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第15話 レベル1の跳躍、レベル28の沈黙

「試練」を討伐するという方針が決まり、現場はにわかに慌ただしくなっていた。

 俺はその隙間を縫うようにして、装備の整備を済ませさせてもらった。


 といっても、大した装備があるわけじゃない。

 毒で動けなくなった隊員のひとりから、サバイバルベストを拝借しただけだ。

 防御性能が高いとは思えないが、少なくともポケットが多いのはありがたい。

 何か拾ったアイテムを収納しておけるし、体にもほどよくフィットしている。サイズが合ったのは幸運だった。


 武器については当然、銃は持たせてもらえなかった。まあ、当たり前だ。

 いくら状況が異常とはいえ、素性も訓練歴も不明な一般人に銃火器なんて渡せるわけがない。

 それでも、最低限の護身具ということで、アーミーナイフを一本だけ貸与された。

 刃渡りは十数センチほど。お世辞にも戦闘向きとは言えないが、ないよりはずっとマシだ。


 装備を確認しながら、胸の内で小さく息をついた。

(……どうなるかと思ったが、何とか同行できそうで良かった)

 あくまで「アイテム運搬係」という名目ではあるが、隊列の後ろから随行できるのは大きい。

 現場にいれば、いざというときに介入する機会もある。今の俺の立場では、それだけでも十分だった。


 ふと、視界の端に動く影があった。

 振り返ると、回復の兆しが見えてきたクスノキが、こちらに歩み寄ってくるところだった。


 顔色はまだ万全とは言えないが、それでも先ほどまで地面に伏せていたとは思えないほど、しっかりとした足取りだ。

 何より、その瞳に再び光が宿っている。


「イトウさん、大丈夫ですか。無理、しないでくださいね」


 心配そうに見上げながら、そっと声をかけてくるその様子に、思わず口元がゆるんだ。


「大丈夫ですよ。俺はあくまでお手伝いですし、危なくなったらすぐ逃げますから」

 努めて明るい調子で、彼女の不安を打ち消すように返す。


「それに……人手が足りない今、少しでも役に立てるならやらないと、って思ってるんです」


 少しだけ目を伏せながらそう言うと、クスノキは表情を曇らせた。


「……そう、ですよね。でも、すみません。せっかく皆のために頑張ってくださるのに、水を差すような真似を……」


 俯き加減に呟くその言葉が、妙に胸に残った。

 けれど俺は、少しだけ肩をすくめて、できる限り柔らかい声で答える。


「いえいえ。むしろ、気にかけてくれてありがとうございます。……頑張りますよ」


 その言葉に、クスノキは小さく微笑み、うなずいた。


「……私も、少し体が動くようになってきましたから。医療班のお手伝い、してきますね」


 そう言い残して、軽く礼をして去っていった。

 小さな背中が、再び役割を求めて歩き出していく。その姿が、不思議と頼もしく見えた。


(……さて、俺も、やれることをやるか)


