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ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中-  作者: 鳥獣跋扈


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第35話 七所第二層に向けての準備と政府のアレコレ

 夜。

 自宅に戻った俺は、静まり返った室内で荷物の整理をしていた。


 照明を落としたリビングに、デスクライトの柔らかな光だけがぽつりと灯っている。

 テーブルの上には、今回の探索で手に入れた戦利品。

 使い込んだリュックから中身を一つずつ取り出しては、改めてその価値と意味を確認していく。


 結局、今回獲得したアイテムのうち、一部は俺が引き取り、残りは換金という形で処理してもらうことになった。


「……さて、と」


 静かに独り言を漏らしながら、手元に残した三つのアイテムを見つめる。


 一つは、黒蟻の短剣。

 刃渡りは短いが、黒光りする独特の素材感に、どこか生々しい気配が漂っている。

 軽くて扱いやすく、攻撃力も今までの短剣に比べて倍近い。


 二つ目は、あの鍵。

<銅の鍵>と名付けられたそれは、ずしりとした重みと微かな鈍色の光を持っていた。

 三鷹の第二層で偶然手に入れたそれを、なぜ持って帰ってきたのか。


 理由は単純だった。

 ──もしかすると、七所の迷宮にも同じような「鍵の扉」があるかもしれない。

 そう考えられたからだ。


 もちろん、自衛隊側で持っていくことも考えたが、踏破効率を考えて、俺が持つことになった。


 そして三つ目は、<スキル球:治癒(最下級)>。

 これに関しては、譲る気はなかった。


「……ソロで潜るなら、回復手段は必須だしな」

 小さく呟いた声が、暗い室内に染み込むように消えていった。


 もちろん、ポイントで交換することも可能だったが、新たに手に入れることにしても説明が面倒だ。

 であれば、最初からもらった方がこちらもやりやすい。


 ちなみに、帰り際にスキル球はすでに使用済みだ。

 しっかりと“スキルとしての習得”が完了したことを確認した後、試しに軽傷を負っていた隊員の腕に使ってみた。


 結果──予想以上だった。


 切り傷はたちまち癒え、痛みを訴えていた隊員の表情が、すっと和らいだ。

 それだけじゃない。

 その日、演習で疲れ果てていた若手の隊員が、スキルの効果範囲に入っていたようで、終盤には明らかに足取りが軽くなっていた。


「……体力の回復効果がかなりありがたいな」


 思わず口元が緩む。

 これなら、継続戦闘にも使える。

 回復スキルがあるという事実だけで、行動範囲もリスク管理も一段階上げられる。

 今後の展開に備えた、十分すぎる布石だ。


 さて──


 次は、第二層で新たに解放されたポイント交換の内容を確認する番だ。


 第二層の情報が記録されたことで、俺の手持ちのパネルにも新しいアイテムが並ぶようになった。

 その中には、今日見つけた黒蟻シリーズの装備のほか、おそらく<レア枠>と思われるものがいくつか表示されていた。


 パネルの光が目の前に浮かび上がる。

 半透明のウィンドウに、詳細がひとつずつ並んでいく。


 ──【上質な黒蟻シリーズ     : 3,000~6,000P 】

 ──【臆病蟻の脱出穴       :10,000P 】

 ──【黒腕の手甲         :15,000P 】

 ──【黒蟻の強壮薬        :20,000P 】

 ──【玄甲の壁盾         :22,000P 】

 ──【導殻の勾玉         :50,000P 】

 ──【スキル球:水流(下級)   :75,000P 】

 ──【スキル球:治癒(下級)   :75,000P 】

 ──【スキル球:土棘(下級)   :75,000P 】


「……ふむ」


 スキル球はレア枠として下級のものが出る可能性があるらしい。タケウチ達には頑張ってもらいたいものだ。

 俺自身も、治癒の下級くらいはとっておいてもいいのだが……


 パネルを前に、俺は腕を組んだまましばし黙り込んでいた。

 頭の中で、数字が静かに巡っていく。


 ──現在の所持ポイント、約十二万。


