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ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中-  作者: 鳥獣跋扈


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第43話 アーティファクトを求めて

「じゃあ、次はイトウさんの番ね!」


 ぱっと手を挙げるメイリンは、まるで小学生が授業中に発言を求めるような勢いだった。

 その動きに、ほんの少し“ぴょこん”という音が重なった気がしたのは、たぶん俺の錯覚じゃない。


「あ、もちろん言いたくない情報があったら伏せてもらっていいけど……レベルとか、戦闘スタイルくらいは教えてほしいわ!」


 こちらの様子をうかがうような笑顔。

 とはいえ、さすがに目は笑っていなかった。

 戦力を共有するという意味では、当然の質問でもある。

 ふむ──と一度短く考えを巡らせ、出すべき情報を頭の中で並べ替えてから、口を開いた。


「……レベルは28。戦闘は、短剣を主に使った近接戦闘です。戦闘関連のスキルは……そうですね、自分自身を回復するものが一つあるくらいでしょうか」


 言い終わるや否や、メイリンの表情が一瞬で固まるのが見えた。

 わかりやすいほどに──目を見開き、口がわずかに開いて止まる。


 やばい。

 そう思った俺は、すぐに次の言葉を続けた。

 以前、タケウチたちに伝えた“カバーストーリー”をそのまま使う。


「……あの、特殊な迷宮がありまして。経験値を獲得できるアイテムだけ落とす、そんな敵しかいない迷宮です。残念ながら既に無くなってしまいましたが」


「ほえ〜」


 ようやく動きを取り戻したメイリンが、感心したように声を漏らす。

「経験値だけ落とす迷宮、ねぇ……。まさかそんなものがあるなんて……」


 むむむ、と唸るように眉間に皺を寄せて、腕を組んで考え込む。

 ……この反応は読めない。

 タケウチたちとは違って、彼女は俺より前から迷宮に関わってきた存在だ。

 ある意味で“先達”とも言える彼女に、果たしてこの説明が通用するか──

 正直、半々だった。


 けれど──


「なるほどねぇ。そんなのがあるなんて、迷宮ってやっぱり奥が深いわねぇ!」


 カラカラと笑って、あっさりと受け入れた。

 意外なほどに、あっさりと。


 俺は気づかれないように、小さく、ひとつ息を吐いた。


「なので、レベルは高いですが……おそらく、戦闘経験はメイリンさんよりも下です。実際、第三層の途中までしか到達できていませんし」


 それは本当だ。

 どれだけ数値が高くとも、経験がなければ生き延びられないのが迷宮だ。


「──ああ、メイリンでいいわよ!」


 明るく言いながら、メイリンが軽く胸を張る。

「私の方が年下でしょ? ちなみに、こないだ21歳になったとこ!」


 イエーイ、と両手でピースを掲げる彼女のテンションからは、こんな場所に取り残されているという悲壮感など微塵も感じられなかった。

 俺は、苦笑混じりに頷いた。


「さてさて、んじゃあメインの戦闘はイトウさんにお願いしつつ、私は後衛としてサポートってな感じかしら?」

 言いながら、彼女はもそりと体勢を整え、腰の後ろに敷いていた毛布を軽く叩く。明るくて、どこか人懐っこい笑顔。だが、その裏にある情報の重みに、こちらは自然と慎重になる。


「基本的には、それでいいと思います。ただ……」と俺は一呼吸置いて、彼女の目をまっすぐ見る。

「このあたりの敵の強さや、種類ってどんなものなんでしょう。自分は転移されて以降、気配は感じてましたが、まだ姿を確認していなくて」

 それは、まぎれもなく不安の吐露だった。これまでの層では比較的すぐに敵と出会えていたし、戦うことで情報を得ることもできた。けれど、ここでは妙に静かで、それが逆に不気味だった。


「あー、なるほどね。それはちょっと怖いかも」

 メイリンは頷くと、頬に手を当てて少しだけ考え込む素振りを見せた。


「私も、実はちゃんとは戦ってないの。ここの獣人たちの狩りにちょっとだけ同行しただけでね。でも、少なくとも三層のモンスターよりは、ぜんっぜん強そうだったわよ」

 冗談めかして言ってはいたが、その語尾にはわずかな緊張が滲んでいた。


「見た目だけでも、そんなに?」


「うん。私が見たのは二種類だけだったけど──ひとつは、熊より大きいネズミ。毛がボサボサで、牙が長くて……いかにも病気持ってそうなやつ。もう一つは、犬っぽい見た目の集団。こっちは必ず群れで動いてたわ。五匹とか、それ以上とか」

 彼女の語る情景が、脳裏に描かれる。巨大なネズミ──たぶん、知性のかけらもないような、飢えた獣の目をしたやつ。犬型モンスターの群れは、包囲戦を得意とするタイプか。気を抜けばあっという間に囲まれる。


