警察官のELLY その5
──2095年、6月6日(Mon)、07:22
内部モジュール…正常
警察プログラム…正常
RAINとの接続…良好
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「何ィ!?新たに2件も見付かったァ!?」
その日も徹夜していたであろう加賀が出た電話に届いたのは東八王子と府中で同様の義肢や臓器が発見されたと云う連絡だった。
南日野と多摩に続く3件目と4件目の事件。
現場に居合わせた警察官や鑑識官によると、東八王子地区の方は発見が遅れて時間が経過していたらしく腐敗の進行具合が府中の方よりも経過していて、順番としては『南日野→多摩→東八王子→府中』となるらしい。
「八王子ィ…頼むぜぇ…オイィ…」
加賀から本音が漏れていた。
「広いから仕方ないんじゃないか?」
早番の僕は加賀や加賀に付き合わされて徹夜していたであろうボロボロの捜査員たちに軽く挨拶した。
警察官はどこも人手不足で、首都機能が岐阜に移ってからの三多摩府(旧東京都)は見捨てられたも同然と云う程に公務員が不足していた。
「調布規制線の事もありますしね。」
買い出しから戻ってきた朔夜が加賀にコーヒーを渡す。
「おぅ、ありがとな!」
加賀はすぐさまコーヒーのプルタブを開け、ゴクリと飲む。
「調布、大変らしいですよ。」
ひとりの女性捜査員が話に加わる。
「そうなのか?えっと…」
この子…誰だっけ?
「自分は、先日捜査一課の配属になりました!『弥生李』です!階級は巡査です!」
彼女は、立ち上がって襟元を正して敬礼した。
「りぃ?大陸系か?」
僕は彼女に訊いてみた。
「いえ、台湾です!と言っても台湾語は殆ど喋れませんし、私自身はクォーターです。」
「そうか…いや、差別的な意味で訊いたんじゃないんだ。気を悪くしたなら謝るよ、ごめんな。」
「い、いえ!全然…!」
彼女の端正な顔立ちは混血からくるものなんだろうか…いや、こういうのも良くないな。
ポジティブな意味だとしても差別的なニュアンスは含ませるべきじゃない、彼女は彼女として見なければ。
「僕は青井陽太。普通に"さん"付けで頼むよ。」
僕は手を出す。
「ハイ!よろしくお願いします!青井さん!」
李さんと握手した。
「まぁ、腕は確かだぞ。仕事は速さも早さも申し分ないしな。」
加賀が珍しくベタ褒めした。
「いえ、私なんてそんな…」
李さんは謙遜していた。
「謙遜は良くないぞ。こういう時はネタっぽくドーンと構えた方がいい。」
加賀がアドバイスした。
余程気に入ったんだろう。
「え、えっと…じゃ、じゃあ…」
彼女はぎこちない動きで腰に手を当ててポーズをキメて魅せた。
そういう事じゃないと思うが…彼女なりの表現なのだろうか。
「いいぞいいぞw」
「可愛い!」
「弥生ちゃーん!俺を罵ってくれー!」
外野ってか…徹夜組がうるさい。
たぶん深夜テンションの延長でおかしくなってるんだろう。
「悪い…そういうのやるタイプじゃなかったか…」
加賀が頭を軽く掻いた。
「あ、いえ…その、早く馴染みたくて…!」
彼女は照れてモジモジしていた。
たぶん相手の期待に応えちゃうタイプなんだろうな。
面白がる奴も多そうだし、苦労しそうだな。
「で…何の話してたんだっけ?」
一行終わったから僕は話を本筋に戻そうとした。
「調布規制線が大変という話ですね。弥生さんは移民地区に詳しいのですか?」
朔夜が話を回そうとしている。
僕たちだけでは遊ぶだけ遊んで休憩時間を潰すと思ったのだろう。
「餅は餅屋、って訳じゃないですけど…外国人には外国人のネットワークと言いますか、繋がりがありまして…」
「聞いた事あるなぁ…三世四世と続く内に統合と分裂を繰り返してて警察でも全容が掴みきれないって…その辺、公安だとどうだったんだ?」
僕は元公安の加賀に投げた。
「俺に訊くなよ…大体、俺は元公安課だ。公安部とはちょっと違う。」
「そうなのか?」
大して差は無さそうだが。
「ただ、まぁ…一般論としてだ。警官である弥生の耳に入るんだから単に移民同士の繋がりと考えるのが妥当だろう。」
「そうですね。私の場合は実家が中華街なので、直接的に聞いた訳ではないですけど…旧都心部で薬や銃の密売が活発化してるとかって聞きまして…この前なんか土門さんの知り合いの方とお話をしました。」
「それで調布が大変って事か。」
端的に言うと、調布規制線は不法滞在者の巣窟となっている都心部の外国人地域を監視する為のものだ。
僕が産まれる前の事だし、ぶっちゃけ詳しくは知らないが、結論だけを言うと、当時の政府は逃げたらしい。
そうして生まれたのが岐府と三多摩府だ。
名前からしてテキトーすぎるし、この辺りで起きている事件には現在でも本庁はあまり関心を示さない。
僕たちはそんな中で捜査をしている。
「おはようございます~」
仙石さんが元気よくやってきた。
「よっしゃ!やっと帰れる!」
「流石に眠いっすね~」
加賀に付き合わされた捜査員たちが帰り支度をしている。
「加賀、お前も帰って休めよ。李さんも、話はいつでもできるしさ。」
「では、そうさせて頂きます。」
李さんは僕の言葉を待っていたかのように帰宅準備をし、部屋を出ていった。
「俺はまだやれるぞ!」
加賀は立ち上がってストレッチをした。
「暑苦しいから帰れ!」