 決して少なくはないが、だからといって気軽に使える量でもない。

 いざという時の備えとして、ある程度は残しておく必要があるし、どうせなら効率のいい使い方をしたい。

 無駄遣いは厳禁だ。


 表示されているアイテム群を順番に目で追っていく。

 どれも一癖も二癖もありそうな、見慣れない品々ばかりだった。


 その中で、俺の目が自然と止まったのは、二つの名前。


 ──【黒蟻の強壮薬:20,000P】

 ──【臆病蟻の脱出穴:10,000P】


「……これか」


 小さく呟きながら、指先でその表示をタップする。

 詳細は、ない。

 名前とポイント数、それだけ。


 想像するに、強壮薬という名前からすれば、体力を底上げするような代物か。

 常時か、あるいは一時的かは分からないが役立つことは間違いない。


 だが、それがどんな効果で、どれだけ持続するのか。

 場合によっては今の俺には持て余すかもしれない。


 一方、もう一つの「脱出穴」は……名前からして、たぶん転送系の道具だろう。

 逃げ道の確保。

 それは、ソロで迷宮に挑む俺にとって、生命線とも言える要素だ。


「……使い捨ての可能性は高いが、それでも持っているだけで安心感が違う、か」


 決意を込めてパネルをタップ。

 交換を選択した瞬間、視界の前に光が一閃し──次の瞬間、カードが一枚、空中に浮かび上がった。


 手のひらにすっと収まるサイズ。

 ちょうど、ステータスチェッカーと同じくらいの大きさだ。

 表面には、デフォルメされたコミカルな蟻のイラストが描かれている。

 その愛嬌ある表情と、アイテム名とのギャップが妙に印象的だった。


「……臆病な蟻、ね」


 カードをひっくり返してみる。

 裏面は真っ白で、何の記載もない。

 ツルッとした質感で厚みもある。


「特にアナウンスや、発動の説明もないか……まあ、そんなもんだろうな」


 肩をすくめながらカードを元に戻す。

 明日の探索で、実際に使ってみるしかなさそうだ。


 テーブルの上を軽く整理し、リュックに最低限の装備などを詰め直す。


「……さて、そろそろ寝るか」


 立ち上がり、電気を消して、寝室に向かった。

 窓の外では、夜風が小さくカーテンを揺らしている。

 布団に潜り込み、目を閉じた。


 明日は七所迷宮・第二層。

 未知の空間。未知のモンスター。未知の収穫。

 期待を抱きながら、静かに眠りについた。





 * * *






 会議室の扉が静かに閉まる音が、硬質な壁に反響した。


 部屋の中心には、重厚な木製の楕円卓が据えられ、その向こう側に三人の男たちが腰を下ろしている。

 それぞれに年季の入ったスーツを身にまとい、顔には年齢相応の皺と、長年の実務経験に裏打ちされた威圧感が滲んでいた。

 中央に座る初老の男が、ゆったりと椅子にもたれかかりながら声を発する。


「すまんね、タケウチくん。色々と忙しい時期だろうに」


 重い空気に反して、口調は柔らかだった。

 だがその響きの奥にあるのは、単なる謝意ではなく、重責を承知で預ける覚悟だった。


 タケウチは、彼らと対峙するように立っていた。

 姿勢は一分の隙もなく直立し、紺の隊服をきちんと着こなしている。

 背筋を伸ばし、視線はまっすぐ。まるで訓練中の軍人そのものだった。


「報告書については読ませてもらっているよ。七所に続いて、三鷹での成果、ワシらとしても助かる」


 老練な声が再び響き、続いて左側の男が口を開く。


「ああ、三鷹の一層についての情報は、ほぼ掴んだと見ていいだろう。地図に、敵性存在の分布、推奨される装備や必要レベル……どれも的確だった。七所との違いはあれど、地形に関しては共通点も多く、あちらは毒にさえ注意すれば、難易度に大差はない」


 その男は手元の紙資料を一枚一枚めくりながら、時折目を細めて確認していた。

 指の動きには熟練した所作があり、資料の内容を正確に頭へと焼き付けている様子だった。


 三人目の男が口を開くのは、そのすぐ後だった。

 肘を卓に付き、顎の下に手を添えた姿勢で、やや飄々とした雰囲気をまとっていたが、その目には冷静な観察力が光っている。


「イトウくんとも良好な関係を築けているようで何よりだ。アイテムの買取もこちらに回してもらっているようだし、先遣隊としては申し分ない。破竹の勢いで迷宮の攻略が進んでいるのはなによりだ」