 手元のアーミーナイフをそっと握りしめ、ベストのジッパーを上げた。

 何が起きてもいいように、気持ちを切り替える。


 * * *


 しばらくして、迷宮の奥から足音が複数──それも、どこか焦りを帯びた調子で近づいてくるのが聞こえた。


 視線を向ければ、薄暗がりの通路から人影が次々に現れる。先遣隊の面々だ。

 総勢八名、誰ひとり欠けることなく戻ってきたようで、まずは胸を撫でおろす。


 ただ、その姿は一様にどこか荒れていた。

 衣服の裾は土埃にまみれ、銃を構える腕には細かな擦り傷。

 顔つきは険しく、動揺というよりは緊迫感──何かしらの戦闘があったことは一目で察せられた。


 隊列の先頭を歩くミツイ二尉が、まっすぐにタケウチのもとへと向かう。


「先遣隊、八名全員帰還しました!」

 まずは一礼し、きびきびとした口調で報告を始める。


「ですが──予想外の事態が続出し、報告とすり合わせをしたく思っていたのですが……そちらも、大変だったようですね」


 そう言って、医療班のテント方面に視線を向ける。

 その先では、毒に侵され、いまだ苦しむ隊員たちが布にくるまり横たわっている。


 タケウチは無言でうなずくと、軽く手を上げて周囲の動ける隊員たちに声をかけた。


「ミツイの報告に合わせて、こちらの状況も共有しておこう。全員、集まってくれ」


 少しざわついた空気の中、俺もそれとなく彼らに混ざって輪に加わる。

 タケウチは数秒間全体を見渡し、それから改まった調子で口を開いた。


「まず、こちら側の変化として、一般参加者のひとり、イトウさんが状況を鑑み、自発的に協力を申し出てくれた」

 そう言って、俺の方をちらりと見やる。


「戦闘には参加させないが、物資の運搬や軽作業を通じて支援してもらう予定だ。全員、了承しておいてくれ」


 数人の視線が俺に向けられるのを感じた。

 好奇と警戒が半々といったところだろう。

 中には明らかに不安げな目をしている者もいたが、口を開いて異議を唱える者はいなかった。


 俺は一歩前に出て、簡単に挨拶をする。


「イトウといいます。ご迷惑をおかけしないよう、できることをやらせてもらえればと思います。よろしくお願いします」

 そう言って、軽く頭を下げた。


 どこか場に硬さは残ったままだが、誰かが小さくうなずくのが見えた。

 この状況下で文句を言っても始まらない。

 そう、誰もが分かっているのだろう。


(あとは、行動で信頼を得るしかないな……)


 胸の奥で小さく、そう自分に言い聞かせる。

 今はまだ、俺はただの“協力者”だ。



 全員が集まった中で、タケウチが一歩前に出ると、少し声を張って話し始めた。


「さて、こちらの報告だが……」

 その第一声で、場の空気が引き締まるのがわかった。


「見ての通り、あの後戦闘が発生した。

 最初に出てきたアリとは別種──蛾のような巨大な生物だった。

 毒を持っていてな、複数の隊員がやられた」


 隊長の口調は冷静だったが、視線の端でちらりと寝込んでいる隊員たちへ目をやっているのが見えた。

 苦しげなうめき声が、テントの中から時折こぼれてくる。


「その戦闘中、一部隊員に新たな“パネル”の出現が確認された。

 同時に、撃破した敵から“アイテム”が現れることも確認した。

 状態異常回復薬……これは毒に対して効果があるようだ。ただ、数が少ない」

 その言葉に、何人かが不安げに顔を見合わせる。


「また、回復薬と呼ばれるアイテムによって重症の隊員たちの容態が改善した。

 これは良い報告と言えるだろう。

 さらに、“ステータスチェッカー”というアイテムも発見されたが、詳細は後に回そう」


 タケウチは一息にそこまで言い切ると、ゆっくりとミツイに視線を向けた。

「当面はこちらのアイテムの収集と、並行して“試練”の討伐を視野に入れた行動を考えたい」

 ミツイはそれをじっと聞き終え、ひとつうなずいてから応じた。


「……なるほど。状況、把握しました。

 こちらともいくつか共通する点がありますね」


 報告を始めた彼女の声もまた落ち着いていたが、

 その語り口からは、先遣隊としての緊張と経験がにじんでいた。


「こちらも進行中に、数体のアリと遭遇しました。

 “アウトレンジ”からの射撃戦で撃破しましたが、その際、敵が回復薬をドロップしたことを確認しています。

 また、こちらでも“パネル”が出現した隊員がいます」


 それを受けて、脇に控えていた二人の隊員が前に出てきた。一人目が口を開く。


「戦闘後、急に目の前にパネルが浮かび上がって……

 “迷宮での活動が認められました”

