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第50話 契約、そして長の提案

 守主の眼が、ゆっくりと、そして確かな意志をもってこちらを見据えてきた。

 その双眸は、ただ光っているだけではない。芯がある。明確な、否応のない“意志”が、そこに宿っていた。


 まっすぐに、俺を貫くように。


 圧倒的な存在感に、思わず息を詰めた。

 本から伸びた光の線は、今なお細く輝きながら、俺と守主とを確かに繋いでいる。その光が鼓動のように明滅し、空気をわずかに震わせた。


 次の瞬間、守主の口元が、わずかに開いた。


「……契約は成った。我が主よ」


 低く、響くような声だった。

 それはただ音として聞こえるだけではない。胸の奥に、直接語りかけられているような、そんな感覚だった。膝をついたまま、あの巨体がゆっくりと首を垂れ、深々と頭を下げる。


「我が武具、我が魂は主のために──」


 言葉の一つ一つが、重く、静かに、空間に染み渡っていく。


「世界に落ちた片割れ共を掬い上げ、捧げる」


 その誓いは、どこか悲哀と敬意に満ちていた。

 まるで、遥か昔からずっと待ち続けていた主人にようやく巡り会えたかのような──そんな諦念と歓喜が同時に混ざったような声音だった。


 俺はただ、黙ってその言葉を受け止めることしかできなかった。


 そして次の瞬間。

 守主の姿が、音もなく揺らぎ始めた。


 黒光りする鎧の巨躯が、ゆっくりと、まるで崩れるようにしてその輪郭を溶かしていく。煌く金属音もなければ、衝撃もない。ただただ静かに、塵が散るように、形が解かれていった。

 溶けた黒が渦となって舞い上がり、それはやがてひとつの“形”に収束していく。


 それは──黒い、無骨な輪。

 重厚さと冷たい輝きを宿した腕輪だった。人の腕に嵌めるには少し太く、しかし確かに“装備品”としての存在感を放っている。


 俺の足元に、その輪が落ちた。

 カラン──と乾いた音を残して。


 本を握っていた手が、ふと軽くなった。


 気がつけば、その本の姿ももうなかった。まるで最初から存在していなかったかのように、跡形もなく消え去っていた。

 残されていたのは、ただの空っぽの箱。


 静けさが、戻ってくる。

 風もないのに、どこか空気が揺れていた。


 俺はしばし、腕輪を見下ろして立ち尽くしていた。


 静かに膝を折り、足元に転がった腕輪へと手を伸ばした。


 重くもなく、軽すぎるわけでもない──絶妙な重みが、掌に収まる。


 黒く、艶やかに光るその輪は、ただの金属とは思えなかった。ぬるりとした質感の中に、どこか人肌めいた温もりすら感じさせる。不思議と色気がある。鋼鉄でも宝石でもない、もっと本質的な“意思”のようなものが宿っているような、そんな感覚。


 じっと見つめていると、吸い込まれそうになる。


 俺の腕には少し大きいかな、と思いながら、左手首に当てがってみる。


 ──瞬間。


 するり、と輪が微かに光を帯び、音もなく縮んだ。

 違和感はまるでない。ちょうどいいサイズに変化したそれは、まるで最初から俺のものだったかのように、ぴたりと手首に嵌まった。


「……フィット感、悪くないな」


 小さく呟いて、手首を返しながら確かめる。動かすたびに、黒銀の腕輪が微かに輝く。質量の主張はあるのに、動きを邪魔しない。妙な信頼感があった。


 そのときだった。


 ふ、と目の前に淡い光が浮かび、空中にパネルが展開された。


 ────────────────────────────


守主しゅしゅ腕輪おうりん


 種別

 :アーティファクト(装備品/腕輪)