仙石さんが加賀のケツに蹴りを入れた。
これで帰りそうだな。
──今日の早番は僕と朔夜、仙石さんと和泉…のはずなんだけど、和泉が居なかった。
「あれ?和泉は?」
8時を過ぎても和泉は来なかった。
僕たちは今朝連絡があった2件の情報を纏めていた。
1件目は東八王子、発見が遅れた為に腐敗が酷く、証拠も少なかったが前の2件と同様の特徴が見られた為、一連の事件として加わった。
2件目は府中、こちらは腐敗の状況から3日以内に投棄されたであろう事が判明した。
それまでのものとは違い、切断された部位毎にブルーシートで包まれ、杉形に積まれていた事から、これが本来の投棄方法だろうと推測された。
事件を纏め終わる頃、和泉がやってきた。
「悪い悪い、ちょっと府中に行っててね。」
「なんだ、現場だったのか。」
「そゆこと。」
「で?何かわかったのか?」
「それがさぁ…誰に訊いても情報ゼロ!相変わらず見事なもんだよ。」
「映像は?」
「一応、現場周辺のは府中の連中に集めさせてる。」
「また本部が広くなりそうだな…」
事件が続く度に各所轄から人員がやってくる。
人が増えれば本部を広い部屋に移す事がある。
4件もの事件によって今の部屋では会議をするのに少々手狭になっていた。
「課長に相談しておきます。」
朔夜の気が利くようになってきた。
「たぶん署長室に居るわよ。」
仙石さんが朔夜に教えた。
「ありがとうございます。行ってきます。」
朔夜は部屋を出ていった。
「なぁ和泉。」
「んぁ?」
アホ面で応えてきた。
「朔夜の成長速度ってどうなんだ?」
僕は前から思ってた事を訊いてみた。
「朔夜かぁ…確かにちょっと速いな。初日の効果が出てんだろう。」
「初日って…お前やっぱ何かしたのか。」
「まぁな~w」
和泉はすぐそういう事する。
「何したんだよ?」
「初期段階からスリープする毎に何かしらのアニメやドラマを1話ずつ処理するように設定した。」
「おまっ…そんな事したのかよ!」
「実験だよ、実験。そして効果はあったみたいだな!会話のパターンが普通より多い。」
こいつ…そういうのは言っといてほしかったぞ。
「和泉さん、そういうのは相棒の青井くんには言ってあげるべきだったんじゃ?」
仙石さんが味方してくれた。
「え?あぁ…そうだね。すまんすまん。」
和泉の形だけの謝罪にはもう慣れた。
まぁ、仕事してくれるなら何でもいいよ。
──朔夜が戻ってきた。
「課長さんと署長さんに相談しました。検討するそうです。」
「じゃあ来週には広い所へ引っ越しだろうな。朔夜、ありがとう。」
僕は捜査情報が纏めてあるホワイトボードを眺めつつ朔夜に感謝した。
「何か気になるの?」
仙石さんが隣に来た。
「なんて言うか…違和感があるんですよ。南日野、多摩、東八王子が時間的にも場所的にも集中してて…府中だけがポツンと孤立してる感じじゃないですか?」
「確かに…」
仙石さんは口元に手を当てて、僕と一緒に考えるようだった。
「そう言われると、府中は孤立してるな。」
和泉もデスクのモニタを確認しながら話に加わった。
「なぁ、和泉。前にやった3D化のアレ、府中とそれ以外でやってみてくれよ。もしかしたら別人かもしれないぞ?」
「そうだな。映像が届くのを待たなきゃいけないけど、来たらやるさ。」
「もし別人だとしたら、複数犯か、それとも模倣犯って事になるかしら?」
仙石さんが推測する。
「うーん、模倣犯は無いんじゃない?ものがものだし。」
そう、現場にあるのは人間と見間違えるほど精巧な義肢や臓器だ。
そこまでのものは流通しておらず、箝口令を敷いている警察から情報が得られないマスコミは『連続バラバラ殺人』として、まるで殺人ショーを楽しんでいるかのような報道をしている。
「もしこれを模倣する奴が現れたとしたら、その時現場でバラバラになってるのは人間だと思いますよ。」
僕は誰もが言いにくい事を敢えて言った。
「それはそれで困った事になるわね…」
仙石さんは頭を抱えた。
最悪の事態と云うのは考えるだけで頭痛がしてくる。
精巧な義肢…人体そっくりの義肢…やっぱり檜山絵理にも話を訊いてみたいが…
野座間重工を訪れるのは不可能に近かった。
まず管轄が違う為、出張しなければならない。
次に、今や日本の柱となってる大企業にアポを取らなければならない。
さらに、その企業の最重要人物のひとりと言っていいELLYの開発責任者。
それが檜山絵理だ。
簡単に聴取できる相手じゃない。
「やっぱ無理だよぁ…」
僕は呟いた。
「何が無理なの?」
隣に居た仙石さんに訊かれた。
「いや、前に、加賀と聴取に行った先で檜山絵理の論文を発見したんですよ。」
僕はモニタをスワイプして捜査状況を纏めたカレンダーに合わせた。
「あぁ、加賀くんの伝で聴取に行ったんだっけ?」
「えぇ、まぁ。その時に、三多摩メディカルセンターへ行ったんですが…」
僕はモニタを操作して共有した情報を見せつつ、檜山絵理の論文について軽く話した。
「なるほどねぇ…確かに話を訊いてみたい所だけど、やっぱり無理でしょうね。」
仙石さんも同じ結論に到ったようだった。
「ですよねぇ…」
捜査は行き詰まっていた。
簡単な登場人物の紹介
・弥生李…三多摩署に配属された新人警察官。台湾系のクォーターで、鼻筋の通った端正な顔立ちの所謂アジア美人。