 “経験値の初回取得を確認しました”と、表示されていました」


「自分も同様です」と、隣の隊員がうなずく。

「アリの名称として、“ソルジャーアント”と出ていて、経験点は2点と書かれていました」


 タケウチが手元のメモを見ながら言った。


「なるほど。こちらの蛾は“ヴェノムガ”と表記されていたようだ。

 経験点は1点や2点だったという報告もあるが……この違いは、何だろうな」


 各自が思案顔になる中、ふと──俺の中にひとつの仮説が浮かんだ。


「すみません」

 声をかけると、一斉に視線がこちらに向いた。緊張しながら、俺は手を上げた。


「ただの憶測なんですが……」

 口にする前に、脳内で考えを整理する。


「よくゲームなんかで、敵を倒すと“経験値”がもらえるものってあるじゃないですか。

 でも、それを複数人で倒した場合、人数で等分されたりするんですよ。

 たとえば、経験値4点の敵を4人で倒すと、一人あたり1点ずつ」


 俺の言葉に、周囲が静まり返る。

 タケウチも腕を組み、顎に手を添えてうなずく。


「ふむ……なるほど。

 だが、そうなると“戦闘に参加していた”にも関わらずパネルが出なかった隊員の説明がつかん」


「はい、それも多分なんですが……

 その場合、分割された結果、“1点未満”の経験値になると、カウントされない仕様なんじゃないかと。

 たとえば、5人以上で倒すと、0.8点とかになってしまって」


 タケウチは小さく息をつきながら考え込んだ。


「……一理あるな。もちろん仮定だが、筋は通っている。

 よし、次の戦闘の際、そのあたりを確認しよう。ただし、くれぐれも安全を最優先にだ」


 周囲の隊員たちが、一斉にうなずいた。

 状況は混沌としているが、それでも情報をひとつずつ手繰り寄せ、少しずつ全貌に近づいている。

 その感覚が、わずかだが心の支えになっていた。


 ちなみに、ステータスチェッカーについてもその後試されたが──


 最初に使った隊員以外には、反応がなかった。

 他の“パネル表示者”に渡しても、ただのカードにしか見えないという。


(この道具、どうやら個別認証か……? 

 なら自分の持っているチェッカーが仮に他人に渡ってもこちらの情報は見れないか。

 盗み見られないよう気を付けないとな)


 迷宮の仕組みはまだまだ謎が多いが、

 だんだんとその“ルール“が明るみに出されていく感覚を感じていた。



 * * *


 探索隊が次なる行動の準備を進めるなか、

 仄暗い迷宮の光の届かぬ一角で、静かに交わされる会話があった。


 ミツイ二尉が一歩踏み出し、声を潜めて言う。

「隊長、よろしいですか? 