「特に犬型はね、多数で現れたら本当に厄介。あの獣人たちでさえ、慎重に対応してたくらいだし」

 なるほど、獣人たちが言っていた「縄張りの維持」ってのは、そういう連中を押し返すための活動でもあるのか。


「たださ、私たちが今探そうとしてるのはアーティファクトでしょ? だったら、まずはこの集落の近くを探すことになると思うんだけど……狩りのおかげで、今は周辺の魔物の数も減ってるみたい。だから、そんなに頻繁に出てこないはず」

 言いながら、メイリンは傍に置いてあったバッグを引き寄せ、中を覗いて装備の確認を始めていた。俺も軽く頷き、話を進める。


「わかりました。まずは集落周辺の立地を確認しながら探索を。宝箱を優先するのが良さそうですね」


「うん、メインはやっぱりそれ。ただ、宝箱以外からもアーティファクトが見つかったことがあるって話もあるの。だから、不自然な場所があったら……例えば、壊れた祠とか、意味ありげな岩場とか。そういうの、ちょっと意識して探してみよ?」


「……なるほど。長の方からは、何も教えてもらえないんですか?」

 思わず聞いてしまった。というのも、あの掴みどころのない獣人の長がどれだけ迷宮に精通しているのか、それとも本当に関与していないのか、気になっていたのだ。


「うーん、それがねー……長、ぜんっぜん教えてくれないのよ。もう、ほんと意地悪ってくらい」

 ふくれっ面をして、メイリンが肩をすくめる。その仕草は年相応の若さを感じさせるが、声のトーンからはやや本気の苛立ちも混ざっていた。


 情報の共有は、これで一通り済んだようだった。


 立ち上がり、小屋の扉を開けると外の光が差し込んできた。相変わらず刺すような日差しに少し辟易とする。


「よし、それじゃあ……行きましょうか」


「うん、宝探しの冒険だね!」


 メイリンが軽快に笑い、俺たちは静かに、けれど確かな足取りで小屋をあとにした。







 * * *








 まずは集落の外に出て、周囲の様子を探ることにした。

 昨日、警戒に立っていた獣人の姿は見当たらない。代わりに、やや年嵩と思しき別の獣人が、岩のアーチの脇に立ち、腕を組んでこちらを見守っていた。とはいえ、視線は柔らかく、威圧的な雰囲気はない。おそらく、俺たちのことは既に集落内で共有されているのだろう。こちらの姿を見ても、彼は特に動じた様子もなく、黙って頷いた。


 軽く会釈を返し、俺たちはアーチをくぐる。乾いた岩肌のトンネルを抜けた瞬間、湿り気を帯びた風が肌を撫でた。


 森の香りが、ふわりと鼻をくすぐる。 

 すぐ目の前には、密集した木々が広がっていた。木漏れ日が枝葉の隙間からこぼれ落ち、地面にまだら模様の光を描き出している。森の密度はかなりのものだが、それでも視界を完全に遮るほどではない。これなら探索には支障はなさそうだった。


「さてと、外に出たし……武器は出しておきましょうか」

 メイリンがそう言いながら、ひらりと右手を掲げる。虚空に手を差し伸べたと思った次の瞬間、淡い光が瞬き、彼女の手の中に弓が現れた。

 艶やかな黒の木製フレーム。長さは俺の目測で一メートル弱、ショートボウに分類されるだろうか。装飾は少ないが、無駄を削ぎ落としたその佇まいは、実用性を優先した一級品の匂いを漂わせていた。ただ、弦には一本の矢も番えられていない。

