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第4話 初めてのポイント

 さて、あとは帰って飯――。

 そう思いながら、いつもの帰り道を歩き出したそのときだった。


 ふと、道端に転がる銀色のものが視界の隅に引っかかる。


 空き缶だ。

 ブランド名の色がほとんど剥げかけた、潰れた缶コーヒーの缶。

 アスファルトの隙間に引っかかるようにして転がっており、照り返す日差しをほんのわずかに反射していた。


「……ふむ」


 思わず小さく声が漏れた。

 ほんの些細な、普段なら気にもしない光景。

 いや、正確には“気にできなかった”のだろう。

 仕事に追われ、疲れ果て、周囲の風景を風景として認識する余裕すらなかったあの頃。


 けれど、今日は違った。


 コンビニの袋を片手にぶら下げたまま、しばらくその空き缶を眺めていた。

 気持ちは、正直すぐにでも帰って、弁当をレンジで温め、冷たいお茶で流し込みたい。

 腹の虫もさっきから文句を言い続けている。


 それでも、胸の奥に引っかかる、言葉にしづらい“もや”が、じっとりと湧き上がってきていた。


(……拾うか)


 別に、誰かに頼まれたわけでもない。

 偽善というほどの意識もない。

 ただ、今は手を伸ばす余裕がある。それだけのことだった。


 「確か……あの角を曲がったとこに、自販機とごみ箱があったはずだな」


 自分に言い聞かせるように呟いて、しゃがみ込む。

 熱をもったアスファルトから、じわりと蒸気のような空気が立ち上ってきた。

 缶を拾おうと指先を伸ばした瞬間――


 それは、まるで幻想のように起きた。


 缶が、ふっと、淡く光を帯びた。

 ほんの一瞬、空気が揺らめいたかと思うと――缶は、そこから忽然と消えた。


「――は?」


 反射的に、持っていたコンビニ袋が傾きかけ、あわてて手を持ち直す。

 頭が追いつかない。

 目の前にあったはずのものが、次の瞬間には“なかったこと”になっている。


 さっきまでの現実感が、するりと手からこぼれ落ちたような錯覚。

 思わず、唾をのむ。


「な……なんだ……今の……?」


 目を凝らす。周囲を見渡す。

 しかし、缶が消えたこと以外、何もおかしなものはなかった。

 蝉の声はまだけたたましく響き、空は容赦なく照りつけている。


 手のひらをじっと見つめる。

 そこには、缶の触感の名残も、異物の気配も、何ひとつ残っていなかった。


「……俺、疲れてんのか?」


 思わずそう呟いて、乾いた笑いが喉を震わせた。

 とはいえ、幻覚や幻聴にしては、あまりにも生々しい。

 あの一瞬の光、空気の揺らぎ、そして消える瞬間の感触――

 どれも、あまりに現実だった。


 コンビニの袋が手の中でかさりと鳴る。

 視線を戻して、もう一度、缶のあったあたりを見つめる。

る。


 「確かに……拾ったよな、缶……」


 自分自身に確認するように呟く。

 記憶ははっきりしている。銀色の潰れかけた缶、日差しを受けてかすかに光っていた。

 あれを、確かに、手に取った――その直後だった。あの淡い光、そして虚空に溶けるようにして消えた不自然すぎる終わり。



 地面の熱気がじわじわと膝を焼き、再び汗が額を伝い始めた。

 コンビニの袋が、手の中でかさりと鳴っている。たった今まで、腹が減っているというただそれだけの理由で歩いていたのに、今はもうその感覚すらぼんやりとしていた。


 そのときだった。


 空間が、ふっと滲んだ。

 まるで蜃気楼のように、空気の膜が波打つ。

 思わず立ち上がりかけた足が止まり、次の瞬間――目の前に、何かが現れた。


 「……なっ……!?」


 それは、どこにも接続されていない、宙に浮かぶ“パネル”だった。

 厚みも、材質もわからない。ただ、そこにあることだけが異様に明確で、逆に不自然だった。


 半透明のその板は、うすい水色の光を帯びている。

 空中にふわりと浮かび、ゆっくりと揺れていた。


 「今度は……なんだよ、これ……!」


 口から漏れた声が震えていた。

 理屈では到底説明できない現象に、思考が追いつかない。

 幻覚? 熱中症? 夢?