 いくら人手が足りないとはいえ、一般人をあの状況に巻き込むのは──」


 その言葉には、明確な疑念とわずかな怒りが滲んでいた。

 彼女の視線は、隊列の端で隊員の手伝いをしているイトウへと向けられている。


「物資の運搬役とはいえ、あの奥には再び戦闘の可能性があるはずです。

 迂闊に同行を許可するべきではないかと」


 苦言を呈するミツイに対し、タケウチはちらりと横目をやっただけで、

 すぐには答えず、僅かに顔を伏せる。

 眉間に深い皺が寄っていた。


 そして重い口を開いた。


「……もちろん、よくはない」


 短く返したその声には、苦渋の響きが滲んでいた。

 ミツイの眼差しが問いただすように鋭くなるのを感じながらも、

 タケウチは言葉を続けた。


「だがな、ミツイ。……あの男は、どこか不自然だ」


「不自然……と、言いますと?」


 タケウチは、遠目にイトウを見やる。

 今まさに彼は、負傷者を気遣って何気ない会話をしているようだった。


「……たとえば最初にアイテムを使ったキノシタ。

 彼がただの一般人でないことは明らかだった。

 使用したアイテムや行動、立ち回りから見て、おそらくはどこかの諜報員。

 あるいはそれに準じる何かだろう」


 ミツイは無言で頷く。キノシタの動きは、確かに普通ではなかった。


「問題は、イトウもまた……それに近しい“何か”を感じさせる点だ」

 タケウチはわずかに声を潜めながら言った。


「経験点の話にしてもそうだ。普通なら状況に流されるはずだ。

 だが彼は違う。考えを巡らせ、冷静に提案した。

 ……あの状況下で、まるで経験点のことを知っていたような受け答えをするんだ」


 ミツイは視線を落とし、わずかに眉を寄せる。


「キノシタと同じ類の存在、ということでしょうか?」


「いや……違うとは思う。動きも、知識の深さも、似ているようで別物だ。

 だが少なくとも、我々より“迷宮”に順応しているのは確かだろう」


 そこで一旦言葉を切り、タケウチは遠くを見やるように目を細めた。

 暗い迷宮の奥に、何かを探るような眼差しだった。


「──わからん人間を後方に残すのは、得策ではない。

 ならばいっそ、手元に置いておいた方が良い。

 都合よく自分から同行を希望してきたからな。

 それも何かの思惑があるやもだが、そこも踏まえて監視する」


「……なるほど」


 タケウチはさらに続けた。


「すでに後方部隊には、信頼のおける数名にそれとなく話は通してある。

 お前も、奥に向かうメンバーにはそれとなく共有しておけ。

 決して警戒を表に出すな。

 『彼は我々の一員だ』という空気を保ちながら、見張っておけ」


 最後の言葉は、まるで呪文のように低く重く響いた。

 ミツイは真剣な表情で頷いた。


「了解しました。……考えたくはありませんが、

 万が一にも身内に“異物”が紛れている可能性がある以上、

 最悪の事態も想定しておきます」


 タケウチはうなずき返し、ふっと短く息をついた。


「……ああ、そうだな。考えるべきことは山積みだ。だが──」


 言葉を飲み込み、もう一度だけ遠くのイトウの方を見やる。


「……何とかなる。そう信じるしかないな」


 迷宮の奥から、微かに湿った風が吹き抜けてきた。

 幾重もの分岐と、暗がりの奥に潜む“何か”が、

 こちらの出方を待っているかのように静まり返っている。


 その沈黙に、誰もがそれぞれの不安と覚悟を飲み込んだまま、

 前へと進む支度をしていた。



 * * *


 小休止を経て、いよいよ迷宮の奥へと進む準備が整った。

 装備の最終確認を済ませ、簡易マップを頭に叩き込んだあと、俺たちは洞窟に足を踏み入れた。

 先ほどまでいた広場よりもさらに冷たい空気が肌に触れ、無意識に襟元を正していた。


「まずは、我々が進んだ地点まで行きましょう。途中にいくつか分岐がありますが、すべて行き止まりを確認しています」

 先頭に立ったミツイ二尉が、落ち着いた口調でそう告げる。

 彼女の足取りは迷いがなく、ルートの把握に問題はなさそうだ。


 今回の奥地進行メンバーは、俺を含めて十一名。

 現在行動可能な隊員二十四名のうち、タケウチとミツイを含む熟練者が二名。

 そして、パネル表示が確認された六名の隊員。加えて俺、というわけだ。


(……タケウチさんまで同行するとは思わなかったけど、副官が指揮を継ぐなら問題ないのか)


 後方では、残された隊員たちが、一般参加者や負傷者の看護、そして通信の維持に追われていた。

 ギリギリの戦力配分のようにも思えたが、今の俺に判断を下す権限はない。ただ、従うだけだ。


「戦闘になった場合は、先ほどの経験値の分配も考慮して、三名一組で敵一体にあたれ。

 無理はするな。危険が迫れば、即座に救援を出す」

 タケウチの落ち着いた声が、硬質な石壁に反響しながら響く。

 隊員たちの短い応答が、規律の取れた緊張感を裏打ちしていた。


「イトウさんは、アイテムがある程度集まったら入り口までの運搬をお願いします。

 ……ただし、無理はなさらず、安全を最優先で」


「了解しました」

 俺は短く頷き返した。


 しばらく黙々と進んでいくうちに、どこかからギチギチ……という不快な音が聞こえてきた。


(この音……またか)


 先頭を歩いていたミツイが手を挙げ、合図する。


「アリです! 二体確認!」

 瞬時に隊列が動く。

 ミツイが素早く後方へ下がると、交代するように隊員たち六人が前に出ていき、

 それぞれが三人一組に分かれて、銃口を構える。


 目の前の暗がりから、アリの姿がぬるりと現れた瞬間──乾いた銃声が連続して響き渡った。


 数秒の静寂のあと、あたりに広がるのは、無残に崩れ落ちたアリの骸。

「……よし、アイテムと経験点の確認、報告を」


 タケウチの声に、隊員たちがそれぞれ確認を開始する。

 隊員の一人が、困ったような表情で報告した。


「……回復薬が一つだけ、です」


「こちら、経験点の報告です! 戦闘参加者、全員1点ずつ獲得しています!」


 そのとき──

「し、失礼します! ちょっと、いいですか!」

 報告していた隊員の一人が、急に声を張り上げて俺たちの視線を集めた。

 彼は自分のステータスチェッカーを掲げながら、どこか興奮を抑えきれない様子だった。


「自分、なんですが……! さっきの戦闘後に、頭の中に変な音が響いてきて……

 何だと思ってステータスを確認したら……!」


 そう言って見せてきたチェッカーのパネルには、こう表示されていた。


【種族 :人間   】

【レベル:1    】

【経験点:5    】

【体力 :15(+7) 】

【魔力 :0 (+0) 】

【筋力 :11(+6) 】

【精神力:16(+7) 】

【回避力:6 (+2) 】

【運  :1 (+0) 】


(……レベルが上がっている)

