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第2話 ポイント交換でレベルアップ

「いやぁ……今日の稼ぎも、なかなか旨かった」


 夕暮れ――といっても太陽が沈まぬこの第三層では、

 “時間の感覚”はあくまで体内時計によるものだ。

 テントに戻った俺は、ざっくりと肩を回して伸びをひとつ。

 取引を終えたあとの、心地よい疲労感とともに、地面に敷いたマットへと腰を下ろした。


 交渉は、まあ想定通り。

 数人とは値の折り合いがつかなかったが、それも含めて織り込み済み。

 目的の品は押さえたし、余剰在庫もほとんど捌けた。


 「さて……本日の上がりを見せてもらおうか」


 そう呟くと、指先を軽く鳴らす。

 直後、視界の中心にふわりと半透明のパネルが現れた。うっすらと水色を帯びたそれは、空中に浮かびながら静かに情報を映し出す。


  ・

  ・

  ・

 ――【回復薬(空き瓶)   :10P】

 ――【壊れた真鉄の剣    :1,500P】

 ――【所持合計ポイント   :2,010,225P】

 ――【交換可能アイテム一覧】


 数十件に及ぶ取引ログの最後に、合計ポイントが高々と表示された。


「おぉ、久々に……200万乗ったか」


 軽く目を細め、思わず口元が緩む。

 初めて空き缶一本を1ポイントで回収した時のことを思えば、この数字の達成感はひとしおだ。


 「そろそろ、次の階層に挑む頃合いだな……」


 呟きながら、パネルに浮かぶ【交換可能アイテム一覧】を指先でタップする。

 ピッ、と軽い音がして、パネルが一度揺らぎ、新たな一覧が展開された。


 「確か、次のレベルまでの必要経験点が……100万弱、だったか」


 リストの中から、目的の品を探す。

 名前は覚えている。“経験値変換球・上級”。

 目を凝らしてスクロールし――あった。


 タップ。


 瞬間、目の前に小さな光の渦が生まれ、それが収束すると、手のひらほどのサイズの虹色の球体が、ふわりと宙に現れた。


「……おぉ、派手だねぇ。さすがは100万経験点分」


 光は粒子のように表面を巡り、ゆっくりと色を変えながら輝いている。

 まるで意志でもあるかのように脈動しているその姿に、少しばかり昔の自分を重ねて笑った。


「1000経験点の球ひとつに、ビクビクしてた頃が懐かしいもんだ」


 そっと手を伸ばし、その球体を掌に乗せる。

 指をすべらせ、握り込むように力を入れると――


 ぱん、と無音の破裂のような感触とともに、球体は光の粒子となって弾けた。

 次の瞬間、光は身体の各所へ吸い込まれていき、目には見えない熱の奔流が全身を駆け巡る。


 「……ふう」


 数秒の沈黙。

 そして、手を開閉しながら、変化した肉体の“内側”を確認する。

 指先まで神経が澄み、視界がわずかに冴えている気がした。


 「これでよし、と」


 念のため、俺は胸元の内ポケットからチェッカーを取り出す。

 薄型のカード状の装置。掌で包み込むように軽く握ると、表面に浮かび上がる文字列。


【種族 :人間】

【レベル:56】

【経験点:24,066,802】

【体力 :352(+5)】

【魔力 :124(+2)】

【筋力 :268(+3)】

【精神力:366(+6)】

【回避力:652(+9)】

【運  :23(+1)】


「お、運も上がってるじゃないか」


 思わず声に出して、嬉しげに頷いた。

 この“+”の補正値は、レベルアップ時の上昇値で、上り幅はランダム。

 だが、素質やらなんやらで方向性が変わるらしい。

 運については見ての通り、他のステータスに比べて上がらないときのほうが多い代物だ。