 効果

 :かつて迷宮深層にて遺されし守護者「トレムナ」の魂が宿る、黒銀の腕輪。

 使用者の命に従い、外敵の干渉を退ける強力な結界を展開する。


【契約の鎧】

 :装備者の魂の位相が対象より高位であるとき、自動的に防御障壁を展開し、

 物理・魔術による初撃のダメージを大幅に軽減する。


【鎖のいな

 :高位存在のみに従うという契約精神により、

「自身より低位の魂」による拘束・支配系の効果を無効化する。


【冥鎧の守り】

 :HPが一定以下になると、トレムナの残滓が顕現し、

 一度だけ攻撃を完全に無効化する。


 備考

 :この装備は「魂の契約」により結ばれたものであり、契約者以外には効果を発揮しない。

 また、使用者が「己の魂の格を偽る」ような行いを重ねた場合、契約は静かに解除されることがある。


 ────────────────────────────


 表示されたその内容を、じっと見つめる。


 こういう手段で得られるアーティファクトもあるんだな。

 どこか、呆けた気分で眺める。少し疲れが来ているかもしれない。


 効果のほどは凄まじかった。破格だろう。

 俺に課された“魂の格”という条件。それを裏切れば、たちまちこの力は離れていく。


 力の代償に、俺自身のあり方が問われる。


「……いいな」


 自然と、呟きが漏れた。




 足音がひとつ、こつりと石を踏む音が響く。


「ど、どうなったの……?」

 恐る恐る、といった風に、メイリンが俺の背後からそっと近づいてきた。声には、まだ少しだけ緊張が滲んでいる。


 俺は、ちらりと彼女に振り返り、左手を軽く掲げて──にかっと、少し悪戯っぽく笑ってみせた。


「……どう? いいでしょ?」

 そう言って、手首にはまった黒銀の腕輪を見せる。まだどこか体温を感じるような不思議な感触が、そこにある。


 メイリンは、ぱちぱちと瞬きをしたあと、目を大きく見開いて──ちょっとだけ、頬を膨らませた。


「んもうっ! びっくりさせないでよ! ……心配したんだから」

 怒っているようで、でもその声は安堵に溶けていて、彼女なりの気遣いなのだとわかる。


「それが……さっきの“あいつ”なの?」

 俺は腕輪をちらと見て、軽く頷く。


「ああ。多分。……アーティファクトみたいだ。しかも、契約者──つまり俺専用らしい」


 そう言ってから、俺は周囲をぐるりと見渡した。瓦礫、崩れた床、焦げ跡、そして……もうひとつの静けさ。

 先ほどまで異様な圧を放っていた守主の気配は、跡形もなく消えている。


「……もう、この場に残っているものはなさそうだな。とりあえず、一度集落に戻ろう。アーティファクトは見つかったけど──これは渡すわけにはいかない。というか多分できないし」