 先ほどまで“レベル”の項目は空欄だったはずだ。


「……どうやら、おそらくだが“経験点5”になると1レベルに上がるようだ。

 上がったことで、ステータスにもボーナスが加算されているみたいだな」

 タケウチが腕を組んだまま言い、その場の隊員たちも順々に頷いていた。



「体に何か変化はあるか? 不調があれば、すぐに共有しろ」

 タケウチの静かだが芯のある声が、再び通路に響く。


 レベルアップを果たしたらしい隊員は、その言葉に頷き、

 自分の体を見下ろして腕を曲げたり、脚を振ったりして感触を確かめ始めた。

 次の瞬間、彼は軽く屈み込むと──


「すごい……なんというか、体に力がみなぎってくるような感じです!」

 興奮気味にそう口にしたかと思うと、そのまま勢いよく地を蹴った。


 ──ぐん、と宙を舞う。


 あまりにも自然な動きで、一瞬それが「ジャンプ」だと認識できなかった。

 けれど彼の体は、装備の重量をものともせず、驚くほど軽やかに空へ浮かび上がっていた。


 重装備のまま、垂直に約50センチ。常識的に考えれば、信じられない跳躍力だ。


「な、なんと……!」

 タケウチさんが、目を丸くして思わず声を漏らす。

 その隣にいたミツイ二尉も、わずかに口を開けて驚きを露わにしていた。


 ……が、俺はというと、内心で「やっぱりな」と思っていた。

 むしろ「そのくらいか」とすら感じていた。


(あの装備重量でそれだけ跳べるなら、たしかにステータスは強化されてるな……。

 でも俺が本気でジャンプしたら、彼の十倍──いや、それ以上は行けるかもな)


 なにせ俺は今、レベル28だ。

 一回目のレベルアップ時に“経験値変換球”で一気に1,000ポイントの経験値を得て、

 レベル9まで跳ね上がった。


 ……そのときは何が起こったのか正直わからなかったが、

 今思えば、あの一撃がスタートダッシュの決定打だった。

 以来、ゴミ拾いと共に経験値をじわじわ積み上げて、ここまで来ている。


「このままレベルアップできれば、アリやあの蛾とも、もっと余裕を持って戦えますよ! 

 なるべく多くの隊員にレベルアップを目指させた方がいいかと!」


 跳び終えた隊員が、やや興奮気味に言い放つ。

 顔は紅潮していて、まるで子どもみたいな笑顔だ。


「うむ、確かにそれも一理ある。“試練”がもし戦闘であるなら、戦力強化は必須だ」

 タケウチは顎に手を添えながら頷き、しばし思案したあとで皆に向き直った。


「ただし、他の隊員はステータスを確認できる手段が限られている。

 レベルアップした者は、可能な限りその兆候──身体的な変化を感じ取って報告してくれ」


 少し間を置き、さらにこう続けた。

「また、戦力面を鑑みて、私とミツイ二尉も今後の戦闘に積極的に加わる。隊列を再編する」


 周囲の隊員たちが黙々と動き始める。銃器の確認、弾倉の残数、互いのポジションの再調整──

 その動きは一分の無駄もなく、長年の訓練の成果を感じさせるものだった。


 そんな光景を少し離れた場所から見つめながら、俺は思考の海に沈んでいた。


(今はまだ、俺一人がこの世界の“システム”を先回りして走ってる)


 彼らは戦って経験値を得て、出るかもわからないアイテムを獲得して戦力を上げていく。

 一方の俺は、ゴミを拾っているだけで──レベルも、アイテムも、確実に手に入る。


(やがて、ほかの一般人たちも、迷宮に足を踏み入れる日が来るのかもしれない。

 でもそのときには……俺はもう、ずっと先にいる)


 俺のスキルは、拾うだけで強くなれる。

 地味だけど、効率は圧倒的だ。


(この優位性は──絶対に手放さない)


 ジャリ……と地面が鳴らす音に、我に返る。

 喜びと驚きの中にいる隊員たちの姿を、俺はただ黙って見守っていた。


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