 ちなみに――と、思い出す。


 さっきのゴトウ。彼のチェッカーを以前覗いたときの数値は、確かこんな感じだった。


【種族 :人間】

【レベル:15】

【経験点:7,802】

【体力 :92】

【魔力 :8】

【筋力 :65】

【精神力:42】

【回避力:28】

【運  :3】


 ……思わず苦笑が漏れた。

 ステータスも言わずもがなだが、取得経験点の差が大きすぎる。


 経験点。成長のための糧であり、この世界の“見えない通貨”とも言えるそれは、

 レベルが上がるごとに、問答無用で要求してくる。



 “普通の人間”――つまり、ごく一般的な冒険者が経験点を得る方法は、ごく限られている。

 最もオーソドックスで、最も確実なのは、やはりモンスターの討伐だ。


 迷宮内に出現する異形の存在たち。

 剣で斬る者、魔術で焼く者、時には数人がかりで連携して撃破する。

 そのたびに、討伐した者の手元に“経験点”が加算される。


 「まるでゲームだな」とは、誰が最初に言い出したのか。

 だが実際、その言葉は的を射ている。

 なにせ、モンスターは経験点だけでなく、時折――アイテムを落とすのだ。


 傷ひとつなく現れる魔導書。

 光を帯びた金属片。

 形状も素材も統一されていない、明らかに“そこにいたモンスターの一部ではない”何かが、ポロリと残される。


 きわめて非科学的。

 常識を真っ向からぶち壊す現象。


 迷宮が発生し始めた当初、年配連中や学者たちは、この不条理をどうにか解明しようと躍起になった。

 重力場、量子干渉、未知の粒子、錯覚、人工現象説――

 ありとあらゆる仮説が飛び交い、研究費が湯水のごとく注がれた。


 「どうせ“次元の歪み”とか言って誤魔化すんだろ?」

 と、当時俺は嘯いた記憶がある。


 結局のところ、謎は謎のままだ。

 科学者たちは今でも迷宮の前で悩み続けているが、俺たち実働組はというと――


 「まあ、落ちるもんは拾うし、使えるもんは使うよな」


 そんな感覚で、日常としてこの“現象”を受け入れている。


 それに、アイテムが出るのはモンスターからだけじゃない。

 迷宮の内部には、ときどき“宝箱”が現れる。

 木製で、金具が打ってあって、ちょこんとフタのある、まさに絵に描いたようなそれ。

 場所も唐突なら、出現もランダム。

 まるでゲームの設置物みたいな見た目に、最初こそ皆目を疑ったが、今では見慣れた光景だ。


 だが、その中身はというと、時にとんでもない価値を持っていた。


 迷宮内の戦闘や探索に必要な道具――だけではない。

 中には、外の世界で“実用的”とされたものが、確かに存在していた。


 病を癒す効果を持つ薬草。

 異常な強度を持つ布地。

 自然界には存在しない結晶や合金――


 「現実に戻っても使える」

 その一点こそが、アイテム市場を狂わせる最大の理由だ。


 迷宮アイテムの価値は、

 “この世界”と“あの世界”の境界を曖昧にするものとして、絶えず注目されている。


 だからこそ、戦う者は皆、こう言う。


 「経験点も大事だが――アイテムが本命」


 それが、現代の探索者たちの、無言の共通認識だ。



* * *



 一部ではあるが――

 迷宮から出土したアイテムの物質構成について、ある大学の研究機関がついに、

 未知の分子構造の存在を突き止めたらしい。


 「全く新しい、天然界に存在しない結合形式だ」とか、

 「既存理論では説明できない安定性を持つ」とか――

 学会は一時、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 まあ、俺たち実働組にとっては、分子構造がどうのこうのなんて、正直どうでもいい話だったが。