 そんな疑念の波を押しのけるように、目の前のパネルに文字が浮かび上がった。


 ――【ジュース(空き缶) : 1P】

 ――【合計ポイント    : 1P】

 ――【交換可能アイテム一覧】


 文字は明らかに“情報”として構成されていて、シンプルながらもどこか機械的なフォントだった。

 淡く光るそのテキストが、空中に揺らめいている。


 俺はまばたきをして、もう一度読んだ。

 そして確かめるように、ゆっくりと声に出す。


 「空き缶、いっ……1ポイント……?」


 声に含まれる驚きと困惑は、隠そうにも隠せなかった。

 たった今拾った空き缶が、“ポイント”として換算されている?

 それどころか、“交換可能アイテム一覧”? なんだそれは。


「いや、意味がわからん……どういう……」


 まるでゲームのUIを見せられているような感覚。

 俺の生活に、こんな“非現実”が入り込む余地などなかったはずだ。

 なのに、それは確かに目の前に存在し、俺の目に情報を提示している。


 何より――

 この現象が、ただの幻覚ではないことを、どこか直感的に理解していた。


 コンビニ袋を握る指に、じっとりと汗がにじんでくる。

 ぬるい風が吹き抜け、シャツの背中をじわりと濡らす。

 けれど、体の芯が冷えていくような感覚が、汗とは逆に、ぞくりと背筋を走り抜けた。



「……もしかして」


 ぽつりと漏れた言葉が、夏の空気に溶ける。

 俺はゆっくりと周囲を見渡した。

 陽射しは相変わらず容赦なく照りつけているが、今はその暑さすら意識の外に追いやられていた。


 何かを探すように視線を彷徨わせていると、ふと、歩道の端に落ちているものが目に入る。


「……あった」


 思わず、喉が鳴った。ゴクリ、と乾いた音。

 それは、誰もが一度は目にしたことのある、何の変哲もない軍手だった。

 色褪せ、少し汚れた右手分だけ。

 なぜか片方だけ、まるで用済みになったかのように道端に落ちているのは、日常の中でもときどき見かける光景だ。


(……これを拾ったら、どうなる?)


 ゆっくりと、手を伸ばす。

 指先が布地に触れた瞬間――ふっと、風のように軍手が手の中から消え去った。


 まただ。

 目の前に、淡い光を帯びたパネルが浮かび上がる。


 ――【軍手(右手)    : 1P】

 ――【合計ポイント    : 2P】

 ――【交換可能アイテム一覧】


「やっぱり……!」


 確信と驚きが混ざった声が漏れる。

 だが、それはほんの序章にすぎなかった。


「じゃあ、これは……?」


 思いついたまま、先ほど買ったコンビニ袋に手を突っ込む。

 取り出したのは、まだ開けてもいないペットボトルのお茶。

 表面には水滴がびっしりと張りつき、湿り気を帯びたラベルが指先に冷たく貼りつく。

 完全な新品。飲みかけでも、空でもない。


 (これが“ゴミ”じゃないなら、どうなる?)


 試しにしばらく握りしめてみる。

 「消えろ」「変換」「ポイント化」……いくつか心の中で念じてみるが、何も起きない。

 光も、揺らぎも、気配もなし。


「……やっぱ、ダメか」


 そう呟きながら、ペットボトルを元の袋に戻す。

 次いで、周囲にもう一度目を向けた。

 すると、数歩先――電柱の根元近くに、潰れた空のペットボトルが転がっているのが見えた。


(……意識して見れば、結構落ちてるもんなんだな)


 思いながら、無造作にそれを拾い上げる。

 すると、期待通り――またしても、手の中からすっと消えた。

 そして、目の前にパネルが浮かぶ。


 ――【ジュース(空きペットボトル)    : 1P】

 ――【合計ポイント            : 3P】

 ――【交換可能アイテム一覧】


 文字が並ぶたびに、何かが腑に落ちていく感覚がある。

 ルールが見えてきた。

 この“何かを変換できる能力”には、はっきりとした基準がある。


 新品ではダメ。

 ただの所有物でもダメ。

 捨てられたもの、忘れられたもの――そう、“ゴミ”でなければ消えない。


(ゴミじゃないと、ダメなんだな……)


 そう心の中で呟いたとき、胸の奥がほんの少しだけ、ざわついた。


 この力はいったいなんなのか。

 なぜ、こんなルールが存在しているのか。

 そして、これを使いこなした先に、何が待っているのか――


 答えはまだ、どこにもない。

 だが今の俺は、はっきりと感じていた。


 これは、ただの偶然なんかじゃない。始まりだ。



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― 新着の感想 ―
ダンジョンの中以外のごみもポイントにできるなら、ごみ処理場や埋め立て地で働いたほうが人類の役に立つし、ポイントもいっぱい稼げるのでは・・・
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