と日差しが、まるで夢だったようだ。


 その男とマシューが何やら言葉を交わしている。詳しい内容は聞こえないが、トーンからして問題はなさそうだ。俺はといえば、手持ち無沙汰にもう一人の男と横並びになり、ただ黙って立っているだけだった。


 ──さて、どうしたもんか。


 今のうちならば、メイリンに通信もできるだろう。あの後、無事に動けているのかどうか、確認しておくに越したことはない。

 脳内で意識を集中し、低く呼びかける。


《こちらイトウ。通信は届いてるか?》


 一拍の間をおいて、すぐにメイリンの声が返ってきた。少しだけ緊張の混じった、だがどこか安心したような声だった。


《イトウさん! 大丈夫そうかしら? こっちは港まで来て、すぐに他の連中はどっか行っちゃったわ。多分どこかで監視はしてると思うけど……絶対、何かあるかと思ったのに、拍子抜けだわ》


 いつもの彼女にしては、少し語尾が弱かった。何かしらの違和感を感じている証拠だろう。

 あえて情報を与えて泳がせている。そんな意図すら、透けて見える。だが、なぜわざわざそんなことを? 


 答えは出ない。分からないことが多すぎる。

 相手の出方を伺いつつ狙いを確認したい。


《不自然だが、今のところはそのまま帰路についてくれ。こっちは空港に着いたところだ。どこに行くかは、まだ分からないな》


《空港? 遠いところか、陸路で行きづらい場所か……》


 思案するような声。頭の中で状況を推測しているのだろう。


《なんにせよ、無事に帰れそうでは良かった。こっちもまた進展があったら連絡する》


《ええ、分かった。気をつけて》


 それだけ言って、通信はぷつんと途切れた。

 周囲の静けさが、より際立つ。


 不自然な点は多いが、少なくともメイリンは無事に帰国できそうだ。それだけでも、少し肩の力が抜けた。

 あとは──こっちの問題だ。


 しばらくして、マシューがこちらに手招きをしてきた。どうやら部下とのやり取りを終えたらしい。

 隣に立っていた男が無言で歩き出したのに合わせて、俺も歩を進める。


 だが、何かが引っかかる。


 ──妙に、緩い。


 普通なら、逃げ出されないようにもっと警戒するものだ。だが、彼らの様子にはその気配がまるでない。まるで、“俺が逃げることなどあり得ない”とでも言いたげな態度だった。

 この違和感はなんだ? 自信か、傲慢か、それとも……罠か? 

 分からない。ただ、今は従っておくしかない。情報が、足りない。


「さて、準備ができたようなので行こうか」


 マシューが軽く言ってのける。まるで、食事でもしに行くかのような気楽さだった。

 彼の後に続いて進んだ先は、一般の搭乗客が並ぶゲートではなかった。

 脇道のような扉を抜け、無人の廊下をいくつか進み──最後に行き着いたのは、金属探知機とX線装置を備えた、やけに物々しい検査場だった。


「ちょっとした身体検査をね。まあ、形式的なものだよ」


 マシューがそう言いながら、さらりとゲートを通り抜ける。

 俺も言われるままにポケットの中身をトレイに置いて、バックバックを係員に渡し、ゲートをくぐる。ピクリとも音は鳴らなかったが、背後の係員らしき男が無言でボディチェックを加える。


 ──徹底してるな。


 身体検査を終えると、俺たちは建物の裏手から滑走路へと出た。

 焼けつくような陽光。風。


 そして──


「……ヘリ、か」


 そこにあったのは、グレーの塗装を施された小型ヘリだった。軍用というわけではなさそうだが、機体には余計な装飾も企業名もなく、整備の行き届いた無機質な存在感を放っている。

 ローターはすでに回転を始めていた。アイドリング状態というやつだろうか。ヘリから巻き上がる風が、身体を押し返すように吹きつけてくるが、それくらいでは足を乱さない。


 レベルを取得している者同士なら、この程度の風でよろけることはない。マシューたちも、当然のように涼しい顔でヘリへと近づいていく。

 俺、マシュー、そして二人の男──計四人が次々に乗り込む。


 シートに身体を預けた瞬間、ヘリが地面を離れ始めた。

 機体が浮き上がる。街が、建物が、滑走路が、どんどん小さくなっていく。


「さて……どこに連れていかれるのやら」


 独り言のように呟いた俺の声は、ローターの轟音にかき消された。

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