 メイリンはこくりと頷いた。


「そうね。もともとは、私たちだけだと不安だったから、案内を頼んだだけだし……でも、あなたがここまで出来るなら、多分大丈夫よね」

 ふっと表情が柔らかくなる。だけどその目は、しっかりと俺を見つめていた。


 そのとき、ふと彼女が視線を逸らし、足元にある何かに気づいた。


「あっ、そういえば……あの箱、念のためあれも持っていきましょうよ」


 そう言って、メイリンはしゃがみ込み、床に残された金属製の箱──守主が最後に遺した、あの箱を抱え上げた。


 俺はそれを見つめながら、小さく息をついた。

 確かに、何か使えるかもしれない。


 頷きながら、箱をしまうメイリンを見た。







 * * *








 遺跡の石造りの入口をくぐり、ようやく外へと出る。


 目の前に広がるのは、緑の光景だった。迷宮内とは思えぬほど木々が生い茂り、枝の隙間から、柔らかな陽光がぽつぽつと地面へと差し込んでいる。

 思わず立ち止まり、俺は空を仰いだ。 


 ──まぶしい。


 ほんのわずかな時間しか籠っていなかったはずなのに、まるで数日ぶりに太陽を浴びたかのような気分になる。目を細め、腕で額のあたりをかざしながら、ふうと息をついた。


「んー、やっぱり外はいいわねぇ」

 隣でメイリンが、肩を回しながら伸びをする。くいっと背筋を伸ばして、思いきり両手を空に突き上げたその姿は、どこか生き生きとしていた。


「……とは言っても、この場所自体、迷宮の中なんでしょうけどね。ぜーんぜん外じゃないのよね、本当は」


 冗談めかして言いながらも、太陽の光を全身で味わっているのが伝わってくる。

 俺は苦笑しながら一歩前へ進み、軽く顎をしゃくった。


「……行こうか」


「うんっ!」


 メイリンがにっこりと笑ってうなずいた。


 森の中を二人並んで歩く。土の匂いと草の匂いが、湿気とともに鼻をくすぐる。空気はひんやりとしていたが、風の中には生命の気配が満ちている。

 モンスターの気配も混じっているようだが、襲ってくる様子はない。


 自分たちの足音と、時折メイリンがぽつりと呟く感想だけが、森の空気をわずかに揺らしていく。

 やがて、木々の合間から建物の影が見えてきた。


 集落──。


 入口には、行きに見かけたあの獣人の見張りが、変わらずの姿勢で立っていた。俺と目が合うと、彼はほんのわずかに首を傾げ、それから無言のままうなずくような仕草を見せた。

 俺もそれに軽く会釈で返す。


 集落の中へと足を踏み入れ、そのまままっすぐ長の家へと向かう。

 やがて俺たちは、迷うことなく長の家の前にたどり着いた。


 木の扉を前にして、俺は軽くノックをする。


 コツ、コツ、と控えめな音が鳴って、しばらくすると──


「おおー、お帰り。どうだった? アーティファクトは見つかった?」


 のんびりとした声が、中から返ってきた。

 扉を開けて中に入ると、奥のゴザの前で座っていた長が、ふわりとした笑みを浮かべてこちらを迎えた。相変わらず感情の読めないその顔立ち。


「まあまあ、座りなよ」


 そう促されて、俺とメイリンは静かに腰を下ろした。

 長の前、対面に座しながら、俺はゆっくりと息を吐いた。


 アーティファクト。守主。腕輪。そして……契約。

 伝えることは色々とあった。




 まずは、あの遺跡の守主について、だ。


 メイリンの話では、この辺りであんな存在を見かけたことはないと言っていた。彼女は少なくとも自分より長くここにいる。にもかかわらず初耳というのなら、やはりあの存在は“異質”だったのだろう。


 そして今、俺たちの目の前には、長がいる。この森そのものについても、詳しいはずだ。


「森の奥──少し進んだ先で、妙な遺跡みたいな場所に出くわしました」

 俺は、静かに切り出した。


「その中で、“守主”と名乗る巨人と戦闘になったんです。……長さん、何か心当たりは?」

 言いながら、自然と背筋が伸びる。


 傍らで、メイリンがアイテムボックスに指先をかざす。空間に軽く手を差し入れ、そこからふわりと取り出したのは、例の箱だった。黒ずんだ金属と、複雑な意匠の蓋。どこかの文明の遺物らしき重厚感。


「ねえ、これ。遺跡で見つけたの。古い武器とかもそこにはたくさんあって……まるで、それを守っているみたいだったのよ。あの巨人」

 メイリンの声は、普段よりわずかに沈んでいた。


 長は、目を細めて箱をじっと見つめた。ふむ、と低く唸るように一つ頷く。

 そして、ぽつりと呟いた。


「……確証はないけど、恐らく、“世界の管理人”の一人だろうね」


 世界の──管理人? 


「管理人……?」

 思わず、口に出してしまっていた。意味が掴めなかった。何をどう“管理”しているというのか。


「うん。そう呼ばれている存在がね、ごく稀に、世界の各地に現れることがあるんだよ」


 長は、窓の外に視線をやりながら語りはじめた。

 陽光が射し込む部屋の中に、彼の声が淡々と響く。


「正確には、“管理”というより、“見守る”存在といった方が近いかもしれないね。神様みたいな大仰なもんじゃない。ただ、自分に課せられた責務を、淡々とこなすだけの存在」


 ……神ではない。けれど、何かを“超えて”いる。

 そう言われても、すぐには理解が追いつかない。きっと、俺の顔にそういう色が浮かんでいたのだろう。


 長は、にこりと笑って、補足するように言葉を重ねた。


「彼らと争うことなんて、普通は起きない。そもそも、ボクも何度か目にしたことがあるけれど、一度だって戦闘になったことなんてない。話しかけても無視されるし、ただ黙って何かを見ているだけだった」