 重要なのは、迷宮産のアイテムが“実際に使える”という事実だ。


 それが証明されたことで、潮目は劇的に変わった。


 はじめのころ、世間は口を揃えてこう言っていた。

 「危険すぎる」「構造も起源も不明な代物は、到底使用できない」

 新聞もテレビも、学者も役人も、揃いも揃って否定的だった。


 だが――


 いざ、実用品としての“実績”が積み上がってくると、人間というのは、実に欲深い生き物だ。

 使えば治る薬。折れない剣。自浄作用を持つ繊維。

 それらが本物であり、再現性があり、しかも“売れる”とわかった瞬間、態度が豹変した。


 「この技術を民間に応用できないか」

 「国家レベルで管理すべきだ」

 「迷宮資源の保護を法整備で進めるべきだ」

 ――などと、急に立派な顔をして、利権の取り合いが始まったのだ。


 それはもう、目が回るほどのスピードだった。


 法整備は瞬く間に整えられ、アイテムの出処管理や買取制度が全国レベルで構築された。

 探索者登録制度、階層ごとの許可制、安全管理基準――

 あれだけ日頃やる気のなかった官僚連中が、異常なまでの“優秀さ”を発揮して、

 制度を固めていった。


 「おいおい、どこ行ったよ。あの、責任取りたくないからって黙ってた連中はよ」


 かつての騒ぎを知る者たちは、皆そう口を揃えて笑った。

 もちろん俺も、そのひとりだった。


 だが、笑いながらも、内心では苦笑していた。

 なぜなら――この流れこそが、“人間らしい”と思えたからだ。


 危険なものでも、有用だとわかれば掌を返す。

 誰よりも早く独占したがる。

 そして、その利権を法という名の柵で囲って、“管理”の名目で支配する。


 そんな異様な価値を持つアイテムたちを――

 俺は、この手の中、いや、このパネル上で自在に取得することができる。


 方法はいたってシンプル。

 “ゴミ”を使う。ただそれだけ。


 指先を伸ばせば、宙に浮かぶ半透明のパネルが応える。

 まるでスマートグラスのように操作できるそれは、

 今や俺にとって最も頼りになる“資産管理ツール”だ。


 もちろん、何でもかんでもポイントに変えられるわけじゃない。


 条件がある。


 ――「自分が手にできる範囲のもの」で、かつ、

   「それが“ゴミ”と認識されている」こと。


 この縛りには最初こそ頭を抱えたが、慣れてしまえばなんてことはない。

 むしろ、それを“どう応用するか”が、この世界で生きるための肝だった。


 面白いのは、どんなに壊れていようが、使用済みだろうが、

 ポイント換算は新品と同じだということ。


 例えば回復薬の空き瓶でも、効果が完全に消えた護符でも、

 その“本来の価値”の約100分の1が、ポイントとして換算される。


「ゴミひとつで、未来が買えるってんなら、随分と都合のいい話だよな」


 テントの中、ランタンの灯りに照らされたパネルを前に、俺はひとりごちる。

 この異常なシステムが、いつからどうして存在しているのか、俺にはわからない。

 ただひとつ言えるのは――利用できるなら、とことん利用するまでだということ。


 今では俺は、“回収屋”“交換屋”として名を売っている。

 迷宮内で拾われる“価値のないもの”――つまり、一般的に言う“ガラクタ”を、

 現金や有用アイテムと引き換えに買い取っている。

 表向きは「物々交換」だが、裏ではパネル経由でのポイント化が主目的だ。


 現金なんかは、まあ、普通に外で流通している。

 だが――アイテムは別だ。


 普通の連中がアイテムを手に入れる手段は限られている。

 モンスターからのドロップか、運よく宝箱を見つけるか。

 あるいは市場で出回ったものをオークションや業者から買い取るか。


 だがこの世界では、実用品でさえ流通量が不安定で、

 日常的に使わない“レアアイテム”に至っては、落札までに金も時間も手続きも、山ほどかかる。


 「その点、俺のところは違う」


 テントの奥に積まれた木箱の中には、既にいくつか予約品が仕込まれていた。

 事前に欲しい物を伝えてくれれば、俺がポイントで交換して在庫を確保する。

 多少割高だが、確実だ。誰かと札を競り合う必要も、煩わしい手続きに時間を取られることもない。


 しかも、交換のついでに――いらなくなったアイテムまで処分できるときた。


 「これで使わない手はない、ってもんだろ?」


 思わず口元に笑みが浮かぶ。

 ――だが当然、良いことばかりじゃない。


 ゴミの回収という名目で、俺が集めている物の中には、

 協会や政府が“危険物”と分類しているものも少なくない。

 人知を超えた構造を持つ欠片や、反応不能な魔導具の残骸。

 そのいくつかが“再利用される可能性がある”とは、表向きには公表されていない。


 おかげで、俺は国営の管理機関からは目をつけられている。


 「危険物の不正所持の可能性がある」「非認可の転売行為」「アイテムの違法再流通」――


 ありがたいことに、今のところは警告どまり。

 表立った捜査や処罰はない。

 だが、背後にじっと張りついてくる視線の数が、日ごとに増えているのも感じている。


 「まあ……今の俺ならどうとでもなるか」


 パネルを指先で弾き、ぼんやりと輝く画面を閉じる。

 

 俺はほくそ笑みながら、このパネルが初めて自分の前に現れた時のこと、

 そして、迷宮が初めて世に出てきた時のことを思い出していた。



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