 不思議に思って視線を向けると、彼女はにっこりと笑って弓を掲げて見せた。


「ん? 気になるー? ふふん、いいでしょ、これ! お姉ちゃんのお下がりだけど、四層でも通用する名品なのよ?」

 言葉の端々に、ちょっとした自慢が混じっているのが微笑ましい。


「矢が見当たらないけど……どう使うんです?」

 素直な疑問を口にすると、彼女は嬉しそうに顎をしゃくって答えた。


「魔力変換で自動生成されるの。だから矢筒もいらないし、どこでも番える。しかもね、この弓、小さくて軽いから森みたいな場所でもすっごく取り回しがいいの!」

 確かに、枝葉の多い場所では、長弓よりも小回りが利くショートボウのほうが扱いやすい。だがふと、別の疑問が湧いた。


「でもさ、弓って基本、長さと張力で威力が変わるから、短いってことは威力は控えめなんじゃ……」

 言いかけたところで、彼女が胸を張って答える。


「そのあたりも心配ご無用! この弓は張力じゃなくて、込めた魔力の量で威力が決まるの。私の全魔力を乗せれば……そうね、二層のボスくらいなら一撃で落とせるわよ!」

 さすがに誇張じゃないかと思いながらも、彼女の表情に嘘はない。どうやら本当にそれほどの火力を出せるようだ。


「ただし、そのあとしばらく動けなくなるけどねっ」

 おどけたようにウインクしながら付け加えるメイリンに、思わず吹き出しそうになる。


「それはすごい……けど、普段はそんな全力射撃はしないんでしょ?」


「んー。そうね、相手によって魔力量は調整してるわ。三層で使ってたときは、一日で百発以上撃ってたけど、大丈夫だったし」

 百発……。それだけ撃てるなら、探索中の戦闘には充分すぎる。少なくとも、今この場で頼りにしていい存在だというのはよく分かった。


「了解。じゃあ、俺も準備しとくか」

 俺も手を軽く振ると、空間に亀裂が走り、そこから二振りの双剣が姿を現した。

 銀色の刃が太陽の光を反射して、ひときわ鋭く光る。柄の部分には手になじむ革巻き。


 メイリンがそれを見て、短く頷き、俺たちは静かに歩を進めた。





 * * *





 俺たちはゆっくりと、集落の外周をぐるりと回った。

 中にいるときには、それほど広さは感じなかったこの集落も、外から眺めながら歩いてみると、意外にも距離があることに気づかされる。地面には獣の足跡と、獣人たちが歩いたであろう浅い踏み跡が残っていて、それが森の緑と岩肌の灰に消えてはまた現れる。空気は冷たく、湿り気を帯びた風が草の香りを運んでいた。


 慎重に周囲の様子を伺いながら進む。気づけば、もう一時間近くは歩き回っていた。


 森は相変わらず無言の壁のように続き、その合間に、巨大な岩がときおりぬっと姿を現す。最初に現れたときは少しだけ足を止めて調べてみたが、特に怪しいところは見つけられなかった。岩肌に苔が張りつき、小さな虫がその上を這っている。自然のままのそれは、異様に静かで、逆に不気味なくらいだった。


 ──昨日も、感じていた。あの得体の知れない、何かに見られているような感覚。


 あのときとは違って、獣人たちの気配もなく、今の俺たちは二人きり。だからだろうか、あの気配がまた、じわじわと肌を撫でてくる。誰かが、遠くからこちらの動きを伺っているような……そんな、じっとりとした視線。

 メイリンも、それを感じ取っているのか、口数が減っていた。俺と出会ったばかりでまだ信頼しきれていないだろうし、慣れない環境というのもある。汗がぽつぽつと額を伝い、こめかみに光っていた。

 それでも時折、気を紛らわせるように軽口を飛ばしてくるあたり、彼女なりに気を張っているのが分かる。

 そして、ようやく再び集落の入口にたどり着いたとき——緊張の糸がふっと切れた。


「……ふぅ……」


 思わず、その場にへたり込んだ。足腰に力が入らないというより、心が重かった。張り詰めていた神経が、一気に緩んでいく。


「ふうー……しんどいですね……精神的な疲れが大きい……」

 自分でも呟いた声がかすれているのが分かった。


 メイリンも、少し離れたところに腰を下ろすと、ため息まじりに同意した。


「ほんとよ。人数が少ないぶん、あたしら一人一人の負担が重いわけだし……気を張りっぱなしで肩こりそう」


 その口調は明るさを保とうとしていたけれど、疲労は隠しきれていない。小さな笑い声に混じって、かすかな震えすら感じた。


「とりあえず……治癒、かけておきます」

 俺は小さく呟き、術式を展開した。

 淡い光が、俺たちの身体を包む。あくまで治癒は肉体の負担を和らげるだけで、精神の疲労に効くわけではない。それでも、心なしか呼吸が楽になる気がした。

 メイリンの顔にも、安堵の色が浮かぶ。ゆるゆると表情が崩れ、気の抜けたような声が漏れた。


「あぁ〜……生き返る〜……ありがとね」


 俺はそれに、小さく頷いて返す。

 しばし、二人して森を睨むように見つめた。音もなく風が吹き抜ける。さっきまでの気配は、どこかへ消えたようだ。


「……あまり期待はしてませんでしたけど、やっぱりそう簡単にはいきませんね」


「だね。さすがに、集落のすぐそばにあるなんて都合良すぎるよね」

 彼女はそう言いながら、森の奥をじっと見つめている。肩で息をしながら、しかし視線には決意が宿っていた。


「……多少は無理をしてでも、もう少し奥に進むしかないですね。ただし、無理はしないように」

 俺がそう口にすると、メイリンは「了解っ」とばかりに立ち上がった。


「そうね、いつまでもビビッてばかりじゃいられないもんね」

 そう言って、両腕を勢いよく天に突き上げる。空を仰ぎ見るその仕草に、緊張を払おうとする意志を感じた。


「んじゃあ! もうちょっと行ってみましょうか!」


 彼女が小さくガッツポーズを取って、ぐいと一歩を踏み出す。


「……はい」


 俺は小さく答え、その背に遅れないよう、足を進めた。

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― 新着の感想 ―
矢のない弓よりアイテムボックス使える方がビビるだろw
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