 ……なら、なぜ俺たちは戦うことになったのか。

 その疑問に、長も首をひねる。


「君たちが争うことになったってのは、つまり、“何か理由があった”ってことなんだろう。……もっとも、その“何か”が、何なのかまでは分からないけれど」


 そう言って、湯呑を手に取り、すする音がひとつだけ部屋に響いた。


 俺は、左腕を見下ろす。

 戦いの後、守主は消滅し、その“存在”がアーティファクトとして、この腕輪に宿った。


 再び、左手を掲げる。

 そして静かに口を開いた。


「……彼は、最後にこの腕輪になりました。“アーティファクト”です。これも、何か関係してるんでしょうか」


 冷たい感触が、手首をひんやりと冷やす。

 長はしばし目を細めた後、首を振った。


「さあ……やっぱり詳しいことは分からないよ。けれど、意味はあるだろうね。……そう、無意味にアーティファクトになるような存在じゃない。たぶん、今後何かしらの“かたち”で、応えてくれるんじゃないかな」


 ──応える。


 その言葉に、胸の奥がかすかにざわついた。

 あの戦いの終わり際。守主は確かに、なにか“納得したように”崩れていった。自らを宿すことを、拒むことなく。


 そして、今、腕輪はこの手にある。

 意味があるのなら、それはきっと、これから分かってくるはずだ。


「……様子を、見てみます」


 俺はそう言って、手を下ろした。


「それがいいさ。何ごとも、時間をかけて紐解いていけばいい」

 長は、にっこりと笑って頷いた。




「さて、ところで──アーティファクトは見つかったけど、どうする? 多分"それ"はプレゼントしてくれないんだろう??」

 茶をすする手を止めて、長が俺の左腕を顎で指した。黒い腕輪を指している。


「……はい、だけどこれは譲れません。俺にしか使えないものみたいなので」

 正直にそう返すと、長はにやりと笑った。別に嫌味ではない。どこか納得したような表情だ。


「だろうと思ったよ。で、相談なんだけどさ」

 今度は、隣に座るメイリンの膝の上に置かれた、あの黒い箱に目をやる。


「それ、もらえないかな?」


「……箱、ですか?」


 思わず聞き返すと、長はこくんと頷いた。


「もちろん、案内は任せてくれればするよ。それに──おまけに、ちょっとした“いいもの”も付けようか」


 そう言って、にっこりと笑った。

 ……なんだ? なんでそんなにこの箱が気になるんだ? 


「いやね、さっきの話に戻るけど、あの守主ってヤツ、多分“管理人”の類いなんじゃないかって話をしたじゃない。つまり、その箱はそれと関係があるかもしれない。であれば、中身を詳しく調べる価値があるってわけさ」


 その説明はまあ、理解できる。俺たちにとっては、いまのところ箱の用途はわからないし、手元に置いておいても宝の持ち腐れだ。メイリンに目をやると、彼女もすっと頷いた。


「どうする?」


 小さく問いかけてくる。彼女の中でも、譲っていいという判断なのだろう。

 俺は少し考えてから、長に向き直る。


「その“いいもの”って、どんなやつなんです?」


 すると長は「おっと、それを忘れてた」と言わんばかりに懐をごそごそと探り始めた。


「ほい、これ」


 手のひらに収まる、小さな金属の塊がふたつ。イヤホンのような形状にも見える。


「これはね、距離に関係なく使える通信装置。劣化版ならこのあたりでもたまに見つかるんだけど、これは正規版。しかも、声を出さなくても意思を伝えられるという優れモノさ」


 そう言って、ふたつのうち一つを俺に、もう一つをメイリンに渡す。


 試しに耳に装着してみると──最初こそ異物感があったが、数秒も経たぬうちに感覚が消えた。存在そのものが、耳と一体化したような錯覚に陥る。

 そっと触れてみるが、違和感はない。指は耳の穴に自然と入り、金属部分には触れなかった。まるで“存在しない”かのようだ。


 メイリンの方を見ると、彼女の耳からも通信装置はふっと消えるように溶けて見えなくなった。


 試しに、心の中でぼそりとつぶやく。


『……どうなってるんだ?』


『おおっ!? 聞こえる!? ほんとに! ねえねえ、これ凄くない!?』


 声ではない。意識の奥底に、メイリンの言葉が直接流れ込んでくる。まるで心を共有しているかのように。

 驚いた俺たちが思わず見つめ合っていると、長が愉快そうに笑った。


「はっはっは。驚いたろう? ちょっと練習すれば、思考の中でも“伝えたいこと”と“伝えたくないこと”をちゃんと選んで送れるようになるよ。それに、その二つはちゃんとペアで設定してあるから、誰かと混線することもない」