 少し間を置いて、男は鼻を鳴らした。


「……もっとも、“協会”の連中が調子に乗ってるのは腹立たしいがな。奴ら、手に入れたアイテムは“国に納めるべきだ”なんて言い出してる。アーティファクトが出ていないことにも、えらく不満らしい」


 タケウチは表情を変えずに聞いていた。

 この種の不満や政治的な駆け引きには慣れている。

 黙っていれば、いずれ相手が言いたいことを吐き出すのも分かっていた。


 最初の老人が再び言葉を紡ぐ。


「あちら側は金をちらつかせておけば、ひとまず静かになるだろう。問題は──こちらだ」


 そう言って、彼が手元のリモコンを操作すると、会議室の壁に設置された白いスクリーンにプロジェクターの光が反映された。


 表示されたのは、一人の金髪の女性。

 整った顔立ちに、どこか気高さと自信を感じさせる笑みを浮かべていた。


「サマンサ・カーター。アメリカ人、22歳。大学卒業後、写真家の父親と共に各地を放浪中に、野良の迷宮を偶然発見。しかも、偶発的に中へ入り込み、そのまま“第二層まで踏破”してしまった」

 中央の男が、ため息混じりに言葉を続けた。


「その後、アメリカでは彼女を初の公式探索者として登録。発表はされていないが、現時点での最高到達層は第四層らしい。レベルや詳細は非公開のままだが……今の君たちの状況からするに、かなりの実力者だろう」

 写真の彼女は、プロジェクターの光の中でまるで嘲笑うように笑っているようにも見えた。


「……彼女が、今度の会談でのアメリカ側の同行探索者だ。先ほどのプロフィールも、それに合わせて送られてきたばかりだ」


「日米の力関係は、迷宮の件がなくても微妙なものがある。我々としては“協会”に乗る形ではあるが、迅速に物事を進めなければならない」


 椅子に深く沈み込んだ男たちは、それぞれに渋い顔を見せていた。

 年齢を重ねた者にしか出せない、“見通しの悪さ”に対する倦怠と焦燥が、その沈黙に混じっていた。


「政府も、協会発足の促進と国内探索者の育成を急務としている。すでに予算案も動き出している。迷宮関連の研究や訓練設備の整備は、次の国会で通すつもりらしい」


「発足は春。民間を含めた本格的な運営開始は、早くて初夏になるだろう。あと三か月、いや、実質は二か月しかないと考えた方がいい」


「……今でも無理を頼んでいるのは承知している。それでも、できる限り準備を進めておいてくれ」


 タケウチは眉一つ動かさず、整った所作で敬礼を返した。

「……委細、できうる限り進めてまいります」

 そして、ほんのわずかに声のトーンを落としながら、続ける。


「ところで、三鷹迷宮の視察についてですが……」


 会談に向けての準備は着実に進んでいる。

 だが、その前段階として予定されていた視察計画については、未だ具体的な日程が下りていなかった。


 それに対し、中央の男が手のひらを上げて応じる。


「ああ、そっちは最終的に三か国に絞った。アメリカ、中国、オーストラリア。問い合わせ自体は十を超えていたが、さすがに全てを受け入れるわけにはいかんからな」

 椅子の背に身を預けたまま、やれやれといった様子で肩を落とす。


「承知いたしました。では、その三か国の受け入れ準備についても、並行して進めます」

 タケウチが再び敬礼し、踵を返して会議室を後にする。

 彼の背中が扉の向こうに消えたその瞬間、プロジェクターの中の金髪の女が、より一層濃く笑みを深めたように見えた。


 その笑みは、まるで──高みから挑発しているような妖艶な笑みだった。

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― 新着の感想 ―
物語としてはそれなりにサクサク進んでる現状の描写の方が面白い。 ただ、リアリティ求めるなら下級スキル程度気軽に購入して無駄遣いかどうか考えるまでもない程度の貯蓄たまるまで先に進むべきじゃないとも思う。…
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