「……確かに、これはすごい」


 思わず口から漏れた言葉に、長は満足げに頷いた。


 そしてもう一つ、と長が呟くと、すっと腰を上げた。

 そのまま玄関に向かいながら、ちらりとこちらを振り返る。


「外で見せた方が早い。ついておいで」


 俺とメイリンは一瞬だけ目を見合わせる。何かまだあるらしい。


 声に従い、のんびりした歩調の長について外へ出る。視線を向けた先には、見覚えのある鳥顔の獣人が立っていた。


 彼の腕には、片手で持てるほどの、木製の小さな箱が抱えられている。十センチ四方ほどだろうか。飾り気はないが、表面の板には丁寧な細工が施されており、どこか手馴れた職人の気配を感じた。


 その箱を長が受け取ると、数歩だけ離れた空き地へと歩いていき、地面の上にそっと置く。


 何をするんだ、と思ったそのとき、長がこちらを振り返り、軽く息を吸って口を開いた。


「──展開」


 静かな一言だった。が、その直後、箱がカタリと小さく音を立てた。まるで目を覚ましたかのように。


 次の瞬間、木の箱がまるで生きているかのように震え始めた。側面から板がせり出し、天板が持ち上がり、足場が伸び、窓枠が跳ね上がる。みるみるうちにその構造が複雑に変形していき、ほんの数秒後には、そこにはしっかりとした「小屋」が建っていた。


 あまりに唐突で、見事な変形ぶりに、俺は思わず言葉を失った。メイリンも隣で「うそ……」と小さく呟いている。


 呆気にとられていると、背後からからからと喉を鳴らして笑う声が聞こえてきた。


「はっはっは、驚いたろう? こいつ、便利なんだよ。遠征のときなんかによく使っててね。展開して、寝泊まりして、またすぐ格納できる。こう見えて、けっこう優れモノなんだ」

 長はどこか得意げに言った。俺たちの反応を楽しんでいるようだ。


「もちろん、お古で悪いけど……まあ、使えないことはないだろう? サイズも少し小さめだが、臨時の拠点にはうってつけさ」


 俺は小屋をしげしげと見やりながら、小さく頷いた。即席の拠点とはいうがこれはすごい。探索者たちにとって、まさに夢の道具だろう。


「ちなみに、戻すときは『格納』って言えばいい。ちゃんと合言葉と魔力での認識をしてるから、誰かが間違って勝手に開けるってこともまずないよ」

 なるほど、と頷く。


 俺は小屋を一歩だけ踏み寄ってみた。木の板からはかすかに乾いた香りが漂い、陽を浴びたばかりの木材の温もりが伝わってくる。




「さて、それで……どうかな?」

 長が小屋の前で手を払うようにしながら、ふいとこちらに向き直った。その目にはどこか愉快そうな光が宿っている。まるで、狐にでも化かされたような気分だ。


「箱はもらっていいってことで……交渉成立、かな?」


 俺はしばらく黙っていた。

 さっきの通信装置にこの小屋、存外の品々だ。こちらとしては大助かり。

 だけど、そうまでしてあの箱を手に入れたがる長の様子も気になる。


 だが、あの箱を俺たちが持ち続けて何か使えるかというとそれも難しい。

 小さく息を吐き、隣のメイリンへと目をやった。


 彼女も同じように小屋を見つめていたが、俺の視線に気づいてすぐ、わずかに口元を緩めた。そして、何も言わずに一度、静かに頷く。

 それに合わせて、俺もまた首を縦に振った。


「……ええ。譲りますよ、あの箱。それがあなたの望みなら」


 わざと少しだけ言葉を区切ると、長の目が細くなった。


「その代わり、案内の件、それもおねがいしますよ?」

 答えを聞くと、長は愉快そうに口の端を吊り上げて笑った。その笑顔にはしたたかさが滲んでいたが、どこか誠実さもあった。


「もちろんさ。ボクは嘘はつかないよ」


 そう言って、長は手を差し出してきた。

 俺もその手を取り、握手を交わした。


 さあ、色々あったがここから出る準備が整った。

長、渾身の激怪しいムーブ。


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